第4話 イナサと国境の街
「パパ! パパなの!」
甘えるように抱き頬をすり寄せてくる黒髪のハーフエルフの幼女。
「グフウ? いつの間に子供を作ったのだ?」
そしてストンと抜け落ちた表情で首を傾げ、淡々と私の顔に手を伸ばそうとしてくるセイラン。
「せ、セイラン。落ち着いてくださいっ! ずっと貴方と一緒にいた私がどうして子供が作れるのですかっ?」
「……………………それもそうだ」
慌てて叫べば、セイランはこちらに伸ばしていた手をピタリと止めました。少しして赤くなった耳の裏をかきながら、頭を下げてきます。
「いや、悪かった。お前がパパと呼ばれて、驚いてしまった。我を失った。そうだよな。お前がアタシ以外のエルフとなんて、万が一にでもありえないよな」
「そうですよ。ともかく、この子の勘違いをどうにかしないと」
未だに「パパ」と言ってはギュっと抱き着いてくる幼女を私は優しく引き離します。
「喜んでいるところもうしわけありませんが、私は貴方のパパではありませんよ」
「それはうそなの! だってくろちゃなの!」
「くろちゃ? ……ああ、髪のことですか」
たぶん父親が黒髪だったのでしょう。それで私を父親と勘違いしたと。
「確かに私の髪は黒ですが、貴方のパパではありません。私はヒューマンではなく、ドワーフです」
「ちあう! パパ! パパはパパなの!」
「ですから――」
「パ~パ! パ~パなの!!」
頑なです。私の言葉は届かないようです。セイランに目を向けます。
「そんな目で見るな」
セイランはしゃがんで幼女に視線を合わせます。
「娘。グフウはお前の父親ではない――」
「ママ!」
「え?」
「ママ! ママなの!!」
ハーフエルフの幼女は、今度はセイランに飛びつき頬ずりします。セイランが慌てます。
「待て待て待て! アタシに子供はいない! おい、グフウ! 違うからな! アタシは生娘だからな!」
……よほど慌てているのでしょう。阿呆なことを口走っています。
私は内心ため息を吐きながら、セイランの落ち着かせるために微笑みます。
「分かっていますよ。大丈夫です。落ち着いてください。それよりどうしてこの子がセイランを母親と勘違いしたのか――」
「みみ! おちょろなの! めもおちょろなの!」
幼女は自分の耳とセイランの耳を交互に指さします。また、自分の目とセイランの若葉色の目も。
なるほど。自分の特徴とセイランの特徴が似ているから勘違いしたのでしょう。
「や、確かに似ているがアタシはお前のママではないぞ?」
「んん! ちあう! ぜったいにママなの! あちしのめはごまかせないの! かんねんするのね!」
「グフウ! どうにかしてくれ! まったく話を聞かない!」
「どうせ私の言葉も聞きませんよ。たぶん、ちょっとしたパニックなのだと思います。落ち着いた頃に誤解を解きましょう。それより……」
私は後ろを振り返りました。
気絶していたドワーフとエルフたちも目を覚ましたようです。
「……っ。大悪魔はっ!」
「逃げましたよ」
「そうか……いや、お前は、お前らは誰だっ? 何故、クソ葉っぱが剣を持っているっ!?」
「それに、何でクソ岩っころが魔法使いの格好をしているのよっ!?」
「悪魔の変装に違いないわッ! ふんっ! そんなトンチキな格好をして間抜けな悪魔だわ!」
「今すぐその子をっ、イナサを放しなさい!」
見たところ全員、若いです。実戦経験が乏しく、悪魔か否かの判断がまだまだできていないようです。
ドワーフもエルフも警戒と殺気を宿した目を私たちに向け、剣や槌、弓や杖を構えますす。
私たちは両手を挙げます。
緊迫した空気が漂う中、ふと一人のエルフがセイランを見て声をあげます。
「あ、貴方、もしかしてセイランっ!?」
「え、あのっ!? でもむさくるしくてダサイ鎧はっ!?」
「そうだ! それに本当にセイランだったら、出会った人を全て射殺すといわんばかり雰囲気を纏っているはずだろう! コイツが議長をぶん殴った狂犬のわけがない! クソ岩っころが我らに土下座するくらいあり得ないことだ!」
「とすると、どっかで毒キノコを食べて精神がやられたんだな! キノコ馬鹿だったからいつかやると思っていたんだ!」
「いや、確かにあの子はキノコ馬鹿だけど歩きキノコ学会の会長をしてるのよ! それはあり得ないわ! やはり悪魔の変装よ!」
「だが、それらしき魔法の気配はしないぞっっ?」
「高度な偽装よっ! せめて魔力さえ確かめられれば……」
エルフたちが騒めきます。
また、ジーっと私を見ていたドワーフの一人が訝し気に口を開きました。
「もしかして、お前さん。玉鋼さんのところのバカ息子じゃ……」
「あの、魔法使いになるとか頭の可笑しなことをいって家出したっていうっ?」
「ああ。あのクソ葉っぱの真似事をずっとしていた頭のおかしいやつだっ! 本当に魔法使いになったのかっ!?」
「そんなわけないだろう! ドワーフが魔法使いになるなんて、エルフが我らに土下座する以上にあり得ないことだ!」
「どうせ真似事でもしているのだ! ヒューマンたちのピエロというやつだ! 頭のおかしいやつがすることといえば、それだと言っていたしな!」
「そもそも鍛えることから逃げた卑怯者が、何者にもできるわけなかろう!」
ドワーフたちも騒めきます。
当然私たちは額に青筋を浮かべました。散々のいわれように、流石に頭にきてしまいます。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
「ハァア!!」
そして私は素早く詠唱をして極太の〝魔弾〟を空に放ち、またセイランは魔法の風を纏わせた大剣を地面に振り下ろしました。
「私はグフウです。魔術師です」
「アタシはセイランだ。戦士だ」
「「……」」
「すおい! パパもママもすおいよ! じまんなのね!」
ドワーフもエルフも魔力探知に優れた存在。私たちの魔力が悪魔のそれではないと理解し、呆然とします。
セイランに片腕で抱かれているハーフエルフの幼女、イナサだけは楽しそうにキャッキャと笑っていました。
それにしても何故私たちに驚いているのでしょう。ここ一年近く、ドワーフもエルフも私たちを探っていたはずなのに。
「……う。ここは」
「あ、おろし! おはようなの! あちしはもうおきてるの! おろしはおねぼうちゃんなのね!」
「っ、イナサ」
ヒューマンの老人、オロシが目を覚ましました。
彼は自慢するように笑うイナサを見て、焦りと安堵の表情を浮かべて駆け寄ってきました。
イナサが親愛の情の目を向けていることから、かなり親しい人なのでしょう。
セイランはイナサを彼に渡しました。彼は震えるようにイナサを抱きしめました。
「……イナサ。よかった。無事でよかった」
「おろし、かなしいの? おとなもそんなときがあるのね。しかたないの。あちしがいいこしてあげるの」
嗚咽をこぼすオロシの頭をイナサは優しく撫でました。
Φ
「イナサを助けてくれたこと、本当に感謝する」
そのこげ茶の瞳には深い感謝が浮かんでいました。
オロシは今までの苦労が滲み出ている皺をさらに寄らせ、厳つい顔をくしゃりと歪めて深々と頭をさげます。
「どういたしまして」
私は微笑み、手を差し出します。
「私はドワーフの魔術師、グフウです」
「儂はオロシ。しがない神官じゃ」
握手します。皺のある手には似合わず、彼の手からは力強さを感じました。
何かしらの武を極めた方なのだろうと思いながら、私は少し離れたところにるセイランを見やります。
「あっちがエルフの戦士のセイランです」
イナサが巨木の前で開催されていた栗鼠のダンスパーティーを見てはしゃいでいました。
そんな彼女を抱きかかえていたセイランが、私たちの視線に気が付いて軽く微笑み手を振ってきます。私も手を振ります。
「……なんと」
「どうかしたのですか?」
オロシが絶句しました。
「いや、すまぬ。ドワーフとエルフがそう手を振り合うのを初めてみたもので」
「ああ。まぁ、顔を突き合わせれば殴り合するような仲ですからね」
私は苦笑しながら、少し先を歩いている人たちを見やります。
ドワーフの戦士とエルフの狩人たちが喧嘩していました。殴り合いまではいきませんが、罵りあっています。
「我が同族ながら、呆れたものですよね」
「儂はそうとは思わぬ」
即座に否定され、少し驚きます。
「罵倒しあってますけど?」
「確かに、普通ではいいものと言えぬ。じゃが、お主らは神々によって互いを嫌い恨むよう創られてしまった。にもかかわらず、罵り合いしかしておらぬ。それどころか、手を取り合い儂らを助けようとさえしてくださったのじゃ。理知と誇りに満ちた種族だと、儂は尊敬している」
彼は私とセイランを交互に見やります。
「じゃからこそ、グフウ殿とセイラン殿に驚いてしまった。まさか、手を取り合うだけでなく、笑い合うことまでできるとは」
「いえ、そんな。私たちだってよく喧嘩しますよ」
「そう卑下するでない。素晴らしいことじゃ。お主らの心がとても優しく強いからこそじゃろう。じゃから、イナサもすぐにお主らに心を許したのじゃと思う」
セイランに「ママ! あちしもおどるのよ!」と言って、栗鼠のダンスパーティーに混じって踊るイナサに、オロシは頬を緩めました。
「……彼女のご両親は?」
「あの子が生まれた直後に流行り病で。儂は彼の両親とは懇意にしておっての。それでイナサを引き取ったのじゃ」
オロシは空を見上げて遠い目をしました。私は小さく瞑目しました。
「う、うぅぅぅわああ~ん!!」
「ああ、よしよし。よしよし」
突然、イナサの泣き声が森に響き渡ります。
振り返れば、セイランが大粒の涙を流すイナサを抱き上げてあやしていました。そのまま私たちの隣に並びます。
「どうしたのですか?」
「盛大に尻もちをついてな。しかも栗鼠が驚いて逃げてしまったのだ。たぶん、痛くて悲しくなってしまったのだろう」
セイランは自分の首元に顔を押し付けて泣くイナサに、仕方なさそうに、それでいて柔らかく頬を緩めます。
それから、前を歩くエルフの一人に大きな声で尋ねます。
「おい、ソヨゴ! アタシたちは今、どこに向かっているのだっ? そっちにはなにもないだろう! それに十八聖葉の重要な会議があるから、早めにエルフの街に向かいたいんだが!」
「え、そんな会議ないっすよ?」
「は?」
「それと最近、こっちに新しい街ができたんですよ」
「はぁ、ドワーフとの国境にかっ?」
セイランが首を傾げます。私も首を傾げます。十年ほど前に買った地図にはそんな街などなかったはずなのですが。
それにエルフの重要な会議がない?
首をかしげつつ、喧嘩しながらも先導するドワーフとエルフたちについていくこと、半日ほど。
大きな城壁が見えました。
「……マジか」
「なんですか、これ」
「すおい! おっきなキさんとおっきなカベさん!」
ドワーフの国とエルフの国に跨るように建てられた城壁は、等間隔に聳える大樹とその間を埋めるように積み上げられたレンガによって作られていました。
軽く魔力探知で探れば、魔法具と魔法による高度な防衛機構が構築されていることが分かります。
私が全力で魔術で攻撃したとしてもその防壁を破壊することはできず、また魔力探知で壁の内側の様子を探ることすらできないでしょう。
いえ、私程度で比べるのおこがましいほどです。例え厄災の魔物や竜が複数襲ってきたとしても、あの防壁を突破することは叶わない。
それはドワーフの魔法具技術だけでは為しえず、またエルフの魔法技術だけでも為しえません。両者の合作であることは一目瞭然でした。
城壁の門には多くの商人や旅人が並んでおり、大きな賑わいをみせていました。
「我らはこっちからだ」
エルフの一人が、城壁の大樹に触れます。大樹に人一人が通れるくらいの穴が生まれました。入り口のようです。
大樹の中は空洞で私たちは螺旋状の階段を昇ります。途中で魔法の気配がしました。
どうやら私たちを調べているようです。妨害もできますが、ことを荒げたくないため魔術師として知られたくない部分だけ秘匿してそれ以外を受け入れました。
四階ほどの高さまで昇ったところで、再びエルフが大樹に触れます。すると、外へとつながる穴が生まれました。
そこはテラスのようになっており、隣に併設された五階建ての金属とガラスの建物と繋がっていました。
「……これは、すごいな」
「そうです……ね」
テラスから街を見下ろします。
ドワーフ特有の金属と石材が連なった建物とエルフ特有の木々が連なった建物が合わさった街並みが、眼前に広がっていました。
建物と建物を繋ぐように植物や魔法の光の橋がかかり、またその間を抜けるように空中にかけられた線路の上を魔法機械のトロッコが通過します。
そこかしこではドワーフとエルフが口喧嘩し、ヒューマンや獣人たちがそれを気にすることなく行き交い、商売をし、笑い合っていました。
その光景に私はもちろん、セイランも絶句していました。
「……お前ら、よく帰ってきた――」
「あ」
そしてテラスに繋がる建物の扉が開き、一人の頑固そうな黒髪黒目のドワーフが現れました。
彼は私の父でした。四十年も経ったというのに、全く変わっていませんでした。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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