第5話 買い物と駅
「お前、まさか――」
父が私に気が付きます。最初、その厳しい目は訝しげに細められていましたが、何かに気が付いたのか吊り上げられます。
拳はきつく握られ、立派にたくわえられたひげに隠された口許が震えているのがわかります。
怖かった。
「〝大地の楔よ。彼の者を解き放て――浮遊〟、〝風の衣よ。自由の翼を与え給え――飛翔〟」
「おい、グフウ!」
咄嗟に逃げ出してしまいました。
Φ
「らっしゃい、らっしゃい! 布団の臭いをお日様の匂いにする魔法の魔法書が売ってるよ!! ここでしか買えない特別な魔法書だよ!」
「おいおいおい! そんなんけな魔法書なんかより、こっちの魔法具はどうだい! これで布団を叩けばふっくら仕上がること間違いなし! ふわふわ布団たたきの魔法具だぞ!」
向かい合った屋台で、二つの声が同時に聞こえてきます。もちろん、前者はエルフで、後者はドワーフです。二人とも若いです。まだ成人すらしていないでしょう。
「おい! クソ岩っころ! さっきから私の邪魔をするなっ! 客が離れていく!」
「邪魔っ? おいおいおい。売れねぇのはそんなちんけな魔法書ばっか並べている手前のセンスのなさが理由だろうっ? それすらも分からないのか? ああ、悪い。葉っぱの脳みそが葉っぱみたいにぺらっぺらに薄いのを忘れてたわ!」
「っ! はんっ! そっちだって、そんなちんけな魔法具しばっかりで、閑古鳥がピューピュー鳴いているじゃないか。いや、鳴くのはカナリアか? 唯一の取り柄である魔法具作りも穴掘りのし過ぎで毒が回ってできなくなってしまったのか。いやはや、なんともそれは不幸で哀れな」
「あん、やんのかっ!?」
「そっちこそやんのかっ!!」
両者が店の前まで出て、メンチを切り始めます。酷い罵りあいです。
周囲を行き交っていたり買い物していた人々が、スススッと睨み合う彼らを取り囲むように移動し、観戦の声をあげます。中には賭けを始めるものまで。
……住人たちが手慣れ過ぎている。そして危機感がなさすぎる。
「血祭りにしてやるわ!」
「お前が捧げもんじゃ!」
そしてエルフは魔法で創り出した大地の矢を放ち、ドワーフは手持ちサイズの魔法具の弩で、風を纏った矢を放ちます。
「喧嘩するにしても最低限周りに配慮しなさい。〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
「そうだぞ。危ない」
「っ!」
「なにっ?」
たまたま通りかかった私が〝魔盾〟で大地の魔法の矢を包み込むように受け止め、空から落ちてきたセイランが風を纏った矢を手で掴みます。
「……追いかけてきたのですか?」
「当り前だろう。それにこの子がお前のあとを追いたがっていたからな」
「パパ!」
イナサがセイランの片腕から私の胸へ飛び込んできます。慌てて受け止めました。
彼女は心配そうに眉を八の字にして私を見上げてきます。
「パパ! やなことあるのね? だいじょぶっ?」
「……大丈夫ですよ。ただ、居心地が悪くて、思わずあの場を去っただけです。心配してくれてありがとうございます」
「どういたちまして。でも、あのおじさん、こわかったもんね。しかたない。かくれぼしちゃうの、あちしもわかるのね。うんうん」
分かられちゃいますか。
私は心の中で苦笑しながら、若いエルフの方を見やります。
「往来で魔法を使うには、貴方はまだまだ未熟ですよ。あのまま矢とぶつかっていたら、爆散して周りの人に礫があたってしまうところでした。魔法を防がれたあとのことも考えなさい」
「そっちのお前も同様だ。魔法具で矢に風を付与するのはいいが、付与する風の指向性は十分に指定しろ。さっきのやつは乱雑な風を纏い過ぎていて、ちょっとの衝撃であらぬ方向へととんでいってしまうぞ」
「っ、岩っころが私に魔法の指図とはっ!」
「ッ、葉っぱが俺に魔法具でいちゃもんつけるのかっ!」
激高する両者に、私は魔力を、セイランは闘気を一瞬だけ放出します。両者はそれに驚き、固まります。まるで猫に睨まれた鼠のようです。
少し遠くから警吏が二人やってくるのが見えました。
「あとは、彼らから説教を受けてください」
「アタシたちはこれで失礼する」
「バイバイなのね!」
私たちはその場をあとにしました。
Φ
私たちはそのまま街を散策していました。
「すおい! しかさんがハコにすわってブーンしてるの! あちしもブーンしたいわね!」
山鹿がのっていたトロッコが通り過ぎるのを見て、イナサがは目を輝かせます。
「そうですね。トロッコ乗り場があるでしょうし、行ってみましょう」
「う!」
近くにいたドワーフに場所を聞き、私たちはイナサと手をつないでトロッコ乗り場へと向かいます。
とはいえ、流石は幼い子供と言うべきでしょうか。直ぐにトロッコのことを忘れて、イナサは道中のお店や人などに目移りしていました。
「キラキラさん!」
今はアクセサリーショップで売っていた猫の意匠があしらわれたブレスレットに夢中になっています。
セイランがネモフィラモチーフの腕輪を手に取りました。
「似合うか?」
「ええ、とっても」
「そうか」
満足そうに頷きながら、しかしセイランはネモフィラモチーフの腕輪を棚に戻します。
そして他の腕輪を物色し始めました。
「一つ聞いていいか?」
「いいですよ」
「お前の親父さんは果実酒が苦手か?」
「……ドワーフに苦手な酒はないですよ」
「ふむ。アタシの聞き方が悪かったな。お前の親父さんは果実酒が好きか?」
誤魔化しを許さない質問に少し唇を噛みながらも、四十年以上前の記憶を呼び起こします。
「……好きだったと思いますよ。大使の仕事を買って出たのも、確かエルフの果実を集めて酒を創るためだと聞いた覚えがあります」
「じゃあ、甘党でもあるな。よし、後でブランデーケーキでも作るか」
セイランなりに私と父のことで気を遣ってくれているのが分かりました。
それがとても嬉しくて、けれど気を遣わせてしまった自分が情けなくも思います。父が怖くて逃げ出してしまったのですから、実際に物凄く情けないのですけれど。
しかし、流石にこのままではセイランの隣に立てなくなります。
「……ありがとうございます。必ず、今日中に会いに行きますよ」
「それはよかった」
セイランの優しさに感謝しながら、私は父への訪問を決めました。
同時に私の右手が引っ張られます。引っ張った主は当然イナサです。
「パパもママもなにしてるの? あちしはブーンにのりたいっていったよね。よりみちはダメダメなの! ちょっとまってあげたけど、もうがまんできないのね!」
私たちの手をグイグイとお店の外へと引っ張ります。
貴方がこのアクセサリーショップに入りたいと言ったのですが……。
セイランと小さく苦笑しあいながら、私たちはアクセサリーショップをあとにします。
肩車をせがんできたのでイナサを肩に担ぎあげながら、途中でブランデーケーキの材料を買い、大樹の上に建てられたトロッコ乗り場、つまり駅へと移動しました。
「トロッコの切符、大人二人と子供一人です」
「おう。行き先はどこに……」
切符売り場のドワーフの店員が私たちを見て、目を大きく見開きます。口をパクパクとさせていました。
そんな彼を他所に、私の肩に座っているイナサが私の顔をペチペチと叩いてきます。
「あちしはオトナのおねえさんなの」
「まだまだ子供でしょう」
「むぅ」
拗ねるイナサをあしらっていると、駅地図を見ていたセイランが口を開きます。
「ちょうど調停館行きのがあるな」
「調停館?」
「エルフとドワーフの偉い奴らがいるところだ。オロシたちもそこにいて、そこで落ち合うことになっている。台所もあるだろうし、お前の親父さんもそこにいるだろう」
「分かりました。では、調停館行きの切符をください」
「お、おう……」
我に返ったドワーフの店員が書類の束をペラペラとめくります。
「一番時間が近いのだと、大型トロッコになるがそれでもいいか?」
「はい」
調停館は街の中心ですし、それなりの人数がのれる大型トロッコ用の線路が敷かれているのでしょう。
「ああ、それと喧嘩検定のカードはあるか?」
「喧嘩検定?」
「なんだ、それ?」
「あん、知らないのか? そんななのにか? いや、まぁいい。持ってないなら、料金が割増しになるぞ」
「問題ありません」
「それと、分かっていると思うがトロッコ内での喧嘩はご法度だ。万が一……まぁお前さんたちは大丈夫だな。いや、明らかに大丈夫だと信じられるのがおかしいんだが……」
「はぁ?」
「なんのことだ?」
目の前の光景を信じ切れてないと言わんばかりの口ぶりに私たちは首を傾げますが、ドワーフの店員は取り合いません。
後ろを向いて、小さな棚の引き出しをひいて切符を三枚取り出します。
「四番乗り場だ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「ありがとうなのね!」
切符を受け取り、私たちは四番乗り場にいきます。
「おりる!」
「はいはい」
セイランに目配せして、彼女と一緒に持っていたブランデーケーキの材料が入った買い物袋から手を離します。
そして両手を使ってイナサを乗り場に降ろしました。
「じめんのハシゴさん!」
「イナサ!」
空中にかけられた線路が物珍しかったのでしょう。イナサは乗り場から身を乗り出して線路を覗こうとします。
慌てて彼女の手を掴みました。しゃがんで彼女に目線を合わせながら、注意します。
「線路に落ちたら危ないでしょう! 最悪死んでしまうのですよ! 私の手を絶対に離さないでください」
「……ごめんなさい。わかりましたなの」
イナサは目を伏せながらギュっと私の手を握りました。反省しているようです。けれど、ちょっと落ち込み過ぎかもしれません。
強く言い過ぎたでしょうか。
「イナサ。アタシともギュっとしよう」
「……はいなの」
セイランがイナサのもう片方の手を握りました。また、ニカっと笑いながら一瞬私に目配せしてきました。
「イナサ。じゃあ、次はジャンプだ」
「じゃんぷ?」
「そうだ。せ~ので跳ぶんだぞ。せ~の!」
「う!」
イナサがジャンプします。それと同時にセイランがイナサの手を持ち上げました。目配せで意図を察していたので、私もイナサの手を持ち上げます。
高くジャンプしました。
イナサが目を輝かせ、はしゃぎます。
「すおい! すおいの! うさぎさんみたいにとんだの!」
先ほどの落ち込んだ様子はもうありませんでした。
そしてしばらくして、私たちはやってきた大型のトロッコに乗り込みました。
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