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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と師匠
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第24話 悔しさ故に我を忘れ

「これはいったい何事ですか!」


 ヨゾラが魔法で風を操って煙を散らします。


 教室には私の〝魔盾(シルト)〟と別に、もう一つの〝魔盾(シルト)〟で守られた数人の学生と女性の講師がいました。机や椅子は散乱しています。


 ヒューマンの女性の講師はヨゾラに気が付くと、魔術陣を浮かべて私の(・・)ともう一つの〝魔盾(シルト)〟を同時に消し(・・)、涙目で土下座します。


「よ、ヨゾラ様! こ、これは違うんです! いつものアレではなく……そう! 偶然、たまたまで、羽虫が飛んできたせいで! ですからどうか減給だけはご勘弁をっ! 塩水で一週間過ごすのはもう嫌なんです!」

「……はぁ、チエさん」


 泣きつく女性の講師、チエにヨゾラは深くため息を吐きました。チラリと私たちを見て、目を伏せました。事前の謝罪でしょう。


 そしてチエにキツイ声音で言います。


「以前にもお伝えしましたが、講師としての講義の安全性の確保すらできていない現状、来期からの『ことば』の講義は無くさせていただきます」

「ちょ、それは、お願いします! 生活が、研究費がっ! どうか、わたしの土下座に免じて!」

「今期で八回目です。けが人は出ておりませんが、受講生も減り今や三人しかいません。諦めてください」

「そ、そんなぁ……」


 項垂れたチエはしかし直ぐに、慣れた様子で散らかった机を元に戻している三人の学生に泣きつきます。


「クルミさんたち! わたしを助けると思って、ヨゾラ様にこの講義を褒めちぎってください! そしたら、まだ――」

「申し訳ないですけれど、来週からあたくしたちも受講はおやめにしようかと思っているの」

「ど、どうしてっ!?」


 金髪のツインテールを揺らしながら、ヒューマンの女子学生が淡々と答えます。


「『ことば』ならあるいはあたくしの魔法の課題を解決するかもと思いましたが、毎週のように爆発を起こしてばかり。ハッキリ申し上げて、チエ先生から学ぶことはないんですわ。『ことば』は無駄でしたわ」

「そ、そんなぁ……」


 今度こそ項垂れて動かなくなるチエ。床に大の字になって、「もう終わり。研究、全ておしまい。わたしは海を漂うクラゲになるです……」と虚無の表情で天井を見上げています。


「突然、失礼。クルミさんと言いましたか。その魔法の課題とはどのようなものなのでしょうか?」

「ドワーフの……魔法使い? あの、今は講義中で、その」

「まぁ、話すだけいいではないか。どうせ講義はこの有様だ。なぁヨゾラ。少し良いだろう?」

「え、ええ……」


 ヨゾラは戸惑いながら、頷きます。それに促されてクルミも戸惑うように話し出します。


「その、あたくしは『植物を硬くする魔法』を得意としますの。けれど、植物が都合よく生えているわけでもありませんし、あたくしの力では投げられる植物も数も限定されている。かといって、魔法で生み出したり操ったりしようにもそれはエルフや精霊たちの固有魔法ですわ。他の魔法に専念しようかとも思ったのですけれど、幼い頃に父から教わった魔法で、諦めきれず。それで……」

「なるほど」


 いくつか案が思いつきました。


「まず、単純な解決策として、〝念動〟を極めることです」

「……一つの物体に属性の違う魔力を同時に浸透させることは無理ですわよ」


 『植物を硬くする魔法』の木の属性と〝念動〟の無の属性の魔力は確かに反発してしまいます。しかも、同じ魔力の持ち主なら猶更。


 しかし、それは魔力操作の技術が未熟だからです。


「〝カエルフラ〟、〝コロル〟」

「えっ?」

「ッ!?」


 私は両手にそれぞれ一つの魔術陣を浮かべました。一つは魔力を木の属性に変換する魔術陣、もう一つは無の属性に変換する魔術陣です。


「魔力探知はできますね。よく見ていてください」


 私は近くの木の椅子に両手をかざしました。


 すると、木の椅子のいたるところから小さな芽(・・・・)()いくつも生え(・・・・・・)、またガタガタと震えだします。


 魔力探知できるものがそれを見れば、木の属性の魔力と無の属性の魔力が綺麗に調和しているのが見て取れるでしょう。


「……すごいですわ。こんなことが……まるで、シオリ様のようですわ……」

「話には聞いていましたが。これほどとは……」


 クルミを含めた学生はもちろん、ヨゾラも食い入るように椅子を見つめました。


「まぁ、このくらいの魔力操作ができれば、魔法で硬くした植物を自由自在に操ることもできるでしょう。が、こんな鍛錬(どりょく)をアテにした単純な解決は面白くありません」

「お、面白く……」

「そうです。もっと発想を自由にしなさい。植物とはなんですか?」

「え……植物は植物ですわ。大地から生えてくる自然の」

「では、聞き方を変えましょう。今、貴方が着ているそのローブは何からできているのですか?」

「それは綿と……あ」


 彼女は何かに思い当たったようです。


「加工されたものは植物ではない。そう思い込むなら結構ですが、魔法はもっと自由なものです。加工された植物を硬くできると想像(イメージ)すれば、必ずそれが魔法として実現します。貴方にはその才能がある」

「っ」

「そして何より、『ことば』は無駄ではありません。これを見て、何かに思い当たらないのですか?」


 私は先ほどの椅子をビシリと指さしました。彼女はジッとその椅子を見つめ。


「……あ、生えている。芽が生えて……固有魔法なのにドワーフが何故っ!?」


 大きく驚いていました。私の顔と椅子を何度も見てはあんぐりと口を開けます。


「魔法の才能は二つに分けられます。一つは想像(イメージ)の限界。これは生物がもつ精神性に限定されてしまいます。人と違う精神性をもつ精霊とでは、同じ想像(イメージ)はできないのは考えるまでもないでしょう。そしてもう一つは変換できる属性の純度と色。その純度が高ければ高いほど、色が濃ければ濃いほどより高位で大規模な魔法を扱えるのです」


 それらは共にこの世に生まれ落ちた瞬間に決まるものです。


 特に後者は残酷です。


 同じ種族であっても、使いたい魔法の属性の純度と色に魔力を変換する才がなければ、その魔法は一生使えないのです。


 ドワーフは鍛冶魔法以外の属性に魔力を変換することができないのです。


 ですが。


「『ことば』は、魔術は違います。誰でも、望む属性の純度と色に魔力を変換できる。いいですか、『ことば』は無駄ではないのです!!」

「は、はい。そ、そうですわね。あたくしが間違っていたですわ……」


 一番強調したかったところもあってか、少し言葉に力がこもってしまいました。


 隣にいたセイランが口元を緩めて生暖かな目を私に向けているのが分かりました。そっぽを向いて、気が付かなかったことにしました。


「……こほん。ところでチエさん」

「っ、は、はい! わたしはチエです!」


 酷く驚いた表情で呆然としていたチエは私の言葉に我に返りました。


 私は教室の黒板に描かれたそれを指さします。


「この黒板の魔術陣のこの文字。これは……何ですか? 疑いと言葉の神(シニフェールス)が遺した『ことば』ではありませんよね。かといって、ししょ……賢者ヨシノが遺した演算子でもない」

「あ、それはわたしが作った演算文字なんです!! 自然魔法に特化した演算文字で――」


 チエは堰を切ったかのように話し出します。


 それを聞きながら、私は震えていました。


 魔術陣は『ことば』だけで成り立っているわけではありません。いくつもの『ことば』を繋げ安定させ情報処理を行うために、特殊な魔力術式を用います。


 それが演算文字、もしくは演算子。


 神が創った法則たる『ことば』を繋げるそれは、もはや『ことば』と同じ法則といっても過言ではありません。


 そして今、私が使っている演算子は当然師匠が創り上げたものを改良したものです。


 そう、私ですら一から創り上げるのではなく改良に留まっている。


 なのに、目の前の黒板に描かれたその演算子は、ところどころに師匠の理論の面影がありながらも、それとは別に独立した理論で構築されていました。


 つまり、新しい理論を一から創り上げたのです。


 強い悔しさと純粋な好奇心を止めることはできませんでした。


「失礼!」

「あ、はい!」


 チエの話を遮って私はチョークを手に取り黒板の空いた所に書き込んでいきます。


「なるほど、精霊語を基礎とすることで自然魔法に……そこに聖霊語の魔力スペクトルを……いや、古竜語に置き換えて、ここを繋げて……けれど、駄目です。この演算子だと妖精語の制御が不安定。この過渡応答を解消するために……」


 ガンガン書き込んでいきます。


 そして数分ほど考えて、チエに振り返りました。余裕の表情を向けます。


「チエさん。今、直面している問題点はここですね?」

「っ!! そ、そうです!! 『ことば』を区切る演算文字が問題で! 聖霊語と古竜語を繋ぎ合わせると、妖精語と適応しなくて! そのせいで魔術の安定性が低くて失敗してしまうんです! 今日もそれで爆発が!!」

「なるほど」


 私はふふんと鼻を高くしました。四つの魔術陣を編み、重ね合わせます。


「〝共振(リソナ)〟」

「ッ!」


 チエは大きく目を見開きました。


「立体の演算文字……っ!!??」

「ええ、私が創った(・・・)演算子(・・・)です」


 ここ十数年、私だって魔術の探究に心を注いだのです。師匠が遺した全てを習得し、その理論を発展させてきたのです。


 〝共振(リソナ)〟はその一つ。同じ魔術を重ね合わせることによって増幅させるそれですが、本質は違うところです。


「演算子に厚みを持たせる。つまり、二次元から三次元へと拡張することで、この演算子でも三つの『ことば』を同時に繋げることができるます」

「ッ! なら、こうしてッ!!」


 チエはいくつもの魔術陣をゆっくりと編み始めました。魔術陣同士が重なり合い、複雑な立体を織りなしていきます。


「〝コロル〟」


 詠唱によって、魔術陣が輝きだしました。


 それは教室や空気を震わせ、つんざくような音を響かせます。神性にも似た力を宿し始めます。


 そして魔術陣がパッと弾け、一瞬だけ魔力の(かたち)をした何かが生まれて消えました。


「か、完成です!! ようやく失敗から解放されます!! やったー!!」


 彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねます。


 そんな彼女に微笑み、私は一つ訂正を行いました。


「さっきのあれは失敗ではありませんよ」

「へ?」

「〝魔の光よ。(コロル・)翔りて(ウーナ・)穿て――魔弾(ゲヴェーア)〟」


 私は〝魔弾(ゲヴェーア)〟を創り上げ、そこに二つの魔術陣を重ね合わせます。


「〝カエルフラ〟、〝アルブム〟」


 〝魔弾(ゲヴェーア)〟が蠢きだしました。光の芽が生えては消えるを繰り返します。私はそれを地面に放ちました。


 ボンッと爆発して、煙が充満します。風の魔術で直ぐに煙を散らしました。


 そこには一本の小さな木が生えていました。


「なっ!? 聖樹の若木ッ!?」

「これは、明らかに人智をッ!?」

「え、聖樹の若木ですってっ!?」


 チエはもちろん、セイランと小声で雑談しながら私たちの成り行きを見守っていたヨゾラまでもが大きく目を見開きました。


「さきほど貴方が称した失敗は、三つの『ことば』に対応できずに起こる不安定さでした。けれど、もっと正確に表すならば三つの『ことば』が強く共振して増幅しあうことによって暴走し、制御不可能な状態になることです」


 私は聖樹の若木を指さします。


「そう、あの演算子の本質は制御不可能なことではなく、『ことば』同士が強く共振して増幅しあうこと。今回、〝魔弾(ゲヴェーア)〟は残り二つの『ことば』を増幅させるためだけに使用しましたが、三つを上手く組み合わせれば聖樹を越える何かを生み出すことができるかもしれない」


 それを生み出したが最後、神々に追われてしまうかもしれませんが。


 まぁ、今さっき初めて見た現象なので、三つの『ことば』を安定的に共振させて増幅させる方法がまだ思いついておらず、したくてもできないのが実情ですが。 


「兎も角です。失敗を失敗として切り捨てるのは結構ですが、魔術を志しているのです。想定外である失敗を正しく分析することが重要だと、お伝えします」


 ちょっと偉ぶっているかもしれませんが、新しい理論の演算子を生み出すほどの才能と知恵を持っている若き後輩に未熟な部分を指摘するくらい、、魔術師の先輩として許されるでしょう。


「……貴方は、その、誰なのですか……?」

「ああ、申し遅れました。私はドワーフの魔術師のグフウと申します」


 自己紹介をしました。








「格好つけているところ悪いが、勝手に教室の中に、しかも聖樹の若木なんてもんを生やしてどう後始末をつけるつもりだ、グフウ? 聖樹は信仰すらされるものだぞ」

「あ」


 セイランに怒られました。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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