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侍従の重い咳払いを受け、ファイラ様とは仕事である議事録作成を開始した。
一通りまとまったところで終業時刻が近づいていたので解散して、協力の件は有耶無耶になってしまった。
でもファイラ様は帰り際に「まずはフォール公爵代理とお話しされては?」とアドバイスをくれた。そうよね、まともにお話したこともないんだもの。まずは一度しっかりとお話をしてみるべきよね。
自宅に戻り、仕事着からラフなワンピース姿に着替える。警備員のような紺色の仕事着は、カッコいいけれど自宅で寛ぐには向いていない。死亡フラグ対策会議には向いてるかもしれないけどね。さて、腹が減っては戦はできぬ。まずは夕食を、と廊下を歩いていたら、若いメイドたちの黄色い声が聞こえてきた。
「いるのね?」
「はい、いらっしゃいます」
顔色も変えずに侍女が静かに頷く。私は一つため息をついてから、廊下の角を曲がった。
「おかえりなさい、シャイア」
そこにいたのは室内にも関わらず発光しているかのような輝きを誇る金色の髪と、アメシストのような瞳をもつ絶世の美青年。
シャイア・サウス。私の夫である。
帰ってきたばかりなのか、紺色のジャケット姿だ。シンプルなのにとっても似合う。イケメン。
「ああ、ただいま、ロゼア。この家はいつ来ても美しい花であふれている。素晴らしいね。勿論、筆頭は君だよ」
そういって私の栗色の髪を一束すくい、軽く口づけをする。メイドたちはキャッキャしているが、うん、まあ、日常だ。私もこんなのでときめきたいな。
「今日は何か用事があって?」
「ここは私の家だろう? 用がないと帰ってきてはいけないのかな?」
用がないと寄り付かないのはそっちじゃないの。
「ああ、ほら、例の書類。まとまったから侍従に渡しておいたよ。あとで確認して」
「え? もう?」
次の行事でやる新しい演出、随所に根回しがいるのが面倒でシャイアに頼んだんだけど、十日もしないうちにさらりとこなしてきてくれた。こういう仕事ができるところは本当に助かる。
「今日は自室で眠ることにするよ。そこの君、私の部屋を整えておいてくれるかな?」
「は、はい……かしこまりました……」
こういう流れるようにメイドを口説くところはちょっと困る。良いんだけどさ。
「一応正妻の前なのだから遠慮して頂戴ね。夕飯は?」
「もう済ませたよ」
そういってシャイアは私が来た方へと歩き出す。ふわ、といつもと違う香りがした。
「この香りは……」
とある淑女の顔が浮かんで、私はまた、大きなため息をついた。
「ロクサーヌ様とお近づきになる為には、どうしたらいいのかしら」
夕飯と入浴を終え、私は一人、自室で手帳を開いた。
社交シーズンは終わっている。お茶会や晩餐会がないわけではないが、大勢の他人がいる中で「うちの夫がお世話になって」なんて言えるわけがない。そんなの断罪劇みたいじゃない。返り討ちにあって断罪されるの私でしょ? ネット小説で何度も読んだもん。
そもそも私は喧嘩をしたいんじゃない。
ロクサーヌ様に呪い殺されないために、そう、仲良くなりたい!
いくらシャイアの事を好きになってしまったとしても、私がロクサーヌ様と友人関係であれば、きっと呪い殺すようなことはしないよね。しないよね? ね? 恋と友情で友情が勝つこともあるよね?
でも、会話内容が「お友達になってください」だとしても、まるで接点のない私がいきなり大勢の前で話しかけるのは難しい。社交界は、事実に尾びれも背びれも胸びれも付いて泳いでいく。まわりまわってどんな話になるか分かったものじゃない。
かといって個人的に会おうにも、不審な感じがする。
ロクサーヌ様からしたら、現状私は「ちょっかいをかけてくる男の正妻」。お手紙なんて送ろうものなら読まずに燃やされてしまうかもしれない。
せめて年齢が近ければ学生時代の伝手を辿るんだけど、ロクサーヌ様は31歳。微妙に遠い、でも母親ほど離れてもいない。共通の知り合いなんていない……。
「待って?」
死亡フラグを叩き折りたい。そんな強い気持ちが、私の古い記憶を蘇らせた。
あれはまだ、大きくなったら皇太子妃になるんだと思っていた頃。家庭教師として来てくれていた先生が。怖い、こわーい家庭教師の先生の言葉。「私は一昨年までロクサーヌ様に行儀作法を教えていたのですよ。彼女はとても優秀で、皇太子妃として申し分ない女性に育ちました。貴女もきっとそうなれますよ」と。半泣きで教わった記憶の方が大きい、恐ろしい先生だけれども。先生の言うことが間違っているわけがない。
私が立派な女性かどうか? 知らない!
何はともあれ、私とロクサーヌ様は言わば姉妹弟子になるんじゃないかしら。
私は慌てて最高級の便せんを取り出すと、先生に手紙を書いた。ロクサーヌ様の作法を直接見て学びたいので、先生のお宅でお茶会を開いてくれませんか、と。
家庭教師の先生は怖い。でも死亡フラグより怖いものなんてないわ! 勢いよく署名して封をすると、侍女に手紙を出すよう伝えた。朝一番に、確実に、と念を押して。
返事は次の日のうちに来た。結果として、先生は私とロクサーヌ様を招いたお茶会をセッティングしてくれるということだったけど、来てくれるかどうかはロクサーヌ様次第だと書かれていた。あと、私は添削された手紙を再度書き直す羽目になった。やっぱり死亡フラグの次に怖いのは先生でした。
シャイア君初登場です。
貴方が考える世界一のイケメンをあてはめておいてください。なんと言っても光源氏ですので。
作者はどうしても「あさきゆめみし」の印象に引っ張られておりますが、この世界の彼は金髪紫眼ですファンタジー。
ちなみにサウス公爵家のメイドは「シャイアにきゃーきゃー言う」のもお仕事の一つだったりします。避妊薬がめちゃくちゃ発展しているという設定です。
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