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私の爆弾発言から数日後。
ロクサーヌ様のお屋敷では、お茶会の練習が行われていた。
お茶会を正式に主催できるのはデビュタントを迎えた十六歳以降だが、親戚や近しい友人を招いて開催の練習が行われえることがある。
今日はロクサーヌ様のご息女アキエル様が、私とロクサーヌ様を招くという形でのお茶会練習。
実は私はこれまでお茶会の練習に呼んでもらったことがない。
なにせ公爵令嬢なもので、気軽に練習に呼べる立場ではなかったのよね。
「とても素敵ですよアキエル様」
グレープフルーツフルーツジュースとアイスティーが二層に重なるグラスを片手に微笑む。
この国の流行は、主に女性のドレスとお茶会の紅茶で表現される。
二色遣いを飲み物にするとこうなるのね。
グレープフルーツの酸味が爽やか。
「ありがとうございます。まだ寒いのにアイスティーをお出ししてしまい申し訳ありません」
「社交シーズンは春ですもの、暖かい日にこのようなアイスティーが出てきたらきっと盛り上がります
わ。それに今日は練習ですもの、気にしないでください」
そういうとアキエル様がぱっと華やかな笑顔になる。可愛らしい。
「アキエル様は優秀ですのね。まだ十三歳になったばかりなのに。私、お茶会の練習を始めたのは十四の中頃だったと記憶していますわ」
「そうですね、私もそれくらいでした。本当はアキエルもそれくらいからと考えていたのですが……」
アイスティーで喉を潤し、ロクサーヌ様が物憂げに答える。
「少々面倒ごとに巻き込まれる予感がしまして。しばらく旅行にでも行こうかと思っていますの」
そういわれて思い出したのは、皇太子争いのことだ。
「もしかしてアキエル様の派閥が?」
「まだ派閥とまではいきませんが……」
ロクサーヌ様は軽くため息をつく。
ファイラ様と同じように、一代公爵であるアキエル様が皇族復帰して皇太子にならないかと唆してくる人々がいるようだ。
「年齢と血筋を考えると、という話は分からなくはありませんけれど。それでも今いる皇族の方を押しのけるほどのものではないと思いますわ」
確かに、アキエル様は十三歳。
これから学園に入り、人脈を作りつつ皇太子教育を受け、二十五歳の皇帝を支えるのならば問題ないようにも思える。
人柄にも実力にも問題はないし。
「主人が亡くなった時、アキエルを担ぎ上げられないように義兄と相談して一代公爵を賜ったというのに……仕方のないことかもしれませんが、少々煩わしく思ってしまいますわ」
珍しくため息の多いロクサーヌ様。
新年の舞踏会でも引っ張りだこだったけど、中にはそういう話や探り合いもあったんだろうな。
「アキエルは未だあまり外に出ていませんから、私が止められていますけど、押しかけてくるのも時間の問題かもしれません。ですから留学の下見という体で、しばらく旅行にでも出ようかと思っていますの」
「それで、お茶会の練習時期を早められたのですね」
では皇太子争いが集結するまで、ロクサーヌ様とアキエル様は国を離れてしまうのだろうか。
ここのところ一番お茶会をしている相手がロクサーヌ様なので、いなくなってしまうと私はまた気軽なお茶会ができなくなる。
唯一の友人モニカは元々隣国とこの国を行ったり来たりの生活だし、ファイラ様とは……気まずいし。
ああ、なんだか足元が崩れていくような気がする。
「ロゼアお姉様?」
はっと顔をあげると、アキエル様が不安そうな表情をしている。
いけない、お茶会でこんな顔をしていては、ホストに恥をかかせてしまう。
「申し訳ありませんアキエル様。少々個人的な心配事を思い出しまして……あら、このクッキーは美しい渦巻模様ですのね。これほど均一になるには緻密な計算が必要なのでは?」
取り繕った私を見て、二人は顔を見合わせる。
それからロクサーヌ様が口を開いた。
「ファイラ様にも、お声がかかっているという噂、お聞きになりました?」
一瞬、答えられなかった。
それを是と受け取ったのだろう、ロクサーヌ様が頬に手を当てる。
「ファイラ様は成人なさっているし、奥様も亡くされて独り身でいらっしゃる。アキエルよりも余程目を付けられるだろうと心配していますの」
「そう、でしたか」
最後に会った時の失言を思い出して、私はますます顔が作れなくなってしまった。
「ロゼアお姉様? ……ファイラお兄様と、なにかありました?」
そう聞かれて言葉に詰まる。誰かに相談に乗ってほしい気持ちはある。
胸の中のもやもやした気持ちを誰かに聞いてほしい。
けれども私は公爵令嬢だ。
簡単に弱みは見せられない。
たとえ相手が、どんなに良い人であったとしても。
「……ロゼア様は次期公爵でいらっしゃって、ご多忙であるとは存じていますわ。このようなことを申し上げるのは無礼なことではありますが、私はロゼア様のことを、かけがえのない友人だと思っておりますの」
ロクサーヌ様の思いがけない言葉に顔を上げる。
「社交界から離れて引きこもっていた私達親子を訪ねてくださって、人を紹介してくれて。今回こんなにもアキエルが持ち上げられているのも、ロゼア様が私達を社交界に思い出させてくださったからですのよ。ロゼア様にお声がけいただいていなかったら、きっと私達、今でも二人きりで、お茶会の練習や旅行なんて考えもしませんでしたわ」
「そうです、私、ロゼアお姉様みたいな公爵になるって、頑張っています!」
そっくりなお顔の二人は、そっくり同じ笑顔で笑う。
「もしファイラ様と喧嘩なさったのなら、私達はロゼア様につきますよ」
「そうですよ、ファイラお兄様が失礼なことを言ったりしたら、私が社交界に恥ずかしい噂を流してやりますわ」
「待ってその報復めっちゃ怖いからやめてあげて」
びっくりしすぎて庶民の言葉が出てしまった。ララからうつっちゃったのかな。
「ファイラ様と喧嘩とかそういうことじゃなくて、私が一方的に気まずい……じゃなくてその、ロクサーヌ様とアキエル様が旅行に行ってしまって、気軽に会えないと思うとその、胸が、重くなってしまって……」
多少ごまかしたのは認めるけれど、胸が重いのは本当のこと。
他国へ旅行となると、二泊三日とはいかない。
一か月か二か月か、場合によっては年単位になる。いくつか国を回るのなら、なおの事。
「あら、私達、ロゼア様の為ならいつでも旅行を中断して戻ってきますよ」
「私が主催する最初のお茶会にも晩餐会にも、ロゼアお姉様を招待するって決めているんです! だからその、そんなに寂しそうにしないでください!」
珍しく焦る二人に戸惑う。
「私、寂しそう、でした?」
小さな声にロクサーヌ様が微笑む。
「ええ、親に見捨てられた子どもみたいに」
「ロゼアお姉様って実は寂しがり屋さんなんですね。また一つ新しいお顔を知れて嬉しいです」
そういわれて何故だか涙が出そうになった。
小さい頃から同世代女性の最高位にいた。
でも、同じ「公爵令嬢」であるマリーお姉様はライバル視してくるし、モニカはあまり国にいなくて。
「公爵令嬢」に気に入られようと、周りに人はたくさんいたけれど、気を使わずに話せる相手はいなかった。
同じ爵位同士の令嬢たちが楽しそうにお喋りしているのが羨ましかった。
いつも優雅に微笑んで、内心ではちょっぴり寂しくて。
シャイアが結婚相手になってからは、より一層「憧れ」と「憎しみ」を一身に受ける事にもなって。
おべっかと、嫉妬の視線にも笑顔で応えてきた。
でも、そっか。
私にも、友達ができたんだ。
死亡フラグを叩き折る為の打算から始まったお付き合いだったけれど、他国に旅行に行ってしまうのが寂しく思えるくらいに、親しい友達になれたんだ。
「ありがとうございます二人とも。お土産、楽しみにしていますね」
涙をこらえてそう言って、三人で顔を見合わせて、笑った。
ロゼアちゃんの周りには常に人がいますが、「親しい友人」はほんの一握りしかいません。
父親は公爵、母親は皇帝の妹、夫は皇帝溺愛の皇子という立場は、隣に立つにはちょっぴり重すぎたのかもしれません。
そうです決してロゼアちゃんの性格のせいではないのです!!…たぶんね。
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