山梨編 第五話:静かな湖と塩の誘惑
ソフトクリームを食べ終えたのは、朝の9時半を少し過ぎたころだった。
ハートランド朝霧――たぶん、全国でも珍しい「セルフサービスのソフトクリーム屋」は、やっぱり変わってて面白かった。牛はいなかったけど。
「さて、時間は……まだラーメン屋は開いてねぇな」
腕時計を見る。9時45分。開店は11時。まだ時間がある。
バイクに跨り、エンジンをかける。乾いた音が朝霧高原に鳴り響き、少しだけ背中が伸びた。ここから山中湖方面へ向かえば、ちょうどいい時間になるだろう。せっかくだからどこかで富士山が見える場所に寄っておこう、とスマホをいじる。
向かった先は「西湖」。
朝の冷たい空気が、高原から湖へ向かう道を吹き抜けていく。道は比較的空いていて、ゆるやかに曲がる峠道を滑るように下っていく。途中、木々の合間からちらりと富士山の頂がのぞいた。
「お、出てきたな富士……!」
西湖に着くと、湖面の向こうに雲の隙間から富士山が少し顔を覗かせていた。
完璧な姿ではないが、それでもこの旅の目的――富士山を見ながら酒を飲むというミッションの、前哨戦といったところだ。
「今夜、晴れてくれよ……頼むぞ富士山」
そう願って湖畔を後にする。
山中湖へ向かう途中、気になっていたラーメン屋がある。「リールカフェ」だ。テディベアワールドミュージアムの隣にある洒落たラーメン屋で、ラーメンとカフェが融合したようなスタイルが妙に気になっていた。
開店は11時。現在10時40分。時間は完璧。
「俺、グッジョブ」
鼻歌混じりで現地に着くと、異様な光景が目に飛び込んできた。
ずらりと並ぶ中学生らしき集団。ざっと見て20人以上。
「うわ、マジか……修学旅行か?」
泣きそうになりながら列の後ろに並ぼうとしたそのとき、引率の先生らしき人が声をかけてきた。
「すいません、時間がかかるのでお先にどうぞ!」
まさに、神。
「えっ、マジですか?す、すみません、ありがとうございますっ!」
平身低頭でお礼を述べ、厚かましくも先に並ばせてもらう。生徒たちからも「どうぞ~」と笑顔をもらい、背中がチクリと痛む。大人のズルさに似た罪悪感。でも、ラーメンのためには……背に腹は代えられぬ!
開店と同時に券売機の前に立つ。頼んだのは塩ラーメン。
透き通ったスープ。細麺。香ばしい小麦の香りが鼻をくすぐる。
「うま……なにこれ、うま……!」
空腹ではないはずの胃袋が、スープのひと口でギアを入れ替える。気づけば、箸が止まらない。最後のスープ一滴まで、丁寧に胃の中へと流し込んだ。
「いや、食べ過ぎだろ……」
苦笑しつつ店を出ると、胃袋が満腹を主張しはじめる。それに合わせて襲ってくる眠気。さすがに無理はできない。近くの公園にバイクを止めて、ヘルメットを脱ぎ、地面にシートを敷く。
あとは……目をつぶるだけ。
あっという間に、意識がスッと遠のいた。
次に目を覚ましたのは、一時間後。腰が痛い。寝起きの身体を伸ばしながら、ぼんやりと空を見る。
「さ、今日の宿を決めるか」
酒と食材の買い出しを済ませて、目指すは湖畔のキャンプ場。
洪庵キャンプ場は以前に家族で行ったことがある。今回は別の場所にしよう。検討の末に選んだのは、精進湖キャンプ場。
電話で確認すると「空いてますよー」とのこと。
「よっしゃ、今日の夜はここだ!」
再びエンジンをかけ、キャンプ道具を満載にしたバイクとともに、湖へと走り出す。湖畔と富士山への期待に胸が高鳴るなか今見える富士山に雲がかかり始める
。
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