第11話 鉄は鉄のまま、されど神金を超える
エルドワ合戦の翌日のこと。
他国の王族との挨拶が終わった後、私たちは昔のエルドワ合戦が行われた荒野にいました。
「がぁ……」
「くっ……」
多くのドワーフとエルフが地に伏せていました。
ドワーフとエルフの大軍と手合わせしたのです。疲れていたので断りたかったのですが、どうしてもと言われて仕方なくです。
たぶん、昨日の一騎打ちを見て感激したからでしょう。
「違うだろ」
「分かっていますよ」
成人したばかりの若造が、自分たちでは為せない戦いを見せた。
ドワーフの誇りである戦士、エルフの誇りである魔法使い。自分たちが誇りと思っているものを、それができないはずの相手がしてみせた。越えられた。
気に食わなかったに違いありません。
だから、両者ともに私たちに手合わせを申し込んできた。
当然、倒しました。驚くほど簡単に勝つことができました。
「どう、して。数も力を儂らの方が……」
「負ける理由が、分からないわ……」
まるで理解できないと言わんばかりに、彼らは私たちを睨んできます。
肩を竦めました。
「総力ではそうかもしれません。貴方たちは十分に勝つ可能性がありました。けれど、貴方たちは憧れたことがないでしょう」
「悔しくても尊敬しても、お前らは知ろうとしない。相手の誇りを理解しない」
ドワーフは魔法使いを、エルフは戦士を理解していない。
それを為すのがどんなに難しいことか、自分たちにはその才能がないからと最初から諦めているから知らないのです。
よくて、理解できないけれど自分たちにはできない凄いことをしていると尊敬するだけです。
「できないことを目指せとはいわない。アタシたちだって結局のところ真似をしているだけだ。だが、その真似をするために死ぬほど理解した。その強みも弱みも全て知っている」
「だから、連携ができるのです。互いに足りないものを補える。だけど、貴方たちは相手を強さと弱さを理解せず、我が我がと競い合う。負けて当然です」
「くっ」
顔を伏せた彼らから視線を外し、私は十人近いドワーフとエルフに目を向けます。その中には父と同じ年頃の人もいますが、大半は老い先短い老人たちです。
全員、偉そうですし、実際に偉いです。
ドワーフは聖匠、エルフは聖葉。
ともに国の政を仕切る重鎮であり、神籬の守護者でもあり、半神の補佐役なのです。長老とも呼ばれます。
そしてまた、全員強いです。聖匠は鍛冶と戦士を、聖葉は魔法と狩人を極めた存在であり、半神の候補者なのです。
つまり、神の領域に足を一歩踏み入れているのです。
「それで、私たちに何の用ですか?」
「なに。そう急くでない」
エルフの老人の一人がゆったりした口調でそういいます。好々爺然としたその表情と口調はまるで、赤子に言い聞かせるかのようです。
「クソ議長。アタシが短気なのは知っているよな? 新しい仲良しだったか? その象徴としてアタシたちを勝手に担ぎあげたこと。気が付いていないと思っていたか?」
他国の王族も招いているとなれば、エルドワ合戦はそれだけ重要な行事として扱われているはず。
なのにその顔役を行事の前日に決めるなど、普通はありえません。
「今年は若いものに運営を任せておっての。少し粗があったのじゃろう」
「ゆえにそう怖い顔をするな。儂らは困っていた彼女に単に提案しただけである。もっとよい候補がいるとな」
「そして選んだのは彼女たちじゃ、自分たちでお主らに譲ったのじゃ」
「若いものは柔軟だ。新しい関係を模索するのもそうだが、そのための対応も早い。堅苦しいことにとらわれる我らではできないことだ。感服している」
あくまでシラを切りますか。
確かにハクボ姉さんの口ぶりからして、目の前の老人たちが強引に私たちを総大将にしたわけではないのでしょう。
けれど、ここ一年間、ドワーフとエルフが私たちのことを探っていたこと。セイランに重大な会議があると偽って帰郷命令の手紙を送っていたこと。
それに、彼らは政の力があるにも関わらず、ハクボ姉さんたちの粗とやらを見逃していたのです。
老獪にハクボ姉さんたちを誘導したと見るのが妥当でしょう。
そしてまた、この時期に私たちを国に呼び寄せた理由は別にあるのです。
「いいから、用を話せ。でなければ、アタシたちは今日にでもここを発つ」
「つれないのぅ。まぁ、よい。儂らは依頼をしたいだけじゃ」
「お主らエルドワ旅団にだ」
「それに小娘も十八聖葉としてオババ様の補佐をするべきじゃ」
「玉鋼の息子も無断で出奔した罰を受けてもらわんといけないしな」
好き勝手いいます。
「……内容は?」
「イナサとオロシの護衛じゃ」
「オババ様から早く連れてこいと言われたのだ」
「オジジ様からも言われてな」
「悪魔から保護するためだとか、なんとか」
「理由はわからんが、自由に動けるのはお主らだけだ」
「大悪魔とも渡り合えるようだしの」
内容をまとめます。
「つまり、悪魔の生贄として狙われているイナサとオロシを、ハイエルフのシオリのところに連れていけばいいのですか?」
「そうじゃ。行く先はほれ、北の果ての……なんじゃったっけ?」
「魔法都市、グレンツヴェートだ」
「そう、それじゃ。ちょうどお主らもそこを目指しておったじゃろう?」
そこまで調査済みですか。予想していたとはいえ、色々とムカつきます。
「だが、オロシはともかくイナサの歳は三歳くらいだ」
「四歳だの」
「どちらにせよ、幼い。魔法都市までは遠い。長旅は酷だ」
「それについては問題ない」
「若いもんが頑張ったからのぅ。北側諸国には鉄道が通っておる」
「主要都市を経由するだけで、半年も掛からずに魔法都市である」
「つまり、そこまで酷ではないというわけだである」
セイランと視線を交わしました。
「分かりました。受けましょう」
断る方が面倒だと考え、私たちはその依頼を受けることにしました。
Φ
早朝。
「大きなトロッコ列車ですね」
「魔法機関車というらしい。これがエルフとドワーフの国につながっているとか。鉄道とも言っていたか。姉さんから聞いた」
「へぇ」
目の前には通常の二倍ほどの大きさの列車が並び、遠くまで線路が伸びています。
魔法機関車は優れた鍛冶の腕を持つドワーフが作り、線路は地勢に優れたエルフが敷いたそうです。
「じゃあ、一週間後に」
「……私がいない間、着替えとかできますか? 朝起きられますか?」
「できるぞ! そう子どもあつかいするな!」
「していませんって」
私は駅でセイランと別れ、父と母と共に鉄道に乗って神炉の穴倉に出発しました。
父も母も実家に用があるらしく、私も実家と神炉に挨拶をしたかったため同行しました。セイランも自分の故郷に戻ります。
「実家は今、誰もいないのですか?」
「ツバキが住んでいるわね~。あの子、学校の先生をしているのよ~」
「へぇ」
二番目の姉のツバキ姉さん。私の記憶では人見知りだったはずですが、子供相手だと大丈夫なのでしょうか?
「まだまだ苦労はしているみたいね~。けれど、毎日楽しいって言っているわ~」
「そうですか」
母と雑談をし続けました。途中で暇になって魔法書などを読んだりもしました。母は編み物をしていました。
父はずっと窓の外を見ていました。
夜になって魔法機関車が停まります。宿泊のためだけに作られた街でひと眠りし、再び魔法機関車に乗り込みます。
そうして二日が経ち、魔法機関車は火山に掘られた洞窟、つまり穴倉へと入りました。
そこから半日ほど。夜中ごろにようやくドワーフの国である神炉の穴倉に到着しました。
魔法機械が街中を埋め尽くし、金属と石材の家が立ち並ぶ場所です。空はなく、人口の灯がただただ国を照らしています。
今は夜ですから、その灯はとても淡いものでした。
「私は少し寄り道をします」
「分かったわ~」
母たちと別れ、私はある場所へと向かいました。
「お久しぶりです、鍛冶と技巧の神さま」
穴倉の奥にあるその場所は、火山の中心部にも近い場所です。周りには溶岩が流れており、とても暑いです。
そんな場所に、白く燃える焔が浮いていました。
鍛治と技巧の神さまの神籬の一つです。私たちの御霊です。
神話の時代、鍛治と技巧の神さまは目の前の白い焔と火山という炉を使って、あらゆる物を鍛えたそうです。
私は白い焔に向かって二礼二拍手一礼をしました。最後は家出する直前でしたから、四十数年ぶりの挨拶です。
『……うぬよ。ここは窮屈か?』
白い焔から厳かで静かな声が聞こえました。四十年前と同じ問いでした。
神威がこもったその声音に背筋を正しながら、私は頷きます。
「ええ、窮屈です」
『……そうか』
白い焔から響いた声は少し寂しそうで、また戸惑うものでもありました。
彼にはここが窮屈な理由が分からないのでしょう。『鍛え』と『技巧』に満ち磨かれ鍛え上げられるこの場所の何が窮屈なのか、と思っているのでしょう。
「私は魔法に憧れているのです」
『……木はいくら鍛えようとも鉄にならぬ。薪でしかない。そしてゆえに、鉄は薪ではない』
「ええ、そうでしょう。ドワーフがどんなに頑張ろうとも、鍛冶魔法以外を使えることはできない。生まれもったものは、変えられない」
『……ゆえに己が鉄を鍛え磨き続けるのだ。それ以外のことごとくは炉にくべ糧にせよ。強き炎で鍛えろ』
生まれもった才能を鍛え続けることが至高なのだと、静かでそれでいて強い熱がこもった声音が響きます。
それを聞きながら、私は師匠が弟子になったばかりの頃に私に問うた質問を思い出しました。
それは、魔法や魔術などがなくても人は空を飛べるか、という問いでした。
その時、私はできないと答えました。人は空を飛ぶ機能は有しておらず、どんなに鍛えようともそれを会得することはできません。
師匠はそれに同意し、けれど強い確信がこもった声音で言ったのです。それでも人は空に行ける、と。行けた、と。
だから、私も強い確信をもって鍛冶と技巧の神さまに尋ねます。
「鍛冶と技巧の神さま。人は神を越えるでしょうか?」
『……鉄は、神金にはならぬ。子はいつまでも子だ』
「ならば明日の朝を楽しみにしていてください。私が貴方を越えて見せましょう」
『……』
私は黙り込む鍛冶と技巧の神さまにもう一度二礼二拍手一礼をし、実家に帰りました。
久しぶりの実家はとても懐かしいもので、昔の記憶がとめどなく蘇りました。
エルフたちが使う魔法に熱中し、己を、鍛冶魔法と闘法を鍛えることから逃げ、周りから距離を置かれ、時にそしられてからかわれた日々を。
冷たい夢を見ました。熱い原点を思い返しました。
翌朝、実家の鍛冶場に向かいました。
既に父がいました。夜中からずっと鍛冶をしていたようで、傍には一本の剣がおいてありました。反り返った、とても美しい片刃の黒の剣です。
見覚えがあります。以前、ジョウギ・オーニュクスが打っていた刀という武器です。
「……」
「ありがとうございます」
厳しい顔のまま無言で父は鎚と鉄を渡してきました。受け取ります。炉に火を入れます。
私は口を開きました。
「父さんは聖匠にならないのですか? それほどの実力があるでしょう?」
「……肩書などいらん」
「そうですか。ところで、父さんは想像以上の物を作ったことはありますか?」
「……想像は創造の基本だ」
「そうですか。でも、私はありますよ」
「……」
ドワーフが使える唯一にして無二の魔法、鍛冶魔法。
そして魔法とは想像がその本質であるがゆえに、鍛冶魔法もまたその本質に囚われてしまう。
だからドワーフは想像の外にある、想像以上のものを創れない。
魔術は、違う。
「〝鍛えろ造れ。鉄の血を燃やせ。魂を鋳れろ。想像の果てに我は創造せん〟」
無数の魔術陣を浮かべ、特別な詠唱を唱えます。
鎚に魔力を込め、赤く燃える鉄に振り下ろします。
鍛冶魔法と鍛冶魔術を行使しました。
「あ~やいやい! トンカントンカン、響けよ鉄よ! 鍛えよ魂!」
魔術師になり十年以上旅をして、ずっと考えていました。
ドワーフの魔術師だからこそ、できないことはないかと。ヒューマンの魔術師であるナギをずっと近くで見ていたからこそ、それをより強く感じていました。
たどり着いたのは、鍛冶魔法を魔術によって創り変えること。
〝魔法殺し〟や〝魔法支配〟のように、魔術は魔法に干渉できる。なら、魔法をより良い物へと創りかえることだってできるだろう。
鍛冶魔法を鍛冶魔術で創りかえるのです。想像ではたどり着けない、想像以上の領域へと昇華させるのです。
「あ~やいやい! トンカントンカン、響けよ鉄よ! 鍛えよ魂!」
魔力の全てを込めました。無数の魔術陣を展開しました。
想像以上ですから、その結果は分かりません。もしかしたら、一周回って失敗してしまうかもしれません。
けれど、己を鍛えることから逃げたドワーフの魔術師だからこそ、到達できるものがあるだとと信じて、私は鎚を振り続けました。
茜の光が鍛冶場に射しこみだした、私は金槌を床に置きました。
「これが、私の剣です」
「……」
どでかい大剣を創りました。
父は刀を握り、どでかい大剣に振り下ろしました。
真っ二つに割れました。大剣には傷ひとつ付きませんでした。
『……儂が』
白い焔が急に顕れ、強き神性が宿った剣が振り下ろされました。
「言ったでしょう。越えると」
やはり傷は付きませんでした。強き神性が宿った剣が少しだけ傷つきました。
『……』
白い焔は音もなく消えていきました。その焔の揺らぎはとても悔しそうで、けれど熱く燃えていたのが見て取れました。
私は父を見やりました。
「魔術を使ったからズルだ、とは言わないでくださいね」
「……ふん」
父はくしゃくしゃと私の頭を撫でてきました。ガサツで力強いその手はとても痛かったですが、決して嫌なものではありませんでした。
Φ
翌日、私は神炉の穴倉を旅立ち、鉄道に乗って数日かけて北側諸国側にあるエルドワ都市へと向かいました。
「……どうしたのだ、その大剣は」
「ああ、セイラン」
駅のホームで待っていると、セイランがやってきました。私が背負っていた大剣を見て、酷く驚いていました。
「先日の戦いでかなり傷ついていたでしょう? それで、まだ誕生日プレゼントを渡していなかったので」
セイランの誕生日がちょうどエルドワ饅頭作りの最中だったため、ちょっとしたお祝いはしたのですが、プレゼントは渡せていなかったのです。
ブランデーケーキを作っている際にそれを思い出し、ちょうどその機会があったので作りました。
「一緒に饅頭作りができたから、それでよかったのだが……けど、ありがとう。とても嬉しい」
「それはよかったです」
セイランに大剣を渡しました。
「っ! 手に吸いつく。アタシの手足みたいだ!」
「貴方のために打った剣ですから当然です」
「!? お前が打ったのかっ!?」
「ええ。変化以外の効果は付与できませんでしたが、どんな扱いをしても決して傷つくことはありません。先日の戦いもそうでしたが、貴方は武器が壊れない程度にいつも力をセーブしているでしょう?」
「……気づいていたのか」
「当り前です。何年一緒に旅してきたと思っているのですか」
「グフウ! 本当にありがとう!」
セイランが抱き着いてきました。とても嬉しそうなので、払いのけることはしませんでした。
「パパもママもすおいなかよしなの!! よいことだとあちしはおもうの!!」
イナサがこちらに向かって駆けてきました。
「あちしもぎゅっとする!」
イナサが抱き着いてきました。とても嬉しそうです。
……パパママ呼びの訂正は護衛が終わったころにするべきでしょう。セイランとそう目配せしました。
少し遅れてきたオロシが私たちに目を伏せました。
「グフウ殿、セイラン殿。何から何まで感謝する」
「まだ礼を言うのは早いですよ。シオリの所に届けてからで結構です」
「……そうか。では、よろしく頼む」
「はい。任せてください」
「悪魔には指一本触れさせない」
そうして、私たちは鉄道で北側諸国へと旅立ちました。
いつも読んで下さりありがとうございます。
面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。
また、感想があると励みになります。
それと更新に関して三章のはじめで10月には週3投稿に戻すと言いましたが、すみません。私用が未だに忙しくて、戻せそうにないです。ですので、このまま週2投稿で更新させていただきます。よろしくお願いします。




