第10話 変わらぬ同族と全力の一騎打ち
運営の天幕に向かいます。
「ああ、ようやく来た! はい、これ!」
ハクボ姉さんにペンダントを渡されます。
「これは?」
「外傷を一定だけ肩代わりする魔法具よ。相手のを先に壊した方が勝ちってわけ」
私たちはペンダントを身に付けました。一つ前の競技が終わります。
「それにしても、本当にその格好でいくの?」
「当り前じゃないですか。私は魔術師ですよ」
「アタシは戦士だしな」
大杖を握りローブを翻した私と大剣と巨斧を背負ったセイランに、ハクボ姉さんを含めた天幕にいるドワーフとエルフたちが戸惑う様な視線を向けてきます。
特に私への視線はとても強いです。
「まぁ、無様な戦いでなければいいわ」
みな、そうやって肩を竦めました。
「では、次で最後の種目となります。エルフとドワーフの一騎打ちです!!」
「総大将の入場だ!!」
私たちはフィールドに立ちました。一応、観客席に手を振っておきます。
ヒューマンなどの観客が盛り上がる一方、ドワーフやエルフの観客からは困惑を多分に含んだ騒めきが聞こえてきました。
「両者とも握手の後、開始位置についてください!」
けれど、司会役の声が響くと困惑はなくなったのか、野次や怒声が響いてきます。
「玉鋼のバカ息子! 負けるんじゃねぞ!!」
「クソッたれエルフをぶちのめせ!! 負けたらその首を死の淵に並べてやる!」
「狂犬生意気小娘! ダボドワーフなんて、さっさとぶちのめしなさい!」
「私たちのエルフの力を見せつけてやりなさい!」
競技が最後のこと。そして現時点でのドワーフとエルフの得点が僅差で、私とセイランの勝敗でエルドワ合戦の勝敗が決まること。
それもあってとても熱に溢れていました。
……もう少し言葉遣いはどうにかならないのでしょうか。ヒューマンや獣人の観客たちが少し引き気味です。
私たちは苦笑しあい、握手をしました。
そして開始位置に立ち、構えます。
私は大杖を握りしめてローブをはためかせます。セイランは大剣と巨斧を握りしめ、深く腰を落とします。
「こうして戦うのは今朝ぶりですかね」
「いや、訓練は別でだろう。本気ではないからな」
「とすると、初めて会った時以来ですかね」
「そうだな。あの時は途中で中断されたが、今回は最後まで楽しめそうだな」
ニヤリと笑うセイランに肩を竦めます。
「まったく。戦闘好きですね」
「お前も楽しそうだぞ」
「貴方が楽しそうだからですよ」
「嬉しいことを言ってくれるな」
私もセイランも深呼吸をしました。観客席も次第に静かになり、空気が張り詰めます。
「開始!!」
コールが響きました。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
「ハッ」
一発の〝魔弾〟は大剣によって弾かれました。
セイランは地面を強く蹴って私に接近してきますが、その前に魔力を練り上げて百の魔術陣を展開し。
「〝斉唱〟・〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
「チッ」
素早く詠唱をして〝魔弾〟を放ちます。
「相も変わらずすばしっこいですね」
「そういうお前は粘着質だな!」
私は〝魔弾〟を一つ一つ操り、狼よりも速く駆けて躱し続けるセイランを確実に追い込んでいきます。
そしてある地点に追い込んだ瞬間、〝魔弾〟の飽和攻撃を仕掛けます。
「ハァアッ!!」
闘気を放出しながらセイランは今までの疾駆の勢いを片足に乗せて、大剣と巨斧を握りしめて回転しました。竜巻のようです。
大きな土埃が舞うとともに、その旋回によって〝魔弾〟が弾かれます。
「閃破ッ!」
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟っ」
土埃の中からセイランが飛び出してきて、大剣を横なぎに振るってきます。事前に用意していた〝魔盾〟で弾きます。
しかし同時に、もう片方の手に握られた巨斧が私に向かって振り上げられました。
「〝高唱〟・〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!」
「ッ!?」
ここで巨斧の攻撃を防いだところで、大剣と巨斧をまるで短剣のように扱うセイラン相手ではその重く絶え間ない連撃に押されてしまい、いずれ大きな攻撃を負ってしまうでしょう。
ならばと、私は極太の〝魔弾〟を至近距離で放ちました。
「ッぁあ!」
期待していた通り、セイランの判断は早かったです。驚きながらも、遠心力で邪魔になる巨斧を手放し、横へと跳ぶことで〝魔弾〟を避けます。
極太の〝魔弾〟は観客席を守る結界に当たり、爆発しました。
「おっと」
また、セイランが手放したことで軌道がずれ、私はギリギリのところで巨斧をかわすことができました。
セイランは空中を飛ぶ巨斧をキャッチしました。
「まったく。あの状況で攻撃してくるとは。斧が直撃していたらドワーフいえど大怪我するだろうに」
「確かに……貴方の脳筋がうつったせいで判断を誤ったようですね。けどまぁ、運が味方してくれたのか、結果的には正解でした」
「ふん。狙っていたくせによくいう」
「はて」
ここまでは小手調べ。ウォーミングアップのようなものです。
「じゃあ、もっと楽しませてくれ!」
「善処します」
大剣と巨斧を担ぎあげて口角を吊り上げるセイランに呆れながらも、私はもじゃもじゃのひげに隠した口許を緩めます。
彼女の気持ちに応えるために、私は魔力を練り上げます。
しかし。
「ドワーフのくせして、拳も振るわんとは何事じゃ!! 逃げるな!」
「葉っぱの真似事なんぞしおって、ドワーフの名折れだ!」
「戦士の民の名に泥を塗るのか!!」
「鉄の血が流れていない臆病ものはひっこめ!!」
「拳を握れ! 剣を振るえ!」
天幕や観客席にいるドワーフから、私への罵倒が響きました。
「大切な式典で半端魔法なんて、私たちを馬鹿にしているのかっ!」
「まだ魔法具の方がマシだぞ! まがいものを使うな!」
また、エルフからも怒声が響きます。主に魔術への侮辱に満ちた言葉です。
「脳筋バカ小娘! エルフのくせに魔法戦を逃げるのか!」
「まがい物なんぞに屈するな!! 我らの魔法を、誇りを貶すな!!」
セイランにも同様の罵倒が響きました。ただ、彼女へのそれは私に比べればかなり少ないようです。いえ、少ないからいいわけではないですが。言ったやつの魔力は全部覚えておきます。
「そう怖い顔をするな。アタシは大丈夫だから」
「そういう貴方も怖い顔をしていますよ」
私たちは戦闘態勢を解きました。セイランが肩を竦めます。
「ほらな。まったく変わってないだろ?」
「そうですね。まったく変わっていませんでした」
ドワーフとエルフが共に暮らす街だと言っていました。新しい関係を築くなどと言っていました。新しい選択肢を否定しないと言っていました。
全員が全員、それを目指してるわけではないのは理解しています。
しかし、それを目指している人たちの殆どでさえも、私たちに怒鳴り叫んでいました。
結局、変わっていないのです。
自分勝手で、誇りだなんだといって何かをさせてくる。強制してくる。
強く否定されて恥さらしとして追い出されたり殺されたりすることはないにせよ、忌避され無視され、時にそしられる。
私もセイランもそれが嫌で、苦痛で故郷を出たのです。
「……適当に終わらせるか」
「そうしましょう。戦いの続きは今夜にでも」
「そうだな。二人っきりで――」
ため息と苦笑が混じった会話をして、私たちは適当に武器を構え。
しかし。
「パパもママもがんばってなの!!」
幼い声が響きました。
声を拡散させる風の魔法と人々の心を鎮める恩寵法が込められたその声によって、怒声に溢れていた会場が一瞬で鎮まりました。
私もセイランも驚いて、そちらの方を見やります。
「おうえんしてるの! ヤーなおうえんにまけないくらい、たっくさんおうえんするの! だからがんばってなの! パパもママもかってなの!」
オロシに肩車されたイナサが精一杯叫んでいました。オロシは柔らかくも強い眼で私たちに目配せしてきました。
「……これは、私たちも駄目でしたね」
「そうだな。自分たちの言葉を、一時の嫌な気持ちで自分の言葉を忘れてしまっていた」
そうです。私たちはイナサに応援を頼んだのです。
なのに、その私たちが本気で戦うことを放棄してどうするのですか。
好き勝手言ってくる知らない同族より、私たちを慕ってくれる子の言葉に応じないでどうするのですか。
私もセイランも闘志を高めました。
「イナサが自慢に思えるくらい、凄い戦いを見せてやりましょう」
「そうだな。ついでに、舐めた口をきかせたやつを全員黙らせる」
私たちは大きく息を吸いました。
「私はドワーフの魔術師、グフウです!」
「アタシはエルフの戦士、セイランだ!」
貴方たちがまだ認めることのできない、新しい選択肢を叫びました。自らの誇りを宣言しました。
否定するなと、強く睨みました。
「では……〝斉唱〟・〝光は聖に輝き悪しき力に屈さず。全てを祓いて守る――聖絶〟」
私は五十の魔術陣を展開し、高度な防御結界を十重ねて会場と観客席に張ります。これから起こる天変地異から守るためです。
「悪いな。先手はお前に譲ろう」
「いいのですか?」
「当り前だろう。無駄に魔力を消費させたのだ」
「ではお言葉に甘えて。〝唇に懸河の詩を。言の葉に一瞬の風を。魔の詩は夢想を越える――天詠〟」
私は魔力を練り上げて八つの魔術陣を展開し、魔術を行使しました。私の体がちょっと光ります。
セイランは驚いた顔をします。
「攻撃してこないのか?」
「別に手を抜いていませんよ」
「なら、いい」
セイランが戦闘態勢をとります。闘気を強く練り上げているのが分かります。
私も同様に先頭態勢をとり、魔力を練り上げました。
カンッと小さな音が響きました。
「閃破ッッ!!」
セイランが音よりも速く駆けて、大剣と巨斧を全力で振り下ろしてきました。私に詠唱をする時間を与えないと言わんばかりです。
そうなのです。魔術には発動に時間がかかるという大きな弱点があるのです。詠唱できないほど早く攻撃されてしまえば、何もできません。
けれど、あの時に、一ヵ月前に口喧嘩した時に言ったでしょう! 『とても早口で話す魔法』は世界を一変させると!!
「〝光は聖に輝き悪しき力に屈さず。全てを祓いて守る――聖絶〟」
「ッ!?」
音よりも速く詠唱して大剣と巨斧を防ぎました。遅れて詠唱が耳に届き、轟音と暴風が周囲を震撼させます。
セイランは驚いたように後ろに飛びのきました。
「なんだ、その速さは……っ、なるほど。さっきの魔術か」
「正解です。以前にいった早口の魔法を魔術の詠唱専用に改良したんですよ」
ふふんと自慢します。
「じゃあ、もっと楽しめるなッッ!!」
「存分に楽しませてあげますよッッ!!」
再びセイランが音の壁を突破して迫ってきます。私は飛行魔術を行使して空中へと逃げながら、無数の魔術陣を浮かべて一瞬で詠唱します。
「〝斉唱〟・〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟! 〝暴れ狂いて吹き堕ちよ――颶瀑〟! 〝万象を灰燼に帰し天地を焦がす焔よ。永劫の奔流となりて顕現せよ――業焔〟! 〝蒼穹の閃光。無窮の霹靂。無謬の怒りは天地を切り裂き刹那に轟け――滅雷〟」
無数の〝魔弾〟に、瀑布のごとく吹き降ろす暴風、全てを焼き尽くし焔の奔流、刹那に轟く万の雷。
「しゃらくせさいッッ!! 颶絶ッッ!! 地絶ッッ! 天絶ッッ!」
セイランは勇猛果敢に暴れます。虚空を蹴って風どころか空間そのものを震わせて逃れられぬ振動を放ち、巨斧を振り下ろして大地を砕き割り、大剣を振り上げて天を切り裂きます。
幾万の弾丸も暴風も焔の奔流も万の雷も防がれました。
「ぐっ」
「かっ」
いえ、違います。全てが衝突して大きな衝撃が走りました。私もセイランもそれを防ぐことはできず、それなりにダメージを負います。
パキリとダメージを肩代わりする魔法具が壊れた音が聞こえた気がしますが、無視します。
「ハハハハッッッ!! 楽しい! 楽しいぞ、グフウ!!」
「それは良かったですッ!!」
無数の魔術と理不尽な暴力が飛び交い、衝突し、激震します。
私たちは笑っていました。力の限り、戦いました。
そして五分ほどが経ちました。
「……すがすがしい、きぶん、だ」
「……どうかん、です」
私たちは力尽きて、地面に横たわっていました。晴れやかな気分でした。拳を突き合わせました。
観客は呆然としていたり、白目を剥いて倒れていたり、恐怖に震えていたりしていました。
ドワーフとエルフの一部なんて現実逃避をするかのように、「お空、綺麗」と空を見上げていました。
いい気味です。
「パパもママもすおかったの! かっこよかったの!! どっちもゆうしょうさんで、いちばんなのね!」
そしてイナサだけが楽しそうに拍手していました。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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