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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と弟子
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第25話 キリコと吹きガラス

 冬に差し掛かった頃、山沿いを進んでいた私たちは唐突に吹き荒れた吹雪に襲われていました。エルフのセイランですら予測できなかった吹雪でした。


「寒い!」

「前が、見えないですわっ!」

「きゅりきゅり……」

「手を繋げ! はぐれたら遭難するぞ!」


 私たちは先頭を行くセイランの手を握ります。


「この吹雪は長く続く! 次の村まで急ぐぞ!」


 急ぎました。


 途中で「我が名は冬将軍! 誉れ高き武人の気配に地獄の底から蘇った! いざ勝負!」と言いながら雪の鎧兜を纏った武者が現れてセイランへと襲い掛かってきましたが、私が魔法で遠くへ吹き飛ばしました。


「……今はアタシとアイツの正々堂々の戦いが繰り広げられる場面だろう」

「こんな吹雪の中、そんな事をされてはたまりません。大丈夫です。倒してはいないので、いずれ貴方の元に来るでしょう」

「それはそれで迷惑な気がするですわ」

「きゅり……」


 ナギとショウリョウは小さくため息を吐きました。


「すみません! 中に入れてもらえないでしょうか!」


 夜になる前に村に到着できました。ひと際大きな家の戸を叩きました。


「……旅人だね。入りな」


 しわくちゃのヒューマンの老婆が家へ招き入れてくださいました。皆で口々に礼を言います。


 ピクリとも表情が動かない不愛想な老婆はふんっと鼻を鳴らし、端的に言います。


「……怠けもののクマ退治で冬越しまで一部屋貸す」

「ありがとうございます」


 どうやら冬眠できなかったクマがこの村に何度も襲撃しているようです。


 私たちは部屋に荷物をおいて、くつろぎます。小さくなっていたショウリョウの頭を撫でていたナギがほっと息を吐きました。


「泊めていただいてよかったですわ」

「しっかりその分働くとしよう」

「ですね」


 その後、老婆――キリコと一緒に夕飯をすませ、私たちは旅の休息もかねて早めに就寝しました。


 次の日。いつもより少し早い時間に目が覚めました。


「ク~~カ~~。ク~~カ~~」

「……まったく」


 もぞっと起き上がって煩い方を見やれば、セイランが壁際でエビぞりしながら寝ていました。


 いつものひどすぎる寝相に呆れながら、起こさないように彼女を抱きかかえて布団に寝かせ、毛布を被せます。


 部屋を出て洗面所で顔を洗い、髭と髪を整えました。部屋に戻ってトランクから着替えを取り出していると、もぞもぞという音が聞こえ、ナギが布団から起き上がりました。


「ああ、起こしてしまいましたか。ごめんなさい」

「……ん。グフウ様、おはようですわ」

「おはようございます」


 私は廊下に出て寝巻から普段着に着替えます。しばらく待っていれば、メイド服に着替え終えたナギが魔術で明かりを灯しながら廊下に出てきました。


「セイラン様はどうするですの?」

「まだ朝早いですし、寝かしておきましょう。それより吹雪もそう酷くはなさそうですし、ちょうどいいので外乱に対しての魔術訓練でもしましょうか」

「はいですわ」


 私は杖を、ナギは二振りの短剣を手に取って玄関へと向かいます。


「あれ?」

「キリコさん?」


 ガラガラと玄関の引き戸が開く音が聞こえました。


 魔力探知で先ほどから起きていた事は知っていましたが、どうやらキリコは外に出たようです。


 まだ夜明け前。それに酷くはないとはいえ外は吹雪です。


 魔力探知の情報からして彼女がそれなりに魔法が使えるのは分かっていますが、ご老体なのも確か。少し心配です。


 私たちは顔を見合わせて、少し早足で玄関に向かって引き戸を開きました。


 ナギの魔術の灯が照らすは無機質で寒々しい闇と凍えるように非情な横殴りの雪だけ。それ以外は何も見えません。


 やはりキリコが心配です。魔力探知を頼りに私たちは彼女を追いました。


「……小屋ですの?」

「工房じゃないでしょうか?」


 玄関の反対側。ちょうど家の裏手の少し先に少し大きな小屋がありました。横開きの扉の前で首を傾げていると、扉が開いてキリコが顔を出します。


 無言でジッとこちらを見てきました。


「あ、あの、決してなにか他意があったわけじゃなくて、その心配で――」

「……」


 ナギが何か言いかけたとき、キリコは興味を失ったかのように小屋へと戻りました。


 大丈夫そうですね。


「私は部屋に戻ってます。ナギはどうしますか?」

「え……わたしは、ちょっとここに残るですわ。心配ですし」

「そうですか。ではキリコに台所を借りると伝えておいてください」

「は、はいですわ」


 私は家に戻りました。


 

 Φ



「し、失礼するですわ」


 ナギは恐る恐る引き戸から小屋の中に入った。感じたのは熱気だった。そちらに目を向けて、言葉を失う。


「……魔法具(アーティファクト)?」


 そこには魔法具(アーティファクト)の溶解炉があった。大きな箱型のそれには小さな丸い扉あり、開いていた。真っ赤な炉の中には夕焼けよりも白く輝くドロドロしたものが見えた。


 そしてキリコは枯れた枝のように細い腕で、中心に穴の空いた金属の長棒を持ち、炉の中へと入れた。


 ドロドロしたものを絡めとるように金属の棒を回した彼女は、淀みなく金属の棒を炉から引き抜いた。


 先端には赤熱化したドロドロの塊が纏わりついていた。それは重力に負けて垂れさがってはいるが、かといって床に落ちるほど液体でもなかった。


 ナギはそれが何か見当がつかなかった。最初は金属だと思ったのだが、どうも違うようだ。


 ナギの困惑を他所に、キリコは高い椅子に寄りかかり左右に置かれた平行の板の上に垂直になるように金属の棒を置いた。


 そして近くの水を浸して束ねた紙を手に取り、先端の赤熱したドロドロの塊に押し付ける。


「危ないっ!」


 ナギは思わず声をあげた。だって、どうみても赤熱したドロドロの塊は熱いのだ。少し離れているナギでもその熱気を感じ取れる。だから、火傷してしまうと思った。


 けれど、そうではなかった。


 キリコは無表情のまま金属の棒をクルクルと回し、赤熱したドロドロの塊を整形していく。


 そして赤熱したドロドロとした塊の端が僅かに透明(・・)になった頃。


「すぅっ」


 キリコは短く強く息を吸い、赤熱したドロドロの塊の反対の金属の棒に口をつけ、その穴に息を吹き込んだ。


 パッポンと音が響き、同時に淡く光る魔力が立ち昇りながら赤熱したドロドロの塊は膨らんだ。


「……聖魔ガラス」


 冷えて分かった。金属の先端についた塊はガラスだ。しかも神聖な魔力を宿し(のろ)いや悪意、果てには魔法を防ぐ特別なガラスだった。


 キリコはその後、冷えたガラスを再び炉の中に入れて溶けたガラスを巻き付け、同じような作業を繰り返した。紙や金属の棒で整形したり、息を吹き込んで膨らませたり、粉々の色ガラスを混ぜこんだり。


 そして数十分後には淡い青色のコップが完成した。


「綺麗ですわ……」


 その美しさにナギは感動し。


「ふん」

「えっ!?」


 キリコは鼻を鳴らしながら手ずから作ったコップを地面に落として粉々に砕いた。


「あ、え、あ。そうですわっ、箒……はここになくてっ、ええっと」

「……はぁ」


 慌てるナギを一瞥して小さくため息を吐いたキリコは、人差し指をひょいっと振る。


 すると粉々に砕かれて散らばったガラスが宙に浮き上がり、近くの木箱の中に移された。


 魔法だった。その橙色の魔力は美しく、聖魔ガラスの破片が魔法に反応してキラキラと美しく煌めいた。

 

 ナギはその魔法に目を奪われた。



 Φ



「……ふん」

「それはよかったです」


 鼻を鳴らしてオムレツを口に運ぶキリコに、グフウが嬉しそうにもじゃもじゃひげに隠された口許を緩ませる。


 どう見てもキリコの表情は不機嫌だったのだが、どうやらグフウは自分が作った朝食が彼女の口に合ったと思ったようだ。


 それがグフウらしくてナギは頬を緩める。チラリと隣を見やれば、セイランが愛おしそうに目を細めていた。

 

 小さく肩を竦めてパンを口に運んだ。


「家の掃除をしても構いませんか?」

「……好きにしな」


 朝食を終えると、すぐにセイランが外に出る。


「じゃあ、アタシは調査に行ってくる」

「いってらっしゃい。魔物には気を付けてくださいよ」

「ああ」


 キリコもすぐさま工房へと向かった。


「グフウ様、ちょっとわたし」

「はい。あまり迷惑はかけないように」

「はいですわ!」


 ナギは心配が八割、興味が二割の心持ちでキリコを追いかけた。


 キリコは工房でガラスを吹く。コップだけでなく、花瓶や皿などを作る。時には魔法具(アーティファクト)のランプも。


 その全てが美しかった。


 見た目だけではない。そこにこもる魔力が美しかった。綺麗だった。


 けれど、キリコは冷たい目と表情で淡々と作ったそれらを割る。そこには感慨も怒りもなく、作業のように聖魔ガラスを叩き割っては魔法でその残骸を木箱に移した。


 それから一ヵ月近くが経った。

 

 キリコは毎日、同じ時間に起きて工房へと向かい、ガラスを吹いた。色々な工具で形を整え、時には魔法を使ったりもする。一言も発することなく、休むこともなくただ淡々とガラスと向かう。


 それはまるで鍛錬のようだった。彼女にしか見えない何かを極めようとしているのだと、ナギは感じ取っていた。

 

 ナギはキリコの邪魔にならないように工房の掃除をしたり、疲れていそうなキリコに水やお菓子を差し入れたりした。


 また、ガラスの材料の採取にも協力した。


 というか、吹雪の中出ていくものだからついていくしかなかった。キリコの代わりにヒダマリ花の根の下の土を掘り起こして持ち帰った。


 そんなある日。


「キリコ婆さん。今、ちょっと……あ、ナギちゃん。ちょうど良かった」

「ポピンさん。どうしたんですか?」


 白髪混じりの黒髪が特徴的な村長のポピンが尋ねてきた。彼女はキリコを一瞥しながら口を開く。


「いやね。例のクマでセイランさんから相談があってね。この村の結界はキリコ婆さんが張ってるから、熊の討伐を行う日の結界の解除を頼みたいんだよ。なんでも、攻撃を管理できないとかで」

「ああ、なるほど。そういえば、どうして破魔の結界が張ってあるですの?」


 破魔の結界は強力な魔物除けの結界だ。ただ強力すぎるが故に、魔物たちの敵愾心を煽ってしまい、凶暴性の高い魔物が襲ってくることがある。


 強力な結界なのでそれこそ災害級の魔物でもない限り突破できないが、破魔の結界が張れる実力があれば、通常の魔除けの結界を張りそれでも対処できない魔物を撃退した方が労力が少ない。


「それは……悪魔(デーモン)を侵入させたくないからだと思うんだ。三十年ほど前、この地域は悪魔(デーモン)の侵攻にあってね。キリコ婆さんはそこで活躍した大魔法使いなんさ」

「……なるほど」

 

 魔法の扱いに優れている悪魔(デーモン)の侵入を防ぐのならば、確かに破魔の結界が一番だろう。


 ナギは納得した。


 それから数日して、グフウ達は凶悪極まりない熊の魔物を村の近くまで誘い出し、討伐しようとしたのだが。


「こい!! 二人まとめて相手してやろう!!」

「ガァアアアアアア!!」

『いざ、参るっ!!』


 その直前で雪の武者が乱入し、更に何故かセイランが大剣と巨斧を放り出して素手で熊と雪の武者と殴り合いを始めてしまったのだ。


「セイラン! 何アホやってるんですかっ!」

「グフウ様は熊をお願いするですわ!! アタシは武者を――」

「やめろ! これはアタシの死合(しあい)だ! この熊っころも武者もアタシに挑んできているのだ! ここで戦わなくては戦士の名折れ!」

「んなこと言っている場合ですかっ!」

「ハアアアアア!!」


 グフウの突っ込みを無視してセイランは殴り合いをする。


「……はぁ。ナギ、放っておきましょう」

「え、でも」

「いいんですよ。もう、まったく」


 グフウは呆れた様子で座り込んだ。迷っていたナギもため息を吐き、遠巻きに様子を村人たちに声をかけにいった。


 半日が過ぎて、セイランだけがそこに立っていた。二つの亡骸の前で、祈り手を組んでいた。


 そして吹雪が晴れた。どうやら、雪の武者が吹雪を生み出していたようだった。


 

 Φ



 翌日。  


「すぅ!」


 キリコがガラスに息を吹き込み、魔法で作った霧をガラスにかけながらコテでガラスを成形する。


 その様子をナギはじっと見ていた。


「……魔法が好きか?」

「え」


 今までキリコがナギに話しかけることはどなかった。ずっと無口で、たまに鼻を鳴らすだけだった。


 だからナギは唐突に尋ねられて驚き、呆然としながら答えた。


「……ほどほどですわ」


 それは本心だ。


 ナギはグフウほど魔法が好きでもないし、魔術を愛してもいない。


 ただ、コチお姉さまが好きだったから、彼女が好きだった魔法が少し好きなだけ。グフウを敬愛しているから、魔術を少し愛しているだけ。


 たまたまで、強い思い入れがあるわけじゃない。


「……ふん。あたしもほどほどさ。嫌いではないが、そんなに好きではない。大切な人が好きだっただけさ」


 キリコはナギをみた。


 その冷たく、けれどどこか温かみのある目はナギを真っすぐ見つめていた。


「だが、全てを失ったあとじゃ、それだけで十分さ」

「それはどういう……」


 ナギが問い返すが、キリコはそれに答えなかった。無言のままだった。


 蒼のガラスが膨らんだ。


 それから数日後。ナギたちは玄関の前でキリコに頭を下げた。


「お世話になりました」 

「助かった。感謝する」

「ありがとうござましたですわ!」

「……ふんっ」


 キリコは不機嫌そうに鼻を鳴らし、玄関の扉をしめた。


 グフウたちは少し苦笑いしてもう一度深く頭を下げ、他の村人に挨拶をして村を出ようとした。


「ちょっと待ってくれ!」

「ポピンさん。どうしたんですか?」


 ポピンが慌てて追いかけてきた。


「これをナギちゃんに。さっき渡されて」

「……コップ?」


 ポピンの手には美しい蒼色のグラスがあった。それが誰が作ったか、すぐに見当がついた。


 驚くナギにポピンは遠くを見るように目を細めて言った。


「たぶん、懐かしかったんだと思うよ」

「懐かしかった?」

「キリコさんの旦那さんはずうっと昔、ガラス職人だったんよ。キリコさんは小さな息子さんと一緒にそれを見守ってた。ナギちゃんのようにね」


 ポピンはナギにグラスを渡した。


「だから、大切にしてね」

「……はいですわ!」


 ナギは大事そうにグラスを鞄にしまった。


「キリコさんによろしく伝えてくださいですわ! では、またねですわ!」


 ナギたちは旅立った。

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。

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