第21話 異変の主と現るカラス
「カエルのおうたさんなの! 今すぐ見に行くのね!!」
「「「……」」」
公園から聞こえてきたカエルの大合唱に喜ぶイナサとは打って変わって、私たちの顔は険しいものになります。
正直なところイナサを公園の中に入れたくありませんでしたが、私たちと離れている方が逆に危険になると判断しました。
それに向こうは交戦が目的ではないようですし。
「ラッカ殿下。公園の中央に案内してはいただけませんか?」
「中央か……そなたらならもしや……うむ、分かった」
私たちは木々に囲まれている公園へと足を踏み入れました。
そして目に飛ぶこむは一面の花畑の景色。
赤、黄、橙、青などなど。種も彩も千差万別で、それでいて圧倒的な調和のとれた花の絨毯が丘一面に広がるのです。
サァーと春の風が吹き抜け、花畑にお花の波を起こし、そして運ばれた花の匂いが私たちの鼻孔をくすぐります。
穏やかで、それでいてワクワクと嬉しさが湧きあがるような場所でした。お花のように柔らかな気持ちが溢れ出ます。
けれど、花畑の地中からは邪悪な魔力が感じられ、また不協和音のように沢山のカエルの鳴き声が聞こえてきました。
「……ホネホネさん?」
カエルは骨でした。不死者のカエルがそこかしこから飛び出しては、ゲコゲコと鳴いているのです。
「聖葬火」
「命よ廻れ。命よ還せ」
「祓光」
「うぉおお!! 還り給え!!」
私たちは目につく不死者のカエルを葬送し、輪廻の星々へと還します。しかし、直ぐに不死者のカエルはわき出してきます。
「異常な数ですね」
「うむ。昨晩から急に現れるようになってな。けたたましい鳴き声以外害はないのだが、この公園は聖地と等しい場所だ。明日の式典の場でもある。ゆえに至急の葬送を行っているのだがな……」
周りを見渡せば、数多くの神官が恩寵法にて不死者のカエルを輪廻の星々へと還していました。
けれど、やはり数は一向に減る様子はありません。
しかも公園の中央、つまり丘の頂上へ向かうほどに不死者のカエルの数は増え続けています。
「あれは……」
公園の中央に行くと、芝のように広がる茎が特徴的な薄紅の花が咲き乱れ、その中心に一人の女性の像がありました。
私は息を飲みました。
「賢者ヨシノの像だ。ここで彼女は悪魔王を討ち取ったのだ」
「そう……なのですか」
その顔は最期に見た姿とは違って若々しいものでした。
けれど、その眉、目、鼻、口元。そして優しく、けれど苦労が滲み出ているしわ。ローブをたなびかせて大杖を掲げる、その不遜で大魔術師の名に恥じない理知と力強さを放つその立ち姿。
色あせない記憶が、私の脳裏をよぎりました。少し胸が締め付けられました。
師匠の像と花畑の周りには、邪悪な魔力を放つ結界が張られていました。神官や魔法使いが結界の解除を試みていますが、うんともすんともいいません。
「大司教もサキの治療で力を使い果たしてしまい、解呪できる者がいなくてな。これでも私はかなり腕のたつ方なのだが……」
ラッカは腰に携えていたレイピアを抜き去り、濃密な闘気を込めて結界に向かって突き出しました。
亜竜の鱗を貫き、致命傷を与えるほどの威力がある一撃です。大抵の結界ならこの一撃で壊されているでしょう。
「ご覧の有様だ」
しかし傷一つ付かず跳ね返されます。
ラッカが私たちに頭を下げました。
「この異常事態。そしてサキの病。全てはこの結界が元凶だと私は睨んでいる。ゆえに、そなたらの大力に頼らせてはもらえないだろうか! ファイエルン王国が第一王子、ラッカ・ソメイ・ファイエルンが頼む!」
「ええ、もちろんです」
「感謝する!!」
私とオロシが結界に手を当てます。かなり強固な結界です。私だけで解除するとなると、かなり時間がかかるでしょう。
「……系統は?」
「怨念と腐食の女神であろう。邪気の祓いは儂に任せるのじゃ」
「お願いします」
セイランを見やります。
「指示したら、攻撃をお願いします。手加減はいりません」
「花は大丈夫か?」
「問題ないです」
強引にこの結界を壊すこともできますが、それでは綺麗に咲き誇る花々が散ってしまいます。
なので、丁寧に結果を壊すことにしました。
危ないですのでイナサのことをハナカゼたちにお願いし、邪悪な結界の周りから人を遠ざけました。
私たちは集中を高めていきます。
そして私が詠唱をして無数の魔術陣を浮かべて、数秒。
「全ての邪悪は聖に裁かれん」
「セイラン、今です!」
オロシが結界に込められた邪悪な魔力を祓い、私が〝魔法支配〟で結界を操りある一点の防御力を下げます。
「はぁっ!!」
セイランがその一点に向かって大剣を振り下ろしました。
そしてパリンッと小気味よい音が鳴り、結界が破壊されました。同時に辺りに響いていたカエルの大合唱が聞こえなくなります。
魔力探知で探れば、不死者のカエルが消えたことがわかりました。花畑の地中で蠢いていた邪悪な魔力も消え、サキの病は治っていました。
けれど、まだ終わりではありません。
「久しぶりに会ったな」
「初めまして。おはよう、こんにちは、こんばんは。そしてもうすぐさようなら」
「「ぁぁ……」」
二匹の大悪魔が虚空から師匠の像の前に現れました。二匹とも顔だけが骨で、踏まれた薄紅色の花がすぐに腐ったように枯れました。
ハナカゼとラッカが息を飲み、恐怖で固まっていました。周りの神官や兵士たちも同様です。
それほどまでに目の前の存在が放つ力が大きいのです。
一匹は見覚えがあり、以前エルフの森で戦った鏡花のフラクトゥアティーです。もう一匹の貴族服を着た方は知りません。
「無形のブルーヴァトゥだ。見るのは二度目だが、吐き気を催すほど甘ったるい声と口上は覚えがある」
「無形のブルーヴァトゥじゃとッ!? 何故、生きてッ!?」
「さぁな。アタシが知りたい。この手で確かに殺したのだからな。まぁ、見たところ鏡花のフラクトゥアティーと同じく不死神の力を借りたのだろうが」
そういえば、セイランは私と出会う前に六凶星という大悪魔を討ったのでした。
なるほど。目の前の二匹ともその六凶星というわけですか。
無形のブルーヴァトゥが舐めまわすように私たちに視線を送ります。
「ふむふむ。健康そうでなによりなにより。そこのヒューマンの姫なんて、何とも美味そうな匂いをしているよ。前菜をいただくのも一興かな」
「ッ!! 我が妹になにするつもりだ」
「待て、ラッカ!」
大悪魔が放つ覇気に圧倒されて動けなくなっていたラッカが、けれどハナカゼを守るためにレイピアを抜き去ってて無形のブルーヴァトゥへと駆けだそうとしました。
セイランが止めます。
「お前では敵わない相手だ。下がって、イナサたちを頼む」
「……わかった」
ラッカは深呼吸をしました。悔しそうに唇を噛みしめて私たちの後ろへと下がり、イナサとハナカゼとサキを連れて逃げられるような態勢をとります。
「そう構えなくてもいい。此度我らは戦いをしに来たのではないからな。そこの贄の状態を確認しに――」
「その薄汚い口を閉じろ」
「おっと」
「チッ」
セイランが一気に踏み込んで二匹の大悪魔に大剣を振るいます。しかし、その前に鏡花のフラクトゥアティーの転移の魔法で躱されました。
「……」
転移の魔法の発動はセイランが動く前に行われていました。まるで、その未来を知っていたかのようです。
私の疑念を他所に、鏡花のフラクトゥアティーは口を開きます。
「まぁ、手短にいくか。『ことば』の術師。『廻命竜』の後継者。ついでに『不運』の聖人。これは宣戦布告だ。十四年前の、そして四十五年前の屈辱を晴らす我らが悪魔からの破壊宣言だ」
「つまり、再び僕らが世界を壊してあげるのさ! 感謝はいらないよ!!」
邪悪な波動がほとばしりました。こっそりと張っていた結界で防がなければ、その邪気と瘴気でここ一帯が地獄と化していたでしょう。
実際、師匠の像の周りに咲いていた花は枯れてしまいました。
私が結界を張っていたのは承知だったのでしょう。顔だけ骨の大悪魔たちは驚くこともなく、カタカタと笑います。
「では、近いうちにそこの生贄を迎えにいく」
「僕らの大行進を楽しみにしててね」
そして二匹は転移の魔法で消えようとして。
『おやおや。一応は私の眷属だろうに、挨拶もせず帰るとは無礼ではないかね? ウジ虫よ』
「「ッッ!?!?!?」」
一匹のカラスが唐突に現れ、両者の頭をついばみました。そして二匹ともボロボロと朽ちました。灰になります。
終りと流転の女神さまの加護が、二匹の魂が輪廻の星々の向こう側へと送られたことを教えてくれました。
そしてそのカラスは師匠の像の肩に降りました。慕うように師匠の像に頬をすり寄せたあと、ひどく驚く私たちに向かい直りました。
『さてと。お初にお目にかかる、今代の英雄よ。私は嘆きと不変の女神と言う。気軽に不死神と呼んでくれたまえ』
カラス――嘆きと不変の女神はそれはもう丁寧にお辞儀をしました。その仕草一つ一つに神威が宿り、思わずかしずいてしまいそうです。
現に私たちの後ろにいるハナカゼたちは膝をつきかけていました。その顔は蒼白に染まっていて、ガタガタと震えています。
私たちだって、強く気を張っていなければ目の前の存在に飲まれていることでしょう。
『おっと、失礼。急ごしらえの依代ゆえ調整が不十分でな。……これで少しは落ち着いただろうか?』
神威が少しだけ弱まりました。
「……ええ。そのお心遣い感謝します」
『よいよい。此度は謝罪と礼を言いに来ただけなのだからな』
嘆きと不変の女神は頭を下げました。
『先ほどはお見苦しものをお見せした。あんなちぐはぐで永遠の価値もないような不死者など、なんとも醜くてな。私のセンスはああいったものではないことを伝えたい』
「……つまり、あの二匹の黄泉返りはお前がやったわけではないと?」
『そうだ、エルフの英雄よ。恥ずかしい話、我が愛し人に力を貸して以降、少々不死の力の制御が利かなくてな。そこに付けこまれてしまったのだ』
だからこそ、と嘆きと不変の女神は続けます。
『君らには深く感謝する。あの二匹を屠ることが出来たのは君らのおかげだ。ノコノコと私の面影のあるこの地に現れてくれたのだからな』
彼女はククッと喉の奥を鳴らしました。その仕草にどこか可愛らしささへ感じてしまいます。
厭な神さまです。
「あちしもかみさまにおれいをいいたいの!!」
「ッ、イナサッ!?」
「早く儂らの後ろに――」
突然、イナサが嘆きと不変の女神の前に飛び出してきました。反応できませんでした。
私たちが慌ててイナサを後ろへと戻そうとしますが、その前に嘆きと不変の女神が翼を広げて私たちをけん制しました。
優しい目で問いかけます。
『なにかね、小さき命よ』
「ディーちゃんをあちしに逢わせてありがとうなの! おかげでチーちゃんがおうじさまとぎゅっとできたの! それにへんなおねえさんをげんきにしてくれてありがとうなの!」
『ああ、そのことか。それはそれはご丁寧に。どういたしまして』
嘆きと不変の女神は嬉しそうににんまりと笑い、それから肩を竦めるように翼を羽ばたかせます。
『とはいえ、後者はともかく前者は礼を言われても嬉しくないのだがね。なにせ君らのせいで水の貴婦人も悪魔王に一撃を加えた若き英雄も優しき姫も、そして勇敢な民も私の腕から離れてしまったわけだからな』
『惜しかった、実に惜しかった』とうそぶいた嘆きと不変の女神は、そしてバサリと大きく翼を広げて飛び立ちます。
『では、今日はこれで失礼するとしよう。また近いうちに逢えるのを楽しみしているよ。……ああ、そうだ。そこのドワーフの英雄……いや、魔術師よ。お前に一つ文句を言うのを忘れていた』
嘆きと不変の女神が私を睨みました。
『よくもやってくれたな』
「っ」
神の覇気が、強い怒りが襲い掛かってきました。
『お前のせいで我が愛し人を再び抱きしめることができなくなってしまった。深く恨むぞ』
「…………それはよかったです。未練がましいストーカーを追い払うくらいには、あの墓にも効果があったといわけですね」
私は静かに深呼吸して、不敵に笑って返しました。
『……ふん。まだ私にも一縷の望みはある。せいぜい今は亡き師を想い嘆くのだな、我が恋敵よ』
そして嘆きと不変の女神は虚空へと消えました。
「……お前、賢者ヨシノの恋人だったのか?」
「……そんなわけないでしょう。大方、恋路を邪魔した敵という意味ですよ」
「ああ、なるほど」
今起こった出来事から目をそらすように、セイランとそう軽口を交わし合いました。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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