【第二話】房総半島の道の駅にて、再び
九十九里浜を背に、南へと続く海沿いの国道。心地よい潮風とともに、Z900のエンジン音が体に響く。時刻は午前11時。市原SAでソフトクリームを食べてから、もう1時間以上が経っていた。
昼食を取るタイミングを見計らいながら、適当な名物でもないかと頭を巡らせていた矢先、「道の駅 たけゆらの里おおたき」の看板が目に入った。
バイクを停め、ヘルメットを脱ぐと、ふわりと春の匂いが鼻をくすぐる。大多喜はタケノコが名物らしく、敷地の片隅では地元のおばちゃんたちが小さな屋台を出していた。
「タケノコご飯に、タケノコの煮物セット、お兄さんどう?」
「じゃあ、それをひとつお願いします」
炊きたてのタケノコご飯はほのかな甘さと香りが心地よく、優しい味付けの煮物が疲れた胃に沁みる。木陰のベンチでゆっくりと噛み締めながら、次の目的地を頭に描く。
目的地のキャンプ地は、南房総市の「オレンジ村オートキャンプ場」。果樹園に囲まれたのんびりとしたキャンプ場で、温泉も近くにある。海にも出られるし、初心者向けでもある。そう決めていた。
「……あれ?」
駐車場の向こう、青空の下に見覚えのあるバイクのシルエット。SR400。間違いない。市原SAで見かけたあの女性ライダーのものだ。売店の脇で、地元ライダーらしき二人組に囲まれている。どことなく、うんざりした様子。
目が合うわけでもなく、声をかけることもない。ただ、タケノコご飯を噛みながら、なんとも言えぬ微妙な気持ちでその光景を眺める。彼女の表情は、「あー、また来たか」とでも言いたげだった。
「まぁ、旅先じゃよくあることだよな」と、心の中で呟く。
***
午後3時過ぎ、オレンジ村オートキャンプ場に到着。受付を済ませ、ほどよく視界の開けた芝生サイトにテントを設営。風も穏やかで、春の陽射しが肌に心地よい。
焚き火台を組み立てながら、缶ビールをプシュッと開ける。
「ふぅー……これだよ、これ」
たった一人、誰にも気兼ねせずに過ごす自由な時間。焚き火と星空の夜を思いながら、心を落ち着けていたそのときだった。
「……あの、隣、いいですか?」
その声は、ほんの数時間前に聞いたかもしれない、されど今が初対面のような――あのSR400の女性ライダーだった。
「すみません、なんだか見知った顔がいた気がして……」
事情を聞けば、このキャンプ場でもまた中年男性ライダーに絡まれ、逃げ口上として「友達と来てる」と言い出し、こちらに向かってきたらしい。
「別に構わないですよ」と答えると、彼女は安堵の表情を見せて、隣のスペースにテントを設営し始めた。
「佐倉葵です。23歳、福島から来ました。今日はソロキャンプデビュー戦です」
「こちらこそ。名前……まあ適当によろしく」
葵は兄の影響でバイクに乗り始めたという。SR400ももともとは兄のお下がり。予定では兄と一緒に来るはずだったが、仕事で来られなくなったとか。
「どこに行ってもオジサンばっかりに絡まれてて、正直うんざりしてました」
そう言いながら笑う彼女の目は、疲れと警戒を滲ませながらも、どこか安心したような色をしていた。
「そういえば、市原SAでも、道の駅でも見ました。声はかけられなかったけど、なんとなく、気になってました。あんまり話しかけてこなさそうだなーって」
(声をかけなくて本当に良かった……危うく“同類”になるところだった)
心の中で思った。
この夜は、焚き火を挟んで、程よい距離感で談笑が続いた。
次第に暗くなる空の下、火がぱちぱちと爆ぜる音が、ふたりの間にちょうどよい静けさをくれる。
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