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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と弟子
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第31話 十年の旅路の果て

 魔術はあらゆる魔法を模倣する。


 けど、それは理論の話だ。


 グフウほどの魔力量があれば、人外の魔法を、焔禍竜の魔法すらも魔術で使うことができるだろう。


 しかし、ナギの魔力量ではとうてい不可能なのだ。それに魔術師としての腕前も演算処理の能力も、ナギはグフウに負けている。


 だが、それでも一つだけ勝るものがある。


 それは魔力操作技術だ。魔力放出をゼロで維持し続けるほどの魔力操作技術はグフウにもないのだ。


 そしてその魔力操作技術は人外である竜や、果てには神々にすら迫るほどのものだった。


 だから。







「…………ァ、ア……グルアァッ!!」


 己の魔法が消されたことに呆然としていた焔禍竜は、理解を放棄することで我を取り戻した。


 目の前の弱い存在がどうやって自分の魔法を消したか分からない。けど、どうでもいい。今まで通り(ほのお)で消し炭にすれば関係ないのだッ!


 そんな考えが透けて見えるブレスがナギに放たれた。


 ナギは避けることもせず真っすぐ焔禍竜に向かって走りながら、目の前に魔術陣を一つ浮かべた。


 そして魔術陣とブレスがぶつかり僅かに拮抗した(のち)、ブレスが消えた。


「そんな魔法、〝魔法殺し(レッシェン)〟で何度だって消してやるですわ!」


 疑いと言葉の神(シニフェールス)さまが世界に遺した『ことば』の形態は二つに分けられる。声と文字だ。


 声――詠唱は魔術の発動に優れている。


 そして文字――魔術陣は発動した魔術の制御(・・)に優れているのだ。


 魔法の本質はイメージと才能。だが、魔法は魔力が世界へと干渉して(あらわ)れる現象でもある。


 つまり魔法も魔術も結果の現象は同一であり、魔術陣は魔法(・・・・・・)に干渉できる(・・・・・・)のだ。


 〝魔法殺し(レッシェン)〟。


 魔法を構成する相手の魔力に自分の魔力を侵入させ、魔術陣によってその根幹を崩して魔法を消す。詠唱の必要もない。


 それはまるで緻密に編まれたドレスを傷つけることなく、構成された糸を全て抜きとるようなこと。


 グフウですら苦難するそれを、ナギは類まれなる魔力操作によって僅かの時間でやってのけるのだ!


「ァ……ガアッ!!」


 ブレスを消されて焔禍竜は再び呆然とするが、己のプライド故か再びブレスを放った。


 ナギはすぐさま 〝魔法殺し(レッシェン)〟でブレスを消し去る。


「〝風よ。あなたを踏み(ウィリデ・)台にしてでも私は(ドゥアエ・)空を跳ぶ――風踏(トレーテン)〟、ですわ!」


 地面を蹴って高く跳んだナギは、風を蹴って更に高く跳ぶ。焔禍竜の頭上をとる。


「グル……」


 焔禍竜はまたブレスを放とうとして、やめた。消されてしまうのではないかと考えた。ようやく学習したのだ。


 だから、まだ見せていない風の魔法や竜だけが使える魔法などを放とうとした。


 だが、判断が遅い。


 既にナギは懐から拳大の金属の球体を取り出して、焔禍竜に向かって落とす。それはナギが作った魔術具。


「〝排除せよ(エントフェルネン)〟・〝冷えろ(カルト)〟・〝浸透せよ(インフィリトリーレン)〟、ですわ!」

「ガァっ?」


 ナギがそう詠唱すれば、途端に魔術具が破裂して光が迸り、周囲の気温が一気に下がる。その副次効果で空気中の水分が凝結して霧が発生した。

 

 攻撃をされるのかと思い鱗に魔力を流して防御力を高めていた焔禍竜はそれに首を傾げながら、ナギに隠密されては駄目だと考えて急いで風の魔法で霧を吹き飛ばした。


 そしてそのまま落下してくるナギに向かって無数の風の刃の魔法を放つが。


「〝聖魔に満たされし(コロル・)透明な輝きは我が祈(セクス・)りに応え意志を示す(ヘルシャ)――硝操(フト)〟、ですわ!」

「グルアッ!?」


 六つの魔術陣が展開され、詠唱が朗々と響く。


 すると、周囲の大地から美しい輝きをもったガラスの破片が浮き上がって、螺旋を描きながらナギの元へと集まり、風の刃の魔法を防いだ。


 それはただのガラスではない。


 ヒダマリ花が群生する大地から作られる特別なガラス。神聖な魔力を宿し、呪いや悪意、果てには魔法を防ぐガラス。


 聖魔ガラスだ。


 焔禍竜の(ほのお)やブレスによって赤熱化して融解(ゆうかい)した大地を、ナギが魔術具で不純物を取り除きながら冷やして聖魔ガラスを作ったのだ。


 そして魔術具に蓄積してあった自分の魔力を浸透させて、キリコから学んだ聖魔ガラスを操る魔法の魔術によって、空を埋め尽くすほどの聖魔ガラスの破片を操る。


 流石に焔禍竜の(ほのお)の魔法は相性が悪くて防げないが、風や竜の魔法くらいなら防ぐことができる。


 焔禍竜は魔法による攻撃を封じられた。


 それを本能的に理解した焔禍竜は、ならばとその巨大な爪を振るう。魔法なんぞ使わなくとも自分ほどの巨体であれば人間など簡単に押しつぶせるのだと言わんばかりである。


「ガアアアアアッ!!」

「チッ。〝風よ。あなたを踏み(ウィリデ・)台にしてでも私は(ドゥアエ・)空を跳ぶ――風踏(トレーテン)〟、ですわ」


 ナギは風を蹴って爪の攻撃を避けて地面に着地する。


 畳みかけるように焔禍竜はその巨体からは考えられないほど素早く回転して、長い尻尾で横なぎをくりだす。


「〝爆ぜる火花(ルブルム・)に弾ける風(ドゥアエ・)よ――爆風(ハプフング)〟、ですわッ!」


 尻尾はとても長く大きい。だから走るには速さが、跳ぶには跳躍力が足りない。飛行魔術では遅すぎる。


 ゆえに、二つの魔術陣を浮かべて自分の足元に爆発をおこす。その強い爆風によって自分を高く上空へと一気に吹き飛ばし、尻尾の横なぎをかわす。


 爆発の痛みに奥歯を噛みしめながら、魔力を唸らせる。


「小さなとげだって体の中では凶器ですわ!!」

「ガアアアッッッ!?!?」


 操っている無数の聖魔ガラスの破片を放ち、鱗が剥がれて肉が見える焔禍竜の背中へと突き刺す。その巨体と比べて細い血管に注ぎ込んだ。


 聖魔ガラスの破片は焔禍竜の巨体に比べて遥かに小さい。だから、焔禍竜はさほど痛みを感じているわけではない。


 だが、どれほど小さかろうが聖魔ガラスの破片は異物なのだ。


 そしてどんなに頑丈な鱗を持とうと、どんなに強靭な肉体を持とうと、竜とて血管や内臓を強化することはできない。生物としての限界ある。


 だから血管に入り込んだ無数の聖魔ガラスは血流にのって血管の壁を傷つけ、ついには心の臓までをも傷つけはじめた。


 恐ろしい痛みが焔禍竜を襲う。その高い生命力故に瀕死にはならないだろうが、しばらくはまともに動けない体になるに違いない。


 それを本能的に理解しているからこそ、焔禍竜は無我夢中でナギを殺そうと攻撃する。屋敷すら簡単に踏みつぶしてしまう巨体で大暴れする。


「ガアアアアアアア!!」

「しまっ、〝魔の光よ。(コロル・)聳えて守れ(ウーナ・)――魔盾(シルト)〟っっ」


 今までの焔禍竜の攻撃は知略や技術のない力押しではあったものの、動きに規則性があった。しかし今の暴れ方はまるで駄々をこねる子供の様なもの。規則性などなかった。


 なのにナギは一目散に逃げずに、今まで通りに攻撃を読んで避けようとしてしまった。判断を誤ったのだ。


 だから、予想外の攻撃に反応が遅れた。その前腕がナギに迫った。


 ナギは咄嗟に〝魔盾(シルト)〟を張る。すぐに破られる。


「あっ、ぁぁっ、あああああっっ!!」


 魔法武具(アーティファクト)のメイド服に魔力を注いで防御力を高めながら、闘気の全てを消費して身体強化をおこないクロスした黒と白の短剣で前腕を防ごうとした。


 だが、その前腕は屋敷ほどの大きさなのだ。それが狼より速い速度で襲い掛かってきたのだ。

 

 想像を絶する痛みが一気に襲ってくる。絶望がナギの心を満たす。


 それでも生きるのを諦めたくないから。光の道を歩みたいから。


「ぁぁぁぁああぁああああ!!!!」


 声にならない叫びをあげた。無謀にも筋肉を振り絞って前腕を押し返そうとした。


 だが、吹き飛ばされる。水面を走る石のように、何度も地面をバウンドした。


 ナギは血の海に沈む。全身の骨が折れ、意識もない状態だ。瀕死といっていい。


 いや、瀕死なのが奇蹟なのだ。普通は即死している。筋肉を振り絞り前腕を押し返そうとしたからこそ、僅かに命を保ったのだ。


 筋肉がわずかな間、その命を長らえさせる。


「グルア……」


 瀕死のナギに焔禍竜は目を細め、大きく息を吸った。


 己が持つ全ての魔力を唸らせて魔法の(ほのお)を作り上げ、腹から肺へ、喉へ、口へ移動させ、そして口の中でため込んで充溢(じゅういつ)させて圧縮して。


「ガアアアアアアア!!!」


 ナギに向かってブレスを吐いた。


 このまま放っておいてもナギがすぐに死ぬと理解していた。


 けれど、焔禍竜としてのプライドがそれを許さなかった。あらゆる生物の魂を滅し、己すらも燃やす(・・・・・・・)(ほのお)でナギという存在そのものを消そうとした。


 そして最大火力のブレスがナギに迫った瞬間、神聖な魔力が立ち昇り。


「……それ…………を…………まっていた……ですわ」


 ナギが意識を取り戻した。血は止まった。傷が癒え、万全の状態に回復した。


 それは聖女の加護。あらゆる傷や病気を癒す神の御業とも言われる恩寵法。シマキの親友への愛。

 

 そしてナギは百近い魔術陣を一瞬で展開し。


「お返しするですわ」

「ガアアアッッッ!?!?!?」


 ブレスを受け止めて球体状に圧縮し、焔禍竜へと放った。


 魔術陣は魔法に干渉できる。


 それは何も魔法の根幹を崩して魔法を消す 〝魔法殺し(レッシェン)〟だけではない。


 その根幹を書き換えることで、相手の魔法の制御を奪うことすらできるのだ!


 例えその魔法が災禍の竜の魔法であっても、神の魔法であっても!!


 それは人類でナギにしかできない術。魔力量が少なくとも、神々にすら迫るほどの魔力操作技術をもつナギだからこそできる魔術。


 〝魔法支配(ヘルシャフト)〟。


 そして球体状に圧縮されたブレスは驚愕する焔禍竜に直撃した。


「ガ……ガァ……」


 重傷は免れなかった。咄嗟にひしゃげた翼で体を守ったものの、半身は焼け(ただ)れていた。


 ナギは地面に黒の短剣を刺して三つの魔術陣を展開する。


「〝大地が常に(フラー)あると思うな(ウム・)かれ。一寸先には(トリア・)堕ちる――落穴(ファレ)〟」

「ガァッ!?!?」


 焔禍竜の巨体を支えれる四本の足。それぞれの足元に落とし穴が作られた。


 その穴はあまり深くはなかったが、しかしそれは重傷を負っていた焔禍竜にとって想定外な攻撃。


 避けることもできずに足を取られた焔禍竜は、ドシンッと大きな音をたてて地面に倒れた。


 大きく土埃が舞った。


 それに紛れてナギは消えた。魔力も存在そのものさえいっさい感じ取れない。


「ガァ…………」


 激痛で思考がままならぬ焔禍竜は焦りながら、ナギを探す。本能が強い警戒を鳴らす。


 ふと、焔禍竜はこれまでナギは上から攻撃してきたことを思い出して、なんとなしに(・・・・・・)顔を上へとあげた。


「グルァ?」


 美しい蝶(・・・・)が、魔術の蝶がその視界に映った。


 ナギは。


「あああああああああああああああ!!!!!」

「ガアッッッッッッッ!!!!」


 空を見上げる顔の真下。


 裂帛の叫びとともに一歩前へと足を踏み出し、ナギは焔禍竜の首元(・・)に黒の短剣と白の短剣を突き刺した(・・・・・)


 そう、刺さったのだっ!!


 腹や足の裏側さえも、竜の全身はその堅い鱗で覆われている。ナギの力では、その短剣では鱗に弾かれてしまうのは周知。


 だが、鱗に覆われていない部分、急所なら別だ。


 それは眼、肛門、そして逆鱗の三つ。


 そう! そこには骨も強靭な筋肉もない。首元の鱗一枚分だけは、柔らかい皮膚しかないのだ!! 


 巨体ゆえに今まで接近すらままならなかったその急所に、今、手が届いたっ!!


「〝高唱(ルード)〟・〝魔の光よ。(コロル・)翔りて(ウーナ・)穿て――魔弾(ゲヴェーア)〟ですわっっっ!!!」


 黒の短剣と白の短剣を触媒に、ナギは残っている魔力を、いやその命さえ振り絞るかのように魔術陣を展開した。


 体の内側から極太の〝魔弾(ゲヴェーア)〟を放った。


「が……………………」


 大きな穴があいて、焔禍竜の首が飛んだ。ゴトリ、と地面に落ちた。


 焔禍竜エルドエルガーは死んだ。


 そして限界を迎えたのだろう。グフウ達から贈られた黒の短剣が粉々に砕け、白の短剣が折れた。


「ケホッ、ケホッ。……あ」


 首から噴き出た焔禍竜の血を浴びてナギは咳き込み、後ろへと倒れた。


 魔力も気力も使い果たし、今にも眠ってしまいそうなほど疲労困憊のナギはそれでも体を無理やり起こした。


 焔禍竜の首に近づく。光を失った黄金の左目は開いていた。


 ナギはそっと手を伸ばし、焔禍竜の瞼を降ろした。そして片膝をついて、胸の前で手を組んだ。


終りと流転の女神(カロスィロス)さま。優しき女神さま。どうか彼の者の魂をお導きください」


 強く怨んでいる。憎んでいる。


 けれど、ナギは己が祭神、終りと流転の女神(カロスィロス)さまに祈る。どうか、焔禍竜の魂が輪廻の星々へと還れるようにと、瞑目した。


 蒼穹の空と東に昇る太陽の下で、ナギは十年の旅を終えた。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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