【第一話】夏の兆しと、目指すは陣馬形山
朝5時。群馬県伊勢崎市。
蝉の声がまだ静かな夏の朝。エンジンの点火音とともに、Z900が住宅街を抜けて走り出す。今日の目的地は、長野県の絶景キャンプ地――陣馬形山だ。
「ふう……さあ、いっちょ走るか」
主人公は背負ったシートバッグに手をやりつつ、目を細めた。ヘルメット越しに映る空はどこまでも青く、風はほんのりとぬるい。
今日のルートは、まず国道254号線で長野県佐久市を目指す。その後、塩尻方面へと向かい、伊那谷を南下して陣馬形山へアプローチする計画だ。赤城山方面には今回は向かわず、より中央アルプスを南下するラインをとる。
出発から約1時間半、高崎市を過ぎたあたりで小さなコンビニに立ち寄る。朝のコーヒーとおにぎりを手に、駐車場のベンチで一息。
「……あれ?」
駐車場の隅、オフロード系のバイクにまたがって地図を見ている青年がいた。オーバーパンツとジャケットの隙間から覗くスネには派手な擦り傷。どうやら転倒したらしい。
「兄ちゃん、大丈夫か」
声をかけると、青年は驚いたように顔を上げ、やがて少し照れたように頷いた。
「朝イチで林道に突っ込んで……コケちゃいました」
群馬から出る前に、まさかの出会い。連絡先を交換するでもなく、ただ「気をつけてな」と軽く挨拶して、主人公は再びZ900に跨った。
駒ヶ根に入る頃には昼近く。名物の「ソースかつ丼」の看板に吸い寄せられ、地元の食堂に滑り込む。
サクッと衣の音を立てて割れるカツに、甘辛いソースが染みていく。ご飯の量も多く、旅ライダーにはちょうどいいエネルギー源だった。
「うまいな……長野、やるじゃねえか」
満腹と満足を胸に再び走り出す。だが、陣馬形山を目前にしたところで、まさかのアクシデントが待っていた。
「……あれ? ここ、どこだ」
キャンプ場の入口が見つからない。地図アプリを開こうとスマホを手にするが、表示されたのは「圏外」の二文字。
「うそだろ……」
迷子状態で30分、舗装林道を右往左往する。
ようやく現地の軽トラに出会い、道を尋ねることで脱出に成功。
「やっと着いた……」
そこは雲を見下ろす天空のキャンプ場。だが風が強く、テントの設営がままならない。
「うお……ペグが効かねぇ!」
悪戦苦闘の末、ようやく張り終え、クーラーバッグからキンと冷えたビールを取り出す。
「ぷはぁぁ……生きてて良かった」
その隣にいた、黒いV-Strom250のライダーがふっと笑った。
「迷いましたか?」
「……ああ。お宅も?」
「もちろん」
男同士の会話はあまり広がらず、互いに干渉しすぎない距離感が心地よい。
今晩のメニューはアヒージョとステーキ。ニンニクの香りが立ち上る中、肉を焼き、ビールが次々に空いていく。
やがて空が藍色に染まり、ふと目を上げれば、眼下には街の灯りが滲む。
「……まるで宝石箱じゃねえか」
夜が更けていく。
(第二話へつづく)
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