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「びっくりした……か、勝手に入ってこないでもらえるかしら?」
「ノックして返事をいただきましたし、三分くらい後ろに立ってたんですけど……」
困った顔でこちらを見ているのは、ファイラ・ジューン一代公爵。
第一皇子こと現皇太子殿下とシャイアの異母弟にあたる、元第三皇子。今は成人して一代公爵となっている。私の義弟かつイトコでもある。18歳。
長めのアッシュグレーの髪に隠れがちな薄い赤色、ガーネットのような瞳。身長は平均的で、ひょろひょろとした体型。私の周りには筋肉質な男性が多いから、ちょっと見慣れない感じがする。ザ・文系って感じ。楽器全般がお得意だと評判だ。
源氏物語では多分「蛍兵部卿宮」とか「蛍宮」なんだと思う。光源氏の弟で影が薄い風流人。
物語の中盤、年下の美女に惚れてしまい、光源氏にからかわれて翻弄されるシーンが有名な、ちょっと可哀そうな人。これも光源氏が悪い。
ジューン公爵はお城の行事ごとを取り仕切る部署に配属されている。一方で私は、警備関係部署の中で、行事の警備を任されている。部署こそ違えど、同僚のようなものだ。今日は先日終わった反省会の議事録作成をするんだった。腕には重そうな資料を抱えている。
「反省会の予定でしたわね。大変失礼をいたしました」
「いえ、私が少し早く着きましたから……何か書いていらしたんですか?」
手元の手帳を慌てて隠す。ちょっと時間が空いたからって職務室でこんなの書くんじゃなかった。反省してももう遅い。
「ロクサーヌ様がどうとか、シャイア兄様がどうとか仰ってましたが」
「見たの?」
「いえ、お口から出てらっしゃいました」
そんな馬鹿な、と控えていた侍従を振り返ると、困ったように目をそらされた。
「うそ……じゃあ私突然周りの人の紹介を書きなぐる変な女だったってこと……?」
「お嬢様が素直なのは昔からの美点でございますが、時と場所はお考えになった方が」
侍従にも窘められてしまった。ごめんなさい。
「それから、ここは職務室でございますから、公共の場でございまして」
「ジューン公爵、この度は大変失礼いたしました」
そういえば口調も崩れていたかも。影が薄いとはいえ、公爵様なのに。元第三皇子なのに。
「いえ、正直なところ、気楽に話してくださった方が嬉しいのですが。私の方が年下ですし。呼び方もファイラと呼んでいただければ」
そう言ってジューン公爵はにこりと微笑まれる。うう、優し可愛い。癒される。
「ありがとうございますファイラ様。私のこともロゼアとお呼びください」
「ありがとうございますロゼア様。それで、シャイア兄様がまた何か?」
あ、話は逸らさせてくれないんですね。なんと言ったらいいのかしら。
「ええと……」
「もしかしてロクサーヌ・フォール公爵代理にまで声掛けを?」
「……それも口に出ていました?」
「いいえ、でもシャイア兄様のなさることですから……」
ファイラ様は困ったように眉を顰める。そう、我が夫シャイアの女性遍歴は同世代の中では有名な話。私の監督不行き届きだ、と責める声も(主に男性から)あるようだけど、大多数は「あれだけ魅力的な方なのですから、独り占めされるよりいいわよね」という感じだ。なんというか、色々、ゆるい。
「シャイア兄様の浮名は有名ですが、フォール公爵代理にまで声をおかけになるのは……」
「そうなのよね……」
私を呪い殺す件を置いておいたとしても、ロクサーヌ・フォール公爵代理は皇族に次いで身分も高いし、何より先の皇太子殿下、つまりシャイアや私から見ると叔父様の妻にあたる御方であって、気軽に声をかけられるような相手ではない……はずなんだけど。
「あの人はなんというか、高嶺の花ほど燃えるところがあるのよね」
「ああ……」
言いかけてファイラ様が口をつぐむ。いいのよ、知ってるから……あの人との事もこの人の事も……。人妻に手を出すの本当やめてほしい。結婚していなければいいってわけでもないけど。
「兄が誠にご迷惑を……なにかお手伝いできることがあればいつでもお声がけください」
「いいんですか?」
「そろそろ流石に止めたほうがいいと思うので……でもシャイア兄様は障害があるほどやる気になってしまう性質をお持ちですよね……」
うーん、と考え込んでしまうファイラ様。
味方になってくれるなんて、なんて優しいのかしら。私は気合を入れなおす。
大丈夫、まだ焦るような時間じゃないはずよ。それにまだロクサーヌ様がシャイアを好きだとも限らないじゃない。私にはまだまだ、やれることが残っているんだわ!
「絶対に死亡フラグを叩き折ってやるんだから」
「シボーフラグ?」
「なんでもありません」
首を傾げたファイラ様にしれっと応える。また決意が口から出ていたらしい。この癖、何とかならないものかしら。
ファイラ君が 仲間に なった!
ロゼアちゃんが属するサウス公爵家は建国から続く公爵家ですが、ロクサーヌ様のフォール公爵家やファイラ君のジューン公爵家は「一代公爵」であり、「皇族として産まれた人が成人して皇族を抜けた後名乗る爵位」です。治める領地はありませんし、一代限りなので子どもに受け継ぐこともできません。
以上、この世界の豆知識でした。
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