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「ロゼア様?」
ララ様と分かれて帰ろうとしたとき、ばったり出会ったのはファイラ様だった。
シャイアの弟で、源氏物語で言うと蛍宮。
私の仕事仲間でお茶のみ友達。
アッシュグレーの方まで届く髪に隠れるガーネットの瞳。
物腰柔らかな風貌で、煌びやかでまぶしいシャイアより親しみやすさを感じている。
今日は白っぽいシャツと青色のズボンで、ちょっと平民風のスタイルかしら。
「ファイラ様。礼拝ですか?」
職場である皇城にも礼拝堂があるし、ご自宅にも礼拝室があるとは思うから、目的は礼拝というよりお菓子かしら? なんて考えていたが違った。
「いえ、奉納会をする予定なので、打ち合わせに。本日はお忍びですか? とてもよくお似合いですね」
奉納会とは前世で言うとチャリティーコンサート。
主に貴族や商人が演奏会を行い、そこで出た収益を礼拝堂に寄付する、というもの。
ファイラ様は芸術方面に長けており、ロクサーヌ様とのお茶会の時も新しく絵画を描いてもらったことがある。
あの絵も素晴らしい出来だったけど、音楽の才能の方が有名だったりする。
「ありがとうございます。ファイラ様の奉納会は人気ですものね。私も一度来たいと思っていましたの」
「本当ですか? 嬉しいです、良ければぜひ」
「でももうチケットがないんじゃないかしら」
ファイラ様はあちこちの礼拝堂で奉納会を行っているけれど、チケットは毎回すぐに完売すると聞いている。
「一枚は手元に置くようにしているんです。ロゼア様はお忙しいかと思って声をかけられなかったのですが、良ければぜひ」
そういって胸元のポケットから一枚のチケットを出してくれた。
日付を聞くと、大事な約束は入っていない日。
「ではお言葉に甘えて。礼拝堂の奉納会は初めてなのですが、どんな格好をすればいいかしら?」
「平民も多くいますから、今日のようなお忍びの格好が良いかと」
「わかりました。楽しみにしていますね」
厄介事も多いけど、楽しみもできた。
最強のヒロインとの戦いも、頑張ろうではないか。
私は改めて気合を入れなおした。
数日後。
北の礼拝堂で行われたファイラ様の奉納会は素晴らしいものだった。
今回はヴァイオリンの演奏会。
いつもは下ろしている前髪をあげ、優しいガーネット色の瞳がよく見える。
栗色のスーツ姿で軽やかにヴァイオリンを奏でる姿は、とても絵になっていた。
普段はなよなよしているように見えるけれども、楽器に触れる手は時に力強く時に優しく。
アップテンポの軽やかな曲は楽し気に、バラードは切ない表情で、いつもと違いくるくる変わる表情に見とれてしまった。
友人というひいき目なしに見ても、カッコいい。
毎回チケットが歌唄するのも納得だわ。
アンコールでは自ら作曲されたという曲を演奏されたんだけど、それがまた力強くも美しくて、前世風に言うと「神曲」だった。
この世界に音盤がないのが悔やまれるわ。売ってほしい。
終わった後に感想を聞かれたので素直にそう伝えると、顔を真っ赤にして照れていたのもまた可愛らしかった。
シャイアの弟とは思えない。
今度我が家のお茶会でも披露してほしいと伝えると、「何を演奏するか考えておきますね」と微笑んでくださった。
次の奉納会のチケットももうすぐ販売するそうなので、その場で予約。
楽しみが増えて、ほくほくだわ。
奉納会が終わってファイラ様と別れてから、ララ様のところに顔を出す。
中には入れなかったが音は聞こえていたそうだ。
「とっても素敵な奉納で、うっとりしちゃった。でも今日はお客様がいっぱい来るから全然ノンビリできなくて。ジューン公爵の奉納会があると、いっつもお客さんいっぱいくるから、あたしたちもたくさんクッキー焼いたり刺繍作ったりするんだよ。奉納会の時に初めて礼拝堂に来て、そのあとも通ってくれるようになる人もいるんだ。ここだけじゃなくて、西の礼拝堂の神子さんたちも言ってた。ジューン公爵、イイよねって。威張らないし、お金いっぱいくれるし。でもやっぱりあたしはシャイアお兄様のお顔が好きなんだ。神様ってあんな感じだと思うんだよね。毎日眺めて暮らしたいなあ」
ノンストップで話し続けるララ様の話を聞きながら、出してもらったお茶を飲む。
安いお茶なんだろうな、と思うけど、これはこれで美味。
「ねえねえ、シャイアお兄様も奉納会してくれないのかなあ」
「うーん、シャイアの演奏も素晴らしいけど……やめておいた方がいいと思うわ」
シャイアの演奏が素晴らしい。
それは確かだ。
何を弾いても一流で、何を弾いても絵になる。
中身が女たらしなのに、とわかっていても聞き惚れてしまう。
でも顔を見ると腹立つから、いつもは目を閉じて聞いている。
でも目を閉じて聞いているのは私くらいで、たいていの人はガン見しながら聞いている。
そして目から入る美と耳から入る美の合わせ技の破壊力に、失神する人も現れる。
そんなシャイアなので、礼拝堂での奉納会は混乱必死だろう。
やめた方がいい、というか止めてくれ。
警備大変すぎる。
職業上そう思ってしまった。
「お姉さまは、お家でシャイアお兄さまの演奏を聞いたことがあるんでしょう?」
「ええ、あるわよ」
家族のお祝い事の時などにはいつも演奏をしてくれる。
シャイアの演奏は、サウス公爵家の晩餐会の目玉イベントにもなっている。
「いいなあ。あたしも聞いてみたいなあ」
じゃあ今度うちにおいで。
そう喉まで出かかったが、止める。
保護者の許可が得られないのに、気軽に男爵家令嬢をお誘いはできないのだ。
その日もララ様は笑顔で手を振ってくれたけれども、最後に振り返った時は寂しそうにうつむいているのが見えた。
「風流人」がなんなのかよくわからなかった結果、ファイラ君は芸術関係に強い人、ということになりました。
しかし私が芸術関係に弱いので、描写がふわっとしています。一応勉強はしたんだけど、ごめんねファイラ君。




