第19話 おしゃれと外苑
ガラスと石材の街並みが広がっていました。ドワーフの建築様式にも似た金属と石材の建物が広がり、路面を小さな魔機車が走ります。
人の往来も激しく、とても活気に満ちた場所です。
「立派な街並みですね」
「流石はシュピーゲルティッシュ皇国の皇都といったところか。北側諸国の中でも大きな発展を遂げているな。だが、こうも変わってると流石に皇居の周囲の穏やかな場所もなくなってるか……」
「お気に入りだったのだがな……」とセイランが目を細めます。
「大丈夫じゃ。皇都の中心は昔と変わっておらぬ。あとで訪れてみんかの?」
「それはいいですね。セイランが残念がるほどのところのようですし、見てみたいです」
私たちは駅舎で案内をいただいた宿へと向かいます。
「で、でっかいの……」
「随分と背丈のある宿ですね」
「『ホテル』と言うのじゃ」
目の前の宿は七階建てでした。金属と石材が積み重なって聳え立つ建物には等間隔にガラス窓が並び、圧巻という雰囲気でした。
「……こ、ここは…… おヒメさまがすんでるばしょすぎるの! いったいなんにんのおヒメさまがすんでるのっ!?」
ホテルの中に足を踏み入れれば、華やかなシャンデリアや調度品が彩るエントランスが私たちを向かい入れました。
慄くイナサを他所に、複雑で美しい模様の絨毯を踏みしめながら内装に少し目を奪われていました。
「……ドワーフが建てたものだと思ったが、まったく違うな」
「……ええ。私たちが建てたとすれば、シンプルな内装になるはずです。私たちの技術を学んだヒューマンが建てたものでしょう。素晴らしいです」
私たちの声音には確かな称賛がありました。
美しいのです。鍛えて磨き削ぎ落す私たちの文化では決して創り得ない、飾る美しさがありました。ヒューマンが得意とする美しさです。
他種族の技術を自分たちの文化へと落とし込む。その融合の真髄が、内装の細部にまで宿っていました。
これを見るとエルドワ街で見たエルフとドワーフの融合はまだまだ未熟だと思い知らされます。
他文化の融合はかくあるべしという気持ちにさせられました。
従業員に声をかけられます。
「皇国ホテルへようこそ。北側諸国連盟協会様よりお話は聞いております」
去年の秋の土砂崩れの一件で、私たちの旅は北側諸国連盟協会の支援を受けることになりました。鉄道やホテルの手配をしてくれます。
お金も浮きますし、幼子のイナサがいるのですから快適な旅ができればそれに越したことはありません。私たちは支援を存分に使っていました。
案内された部屋に荷物を降ろし、ホテルの中にある食事処で昼食を済ませました。
私たちは皇国ホテルを出て皇都の中心へ向かって歩きます。
「オロシ、パパママ。あちし、きづいちゃったの」
今までと違う街並みに視線をあっちこっちと移動させていたイナサが、唐突に立ち止まって静かに言います。
「あちしはゆめにいるの」
「……それはどうして?」
「だって、みんなおうじさまとおヒメさまなの! おしゃれすぎるの!!」
イナサが道行く人たちをビシリと指さします。
感覚的に言えば、普段使いする礼服といった感じでしょうか。
貴族がよく着ていた服から堅苦しさや豪華さを少なくして着やすくし、そこに派手さや機能美、多種多様なデザインを組み込んでいます。
ともかく、多くの人がオシャレな服を着ていました。確かにイナサの反応も頷けます。
「イナサ。ここは現実だぞ」
「つ、つまり、みんながおうじさまでおヒメさまだというの……っ!?」
「いや、違う違う。みんな普通の人だ。お姫様の服も着られるほど豊かなのだ」
「…………もしかして、あちしもおヒメさまのドレスをきたり」
「できるぞ」
「!!」
イナサが大きく目を見開き、わなわなと震えました。全身から、お姫様の服を着たいという気持ちが溢れ出ています。
私たちは顔を見合わせました。
「どこか服を買えるところに行きますか」
「そうだな。だが、どこに行けば……」
「それなら、儂がいいところを知っておるぞ。『デパート』という場所じゃ」
聞き馴染みのない言葉に私たちは首を傾げました。
Φ
カーテンが開きました。
「おはなばたけのおヒメさまをイメージしたの!!」
「か、かわいいのじゃ! 世界一可愛いのじゃ!!」
フリルがあしらわれた袖をリボンできゅっと縛った白のワンピースに、麦わらで編まれた帽子を着飾ったイナサが、くるりと一回転します。
皇国ホテルにも負けない大きくて背丈のある豪華なお店、『デパート』に入ってからおよそ二時間近く。
ファッションショーが開かれていました。
それはイナサだけではありませんでした。
「きゃー! かっこいい!!」
「ちゅーして!!」
「尊い!!」
白のシャツに、『背広』という黒の上下を着てハット帽子を被ったセイランが多くの女性に囲まれていました。
イナサの服を探すために『デパート』にやってきたのですが、初めての場所で色々と勝手が分かりませんでした。
なので近くにいた店員に案内を頼んだのですが、その方が少々アグレッシブといいますか、商人根性が逞しい方でして、イナサだけでなくセイランや私、オロシの服も選び出したのです。
私とオロシはどうにか固辞したのですが、セイランは彼女の魔の手からは逃れられず、いくつか服を着ることになりました。
そしてどこからともなく現れたご婦人たちに囲まれ、色々な男性の服を着させられていました。カッコいいポーズや甘い言葉を言ってくれないかとお願いされていたりもします。
それにしても、普段から似たような服を着ているので男装がよく似合いますね。孤児院の子供たちに王子様などと言われるのも納得です。
「……疲れた」
「お疲れ様です」
しばらしくて、げっそりしたセイランが戻ってきました。手にはタンポポの刺繍が施された紺のワンピースがありました。
先ほどまで女性たちに着せられていたのとは全く違う可愛らしいデザインの服です。
「それ、どうしたのですか?」
「……一着くらい買おうと思ってな。別にいいだろ」
「悪いなんて一言も言っていませんよ。今日着るのですか?」
何故か唇を少し尖がらせるセイランに肩を竦めながら、訪ねます。
「いや、まだ肌寒いからもう少し温かくなったら着ようかと思って」
「そうですか」
では、ワンピース姿のセイランを見るのは少し先になりそうですね。
「あちし、このふくにきめたの!! ちょっぴりおとなさんのおヒメさまなの!」
色々と試して悩んでいたイナサですが、ようやく納得いく一着を選べたようです。
『プリーツ』が施された黒の『ピーコート』のジャケットに、黒の『タータンチェック』のスカート。そして目をひく首元で結ばれた黒の『タータンチェック』の大きなリボン。
ともかく大人っぽさのある可愛らしい服を着たイナサは、嬉しそうに姿見の前で色々なポーズをとります。オロシが口許をだらしなく緩ませて褒めちぎりっています。
その様子を見て、昔学ばされた知識とともに師匠と一緒にしたファッションショーを思い出しました。
「すみません。着たままで会計って可能ですか?」
嬉しそうなイナサを見て、買うから服を脱げとは言えません。
「問題ございません。お召し物を着たままお帰りいただくことも可能です」
「なら、それでお願いします」
セイランの分と一緒に会計を済ませました。
『デパート』を出て、本来の目的である皇都の中心部へと向かいます。中央に向かうにつれて街路樹の数も増え、高い建物も減っていきます。
そして人の往来の喧騒が少し遠のきはじめたころ、目の前が開けました。
「ここは、いいところですね」
「だろう」
僅かに茜を帯びた空の下。
中央には石垣に囲まれた林があり、その隙間から僅かに立派な邸宅の屋根が見えました。皇居でしょう。
それらを取り囲むように川が流れ、そして一番外側に原っぱが広がっていました。
サァーと風が吹けば、早春の原っぱの草花を撫で、皇居を取り囲む林を揺らします。
それに耳を澄ませて談笑する親し気な人たち。我関せずと剣の修行をする騎士や魔法使い。走り回り大きく笑って遊ぶ子どもたち。絵を描いている人やダンスをしている人もいます。
けれど、騒がしさはありませんでした。とても穏やかで、神聖さを感じる場所でした。
「八十年ほど前に天皇が敷地の一部を市民のため解放したのじゃ。皆が心穏やかに過ごせる庭園を、とな」
「それはなんともまぁ、豪気ですね」
原初と天秤の神の御霊を祀り守るのがハイヒューマンの天皇とその一族。だからこそ、彼らが住まう土地は必然と聖域になり、特別な力を宿します。
その聖域を一部とはいえ解放するとは、思い切った行動です。
「ちなみに、賢者ヨシノが関わってる」
「え、師匠が?」
「ああ。当時の天皇はオシャレ好きでな。ファッションにも影響を持っていた賢者ヨシノを師として仰いでいたそうだ。そしてある日、外苑を作ってはどうだという話になって、二人でこの場所を作ったのだ」
「そうなのですね……」
師匠は天皇を弟子にもっていたなんて。知らない事実に驚き、けれどどこか誇らしさもありました。
「パパ。おねがいがあるの」
「どうしました?」
少し落ち込んだ様子のイナサが私の指を掴みました。
「かみがぜんぜんおヒメさまじゃなかったの。あちし、まだまだだったの」
イナサが近くで一人の騎士と一緒に歩いていた女の子に視線を向けました。銀の長髪を綺麗に結わえた女の子でした。
……あれ、たぶん天皇の血族ですよ。ハイヒューマンの気配をわずかに感じます。本物のお姫様です。
その事実に気が付かなかったことにしつつ、イナサに確認をとります。
「つまり、髪を結って欲しいということですね」
「そうなの。おヒメさまみたいにおねがいするの」
「了解しました」
土魔術で椅子を作り、イナサを座らせます。丁寧にその黒髪を梳いたあと、編みこんでハーフアップにしてあげます。
「グフウ。花をいくつか出してくれるか?」
「分かりました。〝我が想いは咲き狂え――想花〟」
「はなばたけさん!!」
魔術で花畑を生み出します。それに驚くイナサを他所に、セイランがせっせと花を摘んで編んでいきます。
そして椅子に座るイナサの前に片膝を突き、彼女の頭に花冠を被せます。
「イナサお姫様。とっても可愛いぞ」
「っ!! なんてすてきなことなの!! ママはすぱらしいおうじさまなの!」
ニコリとセイランが微笑めば、イナサは頬を紅潮させて酷く興奮しました。
それにオロシが破顔し、けれどセイランに対抗心を燃やしたのか、同じように花冠を作ってイナサに被せています。
「先ほどの経験が生きましたね」
「……そうだな。とはいえ、もう勘弁願いたいが」
「大変そうでしたからね」
お姫さまと老執事のごっこ遊びをするイナサとオロシを眺めながら、私はセイランを椅子に座らせました。
そしてセイランの髪も梳きます。イナサに合わせて、彼女のも華やかな髪型にしようかと思ったのです。
「そういえば、長くなりましたね」
「最近切ってなかったからな。魔物と戦うことも少なかったし」
セイランの金髪は首が隠れるくらいにまで長くなっていました。
「そろそろ切りますか?」
「そうだな。なら、明日にでもたのむと――」
そう言って、しかしセイランは首を横に振りました。
「いや、もう少し伸ばしたいから、まだいい。夏になる前に頼む」
「……分かりました」
少しだけ目を見開きながら、頷きました。セイランは戦いの邪魔になると長い髪を嫌っていましたから。
「意外そうな顔をしているな」
「見えてないでしょう」
「だが、分かる。まぁ、ちょっと理由があるのだ。……駄目か?」
「駄目なわけないでしょう。貴方の髪なのです。私がとやかくいうことはありません」
振り返って私を見上げるセイランに、どうしてか食い気味に答えてしまいます。
それが恥ずかしくて少し咳払いしたあと、小さく言いました。
「……けど、結ぶのも切るのも、できれば私にさせてください」
「ああ。お願いする」
私は少しだけ長くなったセイランの金髪を結びました。
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