第20話 救助と食事
夜の街を全速力で駆けるナギ。その後ろを追いかけます。
「ナギっ。どんな記憶を読み取ったのですかっ?」
「シマキ様が子供と一緒にダンジョンにっ! 隠しトラップが二階層にあったのですわ!」
「アタシが知らない隠しトラップだとっ!」
「……」
セイランが「クッ」と顔を歪めます。隠しトラップに気づけなかったことが悔しかったようです。
空気読めよ、とツッコミそうになりますが、グッと我慢します。叱るのはあとにしましょう。
ともかく、どんな手段で悪魔がシマキと子供を罠に嵌めたかは分かりませんが、シマキがピンチなのは分かりました。
街の屋根を伝い、ダンジョンに一直線で向かいます。
「っ、こんな事態なのにっ!」
ナギが足を止めました。視線の先には聖騎士たちがいました。呑気に屋台でおでんを食べていました。
ナギが屋根から飛び降りて、怒鳴りこみます。
「貴方たちの仲間がピンチなのになにしているですのっ!!」
「「「え」」」
聖騎士たちはキョトンと間抜けな顔を浮かべました。互いに顔を見合わせ、少し首を傾げます。
その顔を見れば分かります。彼らはシマキを仲間とすら見ていないのです。聖女は聖女。それ以上でもそれ以下でもなく、ただただ畏れ敬うだけの存在。
「……はぁ」
静かな呆れと怒りがナギの口から漏れました。
「ナギ。そんなやつら放ってさっさと行くぞ」
「……そうですわね」
聖騎士たちをおいて私たちはダンジョンへと移動し、乗り込みます。一階層を十分程度で走り抜けた私たちはそのまま二階層へと降ります。
「こっちですわ!」
ナギが隠しトラップの場所まで先導します。
そこは大広間でした。歴史に名を残す悪魔たちの悪逆非道が壁一面に壁画として描かれています。
ナギは壁画に近づき、ペタペタと色々なところを触って壁画に魔力を流していきます。
「ここをこうして……」
「隠し部屋があったとは。何故、気が付かなかったっ」
ガガガッと音が響いて、壁の一部が地面に下がります。奥へと繋がる通路が現れました。その通路を進めば、一見普通の扉が私たちの行く手を阻みました。
ナギが手で制止しします。
「セイラン様、グフウ様。手を握ってくださいですわ。隠し部屋に繋がるこの扉には転移のトラップがしかけられているですわ。シマキ様たちは冒険者に扮した悪魔たちに騙され、転移させられたのですわ」
「なるほど。では、ワザと罠を発動させればいいんですね」
「はい。ですが、転移した先がどうなっているかは……」
「大丈夫だ。アタシとグフウがいる。何があっても対応してやるさ」
「ですね。悪魔王が待ち構えていようが問題ありません」
私たちは頷きあい、そして一斉に扉に触れました。
邪悪な光が私たちを包みました。そのあまりの眩しさに瞑ってしまった目をゆっくりと開けるとそこは見覚えのない場所で。
「皆、アタシの後ろにっ!」
「ガアアアアッ!」
同時に狼にも似た巨獣がハンマーのような鉱石を纏った尻尾を振り下ろしてきました。
セイランは目にも留まらぬ速さで大剣と巨斧を抜き去って、ハンマーのような尻尾を受け止めます。
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟!」
「ガウッ!」
狼にも似た巨獣は身軽に翻ることで私が放った〝魔弾〟をかわします。そのまま空中で魔力を昂らせて、私とセイランに向かって口から炎を吐こうとして。
「ハァッ、ですわ」
「ガアアッ!!??」
魔力も闘気も消して隠密していたナギが狼にも似た巨獣の首元にまで跳んで、喉元に黒の刀身の短剣を突き刺します。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟、ですわ!」
「ガアアアッ!」
突き刺さった短剣から〝魔弾〟を発射。狼にも似た巨獣の体内の魔石を撃ち抜きます。
塵となって消えました。
「セイラン様っ!」
「今探している。落ち着け」
魔力探知にシマキの反応はありません。ということは、この階層にはいないということ。
ダンジョンの各階層が空間的に独立している以上、魔力探知でシマキがいる階層を探すのは不可能です。
だからこそ、セイランの追跡能力にかかっています。
「シマキの聖気の痕跡を見つけたっ。こっちだ!」
セイランが集中しながら痕跡を追います。私とナギはセイランが追跡に専念できるよう、魔物や罠を素早く排除していきます。
そして下階層へと足を踏み入れれば、魔力探知にシマキと一つの弱弱しい魔力、そして数十の強大な魔力の反応がありました。
魔物に襲われているのです。
「ハアアアアア!!」
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟!」
「〝高唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟、ですわ!」
罠の誤作動を誘発したり破壊にかなり魔力と体力を消費したりするため普段はしませんが、一刻を争う事態です。
なりふり構わず、行く先を阻む壁は全て破壊して、魔力反応のある方角へ向かって一直線に走ります。
そしてたどり着いた先では。
「「「「「「「タツタツタツッ!」」」」」」
シマキと幼い男の子が、竜のような馬のような魚のような可思議な三つ首の魔物、二十体に襲われていました。
直立してふよふよと浮く三つ首の魔物たちは筒状の吻から雷を放ち、恩寵法で張られた結界を貫き、男の子を庇うように抱きしめるシマキの背中を焼きます。
「グッ」
「せ、せいじょさまぁっ!」
「だいじょうぶ。わたくしは聖女よ。こんなのなんともないわ。だから泣かないの。男の子でしょ」
シマキは恩寵法でただれ落ちた背中を治癒し、泣きじゃくる男の子に優しく微笑みます。
もう何度も雷で貫かれたのでしょう。純白の修道服はボロボロで、シミ一つない白い肌が見えていました。
「「「「「タツタツタツタツ――」」」」
そして三つ首の魔物がもう一度雷を放とうとして。
「コチお姉さまッッ!! 〝憎しみの火打石。カチカチ鳴らせ。火種を燃やせ――憎煽〟っ!」
「あ、バカッ」
「〝共振〟、〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟ッッ!」
ナギは酷く冷静さを欠いており、防御の仕草も取らずに敵意を集める魔術を行使しながら、一直線に三つ首の魔物たちに向かって飛び出しました。
シマキたちに向かうはずだった幾条もの雷が、ナギへと放たれました。
私はシマキ達の前に張るはずだった〝魔盾〟をナギの周囲へ移動させ、雷を防ぎます。
「ハアアアッ!!」
「「「「タツタツッ!?」」」」
ナギは縦横無尽に暴れまわります。
本来、前線を張るのはセイランの仕事です。私が魔術でサポートし、ナギがその隠密能力と魔術で敵をしとめる。それがパーティーでの戦いの役割です。
しかし、今はそれが崩れている。
「ったく。戦いで冷静をかいては駄目だと何度も言ったはずなのに。まぁ、いい。グフウ、援護とシマキ達に流れ弾がいかないように守っておいてくれ」
「了解です」
ダッと地面を蹴ったセイランは大剣と巨斧を三つ首の魔物たちに振り下ろします。
私は〝魔弾〟でナギとセイランを援護しながら、〝魔盾〟で三つ首の魔物たちが放つ雷からシマキたちを守ります。
数分して三つ首の魔物たちを全て倒し終えました。
Φ
「こっちの結界処理は終わりました」
「……こっちも聖浄の結界を張ったわ」
シマキ達を保護した私たちはすぐに帰還の魔術でダンジョンから脱出しようとたのですが、なんとこの階層には外部から内部への転移の防止のみならず、内部から外部への転移の防止魔法も施されていました。
一つ上と下の階層も軽く調べましたが同様の魔法がかかっていました。
解析にかなりの時間を要するので、転移による早期の脱出は不可能と考えていいでしょう。
また、シマキや男の子はもちろん、考えなしに暴れたナギもだいぶ疲れています。私もセイランもそれなりに魔力や闘気を消費しました。
なので、今夜はダンジョン内で休息を取り、明日上階へ向かうことにしました。
「獲ってきたぞ!」
準備もせずにダンジョンに潜ったため、調味料はともかく食料はありません。なので、セイランとナギが現地調達してくださいました。
セイランは気絶している五匹の三つ首の魔物を、ナギは手足と口を持ち『ボォォォォーーー』と低く唸っている五匹の絶叫人参という魔物を両手に抱えていました。
それを見て、ナギの予備の服を着たシマキが慄きます。
「ま、待ってよ。その魔物を食べるのっ?」
「当り前だろう。他に何を食うというのだ。それにドラークバスタードは珍味として有名でな」
「ドラークバスタード?」
「こいつのことだ。三海駒とも言うな」
「へぇ……って、それはどうでもいいわ。それよりダンジョンの魔物は倒せば塵になるんじゃない、の……?」
恐る恐る首を傾げたシマキに、セイランはあっけらんと頷きます。
「だから殺してないだろう? 殺す前に体内に取り込めば、塵にならないのだ。つまり食える」
「い、いやぁああああっ!!」
シマキが悲鳴をあげました。私の寝袋で寝ていた男の子がゆっくりと目をあけます。
「……せいじょさま? なにかあったの?」
「っ。な、何でもないわ。大丈夫よ。ご飯ができるまで休んでなさい」
「ん……」
酷く疲れているのでしょう。シマキに優しく頭を撫でられて、男の子はすぐに寝息を立てました。
「静かに作るか」
「じゃあ、貴方は包丁を握らないでくださいね」
「浮炉石の火加減の管理をお願いするですわ」
「……分かっている」
妙に張り切っていたセイランに注意すれば、彼女は少し拗ねたように魔法で空気中から水を生成して巾着袋から取り出した鍋に注ぎ、浮炉石に魔力を込めて火にかけます。
それを尻目に私とナギはそれぞれの魔物に痛覚麻痺の魔術をかけ、魔石を傷つけないように魔物を解体していきます。
もちろん魔石を傷つけずとも魔物は生き物でもありますので、血を流し過ぎたりすると死んでしまいます。
ですので、その都度回復魔術をかけて傷口を塞ぎ、死なないギリギリを見極めながらお肉を切り離すのです。
ナギも絶叫人参を切っていました。植物系の魔物は体のほとんどを欠損しても魔石が無事だと問題ないので、私よりも早く解体を終えていました。
一口サイズに切った三つ首の魔物の肉と絶叫人参を順番に鍋に入れて煮込み、手持ちの香辛料などを入れます。味付けはセイランが担当します。
スープの完成です。
「乾パンがありましたよね」
「ちょうど人数分あるですわ」
夕食は香辛料たっぷりの人参と三海駒のスープと、乾パンです。
「……ごはん」
スープの匂いに誘われたのか、男の子が目を覚ましました。グーとお腹を鳴らします。
お椀とスプーンを用意して、食事にします。
「いただきます」
「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受する」
「「「神々よ。願わくば我らを祝し、また御恵みによりて食す賜物に慈悲と祝福をお与えください」」」
スープに乾パンを付け、口に含みます。美味しいです。
「……美味しい」
「それはよかったですわ」
「たくさん食べろよ」
今まで顔色が悪かった男の子もスープを飲めばほっと紅い頬を緩めました。ナギとセイランが彼の頭を撫でます。
「貴方は食べないのですの?」
「う……」
シマキは顔をしかめながら、スープが入ったお椀を見下ろします。どうやら、スープを食すのを躊躇っている様子。
どうしてでしょうか? 美味しいのに。
私もセイランも首を傾げてしまいます。
「……はぁ、これだから師匠たちは。シマキ様、お肉と人参は避けても構わないですわよ。それは仕方ないですわ」
「っ! た、食べるわよっ」
「……今回のは挑発じゃないですのに」
シマキは覚悟を決めた表情でスープを口にしました。
「んっ! 美味しっ! お肉はホロホロしてているし、人参は甘みがある! そこにコクのある香辛料がパンチを利かせてて、何よこれ! 絶品じゃない!」
目を真ん丸くしたシマキは、勢いよくスープを飲みます。
それに煮込みを担当した私も味付けを担当したセイランも満足そうに頷きました。
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
十分もせずにスープを全部平らげました。
そしてその後、瀕死状態で生かしておいた三海駒と絶叫人参を塵に帰して、一拍と一礼をしました。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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