フィクション 妙高高原編 第五話「廃鉱と雨と、もういない誰か」
目が覚めると、テントのフライシートを叩く雨音。
昨日の夜、狐面の老婆が夢に出てきた気がするが、もう思い出せない。ただ、朝の空気はやけに湿っぽく、地面からは山の匂いが立ち上っていた。
コーヒーを飲みながら、スマホで天気予報を確認する。
「昼から晴れ」という言葉を信じて撤収開始。だが信じた俺がバカだった。
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Z900にまたがり、南下。だが道はどんどん細くなり、やがて舗装が途切れた。
あれ、これ国道じゃなかったっけ?
周囲には誰もいない。草が伸び放題で、道路脇に何かの看板が傾いていた。
「山伏鉱山跡 → 1.2km」
地図にない道。興味本位で進むと、空が再び泣き出した。
森の奥、苔むした鉄柵の先に、煉瓦造りの古い建物が朽ちていた。屋根は抜け、壁に黒く煤のようなものが残っている。
鉱山跡。かつて栄え、そして捨てられた場所。
「うわ、廃墟マニアが泣いて喜びそうだな……」
雨のなかバイクを停め、建物の中を覗き込んだ。
鉄製のベッド、錆びた食器、そして壁に貼られた当時のままの“注意喚起ポスター”が残っていた。
> 「火気厳禁! 毎日の点検忘れるな!」
湿った空気のなか、時間だけが逆戻りしているような錯覚。
なぜか胸がざわつく。足元の水たまりに、何かが映った気がして振り返る――が、誰もいない。
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とりあえず、雨宿りがてらお昼にすることに。
屋根が少し残っている場所で、カップラーメンを取り出し、お湯を沸かす。
そのとき。
視界の端で何かが動いた。ゆっくりと首を向けると、誰かがこちらを見ていた。
少年だった。
鉱山作業員のような恰好で、ニット帽をかぶっていた。背中が濡れ、手には缶詰の空き缶を持っていた。
「……ここ、昔住んでたの?」
つい話しかけてみたが、少年は何も言わない。ただ微かに笑って、指をさした。
その先には、壁に残された黒板があった。かすれた文字で、
> 「おつかれさま。あしたもがんばろう。」
と書かれていた。
振り返ったときには、もう少年の姿はなかった。雨だけが、変わらず降り続いていた。
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夕方には晴れ間が戻り、森も鉱山跡も、現実に引き戻されたようだった。
なんとなく、来た道とは別の方へ抜け、県道に出ると見覚えのある道標。
「関温泉 ← 3km」
ちょっとした秘湯らしい。今夜はそこで一泊して、心身を温めよう。
テント泊は今日はやめて、たまには人のいる宿に泊まってみるのもいいだろう。
そう思いながら、Z900のエンジンをかけると、どこかで狐が鳴いたような気がした。
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