第六話:青と風と、パンの森――那須「ペニーレイン」
夏井川渓谷の静かな朝を後にして、主人公は南下を開始した。
時刻は午前9時を少し回った頃。福島県いわき市の山間から広い道へ出ると、ふたたびZ900のエンジンが唸る。
「いやー、今朝のコーヒーは沁みたなぁ…」
思い出すのは、朝に出会った青年キャンパーと焚き火の横で飲んだあの一杯。
それは“旅の締め”のようでありながら、まだ“続き”を期待させる余韻だった。
今日は帰路につく日――けれど、それがただの“帰るだけ”になるのはもったいない。
どうせならもう少し、もう少しだけ、旅を延ばしてもバチは当たらないはずだ。
そんなわけで、主人公はひとまず那須高原を目指す。
目当ては、かの有名な**「ペニーレイン 那須店」**。
ビートルズの名を冠したパン屋で、那須に行ったことがある人ならほぼ知っているというレジェンド級の人気店である。
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◆パン屋なのにテーマパーク感覚
那須の木々に囲まれた緩やかな坂道を登っていくと、青い屋根の洋館が姿を現す。
アンティーク調の外観、英国の片田舎を彷彿とさせるガーデン。そしてなぜかBGMはずっとビートルズ。
「うん、これこれ。浮かれた観光地感……嫌いじゃないぞ」
駐車場には県外ナンバーの車がずらり。バイクは端っこに停めさせてもらい、ヘルメットを脱いで店内へ。
「……混んでるな」
中にはトングを持った観光客たちが迷路のような陳列棚の間を縫うように行き来している。
さすが那須、そしてさすがペニーレイン。
だが、目当ての品は決まっていた。
1つは**「ブルーベリーブレッド」。そしてもう1つは「ベーコンエピ」**。
この2つは定番であり、土産としても抜群の安定感を誇る。
「あとクロワッサンもつけとくか……よし」
レジで会計を済ませた頃には、手提げ袋がずっしり重くなっていた。
さすがに暑さでパンがやられるのは避けたいので、持参していた保冷バッグに放り込み、Z900のリアボックスへ収納する。
(しかし…このパンの香りを嗅いで、今夜家族で食べる姿を想像するのも悪くないな)
普段はソロキャンプで“自分だけの世界”に浸る時間を楽しむ主人公だが、
旅の終わりが近づくにつれ、家族の顔を思い浮かべるのも悪くなかった。
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◆那須の空と、短い会話
ペニーレインの敷地内には、テラス席や小さな森の小径もあり、買い物後のパンをその場で楽しむ客も多い。
他の客同様、ベンチで一休みしていた。すると、隣に座った年配の夫婦が話しかけてきた。
「お兄さん、バイクで来たの? Z900だっけ、それ」
「ええ、よくご存じで」
「うちの息子も昔はCB乗っててねぇ。最近は結婚して乗らなくなっちゃったけど……今は孫とアンパンマンばっかよ」
笑いながら話すご夫婦は、どこか懐かしい温もりがあった。
「あんたも家族いるの?」
「ええ、一応。でも今日はちょっとだけ、ソロで放浪してるだけです」
「いいねぇ、そういう時間も。ちゃんと帰るのよ。奥さんと子どもが待ってるんだからね」
「はい。パンをお土産に、ちゃんと帰ります」
思わず、笑みがこぼれる。
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◆エンジン再始動、そして次なる目的地へ
パンの香りを背負ってバイクにまたがり、エンジンをかける。
那須の澄んだ空気の中、ビートルズの余韻がまだ耳に残っている。
「さて……次は宇都宮だな。餃子食って帰るか」
時計は11時を少し回っていた。
ビールを飲むかどうかでしばし葛藤することになるとは、まだこの時、知らなかった。
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