第27話 黒髪について
ヨゾラに案内されて廊下を歩く私たちの足音が耳の中で響き残ります。もわんもわんと頭から離れません。
それがとても鬱陶しくて振り払おうとすると、今度はある言葉が頭の中で響くのです。
『お前は魔法使いになれる』
彼女の言葉に嘘偽りはありません。小さい頃からなりたいと思っていた魔法使いに私はなれるのです。
なれてしまうのです……
その事実に戸惑っていると、隣を歩いていたセイランが大きく咳ばらいをしました。
「こほん! その、だな。グフウ。お前は……とってもカッコいいんだ。だから、あのクソババアの戯言で今までの自分に不誠実になるなよ」
「……そうですね。ありがとうございます」
セイランの励ましのおかげか、頭の中で響いていた言葉は少しだけ小さくなりました。
そのおかげか、ここ十数年探し求めていた情報を得た実感が強く湧いてきました。
「セイラン。ヒモト国へ行くにはどうすればいいのでしょうか? どこの国から船が出ているのでしょうか?」
「そうだな……今すぐ行きたいよな」
「その聞き方だと、今すぐ行くのは大変なのですか?」
セイランは頷きます。
「夏と冬の限られた時期だけしか船がでていないのだ。それ以外の時期は海が酷く荒れてな。今はもしかしたら行けるようになっているかもしれないが……」
セイランがオロシに視線を送ります。それに気が付いてオロシは首を横に振りました。
「魔法船の誕生で多少は行き来が増えてはおるが、今の時期は殆ど運航しておらんじゃろうて」
「そうですか……」
魔術で無理やり荒れた海を突破すれば……と考えもしましたが、首を横に振りました。
十数年も探し求めていたのです。それに比べれば、数ヵ月待つのは大したことでもありません。行けないわけではありませんし。
「それにしても、セイランはいつから師匠の故郷がヒモト国だと気が付いていたのですか?」
「あ~、それは一年前だな。イナサの黒髪を見て、お前が賢者ヨシノが黒髪だった言っていただろう」
「う?」
セイランは首を傾げるイナサの頭に優しく手を置きます。
「他の大陸は知らないが、この大陸のヒューマンの黒髪はヒモト国に繋がりのある者しかいないのだ。それくらい珍しい」
「そうなのですかっ? ヒューマンの黒髪は確かに少ないと思ってましたが、ヒモト国だけとはっ」
「ああ。髪の色は魔力の因子に大きく影響を受けるからな。黒曜石や黒魔鉄に所縁のあるドワーフや黒龍を祖にもつ竜人、あとは一部の獣人が種族的に黒髪が多い。だが、ヒューマンは基本的にそれらの種族と相性が悪いのかハーフが生まれるのは極まれだ」
「ドワーフとエルフのような祖たる神々のせいでしょうか?」
「さぁな。ただ、アタシたちの子供のできにくさとは違うだろう。そもそも、アタシたちの場合、その子供をつくる仲に発展すらしなかったからな。相性がいいか悪いかはわからんが…………」
そこまで言ってセイランはチラリと私を見て、咳払いしました。
「こほん!! ともかくだ。黒の妖精と親しいヒモト国以外にヒューマンの黒髪はいないというわけだ」
「では、ナギも?」
「だろうな。前にチラリとナギに聞いたことはあるが本人は知らないようだったからな。たぶん、先祖が渡ってきたのだろう。そして賢者ヨシノも同様に本人がヒモト国出身なのか、先祖がそうなのかは分からなかった。だから、クソババアに尋ねるまでは黙っておこうと思ったのだ」
「そうですか……」
色々と思うところがありますが、一番に湧きあがる感情は不甲斐なさでしょうか。
ナギが身近にいて、珍しいこともそれなりに理解していたのに、その黒髪に強く注意を払えていなかった。
ただただ、偶然黒髪なのだなとしか思っていませんでした。彼女の先祖に目を向けるなど、考えてもいなかったです。
もしかしたら、彼女に別のアプローチをできていたかもしれない。黒の妖精と親しいのならば、それに特化した修行もあったはずです。
なのに、私の知識のなさで彼女の選択肢を狭めてしまったのは、師匠として不甲斐ないばかりです。
「グフウ。お前はナギという個人を見ていたのだ。黒の妖精との親しさなどではなく、あの子自身の才能と心に。だから、気にするな。本人もそういうだろう」
「……そうですね。手紙の返事で聞いてみることにします」
「そうだな。それがいい」
私たちは微笑みあいました。
「……ナギってだれなの?」
イナサが自らの黒髪を指先でいじりながら、尋ねてきました。
「ナギはアタシたちの弟子だ。竜を討ち取った勇者なんだぞ」
「ゆうしゃって、あのゆうしゃちゃまっ!?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、せかいをすくったおうじさまで、おひめさまとけっこんするのっ!? いまはどこにいるのっ? あちしもあってみたいのっ!!」
イナサが目を輝かせて口早にナギについて質問してきます。私たちは少しそれに驚きながら、彼女の質問に答えました。
Φ
「ふぅ」
ヨゾラに案内された部屋で、私は椅子に腰かけました。
外部の方が宿泊する部屋なのか、広々としていて質の高い調度品が調和よく設えられています。
「……静かですね」
隣の部屋にいるであろうセイランたちの物音はもちろん、建物の構造のおかげなのか大学の喧騒も全く聞こえません。
静けさに首を横に振りながら、私は手のひらに魔力を集めて想像をしました。そして心の中で〝想花〟と呟きます。
すれば、一輪の蒼夢花が咲きました。私が魔法で咲かせました。
「魔術は……必要ないのでしょうか」
シオリの言った通り、魔法は自由なのです。人は魔法という翼を生まれながらに手にしている。
才能や、感性などといった精神による想像ではなく、今私がしたように数式などによる理論によって魔法は発動できる。
ならば、魔法という現象を理論的に解き明かすための大きな鍵となる『ことば』はともかく、魔術は必要ない。
「……いや、そんなはずはない」
感情的にその事実を認めたくないというのもあります。
けれど、それよりも今までの魔術師としての経験が心の底で違うと叫んでいました。
私はたぶん、大事なことを見落としているのです。過去の私に対して不誠実を働いているのです。
だから、こんなにももやもやと胸騒ぎがする。
「………………はぁ」
ですが、いくら考えても分かりませんでした。
そもそも、今の私は魔法や魔術に対して深く物事を考えられるほど冷静ではないのでしょう。混乱しているのを酷く自覚しています。
「……別のことをしますか」
気分転換をするため、私はトランクを漁りました。
「……師匠の本の解読をしますか。何が書いてあるかとても気になりますし」
私はナギが送ってきた本とターゲブーホ都市の湖の底で拾った師匠の本を広げ、胸中を占めているモヤモヤを振り払うように解読を始めました。
そして翌日のことです。
ナギとシオリがいなくなり、悪魔王が復活しました。
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