フィクション 妙高高原編 第十話「峠越えと、親切すぎる地元民」
翌朝は快晴だった。崖の上で迎える朝日は、想像を超える美しさだった。テントをたたみ、Z900にまたがる。今日は帰路に就く予定だが、その前に一つ、気になる峠を越えることにしていた。
国道から逸れ、山道を登る。地図では「峠」と書かれているが、実態はほぼ林道。舗装もまばらで、砂利と落ち葉が散乱する。春とはいえ、標高が上がると気温がぐっと下がる。妙高で感じた寒さがぶり返してきた。
そして悲劇は、頂上を越えたあたりで起きた。フロントがヌルッと滑った。立ちゴケで済んだが、ミラーが曲がり、シフトペダルが若干内側に入り込んだ。走行には支障ないが、ショックは大きい。ここでバイクが壊れたら、帰れない。
ひとまずバイクを起こして座っていると、一台の軽トラが止まった。窓から顔を出したおじいさんが、「兄ちゃん、どうした?」と心配そうに声をかけてくる。
事情を話すと、ニッと笑って「ちょっとウチ寄ってけ」と言われるがまま、軽トラの先導で下山。たどり着いたのは、山の中の一軒家。庭には工具が並び、納屋には年代物のCB750が眠っていた。
「ワシも昔、バイク乗りでなぁ」
おじいさんは手慣れた手つきで、ミラーを直し、ペダルを軽く叩いて修正してくれた。しかも、コーヒーと手作りの漬物まで振る舞われた。
「今はネットで何でも済む時代だけど、困った時は人が頼りだろ?」
沁みる。バイク旅は孤独と自由の繰り返しだが、こんな一期一会があるから止められない。
帰路、国道に出る頃には、日が傾き始めていた。疲労はあるが、心は満たされていた。
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そして、帰宅へ
県境を越えて群馬に戻る道中、反芻するように思い出す。あの断崖の風、お母さんのワイン、ラーメンの出汁、立ちゴケの衝撃、そしてあのバイク好きのおじいさん。すべてが「旅」だった。
自宅のガレージにZ900をしまうと、少し寂しくなった。でも、また行けばいい。また出発すればいい。
だって旅は終わらないのだから。




