第1話 増えてきた喧嘩
「「はぁ~」」
同時にため息が漏れてしまいました。私もセイランも頭を抱えて項垂れていました。
「ご注文の品をお持ちしました」
「あぁ。ありがとう」
「ありがとうございます」
喫茶店の店員が飲み物とお菓子をそれぞれの前におきます。
私は火酒とオレンジのブレンドとキャラメルアップルパイです。セイランはコーヒーと葉っぱ型のチョコレートです。
「珍しいですね。普段はどちらかといえば果物や葉っぱを使ったものを好むのに」
「今はな、とても、苦い気持ち、なのだ」
「……同感です」
絞りだすようなセイランの言葉に私は同意して、キャラメルアップルパイを口に運びます。
この苦みと甘さが酸味のあるオレンジの火酒に合うのです。美味しい。
セイランが睨むような目を向けてきます。
「……そうは見えないが」
「見せていないだけです」
「そうか。まぁ、だが、四十年間家出していたやつの顔とは思えなくてな」
「うっ」
口の中で楽しんでいたものが全て吹き飛びました。
お腹が痛くなっていきます。心を落ち着かせるためにひげを何度も撫でます。
「なるほど。考えないようにしていただけか」
「……楽しそうに笑いますね」
「そうか? だがまぁ、お前はエルフの間でも少々話題には上がっていたらしいからな。普段は偉そうにふんぞり返っているドワーフの大使が、息子が失踪したと泣きついてきたとな」
「……師匠のところにいた時も定期的に手紙は送っていましたし、それに家を出る際に置手紙をキチンと置いたのですよ」
「そうだとしても二十の子供が失踪したら大慌てになるのは当り前だろう」
「……三十で家出した貴方に言われたくないですよ」
「アタシはキチンと両親と議長に了承を貰ったからな。お前のとはわけが違う」
ニヤニヤと笑うセイランを恨めしく睨みながら、けれどふと尋ねます。
「……怒っているでしょうか?」
「怒るよりもまず心配しているだろう。まぁ、知り合いのエルフの話ではかなり怒っていたらしいが」
「……やっぱりここから東に抜けて北側諸国にいきませんか?」
「いやだぞ、遠回りは。それにアタシも国に顔を出さなくちゃいけないからな。議会の連中が煩いのだ」
セイランが深々とため息を吐きます。
「まったく、あのジジババどもは。アタシが一番若いからってこき使おうとしてくるのだ。だいたい、アタシは議席なんぞいらなかったのに、勝手に押し付けやがって」
ここ最近、セイランのもとには伝書鳥が頻繁に訪れていました。どうやらエルフの国で重大な議会があり、絶対に帰ってこいという連絡だそうです。
「「はぁ」」
再びため息が漏れてしまいます。
エルフの国とドワーフの国の両方と接するこのツェーゲルン王国で、私たちは数ヵ月ほど立ち往生していました。国に戻るのが憂鬱だったのです。
「とはいえ、流石に移動しないと不味い。この近辺は魔物が少ないから、冒険者の仕事がほとんどない。一ヵ月過ごせるくらいの路銀しか残ってないぞ」
「誰かさんが競りで千万越えの魔法具を買ったせいですけど」
「お前だって『とても早く話せる魔法』の魔法書を買っただろ。あんなくだらないのに、数百万プェッファーしてるんだぞ」
「全くもってくだらなくないですよ!! 世界を一変させる魔法ですって!!」
睨んでくるセイランに肩をすくめます。
「だいたい、相談なしの千万が何言っても無駄ですよ」
「お前だって相談なしだっただろう! 棚にあげるな! それに、アタシは相談しようとしたのだ! なのにお前が相談なしに魔法書を買ったから、つい! 全部、お前が悪い! だいたい、そのことについてまだ謝ってもらってないぞ!」
「私だって数千万越えの魔法具について謝ってもらってませんけど!」
極彩百魔のダンジョンの攻略やそれ以外の高位の魔物の討伐で得た路銀は既に手元にはありません。ボルボルゼンの討伐で得た褒賞金は言わずもがな。
手元の寂しさに、どんっと立ち上がっていがみ合えば。
「お客様。他のお客様のご迷惑となります」
「「あ」」
冷静になった私たちは何度も頭を下げました。いそいそとスイーツを食して、お店を出ました。
項垂れながら街を歩きます。
「……ここ最近、こういうのが多くないか?」
「……まぁ、はい」
セイランと旅を始めてから最初の一年は喧嘩することも多く、こういうことも沢山ありました。
しかし、それ以降喧嘩は殆どなくなり、一ヵ月に一度あるかないか程度にまで減ったのです。
なのに最近になってまた毎日喧嘩してしまうようになってしまいました。もちろんすぐに仲直りしますが、互いのちょっとしたところが目につくようになってしまい、つい……。
そうなってしまったのには心当たりがあるのです。
「……あれか? まだ、引きずっているのか?」
「……まぁ、まだ寂しいなと思います」
「毎日思うよな」
「はい」
ナギとショウリョウが旅立ったことです。
なんといいますか、それで心にぽっかりと穴があいていまして、それを埋めるのにセイランとの喧嘩がなにかと都合がいいのです。情けない限りです……。
「……だが、流石にだめだよな。健全じゃない」
「ドワーフとエルフとしては、これが健全で伝統的なコミュニケーションだとは思いますが」
「それはそうだがな、ダメだろう?」
「はい。ダメです」
たとえドワーフとエルフが喧嘩で仲良くしてきたとはいえ、私とセイランがそうであるべきではありません。
常に一緒にいるのです。喧嘩ばかりではいずれ疲れてしまいます。そうでなくとも、寂しさを喧嘩で埋めるのは違います。
「よし。じゃあ、寂しさを包み込める楽しいことをしよう。あ、散財は禁止な」
「分かっていますよ」
さっきはそれで痛い目をみました。キャラメルアップルパイが本当に美味しかったのに、急いで食べたせいであまり味が分からなかった……。
自らを恨んでしまいます。
「……やはり各々好きなことをするとかが一番よいのでは?」
「散々やってこのざまではないか?」
「むぅ」
この一年。このような会話がなかったわけではありません。
すぐにお互いに不味いと考え、好きなことに熱中することで問題の解決を図ろうとしたのですが、結局喧嘩してばかりです。
「そもそも各々でやっているからダメなのだと思う」
「と、いいますと?」
「お前もアタシも一つのことに熱中してしまうタイプだからな。相手を蔑ろにしてしまう」
「確かに。セイランったら魔法具の蒐集や読書に夢中でちっとも構ってくれませんでしたし」
「それはお前もだろう。魔術の研究ばかりで、アタシの髪を整えるのを忘れた日だってある」
「貴方だって本を読む邪魔だからと言って、髪を触らせてくれなくて……」
最近のセイランの様子を思い出して、ちょっと恨みがましい目で見てしまいます。セイランも同様の目で見てきました。
深く納得します。
「これはダメですね」
「だろう? だから、二人で楽しめる時間が欲しいのだ」
「私も欲しいです。とはいえ、二人で楽しめることってありましたっけ?」
「……意外とないかもな」
十一年間、共に旅してきましたが、そのうちの九年はナギがいました。案外、二人だけで楽しんでいたことがなかったのです。
「つまり、新しい楽しみを見つけるべきということですね」
「だな。例えば何がある?」
「そうですね……劇の鑑賞とかですか?」
「ああ、劇か。最初に会ったころに行ってから一度も観ていなかったな。じゃあ、今度観にいくか」
「はい……って、そのお金がないんでした」
劇の鑑賞はかなりお金がかかりますからね。こればかりは。
「……考えてみれば、鑑賞系はお金の他にも場所と時間が限られる。手間だな。毎日できる手軽なものを考えよう。二人で楽しめるちょっとしたことがいいのだ」
「すると、ゲームとかですか?」
「お前はずっと負けてしまうがそれでもいいなら」
「っ! 勝てますよ!」
「十一年間一度も勝ててないやつが何を阿呆なことを――」
鼻で笑ったセイランは、ピタリと口を止めて眉を八の字にして目を伏せます。
「いや、悪い。これではまた喧嘩になってしまうな。口が悪かった」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも競争したりするのは喧嘩のもとですね。協力系のを考えましょう」
「協力系か……」
う~んと悩んでいますと、突然私たちのお腹がグーと鳴りました。
「お腹空いたな」
「どこか入りますか?」
「いや、あそこの屋台にいってみよう。かなりの人だかりだしな」
近くの行列ができている屋台を横から覗きました。見たこともないお菓子を売っていました。魚を模したきつね色の練り粉菓子です。柔らかな甘い匂いがします。
「豆と砂糖を煮詰めたような甘さだな」
セイランは近くにいた犬人に尋ねます。
「すまない。これはなんだ? 見たこともない菓子なのだが」
「ああ。『たい焼き』だよ。賢者ヨシノが創ったお菓子の一つさ。最近、あのおっさんがその秘伝のレシピを手に入れたとかで大繁盛さ」
師匠が作ったお菓子……。
私たちは列に並んでアツアツの『たい焼き』を買いました。かじります。中には餡子が入っていました。
「……美味しい」
「同感だ」
一分もしないでぺろりと平らげてしまいました。まだ足りなかったので、もう一度行列に並んで買い、今度はゆっくりと食べます。
「それにしても、グフウ。よく賢者ヨシノのお菓子をナギに作っていたよな。これは知らなかったのか?」
「……知りませんでした」
師匠からはあらゆる料理やお菓子を叩き込まれたのですが、『たい焼き』とやらは聞いたことがありませんでした。
中の餡子の作り方は知っていたのですが……
少しもやっとする心を晴らすために私は苦笑いします。
「いや、まぁ、師匠は新しい料理を沢山創っていましたからね。一つくらい創ったことすら忘れていたのがあってもおかしくないです」
「確かに彼女は料理文化にも大きな影響を残しているしな……」
セイランが少し考え込みました。
「なぁ、グフウ。アタシたちにしか作れない新しいお菓子でも作ってみるか?」
「私たちにしか作れないお菓子ですか?」
「ああ。エルフとドワーフにしか作れないお菓子だ」
「なるほど。確かに喧嘩ばかりの両者が協力して作ったお菓子などこの世にはないでしょうからね。それにお菓子作りは手軽ですし、材料も自分たちで揃えられる。いい案です。では、調理は私が担当しましょう」
「じゃあ、アタシは味付けやレシピだな。まぁ、包丁とか使わなければ調理も手伝える」
「いいですね。ついでに、屋台でも出してみますか? 素人が作ったものなので売れるとは思えませんが、新しいお菓子を作ってみたぞ記念で一週間くらい」
冗談でそういえば、意外にもセイランはのる気で頷きます。
「いいな、それ。そういえば一ヵ月後にこの国の建国祭があったはず。それに合わせて作ってみよう」
「お、ちょうどいいですね」
そういうことで、さっそく新しいお菓子作りをしてみました。
お菓子作りはやってみると楽しい物で、私たちはどんどんとハマっていきました。ああでもない、こうでもないと二人で悩みながら新しいお菓子を考えるのはとても面白かったです。
そうして苦節一ヵ月。
ようやく私たちはエルフの伝統菓子とドワーフの伝統菓子を組み合わせた新しいお菓子を創りました。
そしてそれを建国祭にて売り出してみたのですが……
「おい、そこ! 喧嘩するな、真っすぐ並べっ! ……グフウ! 急ぎで追加分を作れるかっ? もう足りなくなって」
「今やってますっ!」
予想の百倍は近く繁盛しました。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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また更新についてですが、私用で少し忙しいため、これまでの週3投稿から週2投稿へと変更させていただきます。水曜日と土曜日です。十月ごろには週3投稿へと戻したいと考えています。
勝手なところ申し訳ありませんが、これまで通り読んでくださるとうれしいです。よろしくお願いします。




