第3話 悪魔とハーフエルフの幼女
セイランは自慢の脚力で、私は飛行魔術で、悪魔がいる場所へと急いで向かっていました。
仲間とエルフたちが相当の苦戦をしていることが分かっていたからです。
激しい戦闘の音が聞こえるほどまで近づいた時。
「っ。〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟ッ!!」
「助かった!」
私たちに向かって不可視の刃が豪雨のごとく降り注ぎました。咄嗟に〝魔盾〟を張って防ぎました。
「セイラン、足元っ!」
「分かっている! 地割撃ッ!」
大きな魔力の反応とともに突如として地面の下から邪悪な気配が百近く現れます。それはぼこぼこと這い出ようとしてきます。
セイランは大剣と巨斧を闘気を込めて勢いよく振り下ろします。すると、大剣と巨斧が叩きつけられた場所だけ深く陥没し、それを中心とした周囲の地面が割れて持ち上がり、骨だけの異形が空中に放り出されます。
相変らず無茶苦茶です。
「不死者だッ!」
「聖葬火――〝斉唱〟・〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟!」
嘆きと不変の女神の呪いに囚われた不死者の魂を解放する恩寵法、聖葬火。
魔術陣を展開し、空中に放り出された百の異形の不死者にむかってその終りと流転の女神の祈りを込めた〝魔弾〟を百発、射出します。
〝魔弾〟は全て命中して彼らを貫き、込められた聖葬火が魂を輪廻の星々へと還るかと思ったのですが。
『ご、ごっぉぅをぉをぉぉ……』
「どういうことですか、これは」
この世のものとは思えないほど、おぞましい声で苦しみ藻掻きだしました。
「……これは、悪魔の不死者だな」
「しかし、嘆きと不変の女神は悪魔を嫌っていたはず。そんな彼女が悪魔を利用するとは……」
「だが、事実だ」
セイランが苦しむ異形の不死者の頭部を指さします。そこにはとぐろをまいた角がありました。
それは悪魔の特徴の一つです。
「それに頭蓋骨のこの部分。線が三つある。悪魔の特徴である三本の痣の名残のようなものだろう。あれは悪神の呪いが具現化したものだからな。骨にまで残っていてもおかしくない」
「確かに……だとすると、悪魔の性質に抵抗されて、聖葬火での葬送がむつかしいですね」
「なら、アタシの廻命竜の祝福を込めた闘気を混ぜてみよう」
私たちは手をつなぎ、彼女の闘気と混ぜ合わせながら魔力を練り上げて、魔術陣を展開します。
「聖葬火――〝斉唱〟・〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
そして先ほどと同じように聖葬火を込めた〝魔弾〟を放ち、悪魔の不死者を撃ち抜きました。
次の瞬間、もがき苦しんでいた悪魔の不死者たちは静かになり、また不自然に体を構成していた骨が地面に落ちて散らばりました。
すぐに魔術で散らばった骨を一か所に集め、聖葬火にて灰にします。そしてセイランが風の魔法でその灰を高く舞い上がらせました。
「また、命を芽吹かせろ」
セイランはそういって軽く瞑目し、私は合掌しました。
そして急いで目的の場所へと走った私たちは。
「っ。はぁああ!!」
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!」
「ん? 足止めできなかっただと?」
手に膨大な魔力を集めていた顔だけ骨の悪魔に向かって攻撃をしました。
顔だけ骨の悪魔は驚いたように目を見開きながら飛びのいてセイランの攻撃をかわし、また私の魔弾を濃密な魔力を纏わせた手のひらで防ぎます。
私たちは地に伏したドワーフの戦士とエルフの狩人を守るように立ちます。皆、ボロボロです。致命傷を負ってはいないようですが、どうやら気絶しているようです。
顔だけ骨の悪魔は私たちを訝しがるように目を細めます。
「我はお前らを知らない。ここにいるのはおかしい」
「ドワーフにエルフが国の近くにいておかしくないでしょう」
「いいや、おかしい。調和の作戦にはお前らはいなかった」
顔だけ骨の悪魔はまるで確定事項を語るようにそういい、そしてまた何かを思い出すように手を叩きます。
「なるほど。『ことば』の術師に、『廻命竜』の後継か。だが、やはり十年早い。……そういえば焔禍竜が予定より早く討伐されたと部下から聞いたな。なるほど、勇者の誕生が早まったか。まったく。引きこもりのくせに終りと流転の女神は余計なことをする」
「……どういうことですか?」
「グフウ。悪魔の戯言に耳を貸すな。こいつらは人を騙すために言葉を話す」
「それもそうですね」
人類を破滅させ、世界を壊す悪神。その手先たる悪魔。彼らが人の言葉を話すのは、対話のためではなく私たちを騙し破滅へと導くためだけ。
必要な情報は後ほど魔術で記憶を読んで得ればいい。
私は杖を構え、魔力を練り上げます。そして百を越える魔術陣を展開して。
「〝斉唱〟・〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!」
それぞれの魔術陣から〝魔弾〟を連射します。
顔だけ骨の悪魔がふわりと浮き上がって飛行してかわそうとするので、魔術陣と魔力操作で〝魔弾〟を軌跡を操り、追尾させます。
それでも流石はドワーフの戦士とエルフの狩人を壊滅させた悪魔。全ての〝魔弾〟を難なくよけます。
しかし、〝魔弾〟は攻撃のために放ったわけではありません。
「天閃ッ!!」
「っ!?」
魔力も闘気も隠蔽していたセイランが、顔だけ骨の悪魔が〝魔弾〟を避けた先で待ち構えていました。
私がそこまで〝魔弾〟で誘導したのです。
そして音すらも優に越える速度で大剣と斧を振り下ろしました。その刃は確実に顔だけ骨の悪魔に触れたのですが。
「っ! 後ろだッ!」
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟ッ!!」
「……反応が早い」
瞬間、顔だけ骨の悪魔が私の背後に現れて、不可視の刃を放ってきました。私は念のために準備していた〝魔盾〟を展開し、どうにかそれを防ぎました。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!」
そしてそのまま左胸にある核を狙って〝魔弾〟を放ちますが、顔だけ骨の悪魔が膨大な魔力を放ち、それによって軌道が逸れてしまいます。
そして同時に顔だけ骨の悪魔が消えました。瞬時に少し離れた上空に現れて浮遊します。
「……やはり強いな。数多の悪魔を屠ってきた『廻命竜』の後継は言わずもがな。そちらの『ことば』の術師に関しては天才的だ。基礎攻撃魔法を音すら置き去りにする弾速で放つとは。大悪魔ですらむつかしいことを。発動速度が遅くなければ、我は既にこの世にいないか」
顔だけ骨の悪魔は肩を抉る大きな切り傷と消えた右腕を見下ろしながら、淡々と言います。どうやら軌道を逸らされた〝魔弾〟は顔だけ骨の悪魔の右腕に着弾したようです。
セイランが私の隣に立ちました。大剣と巨斧を構え、深く腰を落とします。
「ふむ。このままでは我はすぐに負けてしまう。仕方ない。しばらくの間、贄は貴様らに預けるとしよう」
「待てッ!」
セイランがダッと地面を蹴って跳びあがり、顔だけ骨の悪魔に大剣を振り上げますが、その前に顔だけ骨の悪魔は消えました。
「チッ。逃げられたか」
「僅かなズレもない瞬間的な転移魔法に、〝魔弾〟の軌道を逸らした膨大な魔力。大悪魔でしょうか?」
「鏡花のフラクトゥアティーだ。十年以上前に戦ったことがある」
「もしかして、例の貴方をフルーア王国に飛ばした」
「そうだ。印象的だった美しい貌が骨で、なおかつ気配が変わっていたせいで分からなかった」
セイランは「分かっていれば、最初の攻撃を躱されないようできたのに」と、軽く舌打ちをしました。
「仕方ありません。それよりも彼らの治療をしましょう」
「……そうだな」
私たちは倒れたいたドワーフとエルフの治療をしました。
「目を覚まさないな」
「どうやら魔法で強く気絶させられているようです。解除はしましたが、目を覚ますのは当分先でしょう。それより……」
私はある方向に目を向けます。セイランも同様の方向に視線をやっていました。
「先にあちらを保護した方がいいようですね」
「だな」
私たちは倒れているドワーフとエルフの周囲に結界を張り、直ぐ近くの一本の樹に触れました。
「いけるか? かなり高度な封印と偽装の結界だが」
「問題ありません。魔力操作自体はナギに負けますが、解析は私の方が得意なのですよ。〝探せ析け解け究めろ。森羅に理があれと信ずれば――魔究〟」
私は樹にかかっている魔法を解析し、〝魔法殺し〟で魔法を解除します。
すると樹に掛かっていた幻影が消え、大きな檻が現れました。中には三歳ほどの黒髪の幼女と白髪のヒューマンの老人が眠っていました。
「ふんっ!」
「相変らずですね……」
セイランが馬鹿力で檻の格子を引っ張り、ぐにゃりと曲げます。人一人が通れるくらいの隙間ができ、セイランは幼女と老人を檻からだしました。
「どうだ?」
「こちらも魔法で気絶させられてるようです。解除します」
魔法を解除しました。同時に幼女の長い黒髪が風になびき、隠れていた耳が見えました。
その耳は長く尖がっていました。
「エルフですか?」
「いや、ハーフエルフだ。耳が少し丸い」
「確かに」
黒髪にセイランが懐かしそうに目を細めます。私は小さく口許を緩ませました。
「ナギを思い出しますね」
「ああ。それにしてもハーフエルフの黒髪か。かなり珍しいな。……だから悪魔の贄として狙われたのか?」
「確かに。エルフに黒髪はいませんし、ナギや師匠で見慣れてはいますけど、ヒューマンの黒髪もかなり少ない。希少性を重視する悪魔の贄としては、高い効力を発揮すると考えられますね。魔力も高いですし」
「ああ、そうだな……ん? 今、お前、賢者ヨシノが黒髪だと言ったか?」
「ええ。晩年はほとんど白髪でしたけど、出会ったときは綺麗な黒髪でして」
「っ、何故それをはやく――」
セイランが驚いた声をあげたのと同時に。
「ん……」
ハーフエルフの幼女がゆっくりと目を開きました。幼いからこそ死なせないために、気絶の魔法は弱めにかけていたのでしょう。
早い目覚めです。
そして彼女は何度か目をこすったあと、その無垢に輝く若葉色の目を私に向けて。
「……ぱぱ……パパ!! あいたかった!」
「え……」
顔を輝かせてそう叫びました。私は呆然としました。
あと、セイランから物凄い殺気が放たれました。
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