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3-2

十番街の小さな集合住宅にお忍びで向かうと、ユーリナ様はちょっと驚いて、一瞬寂しそうにうつむいた。

多分お兄様だと思ったんだろうな。ごめんね、義妹で。


「兄にはまだ知らせていません。たまたまお見かけしたので、来ちゃいました」


そう軽く伝えると、ユーリナ様は困ったようにお茶を入れてくれた。

侍女が一人いるけれど、ご息女のお昼寝タイムで手が離せないそうだ。空気読めなくてごめんね。


「私が愚かだったんです……」


とりあえず黙ってお茶を飲んでいると、ユーリナ様はうつむいたまま話し出した。

「私は領地からほとんど出たこともなく、学園に入学する為にやってきた皇都で、あまりの人の多さに驚いてしまって……学園へ行くのに迷って、従者ともはぐれてしまって。途方にくれていたら、なんだか人相の悪い人達に声をかけられて、私もうどうして良いのか分からなくて。肩を掴まれそうになったとき、助けてくれたのがトーノス様だったんです。トーノス様はまだ背も小さくてあどけなさが残っていたんですが、堂々とした態度で怖い人たちを追い払って、私を学園まで案内してくださって。皇都にはこんな素敵な殿方もいるんだって、感動したんです。」


確かにそれはヒーローに見えるだろうなあ。私は黙ったまま、視線で続きをどうぞと促した。


「二年後に、トーノス様が学園に入学されて。その時彼の方から声をかけてくれたんです。私、最初はあの時の子だって分からなくて。ぐっと背も伸びて、身体つきも逞しくなっていらしたから。そんな彼に「また会いたいと思っていました」なんて声をかけられてもう有頂天になってしまったんです……。それからお付き合いをさせていただいて。彼にはもう結婚を約束したマリーチェロ様がいらっしゃいましたけど、まだ学園には入学されていなかったので、顔を合わせることもなくて。彼からは、第一夫人はマリーチェロ様と決まっているけれども、当主になるのだから第二夫人を持つこともできる。君といると心が休まるんだなんて言われて私もう舞い上がってしまって……。」


有頂天になって舞い上がって、忙しいなあ学園時代のユーリナ様。


「卒業してからも領地には戻らず、学園で下働きをして暮らしました。彼は約束どおり、マリーチェロ様と結婚した一年後に私の事も迎え入れてくれました。マリーチェロ様も、複数の妻を持つのは当主の甲斐性、第二夫人の面倒を見るのは第一夫人の役目だからと、仰ってくださいました。でも……」


ユーリナ様が言葉を止める。私が黙って待っていると、やがて口を開いてくれた。


「段々とマリーチェロ様がイライラされることが増えてきて。妊娠されてお身体の変化があった事や、侯爵夫人としてのお仕事が行き詰まっておられたんですね。私、皇都の常識も分からなくて、お役に立てなくて……怒鳴られる事が増えたんです。そうしたら、トーノス様が私を庇って、マリーチェロ様はますますイライラされて……」


マリーお姉様、かなり悪阻がきつそうだったもんね。何も食べられなくてやせ細ったかと思ったら今度は食べ続けないと気持ち悪くて仕方がないって……。前世だったら入院だったかも。

それでも新興侯爵夫人として色々やっていたからね。そりゃあストレスだったでしょう。


ユーリナ様も、子爵令嬢から侯爵夫人に上がったとなると、常識やマナーもわずかに異なってくる。

学園時代もあまり皇都を出歩いていなかったみたいだし、高位貴族の知り合いも少ない。

となると、公爵令嬢として育ってきたマリーお姉様からしたら「どうしてこんなこともわからないの!」って言いたくもなるんだろうなあ。

どっちが悪いとかそういう訳じゃないけど。


せめてユーリナ様を指導したり、マリーお姉様をフォローしてくれる立場の人がいればよかったんだけど、新興侯爵家だから引退した夫人、とかいないんだよね。

お兄様が予定通りサウス公爵家を継いでいたら、お母様がマリーお姉様もユーリナ様も指導してくださったんだろうけど、お母様は今、私のフォローに忙しいからなあ……。


あれこれ私が悪い? 

違うよね?


「誰にとっても良くないと思い、出産を機に生まれ故郷に戻りました。本当は一年くらいでサウス侯爵家に戻るつもりだったんです。そのつもりで領地を出たんですけれども、皇都についたらどうしても足がすくんでしまって、かと言って、サウスとの繋がりを期待している故郷にも戻れなくて……」

「それで、十番街で母娘ひっそり暮らしていたって事ですか」

頷くユーリナ様。


悲し気な表情で、なんだか色気がすごい。

これはシャイアには見せられないなあ。ころっと行くわ、きっと。


しかし、なんと言うか……お兄様のやらかしっぷりが想像より酷い……。


悪阻に苦しみながら頑張っているマリーお姉様のことをもっと労わってあげてよ。

必死でやってるのに夫にまで敵扱いされたら逆効果だってわからないものかしら。


お茶を飲みながら考える。


当主は複数の配偶者を持つのを推奨されているけど、それは後継ぎを多く残す以外にも、当主がとっても多忙だからっていう理由もある。


当主の仕事は一人だけではこなせないから、それを補佐する役割が配偶者になる。

例えば当主が城に勤めているのであれば、配偶者たちは屋敷の取り仕切り・子どもたちの教育・社交・領地の管理や運営をこなしていく、みたいな。


複数の配偶者がいたとしても、その役割の割り振り方は家によってさまざま。

例えば社交が得意な第一夫人が社交・屋敷の取り仕切りを担当し、勉学の得意な第二夫人が子の教育と領地の管理をするとか。

第一夫君は皇都で、第二夫君は領地でそれぞれ屋敷を切り盛りしていくという家もある。

もしくは第一夫人がすべてを取り仕切り、第二夫人以下が第一夫人の指示で動いている家もある。

極端な家だと、実務的なことは全て第二夫人が執り行って第一夫人はひたすら当主とイチャコラして当主をおだてて機嫌を取る……なんて家もあるみたい。


どれを選ぶかは家次第だけど、役割を決めたのならそれを守らなければならない。

そして、愛情に関しても同じこと。


序列を決めるなら序列通りに、平等にするなら平等に。


マリーお姉様の生家ライト公爵家は、女性当主の家系。

第一夫君が第二夫君以下を指導して、配下に置くスタイル。

マリーお姉様はそれを見て育っているから、自分が第二夫人ユーリナ様の上司になったつもりだったのだろう。

そうなるとお兄様はマリーお姉様を第一の夫人として敬って優先して、ユーリナ様のことは何でも「二番手」にしなければいけなかった。


ところがマリーお姉様に叱責されているユーリナ様をかばってしまったのだ。


マリーお姉様からすれば下剋上だ。

これがマリーお姉様の怒りを買ったのだろうと思う。


まあお兄様は複数の妻をどう扱っていいのか、よくわかってなかったんだと思うけど。

うちの両親、高位貴族としては珍しく一夫一妻だし。私も未だにピンときてないし。


さて、どうしたものかな? お茶を飲み終わったので改めて考えてみる。


ユーリナ様をこのまま十番街に置いておくのはやめておきたいなあ。

なんの拍子でシャイアに見つかるかわかんないし。死亡フラグは立つ前に倒したいのよね。

あと単純に治安があんまりよくない地域だから心配。小さい子も一緒だしね。


かといって、お兄様の家に帰るのも、どうかなあ。

今のところマリーお姉様は機嫌よく過ごしているけど、それは新興侯爵夫人としての仕事が板についてきたっていうよりは、娘が3歳になって育児が落ち着いてきたっていうが大きいんだと思う。

そろそろ侯爵家にウチから領地を譲るっていう話も出ているからやる事も増えるだろうし。


それに何より侯爵家の子が娘二人っていうのも不安があるから、当然、マリーお姉様が二人目三人目を妊娠することを考えているはず。

となると、また悪阻で苦しむことになるところに、ユーリナ様を連れて行っても今回と同じことになるんじゃないかな? 


ユーリナ様が先に二人目を妊娠したりしたら、もっと荒れそうだし。うん、無いな。


奥の部屋から子どもの泣き声が聞こえてきた。

どうやらかなりご機嫌斜めみたい。


「起きてしまったかしら。今日のところはこれで失礼しますわ」

「ロゼア様、こんなところまでご足労頂き恐れいります」

頭を下げるユーリナ様にお土産という名の援助物資を渡して、自宅に帰る。


さて、どうしたものかな?


ユーリナ様は困窮しきる前にロゼアちゃんが発見してくれているので、源氏物語のように通りかかった男性に声をかけるほどには困っていない設定です。もうあと数年していたらどうなっていたかはわかりませんが。


さてこの状況。どうしましょう?



読んでいただいてありがとうございます。


★★★★★やいいねをポチってもらえるとモチベーションが上がります。


どうぞよろしくお願い致します。

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