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お茶会セッティングをお願いしてから一か月後、先生は私とロクサーヌ様を招いて、それはそれは見事なお茶会を開いてくださった。
ええ、本当に見事な。教科書に載れそうなくらい。
今年の流行り、クラシカル・スタイルを押さえたデイ・ドレスは、先生のお母様からの贈り物だという。姑のものをリメイクしたという指輪も美しい。私は母が降嫁した際に持ってきたもので、青色で袖が長めのデイ・ドレス。裾のアンティークレースは、今では珍しい紅茶色だ。ロクサーヌ様も生家に伝わるという若草色のデイ・ドレスに、亡きご主人に頂いたというパープルサファイヤのネックレスを付けていらした。控えめなネックレスがかえってロクサーヌ様の清楚な雰囲気を引き立てている。あと宝石の色が亡きご主人の瞳のお色なのもほほえましい。
大きな窓から庭を一望できるドローイング・ルーム。ウェルカム・サービスにはロクサーヌ様がお選びになった香り高い紅茶を、底の浅い小さな取っ手のティー・カップでいただく。ティー・カップは勿論ティー・ポットとお揃いで、側面には先生の家の家紋が入っていた。真新しいドイリーはこの日の為に作らせたのだとういう。繊細なレース編みが美しい。
ティー・フーズには高級品の定番であるキュウリのサンドイッチと、先生の故郷から取り寄せたチーズのサンドイッチ。スコーンは苺ジャムや桃のジャムにクロテッドクリームを添えて。このクロテッドクリームは皇家より賜ったレシピなんだって。シンプルなクッキーと先生お手製のケーキを楽しみながら、来年の流行だというローズティーを頂いた。味はあまりしなかったけれど、香りが良いし色も綺麗。
帰り際にローズティーを二缶いただいた。次は私がローズティーをメインにしたお茶会を開いて、先生を招待することになる。
皇族に次ぐ地位である公爵家の娘で、しかも跡取りである私にとって、自分より身分の高い人はそんなにいない。だから普段のお茶会なら、ちょっとしたミスは大目に見てもらえる(その代わり帰宅後母にお説教を食らう)んだけど。幼少期からお世話になり頭の上がらない先生と、自分より身分の高い公爵代理がお相手のお茶会。自ら望んだお茶会だけど、疲れないわけがなかった。帰宅後は魂抜けてたと思うわ。家に帰った後の記憶ないもん。
でもそのおかげで、ロクサーヌ様と二人きりでお茶会をする約束ができた。
早速招待状をお送りしたら、その日のうちに参加のお返事をいただけたし。良い感じ。
問題は、先生レベルのお茶会を求められているということかな。ローズティーを二缶もらったってことは、一つはロクサーヌ様とのお茶会に、もう一つは先生とのお茶会に使いなさいってことだろうし。お母様に家宝のティーセットを出してもらえるように頼もう。
幸い今は皇城での仕事は閑散期だ。
次の繁忙期までの期間を利用して、私は有休をとりまくった。そして公爵夫人であるお母様に相談しながら、お茶会の準備を着実に整えていった。
「ええと、あと何したらいいんだっけ」
皇城、いつもの職務室。いくら閑散期とはいえ、たまには出勤する必要がある。
仕事の合間、私用の手帳(最近は専ら死亡フラグ対策)にお茶会の用意を書き込みながらぶつぶつと呟く。独り言は淑女としていかがなものかと自分でも思うけれども、仕方がない。この癖は治らないものとして、人が近づいたら肩を叩いてでも教えてくれと侍従に頼んである。渋い顔をされたけど誰も居ないならいいじゃない。癖を治す前に呪い殺されたら嫌だもの。
「ティー・ガウンはお針子に依頼済み、テーブルクロスの刺繍はあと少し。お菓子もだいたい試作できているから後は何人かに試食してもらって」
傍から見たらすごく真剣に仕事している人みたいよね、と思いながらお茶会の準備をチェックしていく。
同年代を招いた気楽なお茶会ならやるけど、目上の人を招いたお茶会は滅多にやらないから、なんというか、慣れない。
「問題は部屋に飾る絵画よね。今年の流行はクラシカルだけど、先生が来年の流行茶葉を渡してきたってことは、これに合うものを自分で考えなさいって事だろうし」
「ロゼア様。お客様がおいでです」
自分の世界に没頭していると、侍従が机をコツコツ叩いて教えてくれた。さすがに肩を叩くことはできなかったみたい。ありがとう。
「どなた?」
「ジューン公爵でございます。ただいま応接室にて対応しております。こちら、お預かりした書類でございます」
前回の恥さらしから、お客様には一度応接室で待機してもらうことになった。ちょっと距離があるからあまり使っていなかったけど、今は時間に余裕もあるしね。書類を受け取り、ざっと目を通す。新しい楽器の搬入に伴う警備配置についての相談ね。
「すぐに向かうわ。公爵にお伝えしてお待ちいただいて。あと、お茶とお菓子の用意をしてくれる?」
「かしこまりました」
私は軽く身だしなみを整えてから応接室へ向かった。
「ファイラ様。ご足労頂きありがとうございます。書類、確認いたしましたわ」
「ロゼア様。いえ、近くに用がありましたから」
書類を見ながら打ち合わせをする。まだ見たことの無い楽器だから、一度見に行く時間を取ろうかな。使用予定は決まっていないから、そんなに急がなくてもよさそう。
「城の保管室には明日搬入の予定です」
「折を見て確認しますね。ところでファイラ様、お急ぎでなければお茶をいかがです? 今色々なお菓子を試作していまして……良ければご意見を聞かせていただきたいの」
「構いませんよ。ロクサーヌ様とのお茶会の準備ですか?」
「……世間で何か言われています?」
「いえ。シャイア兄様とロクサーヌ様のことも、まだ噂にはなっていないと思います。まあ、その、いつかは声をかけるだろうと、言われてはいますが」
「……他にはどなたの名前が……?」
幾人かの知人の名前を挙げられ、軽くため息をつく。中には既に手出し済みの子もいたけど。世間的にはバレていないってことね。
「既に声をかけたとされている相手はどれくらいいるの?」
「えっ……と」
興味本位で聞いてみると、ファイラ様が口ごもった。流石に言いづらいか。
「ごめんなさいね、変なことを聞いて。答えなくてもいいわ。あ、でも一応言っておくけれど、私、シャイア様の相手に嫉妬とか、そういうことはありませんから」
こんな言い方もなんだけど、実際本当に何もない。シャイアは私にとって、夫婦というよりは女癖の悪い仕事仲間っていう感じだ。
「えっ、ええ」
「嫌われているみたいだしね」
「……ええ? ロゼア様が、シャイア兄様に?」
「それだけ声をかける男に手を出されていないんだもの、嫌われている以外ありえるかしら?」
一番手を出しちゃいけない皇后陛下にまで手を出してるはずだっていうのにね……出してるのかな?
去年皇后陛下がご出産された第五皇子殿下って……とか思いながらお茶を飲んでいたら、侍従が咳払いしていた。あ、夫婦の関係は我が家の中では暗黙の了解だから油断していたけど、ファイラ様は家族じゃなかった。義弟だけど。
「ごめんなさい、忘れてくださる? それで、お茶会のお菓子なのだけど」
「え、ええ。ええっと……? お菓子、ですか?」
混乱しているらしいファイラ様に何種類か試食してもらい、アドバイスをもらう。
紅色の生地と白色のクリームを合わせてはどうかと言われ、その場で人を呼んでやってみた。なるほど綺麗で味も美味しい。美的センスがある人間とはこういうことかとしみじみ頷いた。サウスの人間にはどうもこの美的センスが欠けているのよねえ……。まあ、無いものを強請っても仕方がない。ファイラ様に教えていただいた組み合わせを、このまま使わせてもらおう。
私がお茶会の準備に全力を尽くしている間に、シャイアが人妻と噂になったり、ご主人が我が家に乗り込んできたりと色々あった。
まあまあな大事件ではあったけれども、ロクサーヌ様とは無関係なのでこの話は一端忘れることにします。落ち着いたらゆっくり思い出して、今後の糧にしましょう。そして前日までバタバタと「完璧な淑女とのお茶会」の為に奔走し、とうとうその日がやってきた。
「ちょっとした大事件」については2章でお話しする予定です。源氏物語で人妻と言えばあの人ですよね。
ロゼアちゃん仕事の合間に頑張っています。
次回、いよいよ二人きりのお茶会が始まります。
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