第28話 結婚式と誉め言葉
極彩百魔のダンジョンがあったフォルトシュリット王国から北へ。ダーリエ王国へとやってきました。
ヒメル大陸の南端に位置していたフルーア王国と違い、随分と暖かく過ごしやすい場所です。
そのためか、冬を越えた季節の今、多くの動植物たちの息吹がそこかしこから聞こえてきます。
隣を見やればセイランが嬉しそうに音痴な鼻歌を歌い、私たちを囲む立派な庭園を眺めていました。咲き誇る数々の花に目をやり、笑みを溢します。
ナギはといえば、私ですら目を奪われてしまうほどの立派な庭園には目を向けず、ケーキやドーナツといったお菓子に夢中でした。ナギらしいです。
「どうですか。私の庭園は」
ガゼボにメイドを伴って一人の若い男性がやってきました。この街の領主の息子です。事前に集めた情報によれば、歳は十九だとか。ナギの二つ上ですね。
ともかく私たちは冒険者ギルドを通した指名依頼で領主の館に訪れていました。面倒なので断りたかったのですが、無理でした。
「いい庭だとは思うぞ。なるべく自然に近づけているようだしな」
「エルフの方にそう言ってもらえるとは、光栄です」
セイランの偉そうな物言いを気にすることなくにこやかに微笑んだ彼は、ナギの方を見やりました。
「そのお召し物。もしかして、貴方がナギ様ですか? お噂はかねがね。お会いできて光栄です」
「はえ? そ、それはどうも……って、すみませんですわ! その、気が付かなくて!」
お菓子に夢中で領主の息子に気が付いていなかったようです。ナギはほっぺにクリームを付けたまま慌てて立ち上がり頭を下げます。
「頭をあげてください。今回は私がお願いをする立場なのですから、どうぞお席にお着きになってください」
「……分かったですわ」
ナギは言われた通りに座り、ケーキスタンドに載っていた残りのケーキを頬張りました。
すぐさまメイドがそのケーキスタンドを下げ、新しいケーキスタンドを置きます。ナギが目を輝かせました。
領主の息子はそれに目くじらをたてたりしません。貴族にしては珍しい人です。
「改め自己紹介を。私はコブシ・ガルデンと申します」
「アタシは戦士のセイランだ」
「私は魔術師のグフウと申します」
「わたしはメイドのナギですわ」
自己紹介も終えたところで、用件を尋ねます。
「それで私たちへの依頼についてですが」
「ああ、そうですね。今回、エルドワ旅団の皆さまには私の結婚式の準備をしていただきたいのです」
「結婚式の準備だと?」
「あの、わたしたちはただの冒険者ですわよ? 領主様の結婚式には、その」
セイランの胡乱な目とナギの不審な目に、コブシは鷹揚に首を横に振ります。
「聖女様と共に極彩百魔のダンジョンを攻略し、歴史的な大水害にみまわれた隣国のカナール都市の復興に尽力したエルドワ旅団の名は我が国にも届いています。特に、賢者ヨシノの後継者たるナギ様の名は今や誰もが知っております」
「いえ、わたしは大魔術師ヨシノ様の後継者ではないですわ」
「いえいえ。賢者ヨシノが作り上げた魔術で闇の精霊の魔法を扱い、人々の心を救った貴方が後継者でなく何というのですか!」
興奮した様子のコブシに、ナギは私をチラリと見やりながら苦笑いしました。
実はこれが初めてではありません。
去年の水害での一件でエルドワ旅団の名、特にナギの名は魔術と共に瞬く間に多くの土地へと広がりました。
当然です。
三日三晩、魔術陣を絶え間なく輝かせながら人々の心を救ったのです。その後も聖棺が届くまで、親身に遺体の捜索に復興の手伝いなどしたのです。
傲慢かもしれませんが、その感謝が多くの人々の耳に届くのは当然だと思っています。私たちの弟子はそれだけ立派なことをしたのです。
それに、その件のおかげで魔術への正しい認知が高まり、いくつかの魔法学校で魔術のことを教えることもできました。
もちろん講師はナギです。私はサポートに徹しました。
ナギはものすごく申し訳なさそうにしていましたが、いいのです。
私は師匠の弟子ですが、だからといってそれが他人に認められる必要はないのです。私が師匠を覚えていればそれだけで十分なのです。
そもそも後継者と弟子は違います。私では魔術をこんな短期間に世間に広めることはできませんでしたから、ナギが後継者でも問題ないと思っています。
師匠に負けないほどの実力がナギにはありますから。
コブシは少し自分が興奮していたことに気が付き、目を伏せます。
「こほん。失礼しました。実はカエイ、私の婚約者が皆さまの『ファン』でして、よく話を聞いていたのです」
「私たちの話をですか?」
「はい。それはもうたくさん。偶然、狼と旅する吟遊詩人の歌を聞いたのがきっかけだったようですが、カエイはちょうどナギ様と歳が同じでして」
「なるほど」
歳が同じですから、深く共感したり感動したりする所があったのですね。
「それに、去年までカエイはそう笑わなかったのです。体が弱く臥せがちだったのもあって、ずっと暗かった。けれど、皆さまの話をし始めてから大変笑うようになったのです。皆さまが希望になったのです!」
コブシは深々と頭をさげました。
「だから、どうか依頼を受けてはいただけないでしょうか! カエイの心に残る大切な結婚式にしたいのです!」
私たちは顔を見合わせました。
「分かりました。お受けしましょう」
「っ。ありがとうございます!」
コブシは満面の笑みを浮かべ、何度も頭を下げました。
Φ
ヒューマンや獣人特有の文化なのか、貴族の慣わしなのか。
ともかく初めて結婚式の準備をしたのですが、思った以上にやることが多かったです。
セイランとガルデン家の料理長と一緒に料理のメニューを考えたり、そのための食材を調達したりして、結婚式当日の料理の手伝いもすることになりました。
また、仕立て屋さんと協力して花嫁のウェディングドレスや新郎の服を仕立てたり、鍛冶魔法でアクセサリーなどを作ったりしました。
セイランは花嫁の肖像画を描いたり、結婚式で行われるイベントについてアイデアをだしたりしていました。
あとは、音痴のくせして教会の子供たちにエルフ直伝の聖歌を教えてたりもしていました。
料理もそうなのですが、彼女は自分ですると下手くそなことに関しては、逆に教えるのが上手だったりするんですよね。不思議です。
ナギは主に私たちの手伝いや、花嫁であるカエイの話し相手を主にしていました。
最初、カエイは酷く緊張しており、ナギは他人行儀でよそよそしかったのですが、次第に二人は楽しそうに話すようになり、時にはナギがカエイに魔術を教えたりもしていました。
そして結婚式当日。春の優しい大空の下で、そよ風が私のひげを揺らしました。
「ナギはドレスでなくてよかったのか?」
「これがわたしの正装ですわ」
ナギがクルリと回ればメイド服のロングスカートがふわっと回り、また蝶のバレッタでまとめられた黒髪が靡きます。
カスミソウのイヤリングを揺らしたパンツドレス姿のセイランは「そうか」と頬を緩めて、少し黙り込んだあとニヤリと私に笑います。
「……久しぶりにその姿を見たが、相変らずだな」
「つまり馬子にも衣裳ってことですね。それはどうもありがとうございます」
いつぞやセイランと一緒に演劇を見に行った時の服を見下ろしながら、私はちょっと意地悪に言いました。
セイランはちょっとバツが悪そうに目を泳がせたあと、不機嫌そうに鼻を鳴らしまして、クルリとパンツドレスを見せつけるように回ります。
「ふんっ。どうだ。アタシは一人でドレスを着て見せたぞ」
「……そうですね。よく一人で着れましたね」
以前苦し紛れにいった事を言われ、ちょっと苦々しく思ってしまいます。
「はぁぁぁ。どっちも綺麗だカッコいいだと素直に言えばいいものを、面倒くさいですわ」
「いや、ナギ。それは違いますよ。決して美しいとか綺麗だとか思っているわけでは!」
「そうだぞ! ちょっと言葉を失うくらいカッコいいとか思っているわけないだろう!」
「……ったく、クソ師匠様たちは。はいはい、分かったですからさっさと教会に入るですわよ」
ナギは私たちに悪態を吐き、教会へと足を踏み入れました。私たちもその後を追って教会へと入ります。
沢山の花が教会のいたるところで咲き、または飾られていました。
その半分はコブシが自分で育てたものですが、残り半分は食料の調達をしていた私の代わりにナギが魔術で創り出したものです。
ちなみに花の飾り付け等々にはセイランが関わっているそうで、彼女らしい上品で調和のとれた美しいものに仕上がっています。
私たちは事前に指定された席に座り、結婚式が始まるのを待ちました。続々と貴族の方々が着席します。
そしてしばらくして、結婚式が始まりました。
「……綺麗ですわ」
「ああ、そうだな」
花嫁を見てナギとセイランがそうポツリと呟きました。
そうして結婚式はつつがなく進行し、新郎と新婦が教会の外に出て皆に祝福されました。
「ちょっと……」
「分かった」
お手洗いで席を外しました。そして手洗いを済ませ、元の場所に戻ろうとして。
「お話、よろしいでしょうか」
「っ!!」
突然、後ろから声をかけられました。慌てて振り返れば、ガルデン家のメイドでした。確か私たちがコブシと初めて会った時に同席していた方です。
しかし、違うのです。目の前のメイドは、けれどメイドではないのです!
それは、そう。まるで――
「神じゃろう?」
「っ!」
それはもう驚きました。絶句しました。
確かに鍛冶と技巧の神とは何度か話したことはありますが、あれはドワーフなら誰にでもあること。親と子が話すのは当然なのです。
けれど、他の神は違います。その言葉をいただけることなど、ないのです。
「じゃが、今、お主は妾と話しておる」
「っ」
「ああ、よいよい。そう膝をつくでない。本人ですら自覚していない聖女の体を借りて顕現しておるのじゃ。今回はお忍びみたいなもの。そう堅苦しくするでない」
「……では、そうさせていただきます」
緊張のあまり声が震えますが、どうにか平静を保ちます。
それにしても、何故顕現なさったのか。
「うむ。お主に礼を言いたかったからじゃ」
「礼、ですか」
……心を読むことについては言及せず、首を傾げます。
「そうじゃ。本来は流転のお気に入りに言うはずじゃったんじゃが、聖霊たちとちょっとチェスをしていたら、いつの間にか居のうなっておった。じゃから、弟子であるお主に会いにきたというわけじゃ」
「……つまり、本来は我が師匠、ヨシノに用があったと?」
「そうではあるが、そうではない。つまりじゃな」
もったいぶるように大きく咳払いして、彼女は言いました。
「我が親友である言の葉の遺産がようやく日の目を見ることができた。その種火を創ったヨシノ、それを継いだグフウ、そして人の子たちに照らしたナギ。その偉業をお主を代表として褒めよう。よくやった」
「っ!」
私がその言葉を聞いて、一番最初に湧きあがった感情は驚愕でした。
「遺産……つまり疑いと言葉の神さまが眠りについたというのは、比喩ではなく」
「む? いやまぁ、いずれは復活するであろうが、世界に強力な『ことば』をいくつも刻み込んだ故な。そう数千年は。じゃから、遺産みたいなものじゃ」
「……そうですか」
魔術が用いる『ことば』。それを御創りになった疑いと言葉の神さまとは、話すことはできないのですか。いずれ、魔術への感謝を述べたかったのですが。
「であれば、妾が伝えておこう」
「……ありがとうございます」
「うむ。それとじゃ。ナギが扱う術。ヨシノのことで流転のが抗議したのもあって多少ルールは緩うなったが、それでも場合によっては神罰が下る。心しておけ」
「……ご忠告、感謝いたします」
「うむ。まぁ、一方に肩入れはできぬが、ナギは妾の聖女の親友じゃからな。応援しておる。伝えておいてくれ」
「はい。一言一句違わずにお伝えておきます」
「よろしい。では、妾はちょっと新郎と新婦に祝福を授けてこよう」
「うぇっ!? いや、それはっ!?」
私が驚いている間に、メイドは、自由と遊戯の女神さまは私の目の前から消えてしまいました。
そして少しして教会の表の方で光の柱が降りたかと思うと、大きな騒めきが聞こえてきました。
それはそうでしょう。直接女神さまから結婚の祝福が授けられたのです。百年に一度あるかないかという祝福です。
けれど、私の意識は既にその驚愕からは遠のき、女神さまがくださったお褒めの言葉をゆっくりと噛みしめていました。ようやく実感が湧いたのです。
ただただ、魔術師を志して、あの時師匠に弟子入りをしてよかったと、思いました。
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少し時は戻って。
「ナギ、一応言っとくがグフウには言うなよ」
「……何をですの?」
惚けるナギの視線の先では、コブシが蒼夢花の花束をカエイに渡していた。カエイはそれはもう泣き崩れるほど、嬉しそうに花束を受け取った。
「アタシにとって蒼夢花は、ただただ大切な花なのだ。救いの花なのだ。他人が勝手につけた意味なぞに、決めつけられたくない」
「……グフウ様だって花言葉くらい知っているのでは?」
「そんな分けないだろう。知っていたら、アタシが拗ねた時や疲れた時にプレゼントしてくれないだろうからな」
「それは、まぁ」
「だから、言うなよ。アイツが花をくれなくなったら、悲しいからな」
「……大丈夫ですわ。言いませんし、グフウ様はどうせ気が付かないですわよ」
「それもそうだな」
セイランは安堵するように、それでいて少し残念そうに微笑んだ。その少女のような微笑みにナギは小さく肩を竦めたのだった。
そして、その後。
突如として天から祝福の光が新郎新婦に降りたことに二人が驚愕したのは、言うまでもなかったのだった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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また、感想があると励みになります。
蒼夢花の花言葉は結婚などに使われる意味です。
カクヨムの方に投稿している設定集にて詳しく記載してあります。




