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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と師匠
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第25話 シオリ

「ホントにエルフとドワーフが」

「あれが噂のエルドワ旅団か」

「英雄様を一目見れるとは……」

「ねぇ、あのドワーフ。魔術師って聞いたけど本当なのっ?」

「分からない。けど、凄腕なのは確かよ。だって、相談したみんながあんな笑顔なんですもの」


 私たちは『ラウンジ』と呼ばれる大きな部屋にいました。


 『ラウンジ』は自由な部屋のようでして、食事をしたり、勉学に励んだり、談義をしたり、遊戯で遊んでいたりと、多くの学生たちが思い思いに過ごしていました。


 そんな『ラウンジ』には行列が出来ていました。


 それは私への列でした。魔法のアドバイスを貰おうと集まったのです。講師たちもいました。


 クルミやチエへの助言のこと、また私が近ごろ話題らしいドワーフの魔術師だということ。


 その二つが広まり、数人の学生が話しかけてきました。そんな彼らに魔法のアドバイスをしたら評判がよく、更に話が広まって現状に至ります。


 ちなみに、聖樹の若木が生えたあの教室は隔離され、教会と協議のすえしかるべき対応をとるとのことです。


 もちろん私が魔術で生やした事は口外しないようにと、その場にいた人全員にヨゾラから忠告されました。


 そしてヨゾラはこの件について至急相談するため、シオリのところに行ってしまいました。チエは講義で起こした事故の始末書を書くため、偉そうな人に連れていかれました。


 ともかくです。


 かなりやらかしてしまったことを自覚しています。見知らぬ演算文字を見て、そして私やナギ以外に魔術を志している人を見て、興奮してしまい我を忘れてしまったのです。


 深く反省です。


「まぁ、楽しそうなお前が可愛くて止めなかったアタシも悪い。予期はしていたからな。けど、たまにはクソババアも面倒ごとに巻き込まれるべきだ。気にするな」

「いや、気にしますよ」


 頭を撫でてくるセイランの手を払いのけながら、目の前の男子学生の魔法のアドバイスをしました。


「ありがとうございます!」

「いえいえ。……才能のある君なら、きっと大丈夫。必ず想像(イメージ)のままに魔法を使えますよ」

「はい!」


 また、セイランが頭を撫でてきます。深々と頭を下げて去っていく男子学生を見送りながら、もう一度払いのけます。


「では、次の方。……君はどんな魔法について相談――」


 次の番の野暮ったい格好をしたヒューマンの少女はセイランの方を見やりました。


「わたしはお前ではなく、そこのに用がある」

「アタシか?」

「そう。そこの大剣について聞きたい」

「ああ、これか」


 セイランは背負っていた大剣を抜き、野暮ったい少女に見せます。


「これは、この魔法武具(アーティファクト)は誰が創った?」

「そりゃあ、グフウさ。アタシの誕生日プレゼントにくれたのだ。アタシの最高の武器だ」

「……鍛冶魔法だけか?」


 睨んでくる彼女に首を横に振りました。


「魔術を使いました」

「……そうか。ふん」


 野暮ったい少女は不機嫌そうに鼻を鳴らして去っていきました。


「なんだったんだ、今の」

「……さぁ。よくわかりません」


 魔力の反応(・・・・・)を確認しながら、私は肩を竦めました。


 それからもしばらくの間学生たちの相談に答えていました。


「ん?」


 唐突に私とセイランを中心に一つの大きな魔術陣が現れました。


 にわかに騒がしくなる学生たちを落ち着かせながら少し待てば、更に数十の魔術陣が虚空に輝きだしました。


「……綺麗」

「魔法の、蝶……?」

「あれは、導きの聖霊様の魔法じゃないのっ……?」


 輝く魔術陣から、青に煌めく蝶々が現れます。その数は百を超えるでしょうか。


 清廉で霊験あらたかな魔力の鱗粉を散らし舞う魔術の蝶々たちは、いくつかの魔術陣を形作るように私たちの前に集合しました。


 そしてパッと青白い光の粒子となって消え、代わりに三通の手紙と一冊の本が落ちてきました。


 セイランがサッと受け取り、嬉しそうに頬を緩めながら机に並べました。


「ナギは相変らず派手だな」

「そっちの方が嬉しいじゃないですか」

「それもそうだな」


 その三通の手紙と一冊の本はナギからでした。半年に一度、こうして蝶を使った魔術でナギは手紙を送ってくるのです。


「それにしても今回は手紙の数が多いな。いつもは一通なのに。というか、この本はなんだ?」

「それは……」


 私はパラパラと本に目を通します。


「ああ、やっぱり。これは私宛ですね。この分厚い手紙も。ナギに頼んでいた調べものの結果のようです」

「調べもの?」

「以前、ターゲブーホ都市の湖底で師匠の本を拾ったでしょう?」

「特殊な文字で書かれていたやつだな。未だに解読できてなかったよな」

「ええ。どの種族の言語や『ことば』とも違う成り立ちだったので。けど、見覚えがあったんです」

「見覚えだと?」


 私はトランクから一冊の古い手帳を取り出します。それは十年以上前に偏屈な老人、メモリからいただいたオー爺の手帳です。


「ほら、このページを見てください」

「……確かに。あの本の文字ととても似たものだ。なるほど。それでジョウギ・オーニュクスの死した国で調べてもらったわけか」


 私は静かに頷きました。


 流し読みした限り、ナギが送ってきた本はあの特殊な文字の詳しい翻訳が載っていました。


 数日ほど全力で取り組めば、師匠の本も解読できるでしょう。少し拳を握りしめました。


「じゃあもう一通の方はなんだ? もしかしてアタシとグフウで分けてあるのか」

「さぁ。今までは同じ封筒に入れていたのに急に変えるなんて……ともかく読んでみれば分かるでしょう」


 私は分厚い封書を手に取って封を切り、手紙の最初の文に目を通します。


「ええっと……『悪魔(デーモン)の侵攻について、グフウ様たちに報告をするですわ』」

悪魔(デーモン)の侵攻――」


 セイランが不審に眉をひそめたのと同時に。


「パパ、ママ! いどうするじかんなの!!」

「ここにおったのじゃな」


 イナサとオロシがヨゾラと共にやってきました。


「大変お待たせしました。準備ができましたので、我が師のところへと案内させていただきます」


 ようやくシオリに会えるようです。



 Φ



 中央校舎の奥へと私たちは廊下を進みます。


 奥へ進めば進むほど学生の数は減り、コツンコツンと私たちの足音が響き渡りました。


 そして大きな扉が私たちの前に現れます。


 ヨゾラが扉を叩けば、扉は魔力に包まれてゆっくりと開きました。


「こんなにも……」

「ほんさんがいっぱいなのね!」

「相変らずため込み癖が酷いな」

「これはため込み癖なのかの?」


 その天井の高い大きな部屋。


 そこにはびっしりと魔法書が収められた数十メートルほどの巨大な本棚が迷路のように並び、また上を見上げれば百を優に超える小さな本棚が重力に逆らうように空中を漂っていました。


 その収められた本の全ては魔力探知の反応からして魔法書であり、考えるだけで眩暈がするほどの数が蔵書されています。


 たぶん、神話の時代から今に至るまでのあらゆる魔法書が存在しているのでしょう。


 心が正されるような静謐さにどこか懐かしさを感じる本の匂い、そして空中に漂う無数の光が彩るこの幻想的な空間は、世界一の魔法書の図書館といっても過言ではないでしょう。


 感動のあまり言葉を失ってしまうほどでした。セイランは呆れ果てていましたが。


「こちらです」


 ヨゾラの言葉に我に返り、迷路のような図書館を進んでいきます。


 そして開けて光がさしました。


「ふん。ようやくきたか、ノロマどもめ。待ちくたびれたぞ」

 

 天窓から零れ落ちた陽光が照らす円卓の上に、彼女は胡坐をかいて座っていました。


 太陽すら裸足で逃げだすほど美しく煌めく金髪。深淵の底を映し出したかのような黒の瞳。精霊か何かかと思ってしまうほど美しい人外の(かお)


 聖職者のようなローブを羽織った彼女は傲岸不遜に鼻を鳴らし、手に持っていた本を閉じて私たちを見下ろしました。


 彼女はシオリ。自然と享受の女神(フォルゲナーデ)から寵愛を受けてハイエルフとなり、半神として神話の時代から生き続けている存在。


 生きる人類の歴史書にして、最古の魔法使い。


 彼女は一ヵ月ほど前に会った嘆きと不変の女神(スリプサイオン)の神威と劣るとも勝らぬ覇気と格を纏っていました。


 それに思わず飲まれそうになりますが。


「師匠。机の上で胡坐をかくのは行儀が悪いです」

「……ふん」


 座らなければいいのだろう、と屁理屈な子どものような表情でヨゾラの指摘に鼻を鳴らしたシオリは、少しだけ魔法で浮き上がりました。


 緊張は薄れました。


 シオリはオロシに視線をやります。


「『不運』のオロシ。少し見ない間に老いたな。あの頃の覇気はどこにいった?」

「十年も経てば老いさらばえるものですぞ、シオリ殿。むしろ儂はこの歳にしては元気な方じゃと思うがの」

「いいや、老いぼれだな。これだからヒューマンは」


 吐き捨てるようにそういいながらも、少しだけ目を細めたシオリはイナサに視線をやりました。淡々とした、ともすれば責め立てるような口調で問いかけます。


「娘。名前は?」

「……あちしはイナサっていうの。その、おねえさんは?」

「わたしはシオリだ。お前の……そう、お前の師だ」

「し……?」

 

 シオリは口角をつり上げました。その傲岸不遜な笑みはどこか懐かしさを感じました。


「そうだ。雷斬と天雷の娘。お前は魔法の才がある。誰にも負けない魔法の才が。だから、お前はわたしの弟子だ。わたしが一人前の魔法使いになるまで守り育ててやる。感謝しろ」


 守る。


 その言葉にとても強い重みを感じました。彼女の覚悟にも聞こえました。


 たぶん、その言葉の通りどんな存在からもイナサを守るのでしょう。


 大悪魔(アークデーモン)……いえ、悪魔王(デーモンキング)からも。


 彼女にはその力がある。


 だからか、横目で見えたオロシの表情はとても安堵したものでした。これで、不安はなくなったと言わんばかりでした。


 そしてイナサはというと、無言で俯いていました。


「ふん。どうした」

「……あちしはまほうつかいさんになりたいわけじゃないの」

「いいや、お前はなる。必ずだ」


 そこまで言い切って、けれどシオリは一瞬だけつまらなそうに遠くを見やりました。


「まぁ、いい。ここは魔法に溢れている。色々と見て、ゆっくりと考えろ。それまでは守るから安心しろ」

「……ありがとうなの。ゆっくりかんがえるの」

「ああ、悩め」


 そしてシオリは私たちへ、いえ、私に視線を向けました。


「さて、愚物の弟子。ドワーフの強き風」


 有無を言わさぬ光を宿した瞳が私を射抜いてきます。少したじろいでしまいます。


「お前もわたしの弟子になれ。お前にも魔法の才がある。下らぬ魔術なんぞ捨て、魔法使いとなれ。」

「は?」

 

 唐突の言葉に私は頭が真っ白になりました。


 

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。

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