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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師とエルフ
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第9話 夜明け前と星屑タンポポ

 宙に浮かんだ拳大の石がパチパチと燃えます。炉石(ろいし)という魔力を注ぐと燃える石に浮遊の魔法を付与した魔法具(アーティファクト)浮炉石(うきろいし)と言います。


 満天の星々が輝く空の下で私は魔法書を読んでいました。しばらくして、魔法書から視線をあげます。


「あと一時間ほどで夜明けですかね」


 火酒を軽くあおり、瓶を横に置きます。


 西に傾く九つの月を見やりながら、私は火が少し弱まった浮炉石(うきろいし)に魔力を注ぎます。すれば、浮炉石(うきろいし)は赤く燃え上がります。


 再び魔法書を読みます。


「……おはよう、グフウ」

「おはようございます、セイラン」


 鎧姿のセイランが大剣と巨斧を手に持ちながら、小屋から出てきました。兜はかぶっておらず、顔は眠たそうにしています。目なんてしょぼしょぼと細められていて、可愛いとすら思えます。


「まだ寝てて大丈夫ですよ」

「いや、いい。こういう場所であまり寝られる性質(たち)ではないのだ。それに闘法(とうほう)で自然回復速度を早めているし、睡眠は少なくて済む」

「体によくないですよ」

「町に帰ったらぐっすり眠るから大丈夫だ」


 大剣と巨斧を近くに置いたセイランは、鎧を着たままストレッチを始めます。ガチャガチャと音が鳴ります。


「ストレッチしにくくないですか、それ」

「慣れているからな。それに一度脱ぐと着るのに手間取る。緊急事態に対応できなくなる」

「もしかして寝ている時も着ていたのですか?」

「まぁな」


 常在戦場というわけですか。


「少しくらい気を抜いてもいいのでは? 鎧を着る時間くらい私が稼ぎますよ」

「一人旅が多かったからな。昔からの癖だ」


 セイランは肩を竦めました。


「逆にお前は少し気を抜き過ぎだと思うが。酒を飲みながら何を読んでいたのだ?」

「一昨日ヤクさんたちから貰った魔法書です」


 セイランに読んでいた魔法書のページを見せます。


「……かなり難しい魔法書だな。解読に時間がかかりそうだ」

「どうやら小人(ハーフリング)専門の薬に関する魔法のようです」

小人(ハーフリング)の? だが、ヤクたちの話では先代はヒューマンの男だったはず」

「他種族の固有魔法を使えるほどに才能があったのでしょう」

 

 才能はもちろん、五感の鋭さや精神構造など、同じ人類でも種族によって違いがあります。


 そのため種族ごとに得意な魔法があり、それを固有魔法と呼びます。ドワーフなら鍛冶魔法がそれに当たります。


 私は火酒を飲みながら、魔法書を読み進めました。しばらくして、ストレッチを終えたセイランがポツリと呟きます。


「……お前は魔法が本当に好きなのだな」

「どうしたのですか、急に」

「いや、なに。魔法書を読んでいる時の目が子供のように輝いていたからな」

「ああ、なるほど……」


 そういえば魔法書を読んでいる時の様子について、師匠にもよく言われましたか。まだそんなに経っていないのに寂しく思ってしまいます。


 少しして魔法書を読み終えたので、私はセイランに声をかけます。


「朝食にしますが、私が作ってもいいですか?」

「よろしく頼む」


 朝食を作り始めました。



 Φ



 二日目が過ぎ、三日目。


 消耗を減らすために魔物との会敵を避けながら、私たちはボルボルゼンが住まう方角へと歩いていました。


 昼過ぎ、異変を感じ取りました。


「……泥?」

「どうした?」

 

 セイランが振り返ります。


「十キロメートルほど先、平原が沼地に変わっています」

「そこまで分かるのか」

「普通の土と泥に含まれる魔力はかなり違いますので」

「いや、探知範囲についてなのだが……まぁいいか。ともかくそれはボルボルゼンの仕業だな。普段は広範囲を沼地に変えないのだが、今は通常状態でない。他の魔物を寄せ付けないために、範囲をかなり広くしているだろう」


 たしかセイランたちがボルボルゼンを撃退したのが一ヵ月近く前。傷が癒えていてもおかしくありませんが……


 それにしてもこの沼の魔力。どこかで覚えがあるような――


「グフウ。強大な魔力を感じたらすぐに教えてくれ。お前が探知できるということは、向こうも探知できるという事だからな」

「あ、はい」


 そして二時間ほど歩き沼地が見えてきたため、今夜の野営地の場所を探していたとき。


「っ。かなりデカイ魔力です」


 魔力探知に大きな魔力の反応がありました。


 あれ、この魔力――


「共有してくれ」

「あ、はい」


 感じ取った魔力の情報をセイランに共有します。


「……間違いない。ボルボルゼンだ。距離はどれくらい離れている?」

「北西に十キロメートル先ですね」

「予想よりかなり近くにいたな。棲み処であるシュトローム山脈近辺にいるかと思ったのだが」


 私はセイランに尋ねます。


「ところでボルボルゼンについて具体的特徴を聞いていなかったのですが、もしかして全身が泥と岩に覆われた八本の足の魔物で、泥沼が入った器状の岩を背負っている感じのやつですか?」

「ん? なんだ知っている……って、まさかお前っ!」

「あ、はい。シュトローム山脈からデケル町に向かう際に出くわしまして。撃退しました。そういえば、今思うとこっちの方角に逃げたような」

「だから、予想よりも近くにいたのかっ!」

 

 くわっと目を見開くセイラン。


「どうしてそれを今の今まで忘れていたのだ! どう考えても災害級だろう! ギルドに何故報告しなかった!」

「いやぁ、あまり印象になくて」


 一時間ほど戦闘したら逃げていったので、印象が薄かったのです。それにその前にあほみたいに強い地竜と戦っていたのもありましたし。


 セイランが私の両肩を掴みます。


「まだ他に遭遇した魔物がいるだろう! 吐け!」

「そういわれましても色々な魔物と出会ったので……あ、セイランと初めて会った時のサルは見覚えがありますよ。逆立ちして移動するやつ」

「やっぱりかっ!」

「やっぱり?」

反転猿(はんてんざる)の一部が負っていた傷にお前のに非常によく似た魔力が残っていたのだ!」

「ああ、だから最初に会った時に私が魔法使いなのかと尋ねたのですね」


 セイランが深い溜息を吐きました。


「……詳しいことは町に帰ってからしっかりと聞く。どんな魔物に遭遇したとか、シュトローム山脈をどう乗り越えてきたのかもな。それまで逃がさん」

「普通に乗り越えてきただけなのですが……」

「あぁん?」


 ギヌロと睨まれました。私は慌てて話を逸らします。


「そ、それよりこれからどうしますか? 向こうも私たちに気が付いたようで、警戒している感じなのですが」

「襲いかかってくるか?」

「いえ。あくまで注視している感じですね」


 魔力探知で相手の様子はある程度分かります。相手が魔力探知しているかどうかも。


「なら、問題ない。ボルボルゼンは待ち構えて戦うことを得意としている。この距離なら襲ってくることはないはずだ。今日はここを野営地として明日の早朝、日の出とともに攻撃を仕掛ける」

「分かりました」


 魔術で小屋を建てて結界で覆います。しっかりと食事を取り情報共有や作戦を立て、早めに寝ました。


 そして翌日。日の出の二時間前に出発し、沼地の中心へと向かいます。


「水上歩行は使えるよな?」

「もちろん。ついでに泥弾きもつけておきます。〝我が身と水を(カエルレウム・)拒絶する靴を(クィーンクェ・)――水歩(ゲーエン)〟、〝我が身と泥は交(イリスエルラー・)わることはな(クィーンクェ・)く――泥弾(リュストゥング)〟」


 (とう)の魔術陣を浮かべ、私とセイランに水上歩行と泥弾きの魔術をかけます。これで水の上を歩くことができ、また泥に塗れることはありません。


 泥も液体を一部含んでいるので水上歩行の魔術が効くのですが、より効果的なので泥弾きも加えました。


 私たちは広がった泥沼の上を軽く走ります。一時間ほど走り、ボルボルゼンまであと二キロメートルほどとなりました。


「セイラン、あれ」

「……綺麗だな」


 浮島を見つけました。その浮島にはまるで夜空に浮かぶ星々のように輝く綿毛が群生していました。


 近づきます。


「星屑タンポポですね」

「そういえばここ近辺に自生しているのだったか」


 星屑タンポポは希少なタンポポで貴重な薬の材料でもあります。


 ちょうどこの時間から日の出にかけて鮮やかに光る綿毛を飛ばすのです。


 風が大きく吹きます。色とりどりに輝く綿毛が薄暗い空へと舞い上がりました。それはまるで星々が空に堕ちていくかのようでした。


「……荷物はここにおいておこう」

「そうですね。結界を張って守っておきましょう」


 浮島の隅に荷物をおき、結界で覆いました。隠蔽の魔術もかけたので魔物に見つかることもないでしょう。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 もうここは敵のテリトリー。今まさに攻撃を受けてもおかしくありません。


 私たちは気を引き締め、ボルボルゼンに向かって走り出しました。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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