【第四話】焚き火と、夜明けの波音
夜。
潮風キャンプ場の高台には、焚き火のオレンジがぽつぽつと灯る。
火がはぜる音、時折吹き抜ける風。
遠くで波の音が聞こえていた。
Z900の隣、ローチェアに深く腰をかけて缶ビールを口に運ぶ。
一方で、葵は焚き火を囲むようにスキレットを取り出し、ミニアヒージョを作っていた。
「佐倉さん、キャンプ料理もけっこうやるんだな」
「普段は面倒でやらないんですけどね。今日みたいな夜は、ちょっと特別かなって」
にんにくとオリーブオイル、プチトマトとエリンギ、ベーコン。
ジュウ…と音が立ち、食欲をそそる香りが漂う。
それをつまみに二人で乾杯し、遅い夜が静かに深まっていく。
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◆ 静かに、語る
ふと、葵が少しだけ真面目な顔を見せた。
「前に話した“兄のバイク”……あれ、ホントはもう手放すって言ってたんです。でも、私がどうしてもってお願いして譲ってもらったんです」
「なんで、そこまで?」
「兄と一緒に、旅をしたかったから」
彼女の声には、どこか遠くを見つめるような響きがあった。
言葉を詰まらせたそのあとに、彼女は笑った。
「でも結局、兄は忙しくてなかなか一緒に行けないから、こうしてひとりでキャンプしてるんですけどね。あのSR、重いしキックだし大変なんですよ」
「でも、似合ってるよ。佐倉さんとSR」
「えっ…あ、ありがとうございます」
不意に照れたように視線をそらす葵。
少しだけ、言いすぎたかと内心で苦笑した。
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◆ 夜が明けて
午前5時。
風の音が静かになり、東の空が薄く染まり始めた。
「起きてますかー?」と葵の声。
シュラフの中からのそのそと顔を出す。
「起きてるけど…寒いな」
「でも、綺麗ですよ。見てください」
焚き火の跡の先、海の向こうから、朝日が顔をのぞかせていた。
潮風と焚き火の名残が混じる、特別な朝だった。
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◆ 小さな事件
午前8時過ぎ。
撤収を終え、二人は同時にキャンプ場を後にした。
「私は久留里に寄ってから千葉の実家に戻る予定なんです」と葵。
同じく房総半島を北上し、途中の木更津で再び合流することにした。
それまでの短い別れ。
しかしその後、木更津の「道の駅木更津うまくたの里」で再び葵と合流したとき、彼女の顔色が少し青かった。
「どうした?」
「実は……財布、なくしたみたいです」
「マジで!?」
葵は慌てた様子でバッグを何度も確認し、顔を赤らめた。
最後に寄った自販機前に置き忘れたのかも、と話す。
「今から戻るにも遠いし……でも、スマホはあるし最悪電子マネーは使えるから……」
そう言いながらも、どこか落ち込んでいた。
黙ってポケットから現金を取り出した。
「とりあえずこれ使え。いざって時は借りたと思えばいい」
「……ありがとうございます。絶対返しますからね!」
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◆ 別れ際、少しだけ
木更津のベンチで並んで食べたたい焼きの甘さが、やけに沁みた。
「じゃ、また。どこかで」
「うん、また。今度は兄も連れてきます」
そう言って手を振った葵のSR400は、夕陽に向かって小さくなっていった。
主人公はZ900のエンジンをかけた。
潮の匂いと、少しだけの寂しさを風に乗せて。
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