第15話 キノコのダンジョン
二年が経ちました。ナギは十二歳になりました。すっかり私と身長が並んでしまいました。
「やはり一階層のやつは弱いな」
セイランはキノコの手足を生やした体長四十センチほどの歩きキノコを蹴とばし、ひっくり返った歩きキノコの足を持ち上げます。
私たちはネーエルン王国から二つ北に進んだ国、フォルトシュリット王国のキノコ系の魔物しかでないダンジョンに来ていました。
「じゃあ、ナギ。いつも通り解説していくぞ」
「え、セイラン様……その生きているのですけど」
「ダンジョンの特性上、そうじゃないと解説できないからな。とはいえ、こうも動き回っていると説明しにくいし」
セイランがダンジョン酔いでひざをついていた私を見やりました。
「コイツに失神の魔術をかけてくれ」
「人使いがあらいですね……〝記憶よ、感覚よ。心の全てに時間の断絶を――失神〟」
四つの魔術陣を展開して魔術を行使すれば、ぴちぴちと跳ねていた歩きキノコが動かなくなります。
セイランは屈んで歩きキノコを地面に置いて話し出します。
「ナギ。何度も言っているが、例え魔物や竜であってもそれが魔法的な防御で守られていない限り、生物的な弱点がある。構造というやつだ」
「つまり、歩きキノコにも刃が通りやすいところがあるということですわね」
「そうだ。グフウの料理を手伝っているだろう。どこが刃が通りやすいか、どうすれば切りやすいか分かるか?」
「たぶん」
「なら、やって見せろ」
ナギは黒の刀身の短剣を取り出し、歩きキノコの茎の部分にブスッと突き刺さして縦方向に切ります。
「これでいいのですの?」
「ああ、正解の一つだな」
「一つ?」
「ああ。歩きキノコに限らず、キノコ系の魔物の茎は縦に切りやすくなっている。が、戦闘中に茎を縦に切るのは難しいのも事実だ」
セイランは背負っている大剣や巨斧に触れます。
「縦に切る方法として考えられるのは武器を振り下ろすことだ。しかし扱う武器が大きい場合は、振り下ろすとキノコの傘の部分に邪魔される」
「……短い武器の場合は、茎に刃が通っても刃渡りが短いから致命傷にはならないということですの?」
「そうだ。特に植物系の魔物は痛覚が鈍く、ちょっとの切り傷では意味が無かったりもする。つまり、そもそも切るという攻撃自体があまり効果的ではないのだ」
なので、とセイランは懐から短剣を取り出し。
「傘と茎の間。歩きキノコはどんな種でもここを上向きに突き刺すと」
「あ」
ぱきんっと音が鳴り、歩きキノコが消えました。
「魔石に傷がつき、死ぬ。植物系の魔物は魔石が脆いのだ。ちょっと外部から衝撃が加わるだけで、すぐに砕けてしまう。殴るでもいいな」
「なるほど。けど、小さいキノコならともかく、大きなキノコの場合はどうすればいいのですの? わたしでは魔石まで絶対に衝撃が届かないですわ」
「そこを補助するのが魔術だ。グフウから沢山教わっているだろう? 色々と試してみなさい」
「分かったですわ」
ということで、私たちはキノコダンジョンを進みます。湿気のある岩肌がむき出しの大きな洞窟を歩き、下の階層へと降っていきます。
ダンジョンには魔法で創られた武具や金銀財宝などはもちろん、魔物が多く存在します。
一攫千金も夢ではなく、多くの冒険者がダンジョンに挑むのです。
とはいえ、このダンジョンは既に攻略済みであり、キノコ系の魔物しか出ないこともあって、そこまで冒険者はいないのですが。
そして一週間後。私たちは十階層、ダンジョンの最下層にいました。
多種多様のキノコが襲い掛かってきます。
「〝魔は万物の根源となりて、炎の奔流に蠢け――奔炎〟」
「ぐ、グフウ様。助かったですわ!」
キノコ系の魔物は弱いとよく勘違いされますが、実際はかなりの難敵です。
暴力的な単純な強さはそこまでではないものの、菌糸や胞子を用いた毒系統の攻撃や仲間との連帯がかなり厄介です。
今も、地面に張り巡らされた菌糸にバチバチと紫電を奔らせながら、ナギに向かって仲間と一緒に肺を麻痺させる毒の胞子を放出しようとしました。
歩きキノコの一種、王水茸という強酸の液体を散らすシメジに気を取られていたナギはそれに対処できません。
なので私は四つの魔術陣を展開し、杖の先端から炎を放出して、毒の胞子を焼きつくします。
「ナギ。貴方の武器はその隠密能力です。敵に一切自分の居場所を悟られてはいけませんよ!」
「でも、こいつら、魔力や闘気を隠蔽しているのに、わたしに意識を向けてくるのですわ!」
「その何故を自分で考えるのが貴方の課題です! 大丈夫。絶対に守りますから、何度も失敗して学びなさい! 冷静に考え続けなさい!」
「……分かったですわ!」
メイド服の裾をなびかせながら素早く動き回りながら、ナギは色々な魔術を試します。
ここにいるキノコはどうやって自分の居場所を把握しているのか。どうすれば、彼らから隠れることができるのか。
自分で学んだこと、セイランや私から教わったこと、この場を観察して分かること。様々な事を考慮して、あらゆる手段を試します。
ナギは魔物との戦闘経験が少ないです。つまり、戦闘を行いながら『未知』と対処する能力が低い。
事前に魔物の知識を集めておくことは重要ですが、それでもどうしようもない『未知』というのが存在します。
特に魔物は訳の分からない魔法を使ってくることが多いので、それが顕著です。
そして、その『未知』への対処が遅れれば遅れるほど、自分の命を危険に晒すことにもなります。
だから、早めに『未知』に対処する必要があるのですが、これは経験とセンスが物を言います。
戦闘経験が高いと『未知』の具体的な内容が分かっていなくても、なんとなく対処法を編み出す、なんていうこともできたりします。
それがセイランがよくいう直感です。……まぁ、彼女の直感はそれでは説明できないほど異次元な部分もありますが。
ともかく、ナギの戦闘経験を増やし、『未知』への対処能力を向上させるために、私たちはダンジョンに潜っていました。
Φ
「とはいえ、ここではその戦闘経験にも限界がありますよ。キノコしかいないのですから」
大多数のキノコの魔物を倒し終え、失神させた魔物の一部を食材として調理しながら、私は「キノコだっキノコ! キノコパーティー!」とよだれを垂らすセイランにジト目を向けます。料理を手伝っていたナギも同様です。
それに気がついたセイランは少し恥ずかしそうに頬を赤くして、咳ばらいをします。
「こ、こほん。分かっている。次はそれなりに広く深く、色々な魔物がいるダンジョンを攻略しよう」
「で、そのダンジョンの目星はついているのですの?」
「いや、まだ。せっかくダンジョンに潜るなら攻略されてないところがいいのだが、ここらでは十年以上新しいダンジョンが出現していないしな」
「いいことじゃないですか」
ダンジョンなんて百害あって一利なしです。さっさと攻略されて、萎んでいくのを待つのが一番です。
「相変わらずドワーフはモグラのくせにダンジョンに辛らつだな。お前らの大好きな金銀財宝に魔法具がでてくるというのに」
「鍛えられぬそれらになんの価値があるというのですか?」
「そりゃあ、どんな魔法であれを為しているかという興味だが。ダンジョンの魔法は未だ人類が到達できない素晴らしいものばかり。魔法バカのお前も探究心がそそられるだろう?」
「私は魔術バカです! 魔法バカと一緒にしないでください」
「魔法バカの何が嫌なのだ! いいだろう、一緒で!」
「よくない!」
顔を付き合わせ、いがみ合います。
「バカがバカバカうるさいですわ。もう食事ですから、さっさと座ってください」
「「……はい」」
最近、ナギが私たちに辛辣です。反抗期でしょうか。
「いただきます」
「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受する」
「神々よ。願わくば我らを祝し、また御恵みによりて食す賜物に慈悲と祝福をお与えください」
キノコ尽くしのキノコ料理を取り囲み、食事の挨拶をして食べ始めます。
「ナギもキノコを食べられるようになってよかったな」
「嫌いではなくなっただけですわ。まぁ、ここ一週間。ずっとキノコ尽くしでしたので、嫌いになりそうですけれども」
「どうしてだ! キノコ尽くしなんて最高なのに!」
「それはセイラン様だけですわ」
「ショウリョウに会いたいですわ……」とぼやくナギ。一週間も潜りっぱなしでしたからね。
食事を終えた私たちは、失神させていたキノコの魔物たちを処理します。塵となって消えます。
「じゃあ、帰りますか。ナギ、手伝ってください」
「はいですわ! ところでグフウ様。詠唱はどうするですの?」
「座標のズレをなくすために古竜語だけでいきましょう。それ以外は魔術陣でカバーする方向で。解析を頼めますか?」
「任せてくださいですわ!」
私たちはダンジョンの地面にたくさんの魔術陣を描いていきます。かなり特殊な魔術ですので、それなりに準備が必要なのです。
「よし。終わりました」
「お、そうか。じゃあ、起動は手伝うぞ。魔力が相当必要だろう」
「よろしくお願いします」
私の魔力量だけでもギリギリ発動できますが、余裕が欲しいのでセイランに手伝ってもらいます。
ナギは魔力量が足りないので待機です。
ここ三年で魔術の腕をメキメキとあげたナギですが、魔力量はかなり伸び悩んでいます。
これはしょうがないです。魔力は地道に訓練をすることでしか増やせないからです。
ですから、生まれつき魔力量がそう多くなかったナギがたった数年の訓練したところで、転移魔術に必要な魔力量に到達しないのは当然なのです。あと、三十年の修練は必要になるでしょう。
私はセイランの手を握り、地面に描いた魔術陣に魔力を流していきます。
「〝悪意に満ちた世界に光の糸を。結わいて光の世界へと導き給え〟」
そう詠唱を行えば、私たちは光に包まれて。
「一週間ぶりの地上ですわ!」
「いい風だ」
転移でダンジョンをダンジョンを脱出して地上に戻りました。
そしてナギとセイランががようよう光るお月様に目を細めている横で。
「オエーーーー」
私はダンジョン酔いと転移酔いで吐きました。
「ぐ、グフウ。大丈夫かっ?」
「グフウ様っ」
……これだからダンジョンは嫌いなのです。
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