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「お招きありがとうございます、セミリア・バグスカイ伯爵夫人」

「セミリアとお呼びになってくださいロゼア・サウス公爵令嬢……いえ、次期公爵とお呼びするべきかしら」

「ロゼアで結構です。では、セミリア様」

バグスカイ伯爵家の応接間。向かい合って紅茶をいただきながら、私は改めて、セミリア様について思い返していた。


セミリア・バグスカイ伯爵夫人。23歳。源氏物語ではきっと空蝉の君。

私の二つ上なので、貴族学園時代の先輩でもある。とは言っても私が入学してすぐの頃にセミリア様のお父様が急死されて領地にお戻りになっていたので、あまり接点はなかった。


ただ、私と同じく皇太子妃になるかもって言われてたお人なんだよね。

お父様が亡くなられたことでその話は無くなったと聞いている。

セミリア様の生家はフォトサマー辺境伯家。辺境伯家の第一子、長女としてお生まれになり、学園に入学するまでは領地でお過ごしだったはず。

ご兄弟は年の離れた弟君がお一人だけ。


美人、とも不美人、とも言えない平均的なお顔立ちではあるけれども、一つ一つの所作がとっても綺麗で、お顔以上に美しく見える。

妃候補であったことも頷ける御方ね。たくさん努力されたんだろうな。


「シャイア様の事ですよね。あの人とはなにもなかったんです。噂を止められず申し訳ありません。」

頭を下げられる。


うーん、本当かな? 

源氏物語ではクロだったけど、ラノベではシロだった? 

そういうこともある……のか? 


わからん。


ああ、ラノベを読んでおけばよかった。


でも、何事もなかったにしては顔色が優れない。

正妻を前にして本当のことを言えないだけ?


「えっと、では他に何か心配事がおありに?」

「いえ……ロゼア様にお話しするようなことでは」

「こうなったのも何かの縁ですから、話してみてください」

そう促すとセミリア様は視線をさまよわせてから、口を開いた。


「すみません、実はその、あの日、急に灯りが消えて怯える私をシャイア様が抱きしめてくださって」


えっ? 

何もないは嘘ですか? 

事細かには聞きたく無いよ?


「それで私、動揺して、シャイア様を思い切り突き飛ばしてしまいました」

 

そっちか!

それは言いづらいね! 

次期公爵夫君だもんね! 

元皇子だもんね!


「その時私気がついたんです、私が夫を心から愛していると言うことに」


まさかの急展開! 


でもあるある……かな? 他の男に言い寄られて真実の愛に気付く、みたいな?


「それで一晩中、夫への恋愛相談に乗ってもらっていました」


確かにシャイアとは何もなかった! 


むしろ夫への愛を自覚したのに浮気の噂を立てられちゃったのか……キツイね。


「ここまで来たのでバグスカイ伯爵との事も聞いても良いですか?」

私が聞くとセミリア様は頬を染めて視線をさまよわせた。

「どこからお話すればいいかしら……長い話になるのですけれども」

「大丈夫ですよ、ゆっくりお願いします」

では初めから、とセミリア様は、目を潤ませ話始めた。


完全なる恋する瞳。こいつぁ長くなりそうだ!




「私がまだ、貴族学園に通っていたころの話です。三年生が始まってすぐ、父が倒れたとの知らせが入りました。急いで休学届を出してフォトサマー辺境伯の領地へと帰りましたが、帰ったころには父は神の元へと旅立っておりました。あの頑丈だった父がまさか、という思いと、急な葬儀の手配で忙しくしておりまして、弟、コギーが妙にやせ細り、暗い顔をしていることに、しばらく気が付くことができませんでした。」


バグスカイ伯爵のお話にも出てきた弟君、コギー・フォトサマー次期辺境伯。確か今15歳のはず。

源氏物語でも「小君」っていう人がいたような気がする。


「コギー様はまだ幼くいらしたのでしたよね。」

「ええ、九つになったばかりでした。ロゼア様はご存知のことと思いますが、私は学校を卒業した後は皇太子殿下に輿入れさせていただくつもりでした。フォトサマー辺境伯はコギーが継ぐ予定だったので。ですがあまりに早く父が亡くなってしまい、成人はおろか、デビュタントも済ませていない子どもがフォトサマー辺境伯を継ぐことに、苦情が届けられたのです」


それはまあ、わかる。


「それで私は輿入れをやめて、コギーが成人するまで辺境伯を継ぐか、もしくは辺境伯代理として領地を切り盛りしていこうかと考えました」


後継ぎが未成年の場合、後見人という形で爵位の代理が認められる。ロクサーヌ様も、ご息女アキエル様が成人されるまで一代公爵代理をなさっている。


「ですが、父の弟でフォトサマー男爵である叔父様が、辺境伯代理として私は若すぎるとおっしゃって。私を叔父様の第四夫人として、自分がフォトサマー辺境伯を継ぐと名乗り出られたのです」


私は頭の中で貴族名鑑をめくる。

ザック・フォトサマー男爵。フォトサマー辺境伯家の次男として生まれた。

お金を出して男爵位を買い、フォトサマー辺境伯家から領地を分け与えてできた新しい男爵家、その当主だ。

確か今36歳、ということはセミリア様の父親が亡くなられたときには31歳ということになる。


31歳歳の叔父と17歳の姪の結婚。

前世の感覚だと「ありえない」ことだが、政略結婚が基本である今世のことを考えると別段ありえない話ではない。


「私としては、コギーに確実に爵位が渡るのであれば、その結婚もやぶさかではないと思いました。でも」

セミリア様は声を震わせる。

「叔父様は、本当は、自分が辺境伯家を継ぎたかったのです。長男として生まれた私の父を憎んでいました。そしてその跡取りであるコギーのことも。だから父に毒を盛り、弟を屋根裏部屋に閉じ込めたのです」


あまりの急展開に耳を疑う。恋バナだと思ってたらミステリーじゃん。


「え、それは、つまり殺人では……」

「……証拠はありません。でも使用人たちの話では、叔父様と久しぶりに食事をとった直後に父は急に倒れたといいます。そして父が寝付いたのを見た叔父様は、流行り病だといけないと言って弟を屋根裏部屋に隔離しました。弟は、一日に三度の食事が与えられるだけで、父が死ぬまで誰とも会わずに過ごしていたそうです」


「それは……使用人たちはザック様の味方だったという事ですか?」

「忠誠心の篤い使用人たちは、倒れた父の世話や辺境伯家の領地管理の代打を務めたり、また、叔父様の指示でフォトサマー男爵家に派遣されていました。その時屋敷にいたのは、フォトサマー男爵家から連れてこられた使用人たちでした」

つまり最初から、兄を毒殺し、甥を監禁あわよくば衰弱死させ、姪と結婚して辺境伯家を乗っ取る計画だったのだろう。


「コギーは脅されていました。監禁されていたことを誰かに話したら殺すと。それでも私と叔父様の結婚話が持ち上がったのを聞いて、私の命も危ないと、泣きながら話してくれたのです」

コギーはどんなに辛かったでしょう、とセミリア様は呟いた。

「ある日突然父が倒れ、唯一の肉親である姉は遠い皇都。叔父に屋根裏部屋へと閉じ込められ、出られたと思ったら父は死んでいる。同じ目にあいたくなければ誰にも話すなと脅される……」

涙を一筋こぼしながら、セミリア様は続けた。

「私が叔父様の第四夫人になったとしたら、叔父様は正当な後継者であるコギーを殺すでしょう。私も殺されるかもしれません」


否定したいけど、難しそうだ。


「途方に暮れているときに、父の親友であるイヨルド・バグスカイ伯爵が駆けつけてくださったのです。父には学園時代にお世話になった、葬儀には間に合わなくて申し訳無い、なにか困ったことがあればいつでも力になると。それで私、イヨルド様にコギーの後見人になってほしいとお願いしました。身内の恥ではありますが、なりふり構ってはいられなかったのです。イヨルド様は私の話を聞いて、このまま此処にいるのは危険だと、私と弟を皇都へ連れて行ってくれました。そして、自分は妻に先立たれて独り身だから、形だけの結婚をしないか、とおっしゃってくださったのです」

初めはご子息であるノーマン様との結婚を提案されたのですけど、とセミリア様は困ったように言う。

「ノーマン様は私のことがお嫌いなのでしょうね。領地から帰って学園に戻った後、『お前のような田舎娘、頼まれても嫁にはもらえない、父上は本当にもの好きだ』と仰っていましたし」


ノーマン・バグスカイと言えば私の一つ先輩、セミリア様の一つ下だ。皇都育ちなのを鼻にかける嫌な奴だと思っていたけれど、どうやらその認識で合っていたらしい。

ん? 

でも確か源氏物語では将来的に空蝉の君に言い寄ってなかったっけ……。


「それで、私とイヨルド様は卒業後すぐ結婚しまして、私はバグスカイ伯爵夫人兼、フォトサマー辺境伯代理となりました。もしもイヨルド様と結婚できていなければ、叔父様は無理にでも私と結婚していたでしょうし、コギーも無事ではいなかったでしょう。実際、結婚するまでも、そのあとも、幾度も嫌がらせを受けました。だから私は、イヨルド様にとても感謝しているのです」


セミリア様はようやく、微笑まれた。

皇太子妃になる予定から一遍、伯爵夫人かつ辺境伯代理になったのだ。

かなりの苦労があっただろう。

それでも瞳には、越えてきた苦労より恋する喜びが見て取れた。


「コギーもやっと貴族学園に入学して、来年にはデビュタントを迎えます。そうすればフォトサマー辺境伯爵として、やっていくことができます。正式に後を継いでしまえば、叔父様には何もできません。これでやっと、イヨルド様のご負担も減らすことができるはずです」

まだまだ次代が生まれていない以上、安心はできないとも思うけど。今は置いておいて。

「苦労、されたんですね」

弟のために必死にやって来て、ようやく落ち着いて改めて夫への愛に気付く。

うん、なんかいいんじゃない?


「そんな時にうちの夫が余計なご苦労をかけまして誠にもうしわけありません……」

「えっ、いえその、気にしないでください! あの時心細かった時に居てくださったのはとてもありがたかったですし、支離滅裂な私の話も、真摯に聞いてくださって……夫に誤解されたことだけは悲しかったんですけど、それ以外では感謝しているんです」

「……セミリア様は、イヨルド様と離縁するつもりはないんですね」


 答えはわかり切っているが、一応確認。


「あり得ないです。イヨルド様は私のことを娘のようにしか思っていないでしょうが、私は今はもう、イヨルド様のことは唯一の夫だと思っているのです。イヨルド様はコギーが成人したらバグスカイ領に戻るつもりだと仰られていました。私もお供させていただいて、あの方と生涯を共にしたいと思っているのです」

そう微笑むセミリア様は、傷ついても傷ついても、その傷さえも美しく輝かせる宝石のように美しく。

「ノーマン様は、本当に見る目がありませんね」

私の言葉に、セミリア様はきれいに笑った。


ザックさんは本作品二人目の「源氏物語にはいないキャラ」です。覚えておかなくて大丈夫です。

ノーマンさんは登場します。名前は出なかったはず。確か。

次回、セミリア編完結!


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