第13話 宵越しのギャンブル
鉄道に乗って数日ほどでファールカルテ都市に到着しました。ドワーフの国とエルフの国に接するフェルトフラッシェ王国の都市の一つです。
「大して変わらなかったな」
「まぁ、今回はイナサたちもいますから」
「それもそうか」
鉄道の移動速度はかなり早いのですが、駅や夜間、燃料補給のための停車、また森や山、魔物の多い地域を避けるための遠回りなどもあって歩いて移動するのと大して変わりませんでした。
歩く必要がなくなった分、私としては楽ではありましたが、身体を動かしたいセイランとしてはそれなりに窮屈だったのでしょう。
少しだけ悪態を吐きながら、凝り固まった筋肉をほぐすように乗り場で背伸びをしていました。イナサも真似るように「う~ん!」と背伸びします。
そよ風が吹き、二人の長い耳がピコピコと動きました。
「じゃあ、宿を取りますか」
「それならいい宿を知っているのじゃ。何度か訪れたことがあっての」
顔は厳ついままですが、どこか上機嫌な様子です。そんな様子に首を傾げながら、私たちは彼についていき駅を出ます。
「ここはあまり変わらないな。派手な建物は増えたが、雰囲気はそのままだ」
「イナサ。私の手を離してはいけませんよ」
「ん!」
駅から出て直ぐの都市の大通りを歩けば、ピカピカと光ったり無駄な彫刻などが施された先進的な建物が並びます。
一般的には華やかと言われるものなのでしょうが、私に取ってみればセンスの悪い派手な建物にしか思えません。
露出の多い女性が笑顔を振りまき、多種多様な音が溢れています。
行き交う人々の多くはどこか浮かされている様子で、また少し視線を外して路地裏を覗けば行き場をなくした人たちが俯いていました。
「ギャンブルだ。ここは北側諸国内でも魔物がとても少ない土地の一つだからな。アタシたちとの交易も昔からあって、金をもったやつの道楽が栄えたのだ」
「へぇ」
私たちは路地へと入りました。閑散とはしていますが、悲惨な空気は一切なく、普通の人たちがぼちぼちと歩いていました。
「ここは治安がよさそうですね」
「うむ。教会に由縁のある場所じゃからな」
「ああ、それで」
今は教会に所属していないようですが、法衣をまとうオロシはそれでも神官です。知り合いがいるのでしょう。上機嫌なのも頷けます。
「ここじゃな」
日当たりのよい少し開けた場所にその宿は建っていました。二階建てのこじんまりとした建物です。
オロシは慣れた足取りで宿へと入っていきます。
「いらっしゃ……って、オロシさんじゃんね! 久しぶりだね! 五年ぶりくらいだっけっ? 毎年来てたのに急にこなくなったから、心配したんだよ!」
非常に快活そうな犬人の女性がオロシの背中をバンバンバンと叩きます。
「それはすまんかったの……いたっ、いたいのじゃ!」
「ん? ああ、すまいないね。ついテンションがあがっちまって」
イナサが私の手から離れて、腰をさするオロシに駆け寄ります。
「いたいいたいさんはあっちいけなの!」
「ちょ、待つのじゃ、イナサっ」
「いたいさん! はやくあっちいってなの! オロシをいじめないでなの!」
身長が足りないものですから、イナサはぴょんぴょんと跳んでオロシの背中をさする、もとい叩きます。
オロシは更に痛がる声をあげていますが、口許はだらしなく緩んでいます。イナサがそれに気が付きました。
「む! もしかして、もういたいいいたいさんいないっ? あちしのなでなでににげたのねっ?」
「うむ。もう痛くなくなったのじゃ。ありがとう、イナサ」
「どいたましてなの!」
イナサがふふんと腰に手をあてました。
「この子……」
犬人の女性がイナサから視線を外し、私たちを見やります。
私たちの子供ではありません、と首を横に振りました。彼女の表情が少しだけ青ざめます。
「オロシさん。あの、ヨツユさんとハモンさんは」
「二人は……」
オロシは首を横に振りました。
「っ」
犬人の女性は息を飲み、震えながら目を伏せました。
その様子に当てられてしまったのか、イナサが眉を落としながらオロシの法衣の裾を引っ張ります。
「オロシ。もしかして、あちしやっちゃったの」
「どうしたのじゃ?」
「オロシのいたいいたいさん、おねえさんにうつしちゃったかもしれないの」
犬人の女性が慌て、ニカッと笑います。
「嬢ちゃん。大丈夫よ! あたしは痛くないわ! ほら、この通りだよ!」
「! それはよかったの!」
「そうね。それで、オロシさんたちは泊りかいっ?」
「うむ。三泊で、部屋は三つじゃ。大丈夫かの?」
「……ごめんね。二つしか空いてないよ」
オロシが私たちに目線で大丈夫かと問いかけます。
「問題ありません」
「じゃ、二部屋で頼むのじゃ」
「わかったよ。ちょっと準備するから待っててね!」
しばらくして、部屋の準備ができたということで、私たちはそれぞれ部屋に旅の荷物を降ろし、休息を取りました。
Φ
夕飯を終えました。
「じゃあ、ひとまずターゲブーホ都市を目指すかたちでいいですか?」
「うむ。明日、駅舎にいって切符をとろう」
「そうですね」
依頼主である聖葉と聖匠から旅費はいただいていますが、鉄道の手配は自分たちでしなければなりません。
全ての国に鉄道が敷かれているわけではありませんし、治安の悪い場所もあります。なにより、イナサとオロシを狙う悪魔の動向も注意する必要があります。
私は北側諸国の地図と路線図を比較しながら、次の行き先を決めました。
「それにしても遅いの」
「様子を見ましょうか」
私たちは部屋を出て、隣の扉をちょっとだけあけます。廊下の灯がその真っ暗な部屋を照らしました。
「一緒に寝てしまったようですね」
「そのようじゃな。二人とも気持ちよさそうに寝ておる」
ベッドではセイランとイナサが気持ちよさそうに寝ていました。
最初は全員で一緒に寝たいとイナサがごねていたのですが、流石にそれは無理なので毎日一人ずつ交代でイナサを寝かしつけることにしました。
イナサが寝る時間も早いので、彼女が寝たらこっそりと抜け出すのが常なのですが、今日は寝てしまったようです。
「グフウ殿はこれからどうするのじゃ?」
「魔法書でも読んでいようかと。オロシさんは?」
「儂はちょっと外にでも」
「この時間にですか?」
まだ寝るには早いですが、かといって夕食を済ませてた今、外出するような時間帯でもありません。
「昔馴染みにの」
「なるほど」
オロシは黒のコートを羽織り上機嫌で出ていきました。
私は魔法書を読んでいたのですが、なんとなくオロシの行き先が少し気になりました。
「まぁ、こういう街は初めてですし散策してみますか」
南側諸国にもギャンブルで栄えた街がなかったわけではありませんが、セイランはともかくナギがギャンブルを毛嫌いしていたのもあって、訪れたことがなかったのです。
昔、「夜のギャンブルは楽しいぞ!」と師匠が仰っていたこともあって多少の興味はあるのです。
魔法書を置いて、私は宿を出ました。きんきらぴかぴかと輝く街並みを歩きます。
「雰囲気はあまり好きではありませんが……」
私は店頭に飾られた宝石の模造品を見やります。
「美味しい宝石がいくつかありますね。なるほど。ギャンブルで一定以上勝つと、貰えるのですか」
先日熊肉と琥珀の煮物を食べたとはいえ、もう少し美味しい宝石を食べたいなという欲がないとは言い切れません。
私はあるギャンブルのお店の前に立ちました。この都市で一番大きそうなギャンブルのお店です。
ここに知り合いがいるのか、魔力探知で探ればオロシも中にいました。
「ちょうどいいですね。一つ、美味しい宝石をいただきますか」
私はお店に足を踏み入れます。
「いらっしぃませ!」
露出の多い服装をしたヒューマンや獣人の女性が出迎えます。ルールを聞きます。
「当店では特別な通貨をしようしておりまして、百プェッファーで一コインとなります。ゲームを遊ぶにはまず、このコインを購入して貰います」
「そしてゲームでコインを集め、換金することはもちろん、特別は商品と交換することもできます」
「そして一億コインを集めますと、なんと、あの大賢者ヨシノが記した魔法書を手に入れることができます! 中身は、悪神すら退ける特別な結界との噂も!」
「っ!」
師匠が記した魔法書はたくさん持っています。けれど、それは全て共に過ごした時のもの。
それ以前の魔法書はあまりもっていません。是が非でも手に入れたいと思いました。
私は早速自分が使えるお金を全てコインへと換えて、遊戯に興じます。
「おいおいおい! あのドワーフなにもんだ!?」
「あっという間に百万コインも稼ぎやがったぞ!」
「しかも、酒も死ぬほど飲んでやがる!?」
私の周りには輝くコインが積み重ねられていました。ついでに、お酒に瓶も。このお店では稼いだコインでお酒を飲むことができるのです。
「竜殺酒をもう一本追加でください!」
「ありがとうございます!」
「きゃー、かっこいい!!」
「マジかよ。一本十万コインはくだらない酒をまたっ!?」
その一本も直ぐに飲み干してしまうでしょう。しかし、問題はありません。どうせ直ぐに稼げます。
この十一年間、遊戯でセイランにずっと勝てないでいました。けど、それは彼女が理不尽に強いからであって、決して私が遊戯に弱いわけではなかったのです!!
だって、一時間もしないで竜殺酒をニ十本は空けられるほどギャンブルで勝っているのですから!!
負けなしです!!
このまま行けば、あと二時間ほどで一億コインに到達するでしょう! 美味い酒が飲めて師匠の魔法書も手に入る! 最高です!
「グフウ殿はすごいのぉ! 魔術の腕前だけでなく、ギャンブルまで得意とは! 恐れ入ったのじゃ!」
「オロシさん。顔が真っ赤ですよ」
「なに、儂も飲んでおるからの、ガハハハ!!」
それなりに注目も集めたこともあって、オロシが私に気が付きました。
「知り合いに会いに来たのではないのですか?」
「じゃから、この子が知り合いじゃ!」
「いやん」
オロシが露出の多い女性の肩を触ります。
「生臭坊主ですね……」
「破戒僧のオロシとは儂のことじゃからの! ワハハハ!」
先日の鉄道で酒好きなのは分かっていましたが、それに加えて女好きとは。先ほどチラリと確認した限り、ギャンブルもかなり好きな様子です。
煙草好きではなかったのはまだマシですか。
「イナサがおるからの! やめたのじゃ!」
「……なるほど」
「じゃが、ギャンブルはやめられん! 五年ぶりじゃ! 盛大にやるぞ! ということで、グフウ殿。一万ほど貸してくれんかの?」
「……もう仕方ありませんね!」
そんな雑談をしながらも、私は師匠の魔法書を手に入れるためにギャンブルに興じました。
Φ
「で? 全部スって身ぐるみを剥がされたと」
「……………………はい」
「……………………うむ」
早朝。肌寒い夏の空の下で、私たちはパンツ一丁で正座していました。目の前にはオーガのように両目を吊り上げたセイランがいました。
「い、いや、あれですよ! 下手な勝負をしたオロシはともかく、私は違うんですって! ちゃんと勝ってたんですよ! 悪いのはこの人です!」
「ぐ、グフウ殿っ!?」
「だって、この人が貸した分を全部スッた上に借金までして泣きついてきんです! それを取り返すために仕方なくあの勝負に挑んだら負けてっ! あれさえなければ、師匠の魔法書も手に入って――」
「いいから黙れ!」
「……はい」
俯きます。
「はぁ~~~~~~~~」
長いため息が響きました。
「そこで待っていろ。姿勢を崩したら、百回殺すからな」
セイランがどこかに消えました。
もしかして呆れられて捨てられたのか泣きたくなったのですが、一時間もしないで彼女は帰ってきました。
その両手には剥がされて持っていかれたはず私たちの衣服などや、師匠の魔法書がありました。
「まったく。あんなちゃちなイカサマにひっかかって。酒の飲み過ぎだ。馬鹿野郎」
「………………本当に、すみません」
「あとそっちは、もう年なんだから大人しくしろ。生臭め」
「面目ない……」
ベチンと汚いものを捨てるかのように、私たちの衣服が地べたに叩きつけられました。
「ともかく、今後一ヵ月は二人とも酒抜きだ。それとお金も全部アタシが管理する。いいな!」
「……はい」
「……異論はないのじゃ」
口答えなど一切できず、私たちはいそいそと着替えました。
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