第9話 新・エルドワ合戦
新しいエルドワ合戦でもそうなのかは分かりませんが、総大将といえばそれぞれの陣営を率いる一番偉い人のことです。
つまり、主役です。
「私たちがその総大将……?」
「ええ、そうよ」
突然のことに私もセイランも思考が追い付きません。
「そういうことだから、ちょっと急がないと。説明が多いから」
ハクボ姉さんはスタスタ歩いて目の前の大きな建物へと入ります。呆然としていた私たちは慌てて後をついていきます。
「広い、ですね」
「闘技場か」
「いえ、競技場よ。闘いではなく、競い合う場所なの」
ハクボ姉さんが競技場といったそれは、長円の大きな闘技場のような建物でした。
中央には長円の大きな土のフィールドがあり、いくつもの魔法がかけられ、またその下にはたくさんの魔法機械があるのが魔力探知で分かります。
フィールドを取り囲む観客席は切り倒し加工した木ではなく、樹で作られていました。
つまるところ、建物の下に根を張った太い一本の樹の枝葉が、観客席へと伸びて椅子の形に姿を変えているのです。
そも、競技場自体がその樹の上に建てられているといっても過言ではありません。樹を基礎にして、金属や石材などが補強している形です。
そして高く伸びきった枝葉は中央だけ開けた屋根を作り、そこからお日さまが差し込んでいました。
ドワーフの建築技術だけではなせない、合理と自然が融合した美しさを感じてしまいました。
それに驚き、また何故だか少しの高揚感と嬉しさも感じました。
「あっちがドワーフ陣営。向こうがエルフ陣営。で、中央が本部ね」
フィールドには天幕が張られていました。東側ににはドワーフたちが、西側にはエルフたちが多く集まって忙しなくしており、中央でも少ないながらも両者がともに準備をしていました。
観客席の方を見やれば、それなりの観客が既に入っているようです。
「げ」
本部に向かうとセイランが顔をしかめました。一人のエルフの女性が飛び出してきます。
「セイランた~ん!! 会いたかった――」
「ひっつくな、馬鹿姉!」
「ありがとうございます!」
セイランは馬鹿姉と読んだ凛々しい顔立ちのエルフの女性を、躊躇いなく殴り飛ばしました。
吹き飛んだエルフの女性、たぶんセイランの姉でしょう。彼女は恍惚とした笑みを浮かべてはぁはぁとしています。
……おかしな人です。
「グフウ、いいか? あれはアタシの姉じゃない。分かったな?」
「……別に彼女が貴方のお姉さんでも、私は気にしませんよ」
「アタシが気にするのだ! あんな殴られると喜ぶ変態が姉だなんて……」
「苦労しているのですね……」
両手で顔を覆うセイランの背中を撫でました。
「ま、マジかよ……」
「触れてやがるぞ……」
「あり得ることなの……?」
本部にいたドワーフとエルフたちが騒めいていましたが、無視です。
「それでハクボ姉さん。私たちが総大将とはどういうことですか? そもそも重要な行事ですし、その役は事前に決まっているでしょう?」
「ええ。私と、そこの変態女よ」
ハクボ姉さんが頬を赤らめて悶えていたセイランの姉を指さします。
「けど、コイツと握手するとか無理よ。吐き気が止まらないわ」
「っ! わたしだって、貴方の手を握るとか願い下げよ! そんなことするくらないなら、死ぬわ!」
セイランの姉が勢いよく立ち上がって、キッとハクボ姉さんを睨みます。すぐさまハクボ姉さんが怒鳴り返します。
「だいたい、握手はアンタが言いだしたことでしょう! ヒューマンの王族の式典を見て、友好の証は握手だとかのたまって!」
「あれは煮詰まった会議での冗談じゃない! なのにそれを真に受けたガサツ馬鹿頑固岩女の貴方が勝手に計画を進めたせいでっ」
「なによ! せっかく、アンタの想いを無碍にしないために触れようと頑張ったのにっ」
「何が頑張ったよ。毎日毎日わたしのこと殴りやがってっ!」
「それはそっちもでしょ! 毎日雷撃を放ってきてっ!」
「落ち着いてください!」
喧嘩する二人を止めます。
「つまり、新しい関係を示す新・エルドワ合戦で、主役の総大将は新しい仲良しアピールで握手をすることになった。けれど、それができないから私たちにやらせると?」
「……ええ。誰も相手に触れるのを我慢できないのよ。すぐ殴っちゃう。あ、セイランさんは別よ。ちょっとは我慢できるわ」
「そりゃあどうも」
セイランは嬉しくなさそうに肩を竦めました。
「ともかく、昨日、アンタたちが一緒にケーキを作っているところを見せたら、誰も反対しなかったわ」
「そうですか……」
私はチラリとセイランを見やります。彼女は首を横に振りました。その表情は諦観に満ちていました。
同感です。私は内心ため息を吐きました。
「……イナサも見に来るのでしょう?」
「ええ。ハガネ父さんが護衛をしてて、それで一緒にくるわ。それがどうかしたの?」
「いえ。ともかく、分かりました。総大将をやりますよ」
断るという選択肢は、私たちには与えられていないのでした。
「よかったわ。じゃあ、早速だけど、向こうで用意してある服に着替えてちょうだい。それと、開会式での挨拶や動きとかまとめてあるから覚えてちょうだい」
私たちは憂鬱な気分になりました
Φ
「姉がすみません」
「気にするな。うちだって似たようなものだ」
エルドワ合戦の開会式をどうにかやり過ごした私たちは、サイズがあっていない礼服の不快感に顔をしかめます。
泥沼にはまったかのような足取りで更衣室へと向かいました。
「当分はゆっくりできそうですね」
「そうだな。あとやるべきなのは、最後の一騎打ちとやらと閉会式の挨拶だけだったはず。明日は他国の王族と話さなくちゃいけないらしいが」
更衣室で着替えを済ませて合流し、項垂れながら私たちは用意された観客席に向かいます。
「パパ! ママ!」
「お二人方ともお疲れ様じゃ」
観客席ではイナサとオロシがいました。父は少し遠くの方で座っていました。一瞬こちらを見た後、興味を失ったかのように視線を外します。
イナサが私たちに飛びつき、キラキラとした目を向けてきます。
「パパもママもすおかったの! キラキラでカッコよかったの!」
どうやら開会式のことを褒めてくれているようです。私たちの真似なのか、『せんせい!』と片手をビシリと挙げています。
……もやっとしていた気持ちが少し晴れました。
私たちは観客席に座り、エルドワ合戦を観戦します。
「最初の種目は『黄金リンゴ捕り』です!」
「ルールは簡単。逃げ回る黄金の飛翔リンゴを先に捕まえ、指定されたカゴに入れるだけだ!」
「それでは選手の入場です!」
拡声の魔法具を通して進行役を務めているドワーフとエルフの声が会場に響き渡り、三人ずつドワーフとエルフが入場します。ドワーフの一人は巨大な金属の塊を背負い、またエルフの一人は弓矢を装備していました。
彼らは観客に向かって手を振ります。
「では、黄金のリンゴ捕りの開始です!」
黄金の飛翔リンゴがカゴから放たれました。
「リンゴしゃん! びゅんびゅんではやいの! みえないの!」
「最高速度が音速を越しますからね」
黄金の飛翔リンゴは翅のような皮をハチのように動かし、一瞬で消えます。同時に衝撃波が会場に吹き荒れました。結界を張ってあるので観客席には影響はありません。
「おっと! 流石は私たちエルフ! なんという連携でしょう! あと一歩のところまで黄金の飛翔リンゴを追い詰めます!」
一人目のエルフが魔法で吹き降ろす風を放ち、黄金の飛翔リンゴの飛行速度を落とします。目に捉えられる速さになりました。
吹き降ろされる風の中、二人目のエルフが魔法で風を纏わせた矢を弓で放ちます。全ては寸でのところで躱されましたが、それすらも織り込みだったのでしょう。
黄金の飛翔リンゴは三人目のエルフが空中に仕掛けていた透明な魔法の結界に飛び込んでいきました。閉じ込めます。
が、結界によって風の魔法の影響下から外れ、黄金の飛翔リンゴは一瞬にして音速を越え、結界をぶち破って逃げました。
「ふん! 所詮は葉っぱ! それに比べて流石はドワーフ! もう捕まえたぞ! あとはカゴに――」
一人目のドワーフが巨大な金属の塊に金槌を振り下ろせば、中がくりぬかれた巨大な金属の半球が造られます。
二人目のドワーフが三人目のドワーフを乗せた巨大な金属の半球を持ち上げ、音速を超える速さで黄金の飛翔リンゴに向かって投擲します。
そして巨大な金属の半球が黄金の飛翔リンゴの上に到達した瞬間、三人目のドワーフが闘法で空中を一瞬だけ蹴って巨大な金属の半球を下へと投げます。
巨大な金属の半球は黄金の飛翔リンゴを抑え込むように落下し、轟音と共に地面に蓋をしました。めり込んでいます。更に二人のドワーフが力いっぱい地面に押し込みます。
中で黄金の飛翔リンゴが暴れているのでしょう。ガンッガンッと音が響き、巨大な金属の半球にデコボコができます。けれど、破られることはありません。
そして静かになり、後はカゴに移すだけだとドワーフたちが歓声を挙げますが。
「じめんさんからでてくるの!」
イナサがそう言った瞬間、地面から黄金の飛翔リンゴが飛び出してきました。
巨大な金属の半球の硬さに比べたら、地面は水のように柔らかいのです。音速を越えて飛翔できるのであれば、土の中を飛ぶことも容易いでしょう。
「両者ともども詰めが甘いな」
「若いですし、実戦経験が乏しいのでしょう」
「お二方と同じ年頃に見えるのじゃが……?」
「彼らは私たちより少し上ですね」
「八十前後だろう」
「……む?」
父に似た厳つい顔立ちのままオロシが小首を傾げます。私たちは苦笑しました。
「私たちの八十はヒューマンでいう二十歳前後の扱いなのです。つまり若者です」
「あと、アタシたちは例外だ。引きこもりと違って多くの経験をしているからな」
他種族を排し三百年という寿命を持つ同族だけの社会で生きている人たちと、まるで死に急ぐかのように忙しなく生きるヒューマンたちの社会で生きていた私たちとでは、経験の密度が違うのは当然です。
だからこそ、ヒューマンたちと共に社会を作っているこのエルドワ街には多少なりとも驚いたのですが。
「あ、ママとおなじヒトたちがかったの! バチバチですごかったの!」
私たちが雑談にふけっている間に、エルフたちがドワーフよりも先に黄金の飛翔リンゴを捕まえてカゴにいれました。雷の魔法で麻痺させたようです。
「勝った、勝った! 勝者はエルフチーム! 十の得点が入ります! そして敗者はドワーフチーム! ざまー!」
「ふんっ。横取りの勝利を誇るとは流石は卑劣葉っぱだな。腐りもんをよう食っとるせいか、心まで腐っとるとは。臭くて敵わん。どっかいけ」
「っ! ぶっころ!」
「やれるもんならやってみろ!」
「あ~っ、交代! 司会役交代!」
「次は俺の番だぜ!」
司会役のドワーフとエルフが喧嘩しだし、他の人によって裏へと連れていかれました。代わりに別のドワーフとエルフが司会役を務めます。
それから、色々な競い合いが行われました。
障害物や魔物が配置されたルートをどれだけ早く走り抜けるか競い合ったり、空中に浮かぶ輪っかに球をどれだけ投げ入れられるかを競い合ったり、聴いてしまうと大笑いしてしまう魔物の大根の鳴き声をどれだけ耐えられるかを競い合ったり。
あと、何度も司会役のドワーフとエルフが喧嘩して、交代させられたり。
ともかく、観客席は興奮した様子で応援したり野次を飛ばしたりしていました。イナサも楽しそうに手を叩いていました。
大盛り上がりです。
「これで盛り上がるのですね。劇やサーカスでもないのに」
「闘技と考えれば、納得がいく。争う誰かを応援するのも、楽しいのだろう。今回は争いというより競いではあるが」
「……そういえばここは競技場と言っておったの。とすると、闘技ではなくこれは競技というのが適切かもしれぬ」
オロシの言葉に私は師匠が昔話してくれた言葉を思い出します。
「『スポーツ大会』や『運動会』みたいなものですか」
「すうぉーすたいちゃい? うんどうちゃい?」
「聞きなれぬ言葉じゃの?」
「どういう意味だ?」
首を傾げる皆に私は師匠の説明をなぞるように、言葉の意味を教えます。
「なるほど。確かにこれは『スポーツ大会』や『運動会』と言えるな」
「ルールによって健全化された競い合いか。いいものじゃ」
「……あちしにはちょっとおむちゅかしいおはなしだったの。おとなへのみちはまだまだなのね」
二人は納得したように頷きました。イナサは少し難しかったのか、まだ小首を傾げていましたが、直ぐに別の競い合い……競技が始まり、そちらに意識を向けます。
しばらくして昼休憩が入り、遅れて観戦にきた母さんやハクメイたちと一緒に昼食を食べました。
昼休憩も終わり、また新・エルドワ合戦が再開されます。
「どっちもがんばえなの!!」
「母さん、負けるな!」
イナサもハクメイも応援に熱が入ります。その様子に私たちも楽しくなって一緒にたくさん応援しました。
いくつかの競技が終わり、残すところ三つとなりました。
「……そろそろ時間だな」
「……そうですね」
面倒です、と内心ため息を吐きながら、最後の競技に出るため私たちは立ち上がります。
その重苦しい雰囲気を別のことと勘違いしたのでしょう。
「や」
イナサがその小さな手で弱弱しく私たちの指を掴んできました。けれど、直ぐに手を離します。
オロシの腕にギュっと抱き着きながら、眉を八の字にしてニコっと私たちに笑います。触れたら壊れてしまいそうなほど脆い笑みです。
「……バイバイなのね。だいじょぶ。あちしはさびしくないの」
「もう……。寂しいと思ってもいいのですよ。それだけ楽しかったってことですから」
「そうだな。それにそんな顔をしているが、今生の別れでもないぞ。観客席でアタシたちを応援してくれると嬉しい」
「おうえん……? パパもママもキラキラのところにいくの?」
イナサが昼下がりの柔らかくも燦々とした陽射しが照らすフィールドを指さします。
「ああ、そうだ。アタシとグフウはあそこで一騎打ちをするのだ」
「最後の、一番の見せ場です」
「いちあん……いちばん!」
「そうだ、一番だ。だから、応援してくれないか?」
「うい! すりゅ! たっくさんおうえんすりゅ!!」
顔を輝かせながら鼻息を荒くして気合を入れるイナサの頭を優しく撫で、私たちはその場を後にしました。
フィールドへと向かいます。
「セイラン。足取りが軽いですね」
「お前こそ。開会式の時は泥沼にハマったかのようだったのに」
「そうでしたっけ?」
私たちはククッと喉を鳴らしました。
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