第30話 魔法と魔術・上
「パパ、ママ……ッ!」
大悪魔を二体消し飛ばすのと同時に、セイランは倒れていたオロシを回収し、私は四十の魔術陣を展開します。
「魔術師ィィィィィィィッ!!」
「〝斉唱〟・〝共振〟・〝光は聖に輝き悪しき力に屈さず。全てを祓いて守る――聖絶〟ッッ」
おどろおどろしい怨念のこもった叫び声と一緒に強大な邪悪な魔力の奔流が襲い掛かってきますが、幾重にも展開して増幅した強力な光の結界で防ぎます。
それでも押し流そうとしてくる邪悪な魔力の奔流を無視して、私たちはイナサの方を見やりました。
「パパ、ママ、シオリおねえちゃんがあちしをかばってっ! オロシはだいじょうぶなのっ!? ぜんぶあちしがわるくて! それで、それで……っ」
私たちの顔を見て一瞬だけ安堵の表情を浮かべたイナサは、次の瞬間には目に涙をいっぱいに溜めて混乱した様子でまくしたてます。
「大丈夫です。大丈夫」
「一人でよく頑張ったな。後はアタシたちに任せろ。オロシもクソババ……シオリも大丈夫だ」
「う……」
私たちはできるだけ柔らかい声音を心掛け、イナサを抱きしめました。イナサは今度こそ本当に安堵した様子で小さく頷き、そして気を失いました。
私はオロシとイナサを寝かせ、更に二人の周囲に光の結界を張ります。
そして血に沈むシオリの治癒を始めようとして、しかしその前に。
「魔術師ィィィィィィィっっ!!」
「アタシが時間を稼ぐッッ! グフウはクソババアを頼むッッ!」
「分かりました」
私たちを守っていたの結界が邪悪な魔力の奔流によって破られました。
そしてその奥にいたカエルの頭骨を被った巨大な悪魔、悪魔王がおどろおどろしい巨大な闇の腕を創り出し私たちに振り下ろしました。
セイランが大剣で切り裂きます。
それでも何度も闇の腕が襲ってきますが、セイランがことごとくを切り飛ばしていきます。
それを尻目に私は血の海に沈むシオリを見下ろしました。
とても酷い状態でした。
右腕が失った肩から致死量を優に超えた血がとめどなく流れ出し、右目から右頬にかけて深い切り傷があり邪悪な魔力が蝕んでいます。顔は死人のように青白く、美しかった黄金の長髪も短く乱雑に切られて赤黒く染まっていました。
ほぼ死んでいると言っていても過言ではありません。それでも未だに息があるのは彼女が半神だからでしょう。
私は全力を込めてそれぞれ四つの魔術陣を編み。
「〝生命の水よ。己が主から離れることを許さず――止血〟っ、〝魔は命の根源なりて。冷たき器に温もりを与え給え――治癒〟っ」
詠唱をして〝止血〟と〝治癒〟の魔術をシオリに施します。
癒しの魔術はとても繊細で、対象の状況によって魔力の出力や密度などを事細かに変えなければなりません。
しかもシオリの状態は死の一歩手前。
全神経をシオリの治療に注ぎます。
そうして時間感覚が薄れるほどの時間が経ち、ようやくシオリが峠を超えたかと思えた頃。
「腐れェェェェェェェェェ!!」
「グフウ、屈めッッ!!」
おどろおどろしい声が響き渡り、切り裂かれて周囲に散っていたいくつもの闇の腕から闇の肉食魚が無数に現れました。空気を腐らせ、生命を蝕む臭いをまき散らす凶悪な肉食魚たちです。
それらが私たちに襲い掛かり、悪魔王の攻撃をずっと防いでいたセイランが咄嗟に風の魔法を大剣と巨斧に纏わせて旋回します。
空間を切り裂くほどの威力を持つ風の刃がセイランを中心に広がり、闇の肉食魚を全て切り裂きました。
しかし。
「怨念に呪われろォォォォォ」
「ッ、しまっ――!!」
背中を晒したセイランに向かって、悪魔王は口から極太の闇の光を放ちます。避けられないと悟ったのか、セイランは咄嗟に防御態勢をとります。
その守りは十分ではなく、致命傷とはいかなくとも深い傷を負うのは目に見えていました。
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟ッッ!!!」
胸中が焦りでいっぱいになる中、間一髪のところで魔術陣の展開と詠唱が終わり、セイランに放たれた極太の闇の光を〝魔盾〟で防ぎました。
「助かったっ!」
「どういたしまして! できる限り援護をします!」
「……頼んだっ!」
いくら廻命竜を斃したセイランと言えど、同等の力を有する悪魔王相手に私たちを守りながら戦うのは無謀です。
ですが、その無謀な防戦のおかげでシオリは最悪の状態を脱しました。
もちろんまだまだ予断を許さない状況です。治癒を一瞬でも止めてしまえば直ぐに死ぬ向かってしまいます。
けれど、多少の意識は治癒以外に割けるだけの余裕は生まれました。
「〝唇に懸河の詩を。言の葉に一瞬の風を。魔の詩は夢想を越える――天詠〟!」
八つの魔術陣を浮かべ、高速詠唱を可能とする〝天詠〟を行使します。魔力の消費量は増えますが、詠唱を音の速さまで短縮できることに比べれば些細なこと。
「魔術師ィィィィィィィ!!」
「風よ守れっ!」
「聖葬火――〝斉唱〟・〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟! 〝爆ぜる火花に弾ける風よ――爆風〟! 〝魔は万物の根源となりて、炎の奔流に蠢け――奔炎〟!」
悪魔王はその巨腕を揮い、巨大な骨のカエルを無数に生み出しました。
巨大な骨のカエルは『ゲタゲタ』と聞くに堪えない合唱を歌いながら、毒の粘液を私たちに向かって放ちます。
セイランは風の魔法で毒の粘液を弾き飛ばし、その間に聖葬火の加護を付与した魔術で巨大な骨のカエルを撃ち抜き浄化しますが、何せ数が多いです。
いくつかの巨大な骨のカエルが高く跳びあがり、毒の粘液と共に私たちにのしかかろうとします。
「天絶ッッ!!」
「助かりましたッ!」
音を超える速さで駆けたセイランが風を纏わせた大剣と巨斧で頭上の巨大な骨のカエルを全て切り飛ばします。
「魔術師を殺せェェェェェッ!! 我が神のお目を汚すなァァァァ!!」
「チッ!! クソッ!」
「数が多いッッ!!」
闇の腕も闇の肉食魚も巨大な骨のカエルも尽きることはなく、屠っても屠っても湧きあがりとめどなく襲ってきます。
いえ、そもそもここは敵の本丸。私たちは阻む骨の悪魔たちを無理やり押しのけて乗り込んできたに過ぎません。
先ほどの悪魔王の号令によって港に進軍していたはずの骨の悪魔たちの軍勢が私たちの方へと戻ってきました。
無数の魔法と暴力が襲ってきます。
「〝総唱〟――〝斉唱〟・〝高唱〟」
〝斉唱〟と〝高唱〟の効果をこれから詠唱する全ての魔術に付与します。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟!! 〝大地が常にあると思うなかれ。一寸先には堕ちる――落穴〟! 〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟! 〝天は隠れて地に満ちる。世界は閉ざされ全てを見失え――迷霧〟! 〝暴れ狂いて吹き堕ちよ――颶瀑〟!」
「天絶ッ! 颶絶ッ!」
無数の魔術を以て対抗します。〝魔弾〟の弾幕を放ち、落とし穴や霧、〝魔盾〟で動きを妨害し、圧倒的な風で押しつぶします。
セイランも一騎当千の動きをもって、闇の腕や肉食獣、骨のカエルに悪魔を斬って千切って消し飛ばします。
それでも。
「ガハッ!」
「セイラ――ッ! 〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟ッ!」
セイランが無数の闇の腕に強く殴られました。
それに一瞬だけ気を取られた隙に、骨の悪魔の一体が放った血の槍によってイナサとオロシを守っていた〝聖絶〟が破られました。
そのままイナサたちを貫こうとする血の槍を防ごうと〝魔盾〟を展開し、音すら置き去りにした次の瞬間には。
「ケケケケケッ!!」
「〝魔の光よ。聳えて守れ――ッッぁあ!!」
詠唱が間に合わず、影を渡って背後に転移してきた骨の悪魔に影の剣で深く斬られました。
そして間髪入れずに影の腕がイナサたちの四肢を掴んで引き裂こうとします。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッッ! 〝大地の楔よ。彼の者を解き放て――浮遊〟ッ! 〝風の衣よ。自由の翼を与え給え――飛翔〟ッ!!」
どうにか〝魔弾〟で影の腕と影の魔法を操る骨の悪魔を貫き、セイランとイナサたちを飛行魔術で私の背後に退避させます。
「光は聖に輝き悪しき力に屈さず。全てを祓いて守る――聖絶〟ッッ!」
邪悪な存在を許さない結界を周囲に張り、態勢を整えます。
「大丈夫、ですかっ?」
「こんなの、どうってことはないっ」
ひしゃげた片腕を闘法で治癒しながら笑うセイランの身体のいたるところには細かな傷が刻まれ、髪や爪、服が血に染まっています。
呼吸は早く、疲弊を隠しきれていません。
「お前こそ、大丈夫かっ? 顔が酷く青いぞっ」
「これくらい、なんてことはありませんっ」
無数の魔術の行使によって魔力が湯水のごとく減っていき残りも僅か。膨大な術式の演算処理によって吐き気を催すほどの頭痛が襲ってきます。
セイランと軽口を叩いて誤魔化しますが、内心はどうしようもないほど焦りでいっぱいでした。
目の前にそびえる〝聖絶〟はあと数秒で破られます。
すれば、十万、百万と超える暴力と魔法が一斉に襲い掛かってくるでしょう。
その数に対抗できるだけの魔力も魔術もなく、直ぐに力尽きることは目に見えていました。もちろん一騎当千のセイランとて数分が限度です。
しかも悪魔王はまだ本気を出していないのです。
不完全で顕現した怨念と腐食の女神を完全に顕現させるために、力を注いでいるからです。
けれど、ドクンドクンと脈動するたびに大きくなっていく怨念と腐食の女神の邪悪な神威から察するに、それも数分。
数分後には怨念と腐食の女神が完全にこの世界に顕現し、悪魔王と共に襲い掛かってくる。
そうなれば絶望という言葉すら生ぬるい、大切な人が確実に死ぬ未来しかない。
だから、一刻も早くこの状況を脱する方法を、一瞬の隙すらなくこの場から逃げる魔術をッッ!!
そう祈るように思考を巡らせ、けれど。
……そんな魔術があるのでしょうか?
『おや、どうした? 我が愛し人の弟子がこんな困難すらも乗り越えられないのかね?』
「ッ! うるさい、黙ってください!!」
一瞬の疑念とともにどこからともなく嘆きと不変の女神が現れ、酷く揶揄う声音をさえずりながら私の頭に止まりました。思わず声を荒げてしまいます。
同時に〝聖絶〟が破られ、骨の悪魔たちの軍勢と無数の魔法が襲い掛かってきました。
「グフウッ! 構うなッ! アタシが道を切り開く!」
「セイランッ」
セイランが大剣と巨斧を手に骨の悪魔たちの軍勢へと飛び込んでいきます。
直ぐに深い傷を負い大量の血が流れますが、それを厭わず前へ前へと私たちの逃げ道を切り開こうと大剣と巨斧を振るいます。
けれど、それでも敵の数は減らず逃げる隙すら与えられません。
私の方にも悪魔の軍勢の手が伸びます。
魔術で必死に応戦しながら、血を噴き流し今にも倒れそうなセイランと共に、いえ、せめてセイランとイナサたちだけでも逃がせる魔術を考えて。
けれど、そんな方法はなくて――
『本当にそうかね?』
「ッ。他に、あるのですかッ!?」
『あるとも。転移で逃げればいい』
「そんなことできるわけがっ――」
それができていたら最初の時点で逃げていましたっ。
私が使える転移の魔術はダンジョンから脱出する転移魔術と事前に刻んだ転移の魔術陣の間を転移する魔術だけ。
前者はダンジョンでないからそもそも使い物にならず、後者もそれなりに大がかりな準備が必要となり使おうにも悪魔王や骨の悪魔たちによって確実に阻止されてしまいます。
そもそも転移とは空間という非常に複雑な法則に作用する現象であり、単純な自然現象ではありません。ボルボルゼンや焔禍竜の自然を元にした魔法とは、次元そのものが異なると言っても過言ではありません。
ですから鏡花のフラクトゥアティーの転移魔法の現象の解明ができていたとしても、それを再現するにはとてつもなく複雑に『ことば』の組み合わせて魔術の術式を編む必要があり、それを検証するための時間が必要なのです。
当たりをつけてぶっつけ本番で試せるようなものでもなく、転移の魔術は確実に失敗してしまう――ッ!?
「セイランッ! 私に触れてくださいッ!!」
それはまさに邪神の甘言でした。嘆きと不変の女神がニンマリと笑っていました。
けれど、今、この状況でセイランとイナサたちを助けるにはこれしかありませんでした。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!!」
無数の〝魔弾〟の弾幕を放ち、一瞬だけ悪魔の軍勢を退けた私はイナサたちを抱きかかえたまま飛行魔術でセイランに接近しました。
「ッ、グフウ!」
セイランは何かを感じ取ったんでしょう。一瞬だけ逡巡し、それでも私に手を伸ばしました。
そしてセイランが私に触れた瞬間。
私は想像しました。
「っ! どういことだッ!?」
魔法大学の近くに私たちは転移しました。
セイランは酷く驚いていました。
「グフウ。今、何をしたッ!?」
「何って……魔法ですよ」
魔術は現象の理解と『ことば』による再現によってようやく為せるもの。
けれど、魔法は、昨日シオリによってもたらされたそれは。
「鳥かごとはよく言ったものですね……」
瞬間で転移する現象を理解していました。その魔法も解明していました。
足りなかったのは、それを再現する『ことば』の組み合わせだけ。
そして魔法は『ことば』による再現など必要なかった。
それは天と地ほどの差でした。魔術をくだらないと言ったシオリの言葉を理解できてしまいました。
魔術は無力でした。
セイランたちの命を助けたのは魔法だったのです。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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また、感想があると励みになります。
元旦ということもあり、1月1日の投稿はお休みとさせていただきます。次話は1月4日に投稿いたします。




