第26話 知と人類の翼と魔法
「私が、魔法使い……?」
「そうだ。お前の魔法の才がこのまま愚物の遺したどうしようもないほどにくだらない玩具に囚われるのは、実に惜しい」
「……」
淡々と、それがさも世界の絶対的真理であるかのように話すシオリに、私は絶句してしまいました。
けれど、直ぐに言い返します。
「撤回してください! 魔術はくだらなくありません! たとえ神代から生きる最古の魔法使いであろうとも、その発言は――」
「いいや、くだらない。無駄どころか自らの可能性を自ら殺すものにどんな価値がある。どんな意義がある。あるわけないだろう。本当に、あの愚物そっくりだ」
「愚物……? それはもしかして師匠のことを」
「当り前だろう」
「ッ、貴方は――」
怒りが生まれました。言い返そうとして、けれど凍えるほど強い覇気が響き渡ります。
「あの子はわたしを超える魔法の才があった。人類の誰もがたどり着けない領域へと至れる可能性があったのだ」
淡々と、けれどその拳は握りしめられていました。
「なのに、魔術なんぞに人生を費やしたのだ。自らの可能性を自らのくだらぬ拘りで無に返したのだ。いいやそれどころか、あの娘はその拘りのせいで大切な親友の命すらも救えなかった。魔法なら必ず救えたのにだ。本当に馬鹿な娘だ」
シオリは冷徹な目で私を見下ろしました。
「あの愚物の妄言を信じ切っているお前に教えてやる。いいか、人の魔法は、それを為す想像は、神をも超えるのだ」
「神を、超える……?」
「ああ。人の想像力こそ、人類がもつ最大の可能性だ。自由の翼を得る力だ。どこまでも、空の果てにさえ飛んで行ける自由の翼だ」
淡々と、けれどその口元は酷く吊り上がっていました。
「だからこそ、力任せに棒をまわして火を熾すがごとく、神が創った法則に囚われる魔術に価値なんぞない。無限の可能性たる自由の翼をもぎ自らを鳥かごに閉じ込める魔術はハッキリいって害悪だ」
「がいあっ! 仮に人の想像がそうであってもっ、才能は絶対です! 木は鉄にはならない!」
「いいや、なる。神々がそうしたように、想像で創ればいい。その法則を」
「んな、馬鹿なッ!」
無茶苦茶な話です。
魔法が使えないのに、どうやって魔法を使うための魔法を創るなんて、荒唐無稽で子供の妄想です!
「いいや、現実だ。お前のすぐそばにいる娘がそれを為した。だな、ヨゾラよ」
「はい」
「……?」
ヨゾラは魔法で火を生み出しました。
その魔法の火はごくごく一般的なもので、けれど魔力探知で捉えたその生み出される過程が今までみたことがない現象で、私は目を細めました。
「ヨゾラは火の属性に魔力を変換する才能がない」
「「は?」」
私も隣で黙っていたセイランも目を点にしました。
「いや、だって、今、火の魔法を――」
「それが、ヨゾラが創り出した木を鉄にする魔法だ」
「……」
「この都市にいる魔法使いの大半は魔法の才がない。お前のようにな。だが、少し前の魔法使いのように、いや、それ以上に魔法を扱える。全てはヨゾラが想像し、創造した魔法によってそれが現実となった」
この都市で見た光景が脳裏を過ぎります。魔法を手足のように使う都市や大学の人たちを思い出します。
彼らのほとんどが魔法の才がない?
「いやいや、そんなことは……」
「簡単には受け入れられないか。なら、お前が魔法を使え。お前なら今すぐにヨゾラの魔法を創造できるはずだ。使う魔法はそうだな……風の魔法でいいだろう。お前の名に恥じぬ強い風をおこせ」
「は? いやいや、私はドワーフですよ。自然魔法なんて使えません! 妄言もいい加減にしてください!」
「……はぁ。おい、脳筋バカ娘」
「……」
ため息を吐いたシオリはセイランを見やります。セイランは反応しません。
「何わたしの言葉を無視してるんだ、セイラン」
「ああ、アタシはセイランだ」
「……チッ。セイラン。お前から言ってやれ。そこの意気地なし男に魔法が使えると」
「何でアタシがそんなことを」
「お前らは互いの言葉を信頼する仲だろう。それに男っていうものは、好きな女に『貴方なら必ずできます! 頑張ってください!』と言われたら心からできると信じちゃうくらい単純なものだ」
「「はぁッ!?」」
聞き逃せない言葉が聞こえました。
「私はセイランを好きでは!」
「グフウはアタシが好きじゃないのかっ!?」
「どうしてそこで貴方が怒るのですかっ!? いや、確かに仲間として好きで大切に思ってますけど、彼女がいうようなっ……。というか、私はそんな単純では――」
「御託はいい。セイラン、言え。お前が言ってそいつが魔法を使えればいいだけだ。それで証明される」
「……っ。わかった」
「セイランッ!?」
突然の裏切りに私は驚きますが、セイランはもう言うつもりのようです。心を落ち着かせるように深呼吸しています。
「オロシ、みえないの」
「イナサにはちと早いのじゃ」
「はやくないとおもうの。あちしはおとなのおねえさんよ」
「まだまだじゃ」
オロシが両手でイナサの目を隠していました。彼と視線が合い、『ここは男を見せる時なのじゃ!』と言わんばかりに頷かれました。
いや、だから――
「その……グフウ。お前なら必ず魔法が使える。……頑張ってくれ」
「………………はい」
頬からその長く尖がった耳まで真っ赤にしたセイランに蚊が鳴くような小さな声音でそう言われてしまえば、首を横に振ることはできませんでした。
……私は単純な人間ではありません。これは、誰しも仕方がないことなのです。
心の中で言い訳しながら、仕方なく大杖を強く握りしめました。
「いいか、己を信じろ。魔法を使う己を想像しろ。普段魔術を使うときを思い出せ。魔力の流れ、変化、結果。お前が知る現象の全てを思い出し、想像しろ」
「……分かりましたよ」
深呼吸をしました。
使う魔法を明確に想像しました。
その魔法を構成する魔力がどのように変転し世界に干渉して現象を引き起こすのか。
魔術ではどのようにそれを再現するか。『ことば』や演算子がどんな働きをするか。
その現象を、計算式を、全てを、具体的に事細かに、想像しました。
そして実際に魔力を操作して、〝颶瀑〟と心の中で呟いた瞬間。
「ッ!!??」
「なっ!?」
「と、とばされるの~~!!」
「しっかりつまるのじゃっ」
暴風が振り下ろされました。風が唸り、暴れ、狂います。本はもちろん、本棚そのものさえ吹き飛びました。
「止まれ」
まるでその言葉は世界そのものに命令するかのようで、そして世界もその言葉に傅きました。荒れ狂う風も本も本棚も全てが止まったのです。
「戻れ」
本と本棚が動いて、すっかり元通りになりました。
素晴らしい魔法です。
けれど、それに私は意識をやることはできませんでした。
「私が魔法を……」
今の魔法は、〝颶瀑〟は、私が引き起こしたものでした。
魔術のように、魔力が想像する属性へと変わり、世界の法則に干渉し、現象を引き起こしたのです。
唖然とする私にシオリはさも当然のことのように言います。
「確かにドワーフは風を操るための属性へと魔力を変換する才能がない。だが、『魔力を操る魔法』は使える」
「『魔力を操る魔法』……」
「そうだ。意志一つで魔力をあやつる。これも魔法だ。この世界に生まれ落ちし魂なら誰しもが扱える普遍的な魔法。理というやつだ。そしてならば、『魔力を属性に変換する魔法』を使えないなんぞ道理に反するだろう」
「なっ……!?」
魔力を操ること自体が魔法だなんて考えたことがありませんでした。
けれど、そう考えると、私は魔力を属性に変換する魔法を使えると確信できます。その全てをしっかりと想像できます。
「この世の魂在りし物はどんな魔法だって使える。そう、在る。つまりだ。今まで誰も想像できなかっただけだ。魔力を属性に変換することを。その魔法を。だが、お前は『ことば』を通してその魔法を知った。想像できた。なら、お前はこれからどんな魔法だって使える」
シオリはニヤリと笑いました。
「必要なのは魔力を属性に変換する才能でも、生まれ持った特異な精神性でもない。想像だけだ。魔法の才とは想像であり、そして想像とは知識だ」
「知識……」
「人類は他の魂在りし物とは違う。その学び探究し知恵を磨き知識の塔を築き上げる。世界の理の全てを暴くことができる。精霊や妖精、竜のように生まれ持った精神ではなく、その知恵によって世界を想像できる。それが人類の翼だ」
ぶわりと鳥肌が立ちました。
「そしてお前は人類の中でも特に優れた知恵を持つ。その知恵と探究心で神々の魔法さえも暴くことさえできるだろう」
「かつてのあの子と同じように」、とシオリは言いました。
「わたしは何もこれまでの魔術師としての人生を否定しているわけではない。それまでの経験がお前に最高の知を与える。だが、魔術を使う必要はない。どこまでも自由な魔法を使え! まやかしのものではなく、お前本来の力を存分に揮え!」
「けど、私は魔術師で……師匠の弟子で……」
「グフウ。お前の原点はなんだ? 最初はただ魔法が使いたかったのではないのか? 魔術は魔法が使えなくて選んだ道ではないのか?」
「っ!」
虚を突かれた気分でした。
「混乱するのも無理はない。だが、グフウ。お前は魔法使いになれる。かつての夢を現実にできる。だから、わたしの弟子になれ」
「…………私は」
頷くことはできませんでした。
けれど、首を横に振ることもできませんでした。
そんな自分に強く動揺し、失望すら感じてしまいました。私の魔術師としての誇りはこんなものなのかと。
視界がぐわんぐわんと揺れ始め、平衡感覚を失い、足から感覚が消えていき――
「グフウ。こんな戯言に耳を貸すな」
「っ」
セイランの言葉にハッと意識を取り戻しました。
「おい、クソババア」
「脳筋バカ娘。アタシは今機嫌がいい。だが、お前のせいで不愉快な気分になり始めた」
「知るか。一つだけ質問だ。賢者ヨシノはヒモト国出身だな?」
シオリの眉がピクリと動きました。
「……いいや、違う。わたしはあの子の故郷を知らない」
セイランが私の肩に触れて、強く頷きました。それだけで確信できます。師匠の故郷はヒモト国にあるのだと。
「なら、お前にもう用はない。アタシたちはここで失礼する」
「そうか。なら、お前だけ帰れ」
「は?」
「イナサとオロシ、グフウはわたしが用意した部屋で過ごす」
「「「え?」」」
私たちは知らない予定に驚きます。
そんな私たちに構わずシオリは口角を吊り上げてセイランを見下ろします。
「だが、お前の部屋はない。宿にも泊まれないようわたしが領主に命令した。だから、お前は海の上で野宿……いや、海宿でもしていろ。筋肉ばかりつまった脳筋バカ娘には海水に沈む生活がお似合いだろう」
「は?」
セイランのガチギレした声が聞こえた気がしました。十年以上旅してきて聞いたことがないほど凍えた声です。
心から震えあがってしまいます。
「そ、その、なかまはずれはよくないとおもうの!」
「む?」
「あちしはパパとママといっしょにいたいの!」
「……チッ」
イナサはわたわたと手を動かして、強くシオリに嘆願しました。
「脳筋バカ娘。感謝しろ。わたしは弟子には優しい」
「でしではないの」
「……わたしは誰にでも優しい。お前の部屋も用意してやる。おい。案内してやれ」
「弟子相手とはいえ、『おい』呼ばわりはないと思います」
「……ヨゾラ、案内してやれ」
「かしこまりました。さぁ、みなさま。こちらへ」
私たちは導かれるがままにヨゾラの後ろをついていきます。正直、シオリから少しでも早く離れたい気持ちでした。
「グフウ。わたしはお前を弟子にしたい。いい返事を期待している」
「…………考えさせてください」
振り返ることをせず、弱弱しい声で返すのが精一杯でした。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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