【東北編・第九話】
弘前の朝は静かだった。前夜に飲んだ地酒の影響もあり、ゆっくりとした目覚め。
朝風呂で目を覚まし身支度をし、外へ出る。林檎畑越しに見える岩木山を一枚スマホに収めると、バイクのエンジンをかけた。ここから青森市街までは下道で約2時間。わざわざ遠回りしてでも津軽平野の中を走りたくなる。この土地の空気は、どこか懐かしく心地よい。
途中、小さな道の駅に立ち寄った。地元のおばあちゃんが手作りの林檎ジャムとバター餅を売っていた。特に予定もないので、コーヒーと一緒にその場で食べる。こういう時間が、ソロ旅の醍醐味だと思う。
「兄ちゃん、一人旅かい?」
おばあちゃんがにこやかに話しかけてくる。
「はい、キャンプしながら青森をぐるっと回ってるんです」
「そうけぇ。よぐ来たごど」
青森弁混じりの言葉が温かい。林檎畑の話、昔の大雪の話、何気ない世間話に20分ほど付き合う。お礼を言い、再び走り出す。
市街地に近づくと、だんだん海の匂いが混じってきた。青森ベイブリッジを目指し、その下にある「ねぶたの家 ワ・ラッセ」へ立ち寄る。巨大なねぶたが展示されており、圧倒的な存在感。隣では観光客向けに笛や太鼓の体験コーナーがあったが、遠巻きに見ていた。
昼は「のっけ丼」にする。青森魚菜センターで食券を買い、好きな具材を選んでいくスタイル。ホタテ、マグロ、イカ、イクラ、最後に少しだけ林檎の甘酢漬けをのせて完成。旅の終盤にふさわしい、東北の海の恵みだ。
市場を出ると雨が降り出した。急な空模様の変化に青森らしさを感じる。雨宿りも兼ねて、青森市内の銭湯「青森まちなかおんせん」に向かう。露天風呂は無いが、青森ヒバの香りが湯船から漂い、長旅の疲れをじんわり癒してくれた。
風呂上がり、休憩室で缶ビールを片手にスマホをいじっていると、隣から声をかけられた。
「キャンプ道具……バイク乗り?」
見ると、前に弘前で少しだけ言葉を交わした年配ライダーだった。彼は仕事をリタイアしてから、全国を巡っているらしい。
「青森、よぐ来たなあ。日本海側回って南下すれば、まだまだ楽しい道あるで」
地図を広げ、次の旅路について小一時間も話し込む。こうして、偶然の再会はまたひとつ、旅の記憶に刻まれた。
青森の夜は早い。雨は止み、空には薄く星が浮かび始めていた。
そろそろ帰路を考えねばならない。ここから群馬まで、また長い道のりが待っている。だが、もう一泊だけこの町の空気を吸っていこうと、ライダーハウスに宿を取った。
夜、軽く飲みに出た。酒場では、リンゴ農家の青年と知り合い、「いつか群馬に行ってみたい」と言われた。
「群馬はいいとこですよ」
そう返すと、彼は笑っていた。
旅はいつも、不意に終わりが見える。
青森の風を背に、また走り出す日が近づいている。
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