第18話 誕生日と苺。不死神の優しさ
冬も終わりに差し掛かったとある昼前。
ゲリンゼル王国の小さな町、エアートベーレン町で鉄道を降りた私たちは市場を回っていました。
「いっちごー、いっちごー! あまあますっぱいいっちごっさんー!」
イナサが楽しそうに歌っています。
今日はイナサとオロシの誕生日です。なのでその祝いケーキを作るため、材料を買いに市場に出たのですが。
「……ここにもありませんか」
「もう十件目だぞ」
「おかしいの。旬のはずなのじゃが……」
イナサが食べてがっている苺のショートケーキ。その材料の殆どは手に入ったのですが、何故か苺だけは一粒も売っていなかったのです。
かなり歩き回ったのに見当たりません。
ルンルンと上機嫌のイナサに視線を合わせます。
「イナサ。その、他に食べたいケーキはありますか?」
「ない! いちごさんのケーキがいいの! だって、まちはいちごさんきぶんなのよ! もうあちしのくちもいちごさんなのね!!」
そう。イナサが苺のショートケーキを食べたいと言いだしたのには、彼女が苺好きなのとは別に、もう一つ理由があります。
それは、町のそこかしこから苺の匂いが漂っていることです。本当にどこにいても苺の甘酸っぱい匂いがするのです。
なのに売ってない!
「仕方ない。外に摘みに行くか」
「その前に農家の方に譲っていただけないか、聞きましょう」
「それならば、町の方に聞くじゃ。少し余っておったら、良い値で譲ってくれないか頼むのじゃ」
苺の調達方法を話し合っていると。
「そこのもじゃもじゃのお菓子職人さん~! あたしを助けてくださいぃ~!」
突然、兎人の女性が私に泣きついてきました。
「お願いですぅ~~!! あたしといっしょにイチゴのお菓子大会にでてくださいぃ!! もう頼れる人がいなくてぇ~~!」
「ちょっと、誰ですかっ!? 離してくださいっ!」
「そうだ、グフウから離れろっ!」
セイランが私から兎人の女性を引き離します。
「突然誰なんだ、お前は!」
「あたしはモケと言いますぅ! どうかあたしと一緒にイチゴケーキ大会にでてくださいぃ! あと三十分もないんですぅ!」
また泣きつかれました。
引き離そうにも必死にしがみついてくるので、仕方なく話を聞きます。
「つまり今日は苺祭りで、苺を使ったお菓子の大会が開かれると」
今日は苺の収穫を祝う祭りの日だそうで、一日中苺を使った料理を作っては食べるそうです。
それもあって今朝には苺が全て買われてしまったようです。
「そうなんですぅ。本当は元親友と出るはずだったんですぅ!!」
「だが、昨日その親友とやらに恋人ができて、一緒に出れなくなったと」
「元ですぅ!! 彼氏いない歴年齢の誓いを破ったあのこんちくしょーは親友じゃないですぅ! 一緒に優勝して、カップルたちの前で伝説の苺をこれ見よがしに食べる約束をしたのに、裏切者ぉっ!!」
どうやら、イチゴのお菓子大会に優勝したら貰える伝説の苺を恋人と一緒に食べると、一生幸せになれるとかなんとか。
「こんちくしょーを見返したいんですぅ! あたしも彼氏と出るって嘘言っちゃったんですぅ! 町のみんなは顔見知りだし、全員あたしをさけるから、もじゃもじゃのさすらいのお菓子職人さんだけが頼りなんですぅ!!」
「いや、駄目だ。アタシたちは苺を探す――」
不機嫌なセイランの言葉をイナサが遮ります。
「へんなおねえさん! そのでんせつのいちごはおいしいのっ? すぱらしいケーキさんになるのっ?」
「あたしは変ではなく美人なお姉さんですが、はいそうですぅ! 国王様にも奉納されてる特別な苺で一口食べると命を落とすほど美味しいとか! それがたくさん!」
「それはすぱらしいの! でんせつのいちごさんのケーキはぜったいにおいしそうなのね!」
イナサが目を輝かせます。
仕方ありません。
「モケさん。分かりました。そのイチゴのお菓子大会とやらに出ましょう」
「ありがとうございますぅ!」
泣いて感謝されました。すぐにやめさせて、そのお菓子大会とやらの会場に案内してもらいます。
「……おい、本当に出るのかっ?」
「仕方ないでしょう。見てください。あのイナサの顔を」
「うっ……」
伝説の苺のショートケーキを食べられるとわかり、ルンルンでウッキウッキなイナサに、セイランは言葉につまります。
「だいたい、どうしてそんな難色を示しているのですか?」
「だって、お菓子作りはアタシとお前の……いや、いい。そうだな、アタシの気にし過ぎだ」
セイランはそう誤魔化しました。
そんなセイランの態度が気になったのですが。
「ここが会場ですぅ!」
「すごい人の数ですね……」
「もりあがってるの! いちごさんまつりなの!」
「神官たちも多いの。祭典でもあるのかの?」
壇上の周囲に多くの人が集まり、苺の匂いが充満した目の前の光景に圧倒されて、セイランに直接訪ねる機会を失ってしまいました。
壇上には苺のシンボルと、大きな模様と小さな模様の意匠の細工が飾られています。
「あれは……終りと流転の女神さまのシンボルじゃ。それに小さくじゃが嘆きと不変の女神のシンボルもあるの」
「悪神のが?」
「神官たちもいるのにか?」
モケが私たちの疑問に答えます。
「終りと流転の女神さまもですが、嘆きと不変の女神さまも苺がとても好きなのですぅ。苺祭りは苺の豊作の感謝として、二柱に捧げるんですぅ。もちろん、悪神に感謝なんてよくないので、ああして神官さまたちが監督しているわけですけど」
「なるほどの。そういえば、神話にそのようは話があったのぉ」
「ええ、どちらがたくさん苺を食べられるか争ったとかでしたか」
「終りと流転の女神さまの数少ないトンチキエピソードだからな。有名な話だ」
「かみさまもいちごさんがすきなのね!」
しばらくして、イチゴのお菓子大会が始まります。
「じゃあ行ってきます」
「……必ず優勝しろよ」
「応援してるのじゃ」
「でんせつのいちごさんをよろしくなの!」
会場の裏側で運営の人から説明を受け、私たちの番になったので壇上に上がります。
色々とルールはありますが、結局のところイチゴのお菓子大会は一番美味しいイチゴのお菓子を作った人の勝ちなようです。判断するのは、有志の審査員十名です。
壇上には私たちの他に、四グループのペアがいました。中には本職の菓子職人が混じっていました。
壇上に並べられたキッチンの前に立ちます。
「制限時間は一時間。食材や器具は壇上に用意されたもののみを使用していください。なお、魔法などの使用は自由です! では、開始です!」
私たちはキッチンに並べられた食材を見やります。
「それでなんのお菓子を作りますか?」
「それは当然あたしの得意な『イチゴ大福』ですぅ! グフウさんも得意なお菓子ですよねっ?」
「ええ」
ということで、『イチゴ大福』を作りました。
エルドワ大福を創った経験もあり、とっても美味しい苺大福が作れました。
「優勝はモケ・グフウペアだ!!」
「よっしゃあああですぅ!!」
優勝しました。伝説の苺をたくさん手に入れました。
Φ
暗い部屋に、苺のショートケーキに立ったろうそくの灯が輝きます。
「「「『はっぴばーすでぇーとぅゆぅー! はっぴばーすでぇーとぅゆぅー! はっぴばーすでぇー、イナサとオロシ! はっぴばーすでぇーとぅゆぅー!』」」」
「オロシ、せいのでいくの」
「うむ」
イナサとオロシがろうそくの灯を消します。同時に事前に発動しておいた魔術で部屋の灯を着けました。
リビングは祝いの飾り付けがされていて、私たちが囲むテーブルには豪勢な料理が並んでいました。
「イナサ、オロシ。お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「おめでとうですぅ!」
私とセイラン、モケの三人で大きく祝いました。拍手します。
「ありがとうなの! オロシもおたんじょうびさんおめでとうなの!」
「うむ。イナサも誕生日おめでとうなのじゃ」
「ありがとうなのね! みんなパチパチなの!!」
イナサは満面の笑みを浮かべて、パチパチと手を叩きました。
その後、ケーキを魔法具の冷蔵庫にしまって、イナサとオロシに誕生日プレゼントを渡します。
喜ぶ二人を見守っていると、モケが声をかけてきます。
「あの、本当にあたしも一緒でよかったんですぅ?」
「もちろんです。伝説の苺が手に入ったのもモケさんのおかげですし、キッチンや眠る部屋とかを貸していただいたのです。一緒に祝わないでどうするのですか。ここの家主は貴方ですよ。ありがとうございます」
モケはちょっとした宿を経営していて、私たちは無料で泊まらせていただきました。
「いや、けど、そもそもこれは優勝できた礼というか、セイランさんへの詫びというか! ともかく頭を下げるのはこっちですぅ!」
「なら、お互い様ですね」
小さく口許を緩めました。
「ところで、セイランへの詫びって何のことですか?」
「え、だって、そのお二方は――」
「そろそろ食事にしよう! せっかくアタシとグフウが作った料理が冷めてしまうしな!」
「うっ! それはいけないの! りょうりはあつあつのうちにたのしむのがおきてなの!」
「うむ。旨そうな食事を前に、儂のお腹と背中がくっつきそうじゃ!」
私たちは「いただきます」の挨拶をして、夕食をとりました。
「やっぱりパパとママのごはんはとってもおいしいの!!」
「うむ。ほっぺがとろけそうじゃ!」
「おいしいですぅ!」
とても美味しいと言って、喜んでくださいました。一時間もすれば、かなりあったはずの料理は全てなくなりました。
「つぎはおかちかねのいちごケーキさんなの!」
冷蔵庫から伝説の苺のショートケーキを取り出して、切り分けます。
まず、誕生日のイナサとオロシが食べます。
「!!??!!??」
「なんじゃ、これはっ!!??」
二人とも大きく目を見開きます。イナサなんて、「せかいのうらがわをみたの。いちごさんのダンスパーティーなの」と呟き固まっています。
私たちも伝説の苺のショートケーキを口に運び、二人と同様にあまりの美味しさに唸ります。
濃縮された柔らかな甘さに芳醇な香りと仄かな酸味が口いっぱいに広がり、ホイップの程よい甘さとスポンジの食感がさらにそれらを際立たせます。
伝説の苺と呼ばれるだけあって、本当に美味しいです。
美味しい美味しいとショートケーキを食しました。
しばらくして、イナサがお眠になったのでベッドで寝かせました。
「少し、失礼します」
モケが席を立ち、冷蔵庫から二粒の伝説の苺が載った小皿を取り出します。それを小棚の上に置き、胸の前で手を組みます。
小棚には、カンテラが中心に描かれた銀細工が二つ置かれていました。どちらも、細部の意匠が違います。片方は蝶々でもう片方はカラスでした。
蝶々の意匠は終りと流転の女神さまのシンボルです。そしてもう一つのカラスの意匠は嘆きと不変の女神のシンボルでした。
モケが気まずそうに私たちを見やります。
「その、秘密にしてくれないですか?」
「いいですよ」
「ああ、見なかったことにしよう」
「え、いいんですぅっ!? 悪神ですよっ!?」
あっさりと頷いた私たちにモケは驚きます。彼女はオロシに顔を向けます。
「信仰は個人の自由じゃ。それにそもそもお主の不死神へのそれは、信仰ではないじゃろう?」
「はい……」
「わざわざ儂らの前で祈ったのじゃ。打ち明けたいことがあるのじゃろうて」
「それは……」
モケは話し出しました。
「……一昨年に両親が亡くなりました。けど、その数日前に二人に酷いことを言って家出してしまったんです。それが本当に悔しくて、自分が嫌になって。恥ずかしい話、自暴自棄になって悪いこともしてしまいました」
モケはぎゅっと口を噛みしめました。
「そしたらある日、嘆きと不変の女神さまが両親に逢わせてくれたんです。言えなかった言葉を伝えられて、抱きしめて。……あたしは嘆きと不変の女神さまに救われたんです」
「だから、そのお礼がしたかったと」
「はい。グフウさんたちのことは新聞でエルドワ大福を作った人だって知ってて。運よく近くにいるのを知ったので、伝説の苺が手に入るんじゃないかって。元親友の裏切りもありましたし」
「なるほど」
オロシはわずかに瞑目し、ゆったりとした口調で話しだしました。
「不死神は優しい女神じゃ。優しすぎて人の死を嘆き、不死の呪いをかけた女神さまじゃ」
だから、嘆きと不変の女神は他の悪神とも敵対しているのです。彼女は多くの悪神がもたらす世界の破滅を望んでいないのです。それは多くの人の死を意味するからです。
「じゃから、お主のその感謝も儂には止めることはできぬ。どんな相手であれ、その優しき御心に感謝することは善きことじゃ」
そこまで言って、オロシは厳かな雰囲気を纏います。
「じゃが、不死の呪いにゆめゆめ飲まれるでないぞ」
「……はい」
オロシの忠告にモケは静かに頷きました。
「……オロシ」
ベッドで寝ていたはずのイナサが起きてきました。オロシに抱き着きます。
「どうしたのじゃ?」
「あちしもあえる――」
イナサは何かを言いかけて、首を横に振りました。
「オロシ。あちし、おたんじょうびさんがとってもうれしいけど、ちょっとこわいの。オロシをつれてっちゃうの。……いなくなっちゃ、や」
モケの話を聞いてしまい、イナサは死を意識してしまったのでしょう。モケが「しまった」という顔をしています。
顔を落とすイナサにオロシは柔らかな声音で言いました。
「イナサ。人はいつか終わるのじゃ。変えてはならぬ定めじゃ」
「……けど、や」
「そうじゃの。じゃからこそ、一生懸命生きるのじゃ。美味しいものを食べ、好きなことを好きだと言うのじゃ。そしたら、いつかイナサが終わった時、優しい女神さまが褒めてくださる」
「……けど、あえないよ」
「それは……」
オロシは少し言葉につまりました。
代わりに私とセイランが泣くように俯くイナサの頭を撫でました。
「大丈夫です。一生懸命生きて、そして祈れば、逢わせてくださいます」
「……あえるの? オロシにもみんなにも……ぱぱとままにも」
「ああ、逢える。輪廻の星々の向こう側で、必ず」
セイランと私の視線が合いました。静かに頷き微笑みあいました。私も、私たちも、いつかその時がきたら……と。
セイランはイナサの背中を優しく撫でます。
「だから、もう寝よう。寝るのも一生懸命生きることの一つだ」
「……うみゅ」
イナサは眠りました。
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