第20話 花の都と異変
柔らかで穏やかな陽射し。されど、木々も虫も動物も、匂いや風も力強く芽吹き始める季節。
春が訪れました。
そして春の喜びとはまた別に、ファイエルン王国の王都はちょっとした慌ただしさと祝福の雰囲気に包まれていました。
多くの人が行き交い、笑顔を溢していました。
話を聞くに、明日から一年に一度の祭りが開かれるようです。
けれど、それ以上に私たちは都を飾るそれに感嘆の声を漏らしました。
「これはなんともまぁ、華やかですね」
「ああ、何度も来たことがあるが、やはり綺麗な都だ」
「おヒメさまのみちなのね!! かわいいの!」
「その道を歩くイナサも可愛いのじゃ」
「てれるの、オロシ!」
花の都という言葉が一番似合うでしょう。
木組みの家と石畳の街並みのいたるところに草木が植えられていて、多種多様な花が咲き乱れていました。家の扉や街灯には造花などが飾られています。
イナサはお姫様のように優雅に歩き出し、オロシが褒めます。
近くの花壇のとある花に目が留まりました。
「タンポポか。好きなのか?」
「好きですし、そうですね。ほら、〝想花〟っていう魔術があるじゃないですか」
「お前が出会った女性に花をあげるために使ってる魔術だな」
「……女性以外にもあげてますよ」
「儂はもらっていないのじゃが」
少し離れたところからオロシの声が聞こえましたが、無視します。
「ともかく、タンポポは〝想花〟を師匠から習って初めて咲かせた花なので、私にとって思い入れがあるのです。それに、普通に可愛らしくて嬉しくなりました」
「……そうだな。確かに可愛らしい花だ」
セイランは一瞬だけ何かを考え込む様子を見せて頷きました。
「っ!? 花の微笑みだとっ!?」
「なんと、珍しいっ!?」
そして私たちは驚きます。花壇に並んでいたタンポポの一つが、ふわっと浮き上がったのです。
そのタンポポ抱えて浮かんでいたのは、半透明の小さな生き物でした。可愛らしい顔立ちに花弁の形をした手足、小さな翅が特徴的で、キラキラと煌めいていました。
花の妖精、花の微笑みでした。
「うわぁ……!! かわいいの!」
「……む?」
妖精はとても臆病で人前にあまり姿を現しません。まして、人の多い王都で見られるなんてあり得ません。
だからこそ、私もセイランも驚きで少し唖然としていました。
イナサは頬を紅潮させ、オロシは少しだけ訝しげに眉をひそめ。
「っ」
「あぶないのっ!!」
花の微笑みが抱えていたタンポポが突如として枯れてしまい、力なく落下しました。
私たちが動くよりも先にイナサが飛び出して、花の微笑みをキャッチしました。
「このこ、すごくいたいいたいさんなの! くるしいの!」
「大丈夫じゃ。落ち着きなさい」
イナサの手にいる花の微笑みは苦しそうに顔を歪め、蛍のように点滅し始めます。
それに強く同調してして叫ぶイナサの頭をオロシが安心させるように優しく撫で、片手を花の微笑みにかざしました。
「彼の者に癒しの祝福を。傷を塞ぎ、弱る心を守り、万の病を挫く奇跡を与え給え」
「――!」
「げんきになったの!」
オロシの柔らかな橙色の光が花の微笑みを包み込めば、花の微笑みの点滅が止まりました。
花の微笑みもイナサも安堵の表情を浮かべました。
「グフウ殿、セイラン殿。原因は分かるかの?」
「軽く調べた感じ、外部からの影響で体内の魔力の不調を起こしているようです。邪悪な魔力に変転させられているとでも言いましょうか」
「ふむ。じゃが、呪いの気配は感じぬの」
「特殊な魔法か何かなのだと思います。ともかくそのもとを絶たない限り、オロシさんの癒しの恩寵法も一時的なものにしかならないでしょう」
「そのもとだが、たぶんこの子の生まれた土だ。植物の妖精は生まれた土地の魔力に大きく影響されるからな。そこに大きな異変があったのだろう」
「では、その場所を探さなくていけませんね」
妖精が生まれた土地を探すのは初めてです。それに適した魔術は知らないため、一から創る必要があります。
私はひげを撫でながら気合を入れようとして。
「サキ!!」
「お待ちください、ハナカゼ様!」
ハナカゼと呼ばれた少女が銀の鎧を身に着けたメイドを何人も連れてこちらに走ってきました。
Φ
「こ、これがおしろさん……。ホンモノはゆめよりもすぱらしいところだったのね……。しかも、ホンモノのおヒメさままで……」
夢ではないことを確認するために何度も引っ張ったせいで、イナサの頬は赤く腫れていました。
けれどイナサは気にすることなく、キラキラとした目で王城と薄紅の長髪が特徴的なお姫様を見つめました。
そう、ハナカゼはファイエルン王国の王女でした。
私たちのことを知っていたようで、タンポポの花の微笑み、サキのことで依頼をしたいからと、王城に招かれました。
普段なら王族とか貴族とか面倒くさくて気乗りしませんが、花の微笑みのためとなれば話は別です。
鍛冶と技巧の神の子としてはもちろん、魔術師として人の想像を越える魔法を使う存在に深い敬意を抱いているからこそ、助けたいと思うのです。
セイランも同じような思いでしょう。
私たちは案内されるがままに王城のとある貴賓室へと足を踏み入れました。
「どうぞ、お座りください」
私たちはソファーに腰かけました。
ハナカゼもローテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰かけ、銀の鎧を身に着けたメイドが用意した紅茶に口をつけたあと、優雅にお辞儀します。
「エルドワ旅団の皆さま。改めまして、わたしはハナカゼ・ソメイ・ファイエルン。ファイエルン王国が第一王女です」
そしてハナカゼは自分の肩に座っているサキを見やります。
「そしてこちらが、わたしの親友のサキです」
「――!」
サキが嬉しそうに私たちに手を振り、ハナカゼはそれに安堵するように頬を緩ませました。
「サキを救ってくださったこと、本当にありがとうございます。貴方たちがいなければ、わたしは二度とこの子に触れることができなかったでしょう。本当に深く感謝を申し上げます」
凜とした仕草で、ハナカゼは深々と私たちに頭を下げました。動作の一つ一つ、言葉の端々から深い感謝が伝わってきます。
私はサキを癒したオロシを見やりました。オロシは胸に手を当てて軽く頭を下げます。
「儂も花の微笑みを助けられてよかった。その言葉、とてもありがたい。じゃが、感謝するにはちと早すぎるのじゃ。この子の病は完治しておらん」
ハナカゼは勢いよく顔をあげました。
「っ。やはりサキを蝕む病をご存じなのですかっ!?」
「いや、詳しくは分からん。じゃが、セイラン殿とグフウ殿が言うにはその子の生まれた大地に異変があり、体内の魔力が邪に染まっているとだけ」
「そうじゃよな?」とオロシが視線で確認をとってきます。
「ああ。今はオロシの加護が守っているが、そう長くはもたない。その子の分霊ともいえる花が枯れてしまった今、もって半日というところだろう」
「そんな短い!」
ハナカゼが悲壮な叫び声をあげます。
「ハナカゼ王女殿下。落ち着いてください」
「落ち着いていられるわけ――」
「〝斉唱〟・〝我が想いは一輪の咲い――想花〟」
「っ!?」
私は四つの魔術陣を浮かべ、魔術で二輪のタンポポを咲かせました。
「どうぞ」
「……あ」
「――!」
一輪を呆然とするハナカゼに渡し、もう一輪をサキに渡しました。サキは嬉しそうにタンポポを受け取ります。
「そのタンポポは私の魔力を存分に注いで創りました。分霊にはまったく及びませんが、少しはサキさんの命を繋ぐことができます」
「二日はもつ」
端的にセイランがタイムリミットを告げました。
「ハナカゼ王女殿下。私たちもサキさんを救いたい。ですから、彼女が生まれた土地を教えてはくれませんか?」
「アタシたちを招いたのだ。心当たりがあるのだろう?」
ハナカゼは青白い顔で深呼吸をしました。
「リンドウ。今すぐ準備を」
「……かしこまりました」
銀の鎧を身に着けたメイドの一人が部屋を出ていきました。
「詳しいことは馬車の中でお話します」
私たちは貴賓室を出て、用意された馬車に乗り込みました。賑わう王都の中を馬車が急いで進みます。
簡素で堅牢な馬車は六人も座れるほど広く大きいですが、魔法具で重さを軽減して御者のメイドが『馬が疲れにくくなる魔法』を使うことで馬一頭だけで走らせていました。
「ことの始まりは昨晩の夜中でした」
ハナカゼはイナサのまわりをクルクルと飛ぶサキを見やりました。
「一緒に寝ていたサキが苦しみ点滅しだしたのです。直ぐに大司教様に診ていただき、癒しの恩寵法を懸命に施していただいたのですが」
「無理だったわけか」
「はい。病の進行を遅らせ苦しみを和らげることはできましたが、太陽が昇りきるころにはもう。わたしも契約者としての特別な魔法を行使しましたが……」
ハナカゼは無表情で首を横に振りました。その手はきつく握りしめられていて、悔しさをひしひしと感じます。
「……そして、先ほど。苦しんでいたサキが私に微笑んで消えてしまったのです」
その時のことを思い出してしまったのでしょう。サキの顔はとても青ざめていて震えていました。
「だいじょうぶなの。サキちゃんはぜったいにきえないの。パパとママとオロシがかならずかいけつするの」
「――!! ――!!」
「……ありがとう」
手を握りしめたイナサと、額に何度もキスをして励まそうとするサキにハナカゼは心の底から安堵するように微笑みました。
……サキは何を想ってハナカゼの前から消えたのでしょう。その命が尽きる姿を親友には見せたくなかったのでしょうか。
私はチラリとセイランを見やり、首を振りました。
いえ、違います。親友を泣かせたくなかった。無事な姿を見せたかった。だから、少しでも病を治す可能性がある場所へと『花を渡る魔法』で移動したのでしょう。
そして私たちの前に現れたのです。
それが偶然なのか、それとも流転の女神様の導きなのか分かりません。しかし、どちらにせよ私たちのすることは変わりはしないのです。
「私たちはどこに向かっているのですか?」
「『散花の眠り』という王家が管理する公園です。昨日より、この公園ではある異変が発生しているのです。そして私はそこでサキと出会いました」
「……なるほど。なら、その異変がこの子の病の原因の可能性が高いな」
しばらくして、馬車が停まりました。降ります。
花を咲かせた木々に囲まれた公園が目に入りました。その周りを多くの兵士が警備していました。
少し視線をずらせば、王都を少しだけ見下ろすことができます。郊外の丘の中腹に『散花の眠り』の入り口はありました。
「ハナカゼ! どうしてここにっ!! サキはどうしたのだっ!?」
高貴な服を着た青年がこちらへ走ってきました。
「ラッカお兄様。サキはこちらに」
「――!」
「っ!? 治ったのかっ!? 良かった!」
青年、ファイエルン王国の王子であるラッカはその薄紅の目を大きく見開き、嬉しそうに頬を緩ませてサキの頭を指先でくしゃくしゃと撫でました。
サキは少し痛がるような、それでいて安心するような笑みを浮かべます。
「いえ、ラッカお兄様。まだ完治はしていないのです」
「なにっ!? どういうことだっ!?」
「それを説明する前に、この方々をご紹介します」
「むっ!?」
ラッカは今私たちに気が付いたのか、眉をひそめました。
「自由と遊戯の女神の神官にハーフエルフの幼子。それに両者を入れ替えたようなトンチキな風貌のエルドワ……。もしかして、あの高名なエルドワ旅団かっ!?」
「ええ、そうです。サキを一時とはいえ、癒してくれたのもこの方々です」
「そうか! 有難う! 心から礼を言う!! 今は私も手が離せないが、近いうちに必ず礼をしよう!!」
元気な方です。
「いえ、礼はサキさんの病の原因を取り除いてからです」
「むっ! どういうことだっ!?」
ハナカゼがことの経緯を説明します。
「そうか! それでここに来たのか!」
「はい。それで今、ここではどんな異変が起こっているのですか?」
「ああ、それはだな。カエルだ」
ラッカがそう言ったのと同時に、ゲコゲコゲコゲコとカエルの大合唱が聞こえてきました。
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