【第三話】「朝もやの湖と、峠に咲く会話」
──午前5時30分。
テントの外、まだ空は薄暗い。
シュラフから這い出し、冷えた空気に身を晒す。湖面は静かで、山の稜線がゆっくりと朝焼けに染まろうとしている。
小鳥のさえずりと、時折聞こえる対岸の釣り人の話し声。
焚き火台には昨夜の名残りが白く残っていた。新たな薪をくべて火を起こし、コーヒーを淹れる。コンビニで買った安い豆でも、キャンプ場で飲めばご馳走だ。
今日の朝食はシンプルに。
昨晩、奥多摩の道の駅で手に入れた地元産のベーコンと卵、道端で買った新鮮なトマトを使い、目玉焼きと焼きベーコン、トマトを添えて、フランスパンを軽く炙るだけの簡易プレート。バターを落とし、コーヒーと一緒にいただく。
「これで十分、最高の朝だ」
湖畔の景色が、少しずつ光を帯び始める。対岸の木々も色を取り戻し、鏡のような湖面に映っていた。
■
撤収を終えたのは8時過ぎ。
今日もゆったり、ソロキャンプツーリングらしく下道を行こう。奥多摩周遊道路を抜け、青梅方面へとバイクを進める。
この道はライダーにとって憧れでもあり、試練でもある。緩やかなカーブ、突然現れるタイトなコーナー。対向車に気をつけつつ、己のリズムを守りながら走る。
途中、月夜見第一駐車場で休憩。ここは奥多摩湖が一望できる絶景スポットだ。
Z900を止め、景色を眺めていると、一台のバイクが隣に滑り込んできた。
──ヤマハのXSR700。若い男性ライダーがヘルメットを脱ぐ。
「お疲れ様です。……いいZ乗ってますね。」
「ああ、お疲れ。今日はどっちから?」
「青梅から、ぐるっと回ってきました。峠は朝が気持ちいいですね。」
互いに缶コーヒーを手にし、バイク談義が始まる。年齢は20代半ば、東京在住とのこと。グループキャンプはよくやるらしい。どこか人懐っこい笑顔で、口調は穏やか。
「キャンプですか? 昨日、湖畔ですか?」
「うん、焚き火と酒、いい時間だったよ。」
彼は少し羨ましそうに頷いた。まだソロキャンプ道具は揃えていないが、そのうちやりたいという。
「でも、ソロって勇気要りますよね。なんか……寂しそうで。」
「慣れれば、静けさがご馳走になるよ。下手に騒がれるよりよっぽどいい。」
互いに笑い合い、少しだけバイクや道具について話し込む。最後は自然と「じゃ、またどこかで」と別れる。このくらいの距離感が、ライダー同士にはちょうどいい。
■
道は青梅から飯能を抜け、のどかな田園風景へと変わる。
ヘルメット越しに感じる秋の匂い。金木犀と枯葉と、微かに燃える薪の匂いが混ざる。信号で止まれば、近くの畑では年配の女性が野菜を洗っている。そういう光景もまた、ツーリングの彩りになる。
「……さて、そろそろ帰るか」
奥多摩から家までは数時間。バイクは静かに走り出す。
また、どこかへ行こう。
また、どこかで誰かと話そう。
そして、またソロキャンプで火を起こそう。
次の目的地は、きっともっと遠くて、もっと静かで、もっと美味い。
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