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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と弟子

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第27話 葬送

 そこはとても大きな部屋でした。部屋の中央には大きな机が置かれ、多くの書類が乱雑に散らばっていました。


 シスターや神父、文官、冒険者ギルドの職員が行ったり来たりしています。


 そんな中、小人(ハーフリング)の女性がピョンピョンと人の合間を縫って私たちの元へやってきました。


「君たちがエルドワ旅団だね。僕は冒険者ギルドのギルド長をしているシズクだよ。今は災害対応を仕切っている。さっそくだけど、君たちに依頼させてもらうよ」


 彼女は机の上の書類の山から紙を数枚引っ張り出しました。


「今、最優先に行われているのが人命の救助。明日で人命救助を打ち切るから、今日中に多くの人を瓦礫の下や河から探さなきゃいけない」

「っ! どうして、明日でっ」


 怒鳴るように叫んだナギに私は首を横に振りました。胸の奥に渦巻くザラリとした暗く嫌な気持ちを見せないように、落ち着いた声音を心掛けて言います。


「大魔術師ヨシノが提唱した災害対応の基本です。人の命はもって三日なのです。それ以上に救助に人員を割けば、今度は重傷者などが助けられなくなります。残っている人員も少ないでしょうし」

「……それは」

「ともかくだ。アタシたちはどこにいけばいい? ここにいる三人とも魔力探知も闘気探知も使える。なんでもできる。できることをさせてくれ。」


 セイランがシズクに鋭く尋ねます。シズクは待ってましたと言わんばかりに紙を私たちに渡してきました。


「今ここに上がってきている救助状況。君たちはそこに書かれている場所にそれぞれいって、人命を救助して欲しい。可能かな?」

「問題ありません。今すぐ向かいます」

「グフウ、待て。一つ質問だ。各地に現場判断ができる者はいるか?」

「いるよ。その紙に名前も書いてある」

「分かった。なら、問題があれば彼らに状況判断を仰ぐことにする。グフウもナギもいいな?」

「はい」

「……はいですわ」


 私たちはそれぞれの指定した場所へと向かいました。


 私は氾濫した河です。河の水は濁っていますが、その様子は落ち着いています。


 小舟に乗って捜索を行っていた冒険者と兵士の方々に状況を伺い、川下に向かって魔術で飛翔しながら、魔力探知と闘気探知を用いて河やその付近を探知していきます。


「……魔術も使いますか」


 水の中の探知は非常に難しいものです。ですから、河の魔物に襲われる可能性も覚悟して探知精度を向上させる魔術を使用します。


 そうして私は河の魔物を排除しながら、生存者を探しました。ずっと、ずっと探しました。


 見つかったのは、千を越える遺体だけでした。生存者は、いません。


 一日が経ち捜索が打ち切られ、私は災害対策本部がある教会へと戻りました。ナギが膝を抱えて座っていました。小さくなったショウリョウはその頭の上で丸くなって寝ていました。


 私より一足先に戻ってきていたセイランが口を開きます。


「ナギもショウリョウも疲れて寝ている。精神的にもひどく堪えたのだろう。お前は大丈夫か?」

「……大丈夫です」

「大丈夫ではなさそうだな」

「貴方も人のことは言えないでしょう。顔色が悪いですよ」

「……ちょっと泥で汚れているだけだ」

「なら、拭いてあげます」


 魔術でお湯を作ってセイランの顔をぬぐいました。顔色は悪いままです。


 私たちはシズクに頼んで教会の一室を借りました。


 ナギをベッドに寝かせ、私とセイランは近くで座って寝ました。隣で眠るセイランの温もりが重苦しい心を少しだけ癒してくれました。


 半日ほど経って太陽が空高くまで昇ったころ、争うような怒鳴り声に目を覚まします。隣を見やれば、セイランとナギも目を覚ましていました。


 寝ているショウリョウを起こさないように私たちは部屋を出て、怒鳴り声のする方へと向かいました。


 教会の入り口付近で多くの人々が集まっていました。


「どういうことだ!」

「どれだけ息子を苦しめれば気が済むんだ! 安らかに眠らせてやってくれ!」

「母さんをこれ以上傷つけないで!」

悪魔(デーモン)の領主を出せ!!」

「人でなし!」

「外道!」


 不安と悲しみと怒りが飛び交っており、兵士や神父たちが言葉を尽くして宥めようとしますが、次第にそれは遠巻きに見ていた避難者の人たちも巻き込んで大きなうねりとなっていきます。


 ついには兵士や神父たちへ手を出そうとする者も現れました。


 私とナギが魔術で人々の心を沈静化させようとして、しかしその前に。


(しず)まれぇぇぇぇ!!」


 肌でありありと感じられるほど、ビリリと空気を揺らす声が放たれました。濃密な闘気が込められたその声に、私たちは一斉にそこに視線を集めました。


 セイランです。耳が痛くなるほど静まり返った中、彼女は全員を見渡して言います。


「アタシはセイラン。エルフが十八聖葉(せいよう)一葉(ひとり)だ! お前たちの陳情、このアタシが聞こう!」


 十八聖葉(せいよう)はあり大抵に言えばとても偉いエルフのことです。それは他国の領主よりも身分が高く、王族と並ぶほどの発言力を持っています。


 普段のセイランはその身分を傘に着ることはしません。そもそも不本意で十八聖葉(せいよう)になったようなので、その身分を嫌っている節があります。


 けれど、セイランはその嫌っている身分を使って、この場を納めようとしました。


 本当に優しい人です。


 一人の犬人の老人が前に出ました。どうやら彼が代表のようです。


「本当にアンタは十八聖葉(せいよう)なのか?」

「本当だ」

「なら、アンタに頼む。妻を安らかに眠らせてやってくれ。領主は、あの領主はあろうことかっ、妻を焼けと言ったんだ! 人でなしの言葉だ! ただでさえ水で苦しんだ妻を今度は火で苦しませろと言っているのだぞ! 領主は悪魔(デーモン)だ! それに反対しない教会も悪魔(デーモン)だ!!」


 何を阿呆(あほう)なことを。火葬は苦しませるものではない。終りと流転の女神(カロスィロス)さまが私たちのために――


「グフウ様」


 ナギの指摘にハッと我に返りました。思わず強く拳を握っていたようです。私はまだまだ未熟でした。ナギに微笑みます。


「……大丈夫ですよ、ナギ。貴方の方こそ大丈夫ですか?」

「……大丈夫ですわ」


 大丈夫ではなさそうです。ひと眠りした程度で疲れが癒えるわけがありませんし、とても嫌な空気にひどく気が滅入ってしまいます。


 ナギの顔色は酷く、吐き気を抑えているのが分かりました。


 老人の叫びをきっかけに多くの人たちが口々にセイランに訴えます。私は彼女に軽く目配せして、私はナギの背中を押してその場を離れました。



 Φ



 借りた部屋のベッドでしばらくナギを休ませていますと、げんなりとした様子のセイランが入ってきました。


「お疲れ様です」

「ああ、疲れた。だからいつものをお願いだ」

「はい」


 私はセイランが感じている辛さが和らぐまで、櫛のその綺麗な金髪を丁寧に梳かしました。


「グフウ」

「分かりました」


 そのショートの髪を編み込み、髪留めでとめます。そして仕上げに魔術で蒼夢花を作り、結った髪に添えました。


「どうです?」

「いいな。ありがとう」


 セイランは嬉しそうに微笑みました。どうやら、辛い気持ちはそれなりに晴れたようです。良かったです。


「こほん!」

「あ、起きていたのか」

「……ずっと起きていたですわよ」


 ベッドで横になっていたナギが体を起こして、呆れとも諦めともつかぬ目を向けてきていました。そんな目を向けられる覚えないのですが。


「体調は大丈夫か?」

「……だいぶ落ち着いたですわ。それより、先の件はどうなったのですの?」

「ああ、そのことか。まぁ、アタシが有無を言わせず選ばせた。だから悪い、グフウ。アタシのせいでお前にたくさん働いてもらうことになってしまった」

「構いませんよ。むしろ、私を頼ってくれて嬉しいです。それで何をすればいいのですか?」

終りと流転の女神(カロスィロス)さまの聖葬火(せいそうか)による葬送と闇の精霊の遺体保存の魔術の二つを頼む」

「今回の死者全員にですか?」

「いや、半数ちょっとだ。残りは司祭たちの恩寵法による祝福やアタシの廻命竜(かいめいりゅう)の祝福を施した火で葬送する」

「それは、グフウ様の負担が多くないですの?」

「ああ、多いのだ。本当にっ」


 セイランは申し訳なさそうに目を伏せ、また苛立ったように呟きます。


「本来、死とは食われることなのだ。食われることもなく防腐処理を施して棺に納めて土に埋めるなんて、自然に、神々に反する行為だ。その醜さが不死神を、嘆きと不変の女神(スリプサイオン)を生んだのだぞ」

「セイラン」

「分かっている。こんな状況で心がいっぱいいっぱいなのは分かっているが、だがそれでも苛立ちを感じてしまうのだ。だって、火葬は終りと流転の女神(カロスィロス)さまが与えてくださった祝福なのだぞ。食われることなく、自然に、輪廻の星々へと還ることのできる優しさなのだぞ。それをあんなに侮辱してっ」


 更にいえば、火葬は嘆きと不変の女神(スリプサイオン)が人類にかけた不死者(アンデッド)になる呪いを簡単に防ぐことのできる葬送なのです。


 もし領主が指示した火葬ではなく彼らが望む土葬をするのであれば、高い恩寵法を授かった司祭が遺体に祝福を施して悪神の呪いを弾く聖棺(せいかん)に納める必要があります。しかも、月に一度その棺に簡易とはいえ祝福をかけなおす必要もあります。


 それが可能なのは裕福な人々か、経済の恩恵を受けられる大きな街だけです。


 それがとてもつもない傲慢であることは確かで、私も苛立ちを感じてしまいます。セイランに注意できる立場ではないのは百も承知でした。


 けれど。


「……それでも、火は怖いですわ。苦しいですわ」


 何かを思い出すように、ナギがそうポツリと呟きました。セイランがハッと顔をあげます。


「ナギ、悪い! そういうつもりでは」

「分かっているですわ」


 ナギは小さく首を横に振り、その黒の瞳に光を湛えて言いました。


「セイラン様、グフウ様。遺体保存の魔術を施すのは、わたしにやらせて欲しいですわ」

「それは……教会関係者はともかく一般人は魔術に無知だ。だから、火葬でも、死神と忌避する終りと流転の女神(カロスィロス)さまの聖葬火でもなく、聖棺が届くまでのつなぎとしての遺体保存を望む者が多い。つまりだな――」

「それでも、わたしはしたいですわ。……向き合いたいですわ」

「「……」」


 真剣なナギの言葉に、私たちは反対することはできませんでした。


「……分かった。遺体保存はナギに任せる」

「ですが、本当に無理だと判断したらすぐに私が交代します」

「ありがとうですわ、セイラン様、グフウ様」


 そして私たちは遺族の望みに応えました。


 ナギは遺体が酷い姿になる前にと考え、寝る間も惜しんで数千を越える遺体に魔術を施しました。


 まるで絶望した人々の心を照らす灯火のように、魔術陣が水に流された街にずぅっと輝きました。


 そうして三日も経てば、大半の遺体保存と葬送が終わりました。


「とりあえず、ひと段落したな」

「……いえ。まだ、水に流されてしまった聖棺も届いていないですわ。それまでは」

「そうですね。シズクさんに復興の依頼もされていましす、それまでは滞在しましょう」


 私たちは数ヵ月近く、この街に滞在して復興の手伝いをしました。


 そして発見された遺体の葬送が全て終えた頃。私たちは旅立ちました。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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