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4-8


エリザベス・イレーグルは困惑していた。



普段関わり合いのない相手とも会話を楽しめる社交シーズンであるとはいえ、突然サウス公爵令嬢から、訪問したいとのお願いがあったのだ。


ロゼア・サウス公爵令嬢。

公爵家当主と降嫁した皇女との間に産まれたご令嬢。

ゆくゆくは皇太子妃との噂もあったが、皇帝が溺愛している第二皇子シャイアを婿に取り、公爵家の跡取り娘となった。


学園時代の成績は上位。

皇城で働いており、女性らしい細やかな気遣いで、部下たちからも好かれている。

一見するときつそうな顔立ちだが、物腰は柔らかく、所作は指先まで上位貴族の令嬢そのものだ。

社交界ではロクサーヌ・フォール一代公爵代理やファイラ・ジューン一代公爵、モニカ・グローリア・シューラ一代公爵令嬢をはじめとする若い高位貴族達と懇意にしていて、やり手との噂を聞いている。


そんな彼女が何故我がイレーグル侯爵家に? 


エリザベスは戸惑いながらも、承諾の手紙を書いた。



「本日はお招きいただきありがとうございます。イレーグル家の自慢の噴水を、一度見てみたかったものですから」

 

イレーグル家の噴水は、初代イレーグル侯爵が作ったもので、その美しさは皇城の庭園にも勝るという。

だから話題の噴水を見たいというのは「建前」としてはよくあるのだが。


その裏に隠された本音がわからず、エリザベスはにっこりと笑った。


「サウス公爵令嬢にご覧いただけるなんて。きっと初代も喜びますわ」


瞳と同じ露草色のデイドレスに、白いレースの手袋。

髪色に合わせた栗色の靴。髪に飾られた白い小ぶりの紫陽花は、今年の流行りの生花である。ローズティーの香りの邪魔をしないように、匂いのない花を選んでいるのだろう。

さりげない気づかいが女性らしい。


「どうぞロゼアと呼んでください。エリザベス・イレーグル侯爵とは一度ゆっくりお話ししてみたかったんです。女当主の先輩として、懇意にさせていただきたいと思っていまして」

 

オレンジ色のデイドレスに、小粒ながらも一級品のルビーを光らせて微笑んで見せる。


「私のこともエリザベスとお呼びになって」

 

形式ぶった挨拶を終え、お茶を飲む。

様々な色合いの薔薇のジャムが素晴らしい、噴水に浮かべたオレンジの薔薇がデイドレスと同じ色で美しい、などしばらくは当たり障りのない話をしていたが、屋敷の方を見ながら、ロゼアが呟くように言った。



「そういえば、最近庶子をお引き取りになったとか」



「ええ。恥ずかしながら夫が他所に作った子供ですの。最近母親の親戚から除籍されたと聞いたものですから」

「お優しいのですね。私の夫も浮気癖がありますから、いつ同じ目に合うか……」

 

ふう、とため息をつく。


ロゼアの夫と言えば、社交界の宝石とも呼ばれるシャイア・サウス。

皇帝からの愛を一身に受け、見目もよく、一度でもダンスを踊れば誰もが彼の虜になると言われている男だ。


最高の男を手に入れておいてぬけぬけと……。

エリザベスは表情こそ変えなかったが、腸が煮えくり返る思いだった。



エリザベスと、夫のヴォラリーは同学年で交流はあったが、まごうことなき政略結婚であった。

一代公爵家に降って爵位を無くしそうだったヴォラリーを、エリザベスが引き取ってやったのだ。

まあ顔は悪くないし、イレーグル侯爵家に皇家の血が入るのも喜ばしい。


だが、平民になるところを拾ってやったのに、それも当主に婿入りさせてやったのに、浮気をするとはどういうことだ。

頭がおかしいではないか。

ヴォラリーと男爵家令嬢との逢瀬が発覚したとき、激昂して問い詰めようとしたエリザベスを、両親は止めた。


「所詮、皇太子にもなれなかった男だ」

「あんな男は皇族とのつながりを持つための種馬に過ぎない」

「高貴な血を持つ子を産むためだ、泳がせておけ」

 

そう説得され、しぶしぶ離婚を思いとどまった。

ヴォラリーを誑かした図々しい男爵家令嬢のことも、放置しておいた。

そうしたらいつの間にか死んでいた。

ざまあ見ろだ。


子どもが生まれていた事は後から聞いた。

その娘が孤児院にいるという事も。


当主の血を引かない不義の子を、イレーグル侯爵家で引き取るわけがないと、見て見ぬふりをした。

ヴォラリーも、その娘には特に興味を示さなかった。

 


ところが最近になって、パプル男爵家から手紙が来た。

「先代夫人が死んだので、残された娘を除籍します、うちの妹がご迷惑をおかけして申し訳ありません」というようなことが綴られていた。


パプル男爵と言えば、あの浮気相手の姉のはずだ。

イレーグル侯爵家の大きさをきちんと理解している、どうか睨まないでほしいというお願いだろう。

 


孤児院までその娘を見に行ったのは、ほんの気まぐれだった。

夫の血を引く孤児がどんな姿なのか、一目見て嘲笑ってやろうと思っただけだった。


ところが初めて見たあの娘はどうだ。


孤児院にいるにもかかわらず輝かしいばかりの美しさ。

うちの娘達とは比べるのもかわいそうなくらいだ。


同じ種馬の子だというのに。

どうして。

 


このまま平民として野たれ死んでしまえ、と思った。


だが、一緒に来ていた両親が「この子には利用価値がある」と騒いだので、仕方なく引き取り、イレーグル侯爵家の養女にした。


今から磨き上げて成人したら年上の皇太子に嫁がせるか、或いは生まれたばかりの皇子達が大きくなるまで育てるか。

そう考えているところだった。

 



だからロゼアが突然「あの子を私にくださいませ」と言ったとき、咄嗟に「はい?」と返事をしてしまったのだ。




「まあ、すぐにお返事をくださるなんて嬉しいわ。私、あの子に一目ぼれしてしまいましたの」


ロゼアは嬉しそうに言う。


「たまたま北の礼拝堂に行ったときに見かけましてね、まあなんて可愛らしいって思いましたの。生憎その日は用事があったのですぐに帰ったのですけれども、どうしても忘れられなくて。調べてみましたらイレーグル家の養子になられたと聞いて、これは私、運命だと思いましたのよ」


「え、えっとつまり、それはあの子を養子にしたいと」


「いいえ? あの子は私の第一夫人になっていただきたいの」


とんでもないことを、何でもない事かのように言う。


「今はまだ十歳ですけれども、七年後には結婚できるでしょう? 勿論それまではサウス公爵家で面倒を見ますわ。かわいい妻に悪い虫がついたら大変ですもの」


「え、でもロゼア様には夫君がいらっしゃいますよね」


それもただの夫君ではない。皇帝の寵愛する皇子様だ。社交界の宝石だ。


「ええいますよ。でも私は次期公爵ですから。何人でも配偶者を持てますのよ」

 

そういいながらロゼアは美しく微笑む。


どうしてだろう、その笑顔は恐ろしくも見える。


光り輝く皇子様をその掌に載せ、次はイレーグル侯爵家をも、その配下に置こうというのだろうか。


「悪いようにはしませんわ。エリザベス様は憎い子どもを見なくて済む。私はかわいい妻を手に入れられる。先代イレーグル侯爵も、サウス公爵家と縁つながりになれると聞けば喜ぶのではなくて?」


うっとりと笑うその姿は、震えるほどに威厳に満ちていて。


ああもう全て、見通しているのだ。

私の気持ちも両親の意向も何もかも。


これが生粋の、公爵令嬢。

次期公爵の姿。

自分など、足元に跪くしかできないのだ。


そう理解したエリザベスは、差し出された書類にサインをするほかなかった。


いきなり別視点になってしまいました。読みにくかったらすみません。

ララの父親の妻、エリザベス・イレーグル侯爵視点となります。

ロゼアちゃんは実は有能な公爵令嬢だったんだったなあと思い出してもらえると嬉しいです。

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