第16話 土砂と出会いの記憶
魔機車にガタンゴトンと揺られていました。
昼食でお腹がいっぱいになったのか窓際に座っていたセイランとオロシは眠っていていました。私は編み物をしていました。
イナサは『クレヨン』と呼ばれる固形画材で膝の上のキャンパスに絵を描いています。
どうやら湖とお姫様を描いているようです。可愛らしく躍動感のある子どもらしい絵です。
聞いた話によれば、『クレヨン』は師匠が考案したものらしいですが、実用化されたのはつい最近だとか。それが庶民で買えるお手頃な値段で紙と一緒に売っていました。
他にも南側諸国では手に入りづらい品物が安く売っています。製造技術が高く、簡単に作れるからでしょう。
その発展具合を小さなことでも実感させられます。
イナサが突然手を止めて、キャンパスとクレヨンを自分の小さなバックに詰め込み、代わりにターゲブーホ都市で買った絵本を取り出します。
「パパ! よんで!」
「好きですね」
「そうなの! あちしのいちばんのおきにいりさんなのよ!」
ターゲブーホ都市を発ってから二週間ほどが経ちましたが、毎日私たちはこの絵本をイナサに読み聞かせていました。本人が読んでとせがんでくるもので。
イナサが私の膝の上に座って、絵本を開きます。私は編み物を脇において、絵本を読み始めました。
絵本の内容は幼い子供でも楽しめるようなお姫様と王子様の恋愛話です。
「水の貴婦人は王子様に言いました。『巫女と結婚したければ、試練を乗り越えてみなさい』と」
「おうじさまは『おヒメさまのためならどんなしれんでものりこえてみせるの!』っていったの!」
何度も読み聞かせているものですから、イナサは話の内容はもちろんその台詞の一言一句に至るまで覚えています。好きな台詞は自分で言ったりします。
そして話はクライマックスに入ります。
「お姫様の知恵によって、魔物を打ち倒した王子様は水の貴婦人に言いました」
「『ヒメさまをいのちにかえてもまもるの!』」
「その言葉に心を打たれた水の貴婦人は二人の愛の絆を形にした水の宝石を授けました。そして二人の結婚を祝福しましたとさ」
「めでたしめでたしなのね!」
イナサは感動するようにパチパチと手を叩きました。
「じゃあ、パパ! またさいしょからよんでなの!」
そしてもう一度読むことを要望してきました。目はキラキラと輝いていて、まったく飽きる様子がありませんでした。
Φ
「ようやく寝ましたか」
あれから五回くらい同じ絵本を読み聞かせたころ、イナサは眠りにつきました。
「雨ですね……」
山のすぐそばを走る魔機車に叩きつけられた雨音が車内に響きます。
「ふふ……こんなにたくさんのきのこ……ありがとう……ぐふう」
「どんな夢を見ているのですか」
セイランがそんな寝言を呟き、私の肩に寄りかかってきました。彼女を起こさないように静かに編み物をします。
そうしてしばらくした頃。
「っ、なんだっ!?」
「むおっ!?」
「きゃあっ!?」
「ぬあああ!!」
魔機車が急停車しました。キッーという金属が擦れた音と、乗客の驚愕や悲鳴が響きます。パニック状態です。
「オロシ……」
「大丈夫じゃ」
目を覚ましたイナサが不安と恐怖で、オロシに抱き着きました。
「……線路に何かあるな?」
「土砂です。この大雨で崩れたのでしょう」
私がそう言ったのと同時に、ズズッという嫌な音と僅かな揺れを感じました。セイランの長い耳がピンッと立ちます。
「地盤固めはアタシがッ!」
「お願いします!」
私たちは窓を叩き割り、激しい雨が降り注ぐ外へと飛び出しました。
同時に大きな地響きが轟き、ドドドドドッと目の前の山の斜面が崩れてこちらへ流れてきます。土砂崩れです。
「〝光は聖に輝き悪しき力に屈さず。全てを祓いて守る――聖絶〟ッ!」
五つの魔術陣を浮かべ、土砂から魔機車を守るように結界を半円状に張ります。土砂を左右に流します。
また、セイランは線路が敷かれた地面に触れて、土と水の魔法で緩んでいた地盤を固めました。
少しして土砂崩れが落ち着きました。
私たちはほっと胸を撫でおろしながら、しかし魔力や闘気を練り上げます。
「―――――――!!」
「でっかいミミズですね!」
「五頭蚓かっ! どおりで魔力探知にひっかからなかったわけだ!」
体長は三十メートルもあるでしょう。五つの頭をもった巨大なミミズが崩れた斜面から飛び出してきました。声にならない鳴き声をあげています。
「一瞬動きを止めてくれ!」
「了解しました!」
ミミズの魔物は地面に干渉する魔法を多く有しています。そしてあの巨体。暴れられたら、目の前の山全てが崩れてもおかしくありません。
速攻で倒すことにしました。
セイランは地面に衝撃がいかないように軽くジャンプしたあと、強く空中を蹴って上へ跳びます。
「〝斉唱〟・〝聖なる光は鎖となりて彼の者を封じ給え――聖鎖〟ッ!」
「――――!?」
無数の光の鎖でどうにかその巨体を縛り上げます。
けれど、五頭蚓は災害級の魔物に相応しい膨大な魔力で鎖を引きちぎろうとします。土の魔法を放ち土砂を生み出そうとします。
「――――――!!」
「させるか、天破ッ!!」
セイランが大剣の腹で五頭蚓空に打ちあげました。雨雲に大きな穴が空きます。
そして太陽の光が射しこむ空高くで、五頭蚓の身体がバラバラになりました。
「どうやってやったのですか……」
「時間差で発動する風の魔法を付与したのだ。あの巨体を切り刻む風をこの場で放ったら、危ないだろう?」
「そりゃあそうですね」
落ちてくるバラバラの五頭蚓の身体を魔術で浮かせて、ゆっくりと地面に落とします。
そのまま放置すると食べられなくなるので、遺体保存の魔術をかけて結界の中に移動させます。
「さて、土砂の撤去をしますか」
大地の音を聞きつつ、魔機車を取り囲む土砂を魔術で撤去しようとして、セイランが止めてきます。
「いや、駄目だ。お前が思っている以上に五頭蚓のせいで地盤が緩んでいる。ちょっとの衝撃でまた土砂崩れが起きるぞ」
水も混じっているせいもあって、ドワーフの耳では十分聞こえていないのでしょう。エルフのセイランの言葉を信じます。
「では、地盤を固めつつ、ゆっくりと土砂を取り除くという感じですか?」
「そうだな。車掌とも話し合って決めよう。ちょうどオロシと一緒にいるようだしな」
恩寵法で車内のパニックを沈めていたのでしょう。魔力探知でオロシが車掌らしき人と話しているのが分かりました。
私たちはそちらへ向かいました。
Φ
雨上がりと夕方が近くになったことによって、肌寒くなってきました。
「グフウ、次はそっちだ。オロシも幸運の恩寵を頼む」
「任せてください」
「任せるのじゃ」
車掌や乗客もバケツなどで手伝うと申し出はあったのですが、人力では限界がありますし、地盤が緩く危険極まりないので断りました。
土砂を繊細に除去する魔法が使える人もいませんでしたので、私とセイラン、オロシの三人だけで土砂の撤去と地盤固めを行っていました。
イナサは他の乗客にお願いしています。
魔術でセイランに指示された土砂を持ち上げて、近くの平地に移します。
セイランは地面に手や耳を当てて、次にどの土砂をどれくらい移して地盤を固めていくかを確認していました。
「今夜には終わるかのぅ」
「オロシの幸運の恩寵がきいてくれれば。セイランが見極めをしているとはいえ、最後は運ですから」
「そうじゃの。自由と遊戯の女神さまの見えざる手にかかっておる」
「そう言われると不安ですね。自由と遊戯の女神さまはサイコロの遊戯は弱かったでしょう」
「儂も弱いのじゃ」
「なおさら不安です」
軽口を叩きあっていますと、ふとある思い出が脳裏を過ぎりました。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、昔のことを思い出しただけです」
「ふむ……大切な思い出なのじゃな」
「はい」
そう、あの日もこんな土砂崩れを前にした時でした。
師匠を探すためにドワーフの国を飛び出した私は死にかけていました。
エルフと違ってドワーフは国外に出ないこともあって物珍しく、多くの人々が私に近づいてきました。
そしてヒューマンや獣人の社会に疎かった私は騙されて借金を背負いました。
それでも鍛冶でいい剣を打てば返済できたのでしょうが、当時は鍛冶が嫌いだったのもあって、結局強制労働行きとなりました。
そして色々な現場を連れまわされ、一年近くが経った頃。危険な鉱山に向かう途中に土砂崩れにあったのです。
「おいお前、生きてるか?」
「……ん」
凛と力強い美しい声音が、泥沼にハマったかのように沈み始めていた私の意識を強く引っ張り上げました。
「……あなた……は」
「よし、生きてるな。吐き気や頭痛はあるか」
ぼんやりとした意識の中、小さく首を横に振ります。
「じゃあ、これは何本の指に見える?」
「……さん……ほん?」
「上出来だ。流石はドワーフだな。これでも大した怪我もないとは」
私の腕がグッと引っ張られました。それで私の意識は完全に覚醒し、目の前の黒髪の女性を認識しました。
彼女は立ったまま呆然としている私から視線を外し、近くで片膝をつきます。
「流転の姉ちゃん。この人たちを頼むよ」
彼女の前には見覚えのある人たちが横たわっていました。泥に濡れた彼らは息をしていませんでした。
祈り手を組んでいた黒髪の女性は私に振り返りました。
「お前はどうする? 憎い相手だろう?」
「私は……」
逡巡したあと、私は自分を馬車馬の如く働かせた人たちに手を合わせました。冥福は祈りませんでした。ただ、彼らの生と死を肯定しました。
そして彼らは黒髪の女性の聖葬火によって火葬されました。
「さて、と。次はこの土砂をどうにかするか。お前も手伝ってくれるか? ここは商人や村人も使うからな。このままだと危険だし、何かと不便だ」
「あ、はい。でも、大地の音からして地盤が緩んでいるので慎重にやったほうがいいと思います」
「それなら大丈夫だ。どうせ崩れても私たちしかいない。死にやしないさ。それに崩れるのも八卦、崩れぬも八卦。結局運だ。気楽にやろう」
遺体や私を掘り起こす時に汚れたのでしょう。
泥に汚れてた顔で彼女はにかっと笑いました。
その笑みと頬のしわに一瞬だけ目を奪われた私は、手ぬぐいを取り出して彼女の顔の泥を拭いました。
その後、黒髪の女性が土砂を撤去するために魔術を使ったことで、彼女が大魔術師ヨシノ、つまり教会から逃亡していた師匠と判明し、弟子にしてくれと土下座しまくったわけですが……
少し昔の思い出です。
「おい、グフウ! グフウ! 聞いているのかっ?」
「ああ、ごめんなさい。それでなんでしたっけ?」
「まったく。これで作業は終了したといったのだ。お疲れ」
「お疲れ様です」
もう早朝。東の空が白み始めています。私たちは半日以上土砂の撤去をしていたのでした。
オロシは疲れて座り込んでいます。
「それで、何を考えていたのだ?」
「ちょっと昔のことを……あ、少し動かないでください」
朝日に照らされたセイランの顔を見て、私は懐から手ぬぐいを取り出しました。
「むぅっ。……ありがと」
「どういたしまして」
セイランの頬や耳、髪についていた泥を拭いました。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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