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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

出戻り聖女は元悪女。なので遠慮なく逃げますよ。

作者: Y.ひまわり

 ()()()()()()()()()()()()()


 ようやく苦しい受験を乗り越え、念願の大学に入ってキラキラしたキャンパスライフが始まる……予定だったのに。

 新しい服を買い、スキップしながら進もうとした矢先に地面が消えた。いや――突然現れた召喚陣に落ちるように、呑み込まれたのだ。



「おおお! 召喚は成功いたしました!」



 白装束で大きな杖を持った高齢の神官が、声高らかに宣言すると、周囲からワッと歓声が上がった。

 喜ぶ豪奢な装いの人々とは反対に、召喚陣を囲むように何人もの白装束がぐったりしている。


 ――ああ、彼らの魔力を搾り取ったのね。


 久しぶりの魔力に酔ったのか、正直とても気持ちが悪い。込み上げてくるものを必死で堪えていた。

 けれど、頭はビックリするほど冴えていて、蹲みこんだまま状況を冷静に見ることができている。


()()()()()()()、ようこそお越しくださいました。私はヴォワール国の神官、ガエルにございます。そして、こちらは我が国の輝く太陽、デュドネ・ヴォワール国王陛下にあらせられます」


 高齢の神官ガエルによって紹介されたのは、美々しい金髪に紺碧の瞳の、年齢的には二十代後半くらいの若き国王。思わず首を傾げる。


 そして、隣に立つのは――。


「王妃のクリステル・ヴォワールと申します。突然のことで驚かれていると思いますが、私たち……いえ、この国を救っていただきたいのです」

 

 一歩前に出て、両手を胸の前で組みふわりとお辞儀した、優しそうな可憐な美女。

 聖女であり、王妃となったクリステルは今もなお、キラッと光る聖女の()を首に下げたまま、無垢な笑顔を私に向けた。


「本来であれば、この国の聖女である私がその役目を担うべきなのですが……。()()()の呪いで、聖なる力が弱まってしまいました」

「クリステル、其方のせいではない! 全ての元凶はあの悪女にあるのだ。死んでからも、愛しき人を苦しめる彼奴を……私は決して赦さない!」


 妻を労るようにデュドネは、クリステルの肩を抱く。

「陛下……」と瞳を潤ませたクリステルは、夫を見上げた。


 ――吐き気がする。

 

 これは、魔力酔いでも何でもない。

 ()()元婚約者と、それを奪った元親友の顔に怒りが湧き上がったのだ。


()()()()()()()は、きっとまだ混乱されているでしょう。まずはお身体を清め、ゆっくりお食事を召し上がってください」


 元々の段取りかもしれないが。私が一言も返事をしないうえ、より怒りで顔が険しくなったせいか、神官ガエルが慌てて移動を促した。


「こちらの聖騎士シルヴァンが、聖女様をご案内いたします」


 聞き覚えのある名前に、ドクンと心臓が跳ねた。


 並んだ聖騎士の中から、飛び抜けて顔立ちの整った黒髪の青年が案内役に指名され、私に向かって歩いてくる。


「シルヴァンと申します。聖女様のことは私がお守りいたしますので、ご安心ください」


 聖騎士の、高い位置で結いてあった長く艶やかな黒髪が、屈んだ瞬間さらりと肩に落ちる。

 エスコートに差し出された手に震えながら手を乗せると、聖騎士は私の手を包み込むように、もう一方の手を添えた。




 ◇◇◇




 私は富樫雨音(とがしあまね)

 普通の日本人の大学生。と言っても、まだ入学式を終えたばかりで、あまり実感はない。

 いや違う。()()ではなかった。


 何故なら小学生の頃の球技大会で、後頭部にボールが直撃して前世の記憶を思い出したのだから。

 子供でも、異世界転生なんて有り得ないことだと知っている。だから、ただの夢だと思った。

 

 更に言ってしまえば、よくあるアニメとは逆バージョンだし。転生ものといったら、自動翻訳的な能力や、チートな魔法が使えたりが鉄板だもの。


 まさかね、と思ったら……うん、使えた。


 諦めて受け入れると、すんなり前世の記憶を掘り起こせた。

 前世の名はアウローラ・ド・リュブルーズ。

 公爵家に生まれ、光属性だった私は王太子の婚約者で聖女候補だった。


 幸か不幸か、転生系のファンタジーを読み漁ったら、ドンピシャな内容がたくさんあった。おかげで、当時では考えもつかないことが見えてきた。


 私は騙され、奪われ、殺されたのだ。

 最も信じていた親友で義妹のクリステルに。

 


 

 ◇◇◇




 クリステルとの出会いは、デュドネ殿下との正式な婚約が決まった翌年。私が八歳の時に、クリステルは公爵家へ引き取られて来た。

 私には兄弟姉妹はおらず、身寄りを亡くしたばかりだった遠縁のクリステルを、お父様が養女にしたのだ。


 デュドネ殿下が立太子されると、当然私は王太子の婚約者になる。つまり、婿を取る娘がいなくなり公爵家は跡取りがいなくなるのだ。そのため、養子を迎えることは決まっていたので、これも何かの縁だとお父様は言った。


 悲しい出来事があったばかりでも、健気に振る舞う天使のように愛らしいクリステルを、私もお母様も歓迎した。


 最初は緊張していたクリステルも、笑顔でいることが増え、いつも私にくっついて来た。

 私たちは、それはもう周りが認める仲の良さ。親友でもあり、本当の姉妹のようだと言われた。

 だからこそ、私に聖痕が現れた時、家族の中では一番初めにクリステルに教えた。聖痕が現れると光属性の力がより強くなり、聖属性に変化すると聖女としての能力が開花するのだ。


「アウローラおめでとう! やっぱりあなたが聖女様になるのね!」

「ありがとう、クリステル。聖女のお勤めも頑張るわ。デュドネ殿下も喜んでくださるかしら?」

「もちろんよ! これからアウローラは、妃教育に聖女のお仕事で、もっと忙しくなってしまうのね。嬉しいけど……私は……ちょっと寂しいわ」

 

 シュンとするクリステルに切なくなった。


「だったら、これから寂しくならないように、夜は私の部屋で一緒に眠らない? 手を繋いで寝たら、きっと寂しくないわ」

「……うれしい! アウローラ大好き!」

「私もよ」


 嬉しそうな笑顔で私にぎゅっと抱きついたクリステル。

 それから、毎晩仲良く手を繋いで眠るようになった。


 それなのに。


 強くなるはずだった光属性の力は弱まり、いつしか現れていた聖痕が消えていた。

 私は焦りと不安で、今まで以上に努力を重ねたが成果は出ない。日に日に苛立つようになり、感情を抑えられなくなっていった。両親や婚約者からの明らかな落胆を感じ、感情は更に暴走した。――自分でも止められないほどに。


 それでも、毎晩クリステルはやって来て、私を慰めるように手を握ってくれた。なのに、聖痕は私ではなくクリステルに現れたのだ。


 私はストレスでおかしくなったのか、それからの記憶は曖昧なことが多かった。

 尋常ではないスピードで物事が進み、デュドネ殿下との婚約も、聖女の認定も、私ではなくクリステルに替わり、両親の愛情も全て彼女に向けられていく。


 気がつけば私は――義妹であるクリステルを虐げ、殺害を企てた悪女として投獄されたのだ。


 両親すら会いに来なかったが、クリステルだけは私に会いにやって来た。


 そう、私の残り僅かな力さえも奪いに――……。



 ◇◇◇



 清めが終わり、聖女の衣装を身にまとうと、簡単な食事が用意されていた。

 晩餐は改めて招待されるそうだ。正式な謁見までの時間があるため、食べても食べなくてもいいらしい。

 

「慣れない場所で……緊張しているので、食事の間は一人にしていただけますか?」


 準備してくれた侍女たちに言うと、少し困った顔をして部屋の中で待機している聖騎士を見た。


「かまいません。私は立場上離れることはできませんが、他の者は下がらせましょう」


 私は頷く。

 この国では、護衛騎士であっても密室で未婚女性と二人きりになることは許されないが、聖女と聖騎士は特別な関係の為それが認められている。

 

「かしこまりました」と侍女たちが部屋を出て行くと、聖騎士シルヴァンと私は二人きりになった。



 

 それから暫くして――。


「大変お待たせいたしました」


 と、やって来たのは、私を召喚した神官ガエルと二人の聖騎士。


「国王陛下に謁見する前に、聖痕を確認させていただきたく」

「嫌です」

「……えっ!?」

「男性に見られては恥ずかしい場所なので、神官様以外は……この部屋から出てほしいです」


 もじもじと言うと、高齢のガエルは快諾する。貴族女性が肌を露わにしないのは一般常識。異世界からの聖女の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「それでは」と、ガエルが大事そうに抱えていた水晶に触れるように言う。触れることで、聖痕が輝くと説明して。

 私は素直に頷くと、水晶に触れることなく神官ガエルの手を触り『解呪』と唱えた。




 ハッとしたガエルは、キョロキョロと辺りを見回す。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ……大変失礼いたしました。ではもう一度」

「聖痕って、これですよね?」


 私は後ろ髪を上げ、うなじを見せた。



 ◇◇◇



 謁見の間に入ると、国王夫妻だけではなく見覚えのある重鎮たちも顔を揃えて待っていた。


 正式な礼もとらず、私が真っ直ぐに歩いて行くと、周囲はざわざわとする。「異世界人だから仕方ない」といった声が聞こえてきたが、知らん顔で通り過ぎた。


「体調は?」とデュドネ。


「だいぶ良くなりました。遅くなりましたが、アマネ・トガシと申します」

「大神官、聖女アマネの聖痕の確認は?」


「はい、見事な証がございました」とガエルは水晶をクリステルのもとに持って行こうとする。


「お待ちください!」と私は声を張った。


「国王陛下、ガエル様、クリステル様から離れてください! 呪いが暴走しそうです」


「なっ?! 何を仰って――」とクリステルは目を見開いた。


 デュドネを護るため、近衛が動く。聖騎士は反対にクリステルに集まって行く。


「皆様、動かないで!」


 私の鶴の一声で全員がピタリと止まる。


「クリステル様、私が呪いを解いてもよろしいですか?」

「……あなたが?」


 胡乱げに私を見た。それはそうだろう、呪いなんて最初から無いのだから。

 

「私には見えています。鮮やかな赤い髪の女性が。瞳は、そのペンダントの宝石と同じ色……。あ、手にはペンダントとお揃いのブレスレットをしています」


 半信半疑だったその場の空気が、ピリリと張り詰めた。


 聖痕の祝いに、クリステルが一緒に持とうと、プレゼントしてくれた対になったアクセサリー。アウローラ()の瞳と同じ色の魔石がうめこまれ、聖女の証だとクリステルは笑って言った。私はブレスレットを選び、彼女はペンダントを選んだ。

 まさか埋め込まれた魔石が、私の魔力を吸うものだとは微塵も思わなかった。


「クリステル……其方の呪いを解いてもらおう」


 青褪めながらデュドネは言う。

 クリステルはこの状況で断れるわけがない。ついさっき異世界から召喚されたばかりの私が、アウローラの容姿を言い当てたのだから。


「で、ですが……」

「クリステル。其方が予言し呼んだ聖女だ、大丈夫だ信じようではないか」


 なるほど。私が召喚された理由が想像できた。


「……はい」

 

 私はクリステルの目の前に立ち、「では」と手のひらを顔の前にかざし、クリステルの視界を遮った。


『解呪!』

『浄化!』


 と連続で唱えて、ペンダントの魔石に触れて魔道具を破壊する。


「っ、何を!!」


 慌てたクリステルは、私のことを突き飛ばす。

 すかさず「シルヴァン!」と叫ぶと、ガチャリとクリステルの手首には魔力封じの枷が嵌められた。

 

「終わりました」と私は告げる。


「どういうことよ……」と、クリステルはわなわなと唇を震わせた。


「え? ですから、解呪したのですよ。あなたにかけられた、この場にいる皆さんの魅了の魔術と、他人の魔力を吸い上げる、呪いのような禍々しい魔石を浄化し壊しました。何か不都合でも?」


 私はコテリと首を傾げてみた。


「それは、どういうことだっ!?」

「ああ、デュドネ……陛下。正気に戻ったようですね。あっ、その枷は外しちゃだめですよ。また魅了にかかっちゃいますから」


 魅了という言葉に、バッとクリステルの方を見る。その場の全員の視線が、同じようにクリステルに注がれた。


「その女は、嘘を言っています! 騙されてはいけません! わ、私にはちゃんと聖痕だって――」

「聖痕? その手に彫られた偽物ですか? それは、初期に現れる未完成の形ですよ。まあ、かのご令嬢に現れたものを、そっくりそのまま再現したのでしょうけど。聖属性に変わった本物の聖痕はこっちです」


 私は髪を上げると、うなじの聖痕を光らせた。

 あんな水晶など触る必要もない。自分の力を巡らせればいいのだから。

 ハラリと髪を落とす。


「ガエル様、クリステル様の聖痕のご確認を」

「そ、そうよ! 早く水晶をこちらにっ」


 手を置く直前。


「ああそうだ。水晶の中に埋め込まれた魔石も、先に浄化してあるので、安心してくださいね」

「え」


 触れた瞬間、水晶は光るどころか禍々しい色を映し出し、手の甲にあった聖痕だった物はドロリと形を崩した。

 

「く……クリステル様は、聖女ではありません!」


 ガエルの震える声が響くと、今までクリステルに心酔していた人々は愕然とする。


「クリステル……私を、騙していたのか?」とデュドネ。


「………」

「では、――まさかっ」

「ご令嬢が閉じ込められていた牢に、聖水を撒いてみてください。真実が現れるかもしれませんよ」


 私の助言に、デュドネは顔面蒼白になった。

 同じようにガタガタと震え出す者が続出する。


 当たり前だろう。本物の聖女を投獄して、命を奪ったことに気づいたのだから。魅了されていたとはいえ、過去は変えられない。


 もうとっくに消されているだろうが、閉じ込められた私は自分の血で、床に文字を書き続けた。願いだったか、恨みだったかは覚えていないが。

 私の血に混じった魔力が、今なら聖水に反応する気がした。まあ、脅しには十分みたいだから、反応しなくても構わないけど。


「クリステルを捕えよ!」


 悲痛な声でそれを叫んだのが、デュドネではないと分かった。耳に残る懐かしい声。

 けれど、私はその声の方を向きはしない。もうアウローラはこの世にいないのだから。


 笑顔が剥がれ、騎士に捕らえられたクリステルを黙って見送る。


 本当は、悲しそうに微笑んで「私だけは信じていたのに、残念です」と言ってやろうと思っていた。クリステルが、捕らえられた私に言った言葉をそのままに。


「聖女アマネ。其方のおかげで、我々は正気を取り戻すことができた、感謝する。延いては、このまま我が国の聖女に」

「嫌です」

 

 被せ気味にキッパリ断った。

 

「あなた方がしたことは、私の国では犯罪です。私の意思に関係なく、拉致したのですから」


「陛下になんて無礼を!」と、野次が飛んで来るが無視する。


「今のこの国に、聖女は本当に必要なのですか? 偽者のクリステルには、聖女としての勤めは果たせていなかったはずです。ですが、それで何かがありましたか?」

 

 聖女が癒しで救える人数なんて限られている。それに依存するよりも、国をどう発展させ、民の暮らしをより良くすべきかを考えるべきだろう。


 デュドネは言葉に詰まる。


「彼女が私を召喚したかったのは、この国には他に聖女がいなかったから。アウローラと同じように、私の力を奪う為だけに呼んだのでしょう」

「ど、どうして、その名を……」

「ですから、私は見えたと言ったでしょう?」


 にっこり微笑むと、デュドネはヘナヘナと座り込んだ。


「クリステルの予言は嘘です。そして、聖女は神ではありません。聖女が居なくても信仰はできます。どうぞ皆様ご自身で神に祈ってくださいませ」


 それだけ言って、私は謁見の間を出て行く。

 もう、私を引き止められる者はいなかった。




 ◇◇◇




「アウローラ様、これからどうされるのですか?」


 勝手知ったる王城を抜けて庭園に入ると、私について来たシルヴァンは歩きながら尋ねる。


「ヴァン、止めても無駄よ」

「止めませんよ」

「それから。私は雨音よ、ア、マ、ネ!」

「私もヴァンではなく、シルヴァンです」

「……知ってるわよ、私がつけた名前だもの」


 ヴァンは、公爵領の孤児院にいた男の子。母に連れられ寄付に訪れては一緒に遊んだり、文字の読めない彼らに絵本の読み聞かせをしていた。その頃はまだ、クリステルは人見知りがあり、孤児院にはたまにしか一緒に来ていなかった。


 聖痕が現れるきっかけとなったのは、ヴァンの怪我だ。転んだ私を庇い、額を切ってしまったヴァンを治したくて必死で祈った。

 傷口がぱあっと光ると、見る見るうちに治ったのだ。

 子供だった私たちは、絵本の聖女と聖騎士の物語に自分たちを重ね、聖女と騎士の誓いごっこをした。

 そして、絵本の聖女のように自分だけの騎士に名を与えたのだ。


 足を止め、背の高いヴァンを見上げる。


 私は聖騎士シルヴァンが、あのヴァンだとすぐに気づいた。けれど、ヴァンは――てっきりクリステルに魅了されていると思っていた。


「まさか、あれが本当に……聖騎士の誓いになっていたとは思わなかったわ」

「ひと目見て、アウローラ様だとわかりました。聖騎士の誓いで与えられた印が、また現れたのです」


 私の手を包んだシルヴァンの手の甲には、聖痕と同じ形をした小さな痣が確かにあった。


「だとしても! どうして、クリステルの魅了が効かなかったのに、聖騎士になったの? 私はもういなかったのに――」

「アウローラ様の死の真相を探っていました」

「なんでそんなことを!」


 一歩間違えば、私のように捕らえられ殺されたかもしれないのに。それだけの地位に、クリステルはいたのだ。


「私は、あなただけの騎士です。アウローラ様のいない世界なんて何の意味も持たないのです。全ての真相を明かしたら、あなたの元へ行くつもりでした」

「そんなの……」


 もしも、私が召喚されていなかったらと思うと、ゾクリとする。初恋の相手が自分のせいで、死を望むなんて耐えられない。


「ですが、あなたは私の元へ戻って来てくれた」

 

 熱を帯びたシルヴァンの瞳が潤む。震える手が私の頬に触れる。

 近づくシルヴァンの息づかいに、私はそっと目を閉じた。



 

 ◇◇◇




「アマネ様、どこに向かいましょうか?」


 シルヴァンの馬に乗せてもらい、先を急ぐ。

 残念ながら、私は乗馬ができなかった。


 デュドネたちの出鼻を挫いて、さっさと城から逃げ出せたが。落ち着いたら、追いかけて来るかもしれない。そんなの、堪ったもんじゃない。


 派手な聖女の衣装は脱いで、シルヴァンが隠しておいてくれた、私の新品の服に着替えた。多少は目立つが、ドレスよりは平民ぽい……はず。


「そうね、とりあえずはこの国を出ましょう。あの時から、まだ八年しか経っていないなら、そこまで変わってはないと思うわ」


 まさか、それだけしか時が経っていないとは驚いた。今の私は亡くなった年齢と同じ十八歳で、シルヴァンは二十六歳だった。

 召喚の仕組みは私にはわからないが、時間の流れが違うらしい。

 でもまあ、そのくらいの歳の差ですんで良かったと思う。


「本当に冒険者になるのですか?」

「シルヴァンは嫌?」

「いいえ。アマネ様と一緒なら、地の果てでも構いません」


 背中にシルヴァンの体温を感じ、本当はドキドキが止まらないが平静を装う。


「そ、それなら良かったわ。もしかしたら、どこかに願いを叶えてくれる龍とかいそうじゃない?」

「何ですか、それは?」

「ふふ、言ってみただけよ」


 叶うかわからないけど、いつか雨音()の家族にシルヴァンを紹介する。

 そんな夢みたいなことを、こっそり考えていた。





お読みいただき、ありがとうございました。


誤字脱字報告もありがとうございます!

訂正いたしましたm(__)m

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