【第一話】信州ジンギスカン街道と、木崎湖の夜
エンジンに火を入れたのは朝6時。
群馬・伊勢崎の空はまだ薄暗く、吐く息が少し白かった。
梅雨明け間近の長野行き。目的地は「木崎湖キャンプ場」。
だが、今回はただの直行ルートではない。信州を縦断し、途中「ジンギスカン街道」で飯を食う――そんなこだわりを胸に、Z900を走らせた。
上信越道は使わない。
節約もあるが、何より「下道を制してこそ旅」という妙な美学がある。
渋川を越え、長野原、菅原高原と抜けていく。
途中のコンビニで缶コーヒーを買ったとき、偶然隣に止まっていたのが「レブル1100」に乗ったライダー。彼は長野市に住んでいて、今日から二泊三日で信州一周キャンプ旅らしい。
「どこ行くんすか?」 「木崎湖。ジンギスカン食ってから、キャンプ」
彼は笑った。 「それ…超信州っすね。最高」
缶コーヒーを飲み干すと、彼とはその場で別れた。名前も聞かない一期一会。だが、不思議と気分が高揚していた。
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目指すは「信州新町」。そこにはジンギスカン街道と呼ばれるエリアがあり、国道19号沿いに点在する専門店の一つ、「むさしや」にターゲットを絞っていた。
到着したのは11時40分。ちょうど昼どき。
古びた暖簾をくぐると、店内には観光客と地元の作業員らしき人たちが混ざって、いかにも「旨い予感」が漂っていた。
「ジンギスカン定食ひとつ」
網焼きではなく、鉄板にタレを絡めて炒めるスタイル。
最初のひと口で、あまりの柔らかさと香ばしさに、正直うなった。
――これが本場か。
脂は甘く、タレは甘辛で白飯が止まらない。肉は厚切りだが臭みは全くなく、ビールが飲めないのが唯一の後悔だった。
周囲を見渡すと、老夫婦や若いツーリングカップルの姿も。
一人で来てるのは自分だけだったが、店員の「兄ちゃん、遠くから来たんか?」の一言が、心をじんわりほぐしてくれた。
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腹を満たしたら、いよいよ本日のメインディッシュ――木崎湖キャンプ場へ向かう。
松本市街を経由し、大町を抜けて北アルプスの裾野へとバイクを進める。
時折、道沿いに現れる雪解け水の清流が、都会の汗を洗い流すように爽やかだった。
途中、謎の野良猫がバイクに乗ってきそうになるハプニングがあったが、振り払った拍子に立ちゴケ未遂。あやうくジンギスカンをリバースするところだった。
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木崎湖キャンプ場に到着したのは午後3時すぎ。
目の前に広がる湖面は静かで、透明度が高く、時折風にさざ波が立つ。
「……やっぱ、ここにして正解だったな」
受付を済ませ、湖畔から少し奥まった林間サイトに設営。
風が強くてタープが煽られ、ペグを一本打ち直す羽目になった。隣のサイトでは、同じくソロの男性ライダーが焚き火台をセッティング中だったが、目が合えば軽く会釈する程度。ちょうどいい距離感。
焚き火を熾し、缶ビールをプシュ。
昼に買った信州サーモンの刺身と、途中の道の駅で買った山菜をアテにちびちびやる。
「こんなんでいいんだよ、キャンプは」
誰に言うわけでもなく、ぽつりと呟いた。
日が沈み、湖の向こうに灯りが滲む頃、男性ライダーが一言だけ話しかけてきた。
「今日はいい風っすね。焚き火の煙が流れてくれて助かります」
そのまま話は膨らまなかった。
でも、その一言でなぜか「この夜は悪くない」と思えた。
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夜。
タープの下で、ジンギスカン街道の味を思い出しながら、酒を煽る。
スキレットで焼いたシメジと鶏肉のアヒージョが、夜風と相まって絶品だった。
湖から吹く風は冷たかったが、シュラフにくるまって、しばらく木々の音を聞いていた。
「……明日はどこ行こうかな」
そんなことを思いながら、いつのまにか眠っていた。
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