第13話 スキーとペンギン
ナギが私たちの弟子になってから半年が過ぎました。
焔禍竜は北東に向かってゆっくりと移動しているようで、私たちはそれを追いかける形で旅をしています。
ショウリョウが仲間になったことで、荒れ地や山道などナギの体では過酷な道でもナギを彼女の背中に乗せて移動することができ、旅は随分と楽になりました。
まぁナギは疲れ果てるまでは自分の足で歩こうとしますけれど。頑張り屋の可愛い弟子です。
しかし成長期に入った彼女の体は急激な成長で痛む部分も出てきていますので、頑張りすぎないのように注意しておきます。
「ヒャッホー!!」
「あははは~~っ!」
「きゅりきゅり~!!」
「ひぃ~~っ」
その日、私たちは標高の高い雪山を降っていました。いえ、滑っているというのが正しいでしょう。
麓まで木が殆ど生えていない斜面のエリアを見て、セイランが趣味で集めていた魔法具の大盾の上に立ちながら、「滑り降りよう」と言ったのです。盾サーフィンとか抜かしました。
私はもちろん反対しました。危ないです。それに、盾の上に立つとか色々おかしいと思います。
しかし、セイランは楽しいぞ、と言って私たち分の大盾をおいて滑ってしまったのです。「ヒャッホー!!」とか叫んでいます。アホです。
それに唖然としていますと、ナギが恐る恐る大盾の上に立ち滑りだしてしまいます。
最初は「あわわあわわ」としていたナギは、次第に「あははは! キャハハ!」と笑いだしました。セイランの悪い部分が似てきている気がします。似なくていいのに。あとで注意しないと。
ショウリョウはそんなナギになんの躊躇いもなくついていくために、大盾の上に飛び乗って滑り出します。
そして残されたのは私だけ。
取り残されて少し寂しいのもあり、少々びくびくしながら大盾の上に立って滑ろうとしたのですが、どういうわけかクルリと半回転しながら滑り始めてしまいました。
怖くて座り込んだのはいいものの、ぐんぐんと加速していく状況に悲鳴をあげてしまうのは仕方がないこと。
そもそも、雪がいけ好かないのです。大いなる大地を覆い隠し、私の足と隔絶してくる。その上を滑るとか、意味が分かりません。
「ひ、ひぃっ」
斜面はある程度開けているとはいえ、ところどころに高い木が生えていますし、岩や盛り上がっている部分もあります。
それらを避けるのために重心を動かして左右へ移動しなければならず、けれど上手く重心移動がいかずぶつかりそうになるばかり。
そうして、悲鳴をあげて今に至ります。
私はもじゃもじゃのひげが風で持ち上がり視界の半分以上を覆い隠す中、セイランたちはどうやって左右へ移動しているのか気になり、ひげの隙間から彼女たちを見ました。
「な、なるほどぉ~っ! か、風ですか~~っ!」
セイランは大盾の後方部分に風を噴射する点を魔法で作り、それで滑る向きをコントロールしていました。
左右に大きな弧を描いたり、意味のないところでバク宙したりとやりたい放題です。調子乗っててムカつきます。
ナギは私が先日教えたばかりの〝飛翔〟を応用して、大盾と一体化するように風を纏い、向きや速度を制御しています。学んだ事をすぐに生かすとか、私の弟子は天才です。凄いです。
ショウリョウは……分かりません。
流石は幻獣と言うべきか、その一メートル越えの体長と比べると小さいはずの大盾に四本の樹の足を乗せ、普通に滑っています。魔法も使わず、セイランと同じような事をしています。器用です。
「かぜっ、〝風の衣よ。自由の翼を与え給え――飛翔〟~~っ!」
ともかく、私も少し術式を弄った四つの魔術陣を浮かべて〝飛翔〟を行使します。滑る向きを変えながら、速度を落とします。
「ふ、ふぅ」
ゆっくりと滑る大盾の上でほっと胸を撫でおろし、ナギたちの方を見やります。そして気が付きました。
「ナギッ! 上へ逃げてください!」
「はい? グフウ様、なんですかっ?」
「上へ逃げてください!」
「うえ?」
距離があり高速で滑っているため、私の大きな声はナギに届きません。ナギは減速しながら、上を見上げます。
そうじゃなくてっ!
ここから加速しても間に合わないですし、セイランとショウリョウも随分と離れていて気が付いていませんしっ!
ああ、もうっ!
「ナギ! 耐えてくださいっ! 〝爆ぜる火花に弾ける風よ――爆風〟」
二つの魔術陣を浮かべ、咄嗟にナギの足元の大盾と雪の斜面の間に爆発を引き起こします。
「きゃあっ!」
「ペペンーーーッ!!」
ナギは爆発によって大盾ごと上へ吹き飛ばされ、同時に雪の下から黄色の嘴の二足歩行の鳥の魔物が飛び出してきます。
それで自分が魔物に襲われたのだと理解したのでしょう。驚いていたナギはスッと目つきを変えて、黒の刀身の短剣を抜刀して魔術陣を一つ浮かべます。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟、ですわ!」
「ペンペンッ!」
「うぇっ!?」
放たれた〝魔弾〟を黒の翼で弾いた二足歩行の鳥魔物は、白いお腹で着地して滑りながら減速して立ち上がります。
ナギも着地します。
「「「「ペンペンペン!!」」」」
次々と二足歩行の鳥魔物が地面から飛び出してきます。彼らは雪や地面の中を泳ぐようです。
「グフウ、ナギ!」
「きゅりきゅり!」
セイランとショウリョウが空を蹴ってやってきました。ようやくこちらの異変に気が付いたようです。二足歩行の鳥魔物を見て顔をしかめます。
「面倒だな」
「知っているのですか、魔物博士?」
「……山企鵝だ。氷や雪を操りその移動速度も速く、おまけに数百匹単位で共同体を作る。強くはないが、仲間を傷つけたものをしつこく追いかけてくる厄介極まりない魔物だ。見えなくなるまで逃げるのが鉄則だな」
「に、逃げられるんですの?」
山企鵝の数は既に百匹を超えていますか。黒の集団が地面からポンポンと飛び出しては、真っ白の斜面を覆い隠していきます。私たちの上側に集まります。
そして高い緊張感が漂い。
「ペペン!!」
「「「「「「ペーーーーーーーーン!!」」」」」」
リーダーっぽい山企鵝の号令のもと、彼らは一斉に真っ白のお腹をで斜面を滑りだし、私たちに迫ってきます。
また上空に魔法で雪の花を無数に咲かせます。触れると体が凍り付いてしまうでしょう。空への逃げ道が絶たれました。
「ナギ、ショウリョウに乗れっ! グフウはアタシの腰にでもひっついてろっ」
「ひっつくってっ!」
「いいからっ!」
大盾は下に置いてきたため、セイランは大剣を足場にして滑りだします。私は慌てて大剣に飛び乗り、セイランの腰に両手を回します。
ナギはショウリョウの背に乗り、ショウリョウは足を折りたたんで細長い体で滑りだしました。
追いかけっこです。
「セイラン! セイラン! もっと速く!」
「お前が重いせいでバランスが取りにくいのだ! もっとアタシと重心を合わせろ!」
向こうは雪山を滑るスペシャリスト。追い付かれそうです。
セイランが魔法で風を噴射して加速します。ショウリョウは普通に加速して、追随します。
「速い怖い速い怖い! もっとゆっくり!」
「速くしろだのゆっくりしろだのうるさいな!」
だって、物凄く速いです。たっぷりとたくわえたひげが視界を全部隠してしまって前が見えませんし。
「セイラン様! もうすぐ平原ですわよ! ここで引いてくれるですわよねっ!?」
「言っただろう! 仲間を傷つけたら追っかけてくると!」
「わ、わたしのせいですわねっ!? ごめんなさいですわ!」
「グフウのせいだ! 爆発で既に傷ついた!」
「あの時はああするしかなかったので仕方ないじゃないですかっ!」
「結局わたしのせいですわ!」
「アタシの言い方が悪かった! 誰のせいでもない!! いいから逃げるのに専念するぞ!」
麓も過ぎて、雪の厚化粧に覆われた平原へ。
重力による加速度を失ったはずなのに、山企鵝たちは更に加速して私たちを追いかけてきます。魔法で加速しているのです。面白そうな魔法なので解析をしておきます。
平原では滑るよりも走った方が速いと判断したショウリョウの背で揺られながら、ナギが背後の山企鵝たちの方をチラリと見やって叫びます。
「せ、セイラン様! 結局追いかけられているなら、攻撃しても変わらないんじゃないんですのっ!?」
「あ、確かにっ! だが、無為な殺生は。食べもしないし……」
「なら、妨害ですわ! 壁でも作るですわ! グフウ様っ! 雪を操る魔術を教えてくださいですわ!」
「見て真似してください!」
「頑張るですわ!」
セイランの腰に抱き着いていた私はどうにか杖の先端を山企鵝たちに向けます。
そして魔術陣を三つ浮かべて。
「〝雪の大地よ。冷たき壁を与え給え――雪壁〟!」
「ペペペーーーーン!!」
雪を操って壁を創り出します。しかし、そう簡単に山企鵝たちの追跡を妨害することはできません。
その黄色い嘴で雪の壁を突き破ります。
「〝雪の大地よ。冷たき壁を与え給え――雪壁〟、ですわ!」
流石、私の自慢の弟子です。見たばかりなのに正確無比に魔術陣を編み、すかさず雪の壁を創り出します。私もそれに合わせるように何重にも雪の壁を創り出しました。
山企鵝たちは何度も雪の壁にぶつかりました。
それで減速したのか、しばらくして山企鵝たちの姿が見えなくなりました。魔力探知で確認したところ、追跡を諦めたようです。
「……もう雪の上を滑るのは嫌です」
大地を覆う雪に辟易しました。
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