フィクション 妙高高原編 第八話「波打ち際の奇祭と、背負い猫」
朝。
潮風が鼻をくすぐる。能生の海岸キャンプ場は、朝焼けのなかで静かに目を覚ましていた。
「……風、おさまったな」
昨夜、あれほど荒れていた風はどこへやら。
Z900のシートは潮をかぶってしっとりしているが、それもまた“海キャン”の醍醐味。
テルさんはすでに撤収を済ませ、海辺でストレッチをしていた。
「今日、能生の町で“波除け祭り”ってのがあるよ。小さいけど、面白いぞ」
「祭り?」
「神輿じゃなくて“流し舟”なんだよ。舟にお札と魚を載せて、海に流すの。疫病除けと豊漁祈願。今どき珍しいっしょ」
そう言ってテルさんは「じゃな」と軽く手を振ってZRX1200にまたがり、去っていった。
地元の大工のくせに、バイクはしっかりしてる。
俺は撤収後、能生の町へと向かった。
道の駅の裏手、港の一角に、何やら人だかりができている。
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流し舟は、意外と手作り感満載だった。
漁師たちがベニヤと竹で作った小舟に、鯛やホタテ、昆布、さらに何故かキュウリまで載せている。
「キュウリって……」
「“水切り”って意味があるんさ。昔から能生じゃ、キュウリは“邪気を切る”食い物なんよ」
と、近くにいた赤ら顔の漁師風おじいちゃんが笑う。
聞けば、ここらの漁師町では“春先の風邪”が海から来ると信じられており、それを流して追い払うのがこの祭りの由来らしい。
10時、太鼓が鳴り響き、舟がゆっくり海へと流された。
観光客はほとんどいない。地元の、地元による、地元のための行事。
その素朴さが、なんとも良い。
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昼前、俺は近くの食堂で「カニ汁定食」を注文。
むせ返るような出汁の香りに、思わず目を細める。
「キャンプ飯もうまいけど、地元飯も別腹よな……」
しかし、事件はその後だった。
食堂の裏手でバイクのメンテをしていると、何かが背後に“ぬるん”と寄ってきた。
「……ん?」
振り向くと、白猫だった。
妙に人懐こい。しかも――
「おま……首輪してんのか?」
首輪には「ましろ」と書かれた札。飼い猫のようだが、明らかに野生味が残っている。
やけに体温が高く、スリスリとバイクのパニアケースにまとわりついてくる。
「だ、ダメダメ、燃料臭いぞ」
しかし、猫はお構いなし。気づけば俺のシートバッグに器用に乗っかっていた。
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「……いや、乗るなって。可愛いけど、旅には連れてけんのよ」
食堂の人に尋ねると、「ああ、その子、キャンプ場まで時々ついてく猫よ。気に入った人についてくの」とのこと。
猫まで旅人気質か……。
俺はましろに別れを告げ、バイクに火を入れた。
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次なる目的地は、糸魚川からさらに南下した「親不知」エリア。
断崖絶壁に沿った道、海と山の境界線。まさに「旅の終端」感あるロケーションだ。
その道すがら、俺はふと思う。
妙高からここまで、ずいぶん来たな。
キャンプして、温泉入って、怪談聞いて、カニ食って、猫と戯れて――
こんな旅が、日常のすき間に存在してくれてることが、どこか誇らしい。
そして次のキャンプ場には、何が待っているのか。
――それは、まだ誰にも分からない。




