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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と弟子
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第12話 ナギの焦燥

「ザクロ、持ってきたぞ」


 百刃蜘蛛の素材や糸はもちろんその他の魔物の素材も集め、街に戻りました。素材を美人の赤毛ドワーフ、ザクロに渡します。


 彼女はそれらの品質を確かめ、セイランをジロリと見やりました。


「……確かに、全部だな。それに処理の質もいい。流石は葉っぱ(エルフ)といったところか」

「それほどでもあるな」

「フンッ」


 ドヤ顔するセイランにザクロは鼻を鳴らしました。


「ところで、ザクロ。完成にはどれくらいかかる?」

「ボニ祭りの仕事もあるから、二週間後くらいだな。三日おきに顔を出せ。具体的な調整もしたいし、グフウ殿と相談したいこともある」

「分かりました」


 ナギがズイッと私たちの前に一歩出て、ザクロに頭を下げます。


「ザクロさん。どうかお願いするですわ!」

「ああ、任せろ」


 力強く頷いたザクロはそれから、私たちの後ろを見やります。


「……ところで、外にいるそいつは」

「ああ、彼女ですか?」


 外にはキュウリの幻獣が大人しく待っていました。外に出て、ザクロに彼女を紹介します。


「彼は私たちの旅仲間です」

「幻獣が仲間とは……」


 彼女はナギに懐きました。忠義を示す犬のようにナギの傍を離れないのです。ナギが自分の命を助けたのだと理解しているのでしょう。

 

 ならば、と私たちは彼女に提案しました。旅に同行して、ナギを運んでくれないかと。彼女は喜んで頷きました。


「ショウリョウですわ!」

「きゅりきゅり!」


 嬉しそうに頷くショウリョウ。


「……ナギ、お前が名付けたのか?」

「はいですわ」


 満面の笑顔で頷くナギに、ザクロは驚くやら何やら。


 その気持ちは分かります。


 幻獣は高い知性と魔法の力を有し、己という存在を強く確立した生き物です。個の意識が強く、名前を他人に付けさせることはほとんどありません。自分で自分を名付けるのです。


 なのに、他人であるナギにそれを許した。


 無知であるが故にその凄さを理解していないナギの頭にザクロは手をおき、静かに呟きました。


鍛治と技巧の神(オーゼイン)の炉の種火を絶やさぬように」

「え?」

「ドワーフの心構えみたいなものだ。その心を忘れるなよ」


 そして私たちはザクロと別れました。既に日が落ちていたこともあり、夕食にして寝ました。


 それから私たちは何度かザクロのところに顔を出しながら、世間への体裁として冒険者ギルドに私たちとショウリョウの間に使役契約が為されていることを証明したり、ナギの訓練方針を定めたりしました。


「にゃ~ん」

「いや、アタシたちは(つがい)じゃくてだな! って、そうじゃない! 飼い主が心配している。家に帰るぞ」

「にゃにゃ~ん」

「最近構ってくれないから嫌だ? いや、彼女も忙しくて少しは――」

「にゃにゃにゃ~ん!」

「あ、逃げるなっ!」

「は、速い。まってくだ――ぶべっ」

「グフウ様っ! 大丈夫ですかっ?」


 他にも冒険者登録をしたナギと一緒に依頼を受けて、迷子の猫探しをしたり。


「草刈りですよ、草刈り! 楽しみですね、草刈り!」

「……それはアタシたちエルフへの侮辱かっ?」

「貴方たちは自分が葉っぱという自覚があるのですか?」

「ッ! ぶっ殺す!」

「あ、セイラン様! 鎌を振り回さないでですわ! グフウ様もセイラン様をからかわないでっ!」


 草刈りをしたりなどしました。


「ヒャッホー!」

「五冊までだからな! あ、ナギは好きな魔法書を選んでいいぞ。アタシが全部買おう。勉強にもなる。……あ、このイヤリングいいな。可愛い」

「セイラン様はイヤリングがお好きなのですわね?」

「ああ。ナギも好きだろう? 買うか?」

「……いえ、いいですわ」


 みんなで魔法店巡りもしました。


 そうして、二週間が経ちました。


「はい。買ってきましたよ」

「お、ありがとう」

「……ありがとうですわ」


 どうやらこの街はこの時期にボニ祭りという大きな祭りを行うようで、数多の屋台の灯に夜の街が照らされていました。


 私たちもせっかくなので参加することにしました。少しだけ渋るナギを連れ出し、屋台巡りをします。


 行列ができるほど人気なスライムラムネを買ってきた私はセイランとナギにそれを渡しました。


 私たちは隅っこで、赤と青の服を着て巨大なナスの作り物を担いで街を練り歩く町人たちを見ながらスライムラムネを食べます。


 セイランがチラリとナギを見て首を傾げました。


「少し浮かない顔だな。どうした?」

「……ちょっと不安になっただけですわ」


 ナギが私たちの顔を伺いながら、意を決したように口を開きます。


「グフウ様たちの弟子になってから、その、緩み過ぎた気がして……。猫探しとか草刈りとか、魔法店巡りとかして訓練も勉強時間も少ないし。それに生活のこととかメイド服のこととか、ショウリョウのこととか。グフウ様たちに迷惑かけてばかりいて」


 今までナギは頑張りすぎていました。自分を追い込み過ぎていました。子どもなのに誰かに甘えることも遊ぶこともなく、一年近くずっと。


 それが急にできなくなった。


 特に訓練において、それは顕著でしょう。


 クロウの言葉などを聞く限り、ナギは寝食を削り文字通り血のにじむ努力を続けてきたのです。


 それを私たちは師匠命令として禁止させました。一日の訓練時間を制限し、その負荷もかなり減らしました。


 今は軽いランニングと筋トレしかさせていません。


「ナギ。以前も言ったが、お前の体は成長の途中にある。ここで無茶をしてしまえば、体は壊れ竜に挑むことすらできなくなる。本末転倒だ。ただでさえ、お前の体は凄く傷ついているのだ」

「それは……けど、魔術の訓練くらいは……」

「魔力も体のうちに入るのですよ、ナギ。魔術の過剰行使は脳、理知の臓に大きな負荷を与えます。今まで魔術を使って酷い頭痛がしませんでしたか?」

「……したですわ」

「それを何度も繰り返すと、理知の臓はもちろん心の臓なども傷つけて貴方の成長を妨げてしまいます」


 屈んでナギの目を見ていいます。


「苦しいと思います。すぐに解決できなくてごめんなさい。けれど、今は休み知識をしっかり蓄えることが重要です」

「だけど、その勉強時間だって制限されて……」

「それはお前が夜更かししようとするからだ。言っただろう。体を休ませる必要があると」

「でも、今日のこれだってっ。本当にするべきことですのっ? この時間にもっと沢山勉強してっ」

「ナギ……」


 我慢していたことを吐き出したナギは、ハッと我に返って頭を下げます。


「ご、ごめんなさいですわ。お金も出してもらって色々してもらっているのに、弟子のわたしがグフウ様たちを責めるようななことを言ってっ」

「あ、頭をあげてくださいっ」

「お前は謝る必要は一切ないのだっ」


 ナギを落ち着かせながら、私は心の中でため息を吐きました。


 そうなのです。ナギが賢かろうが、理由を説明しようが、彼女はまだ子供なのです。


 なのに、私たちはここ一ヵ月。師匠として、彼女の不安や焦りを取り除くことができなかった。それどころかため込ませてしまった。


 不甲斐ない自分に呆れるやら怒りが湧くやら。セイランも同じで僅かに唇を噛みしめていました。


「ナギ。宿に戻って大切な話をします」

「……はいですわ」


 ここでは落ち着いて話はできないと考えました。私たちはナギの手をそれぞれ握りしめ、喧騒に包まれた街を歩きます。


「あら、ナギちゃんたちじゃない! こないだはありがとうね。これ、トウモロコシ。持っていって!」


 屋台でトウモロコシを焼いていた女性が話しかけてきました。猫探しの依頼人でした。


 私たちはお礼を言って焼きトウモロコシを受け取りました。


「あ、喧嘩ばかりしてたグフウさんたちじゃないっすか。こないだはどうもありがとうっす。おかげで庭がキレイなって家内の機嫌も……っとこれはいい。ともかく、スライムジュースを持っていってください! いいから、遠慮しないで」


 屋台でスライムジュースを売っていた男性に話しかけられました。草刈りの依頼人でした。


 私たちはお礼を言ってスライムジュースを受け取りました。


 宿に戻ります。


「話の前に食べちゃいましょうか」

「……はい」


 せっかく頂いた焼きトウモロコシを冷ましてしまうのはいけないので、私の部屋で先にスライムジュースと一緒に食べることにしました。


 それぞれ食事の挨拶をして焼きトウモロコシにかじりつきます。


「……美味しいですわ」

「ん、美味しい」

「美味しいですね」


 焼きトウモロコシはとても美味しかったです。スライムジュースにもあい、すぐに食べ終えてしまいました。


 少しだけ静寂が訪れます。話を切り出すタイミングが難しい。これがセイラン相手であれば、あけすけなくブラックジョークでも言って切り出すのですが――


「いえ、この考えは駄目ですね。甘えです」

「だな。アタシも同じことを思った」

「グフウ様? セイラン様?」


 私たちは首を横に振って立ち上がりました。私のトランクからあるものを取り出しました。


「……メイド服と防具、完成していたのですの?」

「ああ。つい今日な。服はあと二着ある。着替えだな」


 セイランの手にはメイド服と防具がありました。


 白を基調としたメイド服はそのロングスカートでも動きやすさと静音性を兼ね備えており、そこらの魔物の爪撃すら防ぐことができます。


 そしてそのメイド服の上に急所部分を隠すように鉱物や魔物の甲殻を混合させた魔法防具(アーティファクト)が装着されています。


 そして私の手には。


「……短剣ですの?」

「貴方に内緒でザクロに頼んでおいたのです。魔法武具(アーティファクト)であり、魔術を使うための杖の役割も果たします」


 黒魔鉄の刀身と緑色の柄の短剣をナギに渡します。


「ナギ。誕生日おめでとうございます」

「今日で九歳だろう。おめでとう」

「誕生日……あっ。……ありがとうございます。グフウ様、セイラン様」


 ナギは思い出したように顔をあげ、小さく頬を緩めました。そんなナギの頭をセイランがわしゃわしゃと撫でます。


「アタシと同じような反応をするな」

「……どういうことですの?」

「祝われて嬉しいけれど、実感が湧かないだろう」

「………………はいですわ」


 ナギは言い淀むように頷きました。セイランはニカッと笑います。


「アタシもグフウに祝われるまで自分の誕生日を忘れていてな。お前の様な気持ちになった。けど、プレゼントされたものを抱きしめると自然と実感が湧いてくるものだ」

「抱きしめる……」


 ナギは短剣を抱きしめました。


 そしてしばらくして嬉しそうな顔をし、しかし次第に目端に涙を溜めてセイランの胸に泣きつきました。


「コチおねえさまっ! おかあさま、おくさま、おとうさまっ!」

「よしよし」


 ……ああ、今日なのでしょう。今日で一年経ったのでしょう。だから、それを思い出して焦りや不安が強くなってしまったのだと思います。


 私は目端を赤くしたナギにゆっくりとした口調でいいました。


「ナギ。私たちは貴方に約束しました。師匠として貴方が焔禍竜を倒せるまでに強くすると。けれど、貴方が望む強さはそれだけではありませんね」

「あ……」


 ナギはハッと顔をあげました。


 セイランが昔を思い出すように遠くを見て言います。


「無駄だと思うかもしれない。遠回りと感じるかもしれない。だが、人の営みとの関りを捨てしまえば、お前が望む強さは絶対に手に入らない。休みや遊びも必要なのさ」


 アタシはそれがなくて孤独になった。そうセイランは言いました。


「ナギ。納得できないことも多いでしょう。私たちの未熟さがゆえに苦労をさせてしまいます。ごめんなさい」

「だから、ナギはもっと不満を言ってくれ。聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いてくれ。アタシたちはどこにもいかないし、お前を嫌ったりしない」

「……頑張ってみるですわ」


 ナギは小さく頷きました。


 それでいいのです。私たちはまだ出会って二ヵ月も経っていません。不平不満を言えるほど、信頼関係を築けていないのです。


 だから、私たちは彼女に師匠として、誠実に愛情をもって向き合っていかなくてはならないのです。


 これは私たちの覚悟と責務でもあります。

 

 私たちは互いに頷きあいました。


 そして翌日。私たちはザクロに別れを告げて、ショウリョウと共に旅立ちました。 

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。

また、感想があると励みになります。

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