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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と師匠

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第15話 水底の遺しもの

 オロシによると、イナサの父はとても頑固だったようです。


「いくの!!」


 だからか、イナサもたいそう頑固でした。


 チグサの欠けた藍輝石のもう半分を探しに、ウンタァゲーエン湖に沈んだ旧都市に行こうと駄々をこねていました。


「チーちゃんのおヒメさまのほうせきのはんぶんをみつけるの!!」

「じゃが、イナサ。流石にそれは無理――」

「むりじゃないの! パパとママがいるの! オロシだっているの! みんなあちしのじまんなの! だから、できるの!」


 純粋無垢な若葉色の目が私たちを射抜きます。幼子ゆえの強い確信と信頼が浮かんだ瞳でした。


 私たちは言葉につまり、顔を見合わせます。最初に私が強く頷きました。次にオロシも頷き、最後に葛藤した表情を浮かべていたセイランも頷きました。


 イナサに視線を合わせます。


「湖の底にいきましょう」

「! やっぱり、パパたちはすごいの! いますぐみずうみさんに――」

「ですが、約束があります。絶対に私たちの手を離さないこと。守れますか?」

「……うん。まもるの」

「よろしい。では、指切りげんまんです」

「うそはハリせんぼんね!」


 指切りげんまんをしました。私はイナサから視線を外し、困惑した表情を浮かべるチグサたちを見やりました。


「では、湖の底に行っている間、私たちの荷物をお願いできますか?」

「え……いや……え? いくって、湖の底よ? 深いところには凶悪な魔物もいるって……」

「大丈夫です。それよりいくつか聞きたいことがあるのですが」


 私はチグサからいくつか必要な情報を教えていただきました。指輪に変化(へんげ)させていた杖をもとに戻します。


「オロシさん。呼吸補助の恩寵法をお願いできますか? 水中呼吸の魔術の保険として使いたいのですが」

「うむ。問題ない。無呼吸で一ヵ月は過ごせる恩寵法を掛けよう。それと水温と圧力の変化に耐えられる補助も可能じゃ」

「それは心強いです」


 私は魔術陣を展開し、水中呼吸の魔術や体温などを一定に保つ魔術を掛けました。その上から、オロシが同じ効果を持つ恩寵法を重ね掛けします。


 また、水中でも会話が可能となる魔術もかけました。


「セイラン。大丈夫ですか? 顔色が少し悪いですが」

「あ、いや、問題ない。気にするな」

「そうですか。では、チグサさん。行ってきます」

「かならずほうせきのはんぶんをみつけるの! きたいしててまつの!」


 私たちは湖に飛び込みました。



 Φ



 私とセイランは万が一魔物と戦うために手を開けておきたいため、イナサの手はオロシが握ることとなりました。


「じゃあ、このままゆっくりと沈んだ都市を目指して――」


 湖に沈んだ都市の位置は魔力探知で分かっています。ですので、ゆっくりと潜水しようと思ったのですが。


「あの……セイラン。どうして歩いている(・・・・・)のですか?」

「……そっちの方が楽だからだ」

「それは確かに……」


 セイランは水の浮力を全く感じさせず、地上を歩くように水底を歩いていました。


 そのことに疑問を持ちつつも、セイランのいうことも最もなので、私たちも緩やかに深くなっていく水底を歩き始めました。


 とはいってもセイランのように歩くことはできず、浮遊感のあるジャンプを繰り返します。


「それにしても……綺麗ですね」


 そこは水の世界。


 歩くほどに青々と生い茂っていく多種多様な水草。そこに集まり、生き生きと自由自在に動き回る魚たち。


 なのに静かで、魔術で繋がっている互いの呼吸の音しか聞こえません。


 そして私たちの動きに合わせて生まれた泡がぽこりぽこりと上へ舞い上がり、太陽が煌めく水面に吸い込まれて消えます。


 綺麗でした。


「きれいなおさかなかさん!」


 オロシの手を握りながらも、イナサは目をキラキラと輝かせてあちこち見渡します。


 しばらく歩くと、崖が見えてきました。崖の下は深い青に満たされ底が見えません。けれど、遠くに白く輝くものが見えました。


「あそこが沈んだ都市のようですね」


 私たちは崖を飛び出し、遠くに見える白く輝く場所へとゆっくりと潜水しようと泳ぎ。


「ちょ、セイラン! どこにいくのですかっ?」

「…………」


 セイランが崖から一直線に落下していきました。泳ぐ様子もなく、棒立ちです。顔は無表情で死んでいました。


 私は慌ててそちらへと泳いで、近寄ります。


「いくら魔術と恩寵法で守っているとはいえ、急な水圧の変化は危険ですって。ほら、ゆっくりと泳ぎましょ!」

「…………無理だ」

「え」

「だから、アタシは泳げないのだ!」

「えっ!?」


 セイランの告白に驚きます。


 ……そういえば、泳ぐのをさけていたような。それに、いつぞやダンジョンで水に流されそうになった時、いつも以上に慌てていたような。


 けど、どうしてでしょう。セイランはエルフですし、その中でも身体能力が高いので、泳げないなんてことは……


「あ、筋肉ですか! 重すぎて沈んでしまうんですね!」

「ぶっころすぞ!!」

「あ、ちょっと! 私の腕を掴まないでください!」


 セイランが私の腕を掴んで暴れまわります。呼吸はできますが、それでも水の中で振り回されて、ちょっと死にそうな気分になりました。


 結局、私たちは仕方なくセイランに合わせて水底におり、そこから歩いて都市へと向かうことになりました。


 太陽の光が僅かに照らす水底に、魔術で作り出した光の球が輝きます。


「……こわいところね」

「水は怖ろしいですから」


 静寂でありながら、とてつもなく力強い場所。それが深い水底。イナサは少しだけ怯えていました。


 けれど、その歩みを止めることはなく、淡く光る白の輝きを目指して歩きます。


 途中で沢山の小さな魚の顔を生やした巨大な魚の魔物や、五十枚の貝が連なった魔物が襲ってきましたが、全て撃退しました。


 そしてそれが見えてきました。


「きれいなぴかぴかさんなの!!」

「なんと高度な結界じゃ……!」


 そこには大きな赤レンガの都市とそれを覆う半球の結界がありました。


 先ほどの白い輝きはこの結界であり、そしてまた師匠の魔力(・・・・・)を感じました。


 ずっと不機嫌で無言だったセイランが口を開きます。


「ここには昔、大精霊の水の貴婦人(ウンディーネ)の巫女がいて、悪魔王(デーモンキング)に狙われていた。だから、賢者ヨシノが結界を張ったのだ」

「……けれど、悪魔王(デーモンキング)の方が上手(うわて)だったのですね。街の周りに(・・・・・)湖を作り出せば(・・・・・・・)、結界は意味をなさない」

「ああ、賢者ヨシノと巫女だけが逃げられたそうだ」


 セイランが結界に触れます。


「駄目だな。都市の住人じゃないと入れないらしい」

「では、儂が解呪の恩寵法で結界の解除を――」

「いえ、大丈夫です」


 私は大杖を結界に触れさせました。いくつもの魔術陣を浮かべます。


「やはり魔術の結界……じゃあ、いけますかね。…………流石は師匠。侵入対策もバッチリですか。けどっ」


 さらに魔術陣を展開します。同時に結界が青白く輝きます。


「…………ふぅ。これで大丈夫です。私たちも結界に入れるようになりました」

「何をしたのだ?」

「この結界を構成している術式を書き換えたのです。〝魔法支配(ヘルシャフト)〟の魔術版です」


 私たちは結界を通り、都市へと足を踏み入れました。結界の内側には水はありませんでした。


「……さびしいところなのね」

「そうですね」


 結界で守られているとはいえ、それでも時間による劣化は防げません。多くの建物の一部が崩れ、朽ちていました。


 事前にチグサから聞いていた場所へと向かいます。


「やぱりチーちゃんはおヒメさまだったのね!!」


 そこには朽ちた宮殿がありました。大きな宮殿です。


「これは、探すのが大変だぞ」

「そうじゃの。これだけ広いと――」

「ああ、それなら大丈夫です。探し物の魔術があるのですぐに見つかりますよ」


 私は魔術陣を浮かべて詠唱します。


「〝物に宿りしその心(コロル・)|よ。我が願いに応えその《ドゥアエ・》在処を示せ――物探(ズーヘン)〟」

「ひかりさんがきたの!」


 大杖から宮殿の方へ真っ白な光が真っすぐ伸びます。


「藍輝石の片割れは向こうです。行きましょう」


 私たちは宮殿に足を踏み入れました。


 老朽化していたため、階段が使えなかったり床が抜けていたり天井が落ちてきたりとハプニングはありましたが、ある一室にたどり着きました。


 そしてその部屋の扉を開けば、窓際にあった執務机から溢れんばかりの光が漏れ出して、書物や家具が散乱した部屋を照らしました。


「とても強い想いがあったのですね」

「どういうことだ?」

「あの探し物の魔術は、人にどれだけ大切にされていたかで光の強さが変わるのです」

「なるほど」


 そうセイランをやりとりしていると、走りだしたイナサが執務机を開けました。


「これなの!!」

「まぶしいのじゃ!」


 イナサが欠けた藍輝石のペンダントを掲げます。とてつもなく強い光が部屋を満たし、私たちは目を覆ってしまいました。


「今、魔術を消します!」


 探し物の魔術を消しました。溢れんばかりの白い輝きは消え、イナサの手の中で藍色の宝石だけが鈍く輝いていました。


「はやくこれをチーちゃんにとどけるの!」

「これこれ。おちつくのじゃ」


 ほっと胸を撫でおろすのも束の間、イナサがオロシの手を引っ張ります。慌てるナギを宥めながら、私たちは部屋を出ようとしました。


「ん?」


 床に落ちていた小さな本が私の足にあたりました。少しだけ気になって拾い上げて、ペラペラとめくります。


 そしてその内容に酷く驚きました。


「……これはっ!」

「どうしたのだ、グフウ?」

「師匠の字ですっ!」

「何っ!?」


 劣化もあってところどころ消えかかっていますが、この本に書かれた字は間違いなく師匠の字です。


「何が書いてあるっ!?」

「それは……分かりません。どうやら暗号で書いてあるようで。でも、これ。どこかで見た覚えが――」

「パパもママもなにしてるの! はやくいくの!」

「あ、すみません」


 内容は気になるところですが、どちらにせよここで解読はできません。私は本を懐にしまいました。


 宮殿を出て、結界の外に出ました。


「それで、帰りはどうしますか? 貴方、泳げないんでしょう?」

「ああ、それなら大丈夫だ。ここから水面まで跳びあがるだけだ」

「は?」


 セイランが私たちの手を握ります。


「じゃあ、しっかりと掴まっていろよ」

「え、あ、ちょっとっ!?」


 私の制止も聞かず、セイランは水底を強く蹴りました。


「すおいの!! みずがびゅんびゅんさんなのっ!」


 物凄い勢いで私たちは水の中を飛び上がります。文字通り飛び上がっているのです。水中なのに、泳いでいないのです。


 また、移動する速さに対して水の抵抗や圧力を感じません。たぶん水の高等魔法で水の抵抗をなくしているのだと思います。


 その二つの事実に驚く間もなく、私たちはいつの間にか水面を飛び出て空中にいました。


「〝大地の楔よ。(フラニグ・)我を解き(セクス・)放て――浮遊(シュヴェーベン)〟っ!」


 慌てて浮遊の魔術を行使しました。


 空はいつの間にか茜色に染まっていました。



 Φ



 私たちは砂浜に戻りました。


「チーちゃん、もうはんぶんみつけてきたの!!」

「……! あらあらまぁまぁ!!」


 心配そうな表情で待っていたチグサは驚き目を見開きます。震えた手を伸ばし、イナサが差し出した藍輝石のペンダントに触れました。


 抱きしめます。


「……ぅ。ごめんなさい、セイジさんっ! みんなっ」

「やっぱりいたいいたいさんだったのね。あちしもそのきもち、わかるの。もう、いないから(・・・・・)、わかるの」


 藍輝石のペンダントを額に当てて顔を伏せて震えるチグサの頭を、イナサは優しく撫でました。


 その表情はとても透き通っていて、どこか物悲しそうでした。


 しばらくして、チグサは赤く目を腫らした顔を上げます。


「イナサちゃん。ほんとうに、ありがとうね」

「あそんでくれたおれいなの。きにするな、なの!」

「うふふ」


 微笑んだチグサは私たちに深々と頭を下げました。


 そして祈るようにもう一度、イナサから受け取った藍輝石のペンダントを抱きしめた後、自分の欠けた藍輝石のペンダントと合わせました。


「……きれいなの」


 鈍い光とは違う。ぴったりと二つに合わさった藍輝石は、静かでそれでいて力強い藍色に輝きだしました。まるで水底が光り出したかのようにです。


 そして夕方の風に黒のワンピースをなびかせながら、チグサは二つに合わせた藍輝石のペンダントを湖へに投げ入れました。


ウンディーネさま(お姉ちゃん)。セイジさんと、みんなといっしょにいくわ」


 夕日の茜に染まっていた湖から泡のごとく藍色の光がいくつも浮き上がりました。


「グフウさん、セイランさん、オロシさん、イナサちゃん。本当にありがとう。……さようなら」

「バイバイなのね……。おうじさまと、それとでぃーちゃんとぎゅってしてねなの」

「ええ、必ずするわ」


 そして夕日が沈み九つの月が昇り始めたころ、藍色の光の泡も、そしてチグサも満天の星空に消えていきました。


 私たちは終りと流転の女神(カロスィロス)さまに祈りました。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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