第11話 ドワーフのひげとキュウリ
ナギが弟子になってから二週間が経ちました。
「ここだな」
冒険者ギルドなどで情報を集めた私たちは、とある街の鍛冶屋の前にいました。ナギのメイド服と防具を作ってもらうためです。
「……セイラン様。本当にここですの?」
ナギが不安そうな顔をします。
そこは鍛冶屋とは無関係のパン屋のお店でした。優しく香ばしい匂いが胸を満たします。そこそこの人が並んでいます。
確かにナギが不安になるのも分かります。
「ナギ。大丈夫です。ここはとてもいい腕の鍛冶師がいますよ」
けれど、私の耳にはハッキリと聞こえるのです。熱い魂の音や鍛え上げられた鉄の音が奏でる合唱が。
間違いなく、店の奥には一流の鍛冶師が鍛え上げた武具がいくつも存在するのです。
「調べた情報によれば山盛りドーナツを買って裏手口にいけば鍛冶屋に入れるらしい」
「相当な人嫌い鍛冶師ですね」
「変なこだわりを感じるですわ」
「職人は大抵そうだ。ドワーフなんてそんなやつばかりだろう」
「まぁ、そうですね」
ということで山盛りドーナツを買い、セイランが裏手口の扉を叩きました。私は山盛りドーナツが入った籠からドーナツを一つ手に取ってつまみ食いしながら、後ろで様子を伺います。
扉が開きます。
「……葉っぱは帰れ」
美人の赤毛ドワーフが出てきました。大変立派なひげを生やした美人の赤毛ドワーフはセイランを見るや否や顔をしかめます。
「突然帰れとは失礼な岩っころだな。紹介状もあるのだぞ」
「あたしの友人に葉っぱに紹介状を渡すやつなどいない。ともかく、葉っぱに武器を作るつもりは一切ない! しっしっ」
セイランを追い払おうとする美人の赤毛ドワーフ。ナギがその間に割って入ります。
「ど、ドワーフのおじ様! 作って貰いたいのはセイラン様のではなくわたしの防具ですわ! だから、どうか話を聞いてくださいですわ!」
「……チッ。ヒューマンの娘。お前のせいでますます嫌になった。私の前から消え失せろ」
「うぇっ」
美人の赤毛ドワーフは更に不機嫌な表情になりました。怒り心頭です。セイランは片手で顔を覆って天を仰いでいます。私も同じような気持ちです。
つまみ食いしていたドーナツを食べ終えたので、私は彼女たちの間に割って入りました。
魔術で咲かせた一輪の花を差し出しながら、頭を下げます。
「麗しの紅玉。私の弟子が大変な失礼を。申し訳ありません」
「………………はっ? 同族だと?」
セイランにだけ意識がいって私に気が付かなったのでしょう。
彼女は目を丸くし、ナギへの怒りを忘れて呆然とした様子でセイランと私の顔を何度も交互に見てきます。
「……あぁ、ええっと……うん。ちょっと待て。いや、あ~うん。同族の仲間ということなら、少しは話を聞いてやる」
「ありがとうございます」
「礼はいい。それより整理する時間をくれ。少し待っていろ」
彼女は扉をしめました。
ナギが暗い表情で私たちに尋ねます。
「あ、あの。わたし、何か失言でもしたのですの?」
「ああ、したな。大変な失礼をした」
「……そうですの」
ナギは凄く落ち込みます。
……叱る必要はないようですね。ここで叱っても逆効果だと思います。
私はナギの頭に手を置きました。
「大丈夫です。あとでキチンと謝りましょう。私も一緒に頭を下げますから」
「……グフウ様。ごめんなさい。わたしの無知で」
どうやらナギは自分がどんな失礼を働いたのか分かっていないようでした。けれど、そのせいで私に頭を下げさせてしまったのを申し訳なく思っているようです。
まぁ、弟子の失態は師匠の失態でもあります。頭を下げるのは当然ですので、気にしなくていいのですが。
「ナギ。あまり自分を責めるな。今回の件に関しては事前に伝えていなかったアタシたちが悪いのだしな」
セイランがそう微笑むと同時に、扉が開きました。
「中に入っていいぞ。……それとヒューマンの娘。少しキツイ言葉をいった。悪かった」
「あ、頭をあげてくださいですわ! 悪いのはわたしですの! 本当にっ、申し訳ありませんっ!」
ナギが土下座をしました。私も土下座しました。セイランもです。
「あ、頭をあげろ!」
彼女は慌ててました。
Φ
「……それでメイド服とそれに見合った防具が欲しいということか」
「ああ。静音性が高く、それでいて高い防御力も欲しい。特に魔法防御だな」
「……魔法武具であればできないこともないが、かなり値がはるぞ。それと、グフウ殿の協力も必要だ。成長に合わせて作り直す必要があるからな」
「任せてください」
美人の赤毛ドワーフと話し合いを重ね、ナギの防具とメイド服の構造について大まかに決めました。
「じゃあ、必要な素材を採ってきてもらう。一日ほど歩いた場所だ」
美人の赤毛ドワーフはメモを渡してきました。
「これを冒険者ギルドに渡せ。そうすれば、依頼として狩猟と採取ができる」
「分かりました」
私たちは冒険者ギルドで依頼を受注し、準備を整えてすぐに旅立ちました。
すぐ近くの森に足を踏み入れ、その中央を目指して道なき道を進む最中、ナギがゆっくりと口を開きました。
「それでグフウ様。わたしはどんな失礼をしてしまったのですの?」
「そりゃあ、簡単ですよ。貴方が彼女を男性だと言ったことです」
「えっ!? もしかして女性っ!?」
「もしかしなくても女性ですよ」
……ふむ。ナギには彼女が男性に見えていたようです。あんなに美人だったのにどうしてでしょう?
「だ、だって、あんなに立派なひげが……」
「え、もしかしてヒューマンの女性ってひげが生えないのですか?」
「生える人もいる程度だ。ただ、そういう奴もすぐに剃るようだがな」
妙にひげを生やした女性がいないと思ったら、そういうことだったのですか。ヒューマンでひげを伸ばすのは男性だけなのですね。
「……あの、もしかしてドワーフの女性はみんなひげが生えているのですの?」
「いえ、全員は生やしていませんよ。男性も女性も。本人の生業によっては、ひげが邪魔になることもありますし」
「それじゃあ、ひげを生やしている女性をどうやって見分ければいいのですの?」
「見分けられないのですか?」
「……見分けられないですわ」
ナギは申し訳なさそうに目を伏せました。
「ああ、ごめんなさい。別に貴方を責めているわけではないのです。ただ、不思議で。ひげが全く生えないエルフたちは普通に見分けられるので」
「え、セイラン様は分かるのですの?」
「ああ。ちなみに、彼女は物凄く美人だ。絶世の美女といっても過言ではないだろう」
「……ひげが生えてたのに」
なるほど。ナギにはそう見えていたと。私たちとヒューマンの間ではひげに対して大きな感覚の差異があるのでしょうか。
「そうだな。ドワーフにとってのひげは、ヒューマンにとっての指輪といえる」
「指輪ですの?」
「ああ。ヒューマンは男性でも女性でも指輪をするだろう? その指輪は身に着けている者の品性や威厳を引き立てるが、容姿や性別を変えるものではない」
「……なるほど」
「そもそもドワーフのひげはヒューマンたちのように自然に生えるものではなく、魔力で生やすものだしな」
「うぇっ!?」
「えっ、ヒューマンってひげを自分の意志で生やせないのですかっ!?」
驚きます。セイランが呆れた目を向けてきました。
「ナギはともかく、グフウ。お前はヒューマンに対して無知すぎるだろう。勉強しろ」
「……はい」
言われてみれば、今回の件は私がヒューマンとドワーフの種族差を理解していなかったら起きたようなものです。理解していれば、事前にナギに教えることもできましたし。
あれ?
「それを理解してる貴方が事前に教えていればよかったのでは」
「……すっかり忘れていたのだ」
セイランは咳ばらいをしました。
「まぁ、あれだ。あとで昔ヒューマンの知人に聞いた見分け方を教える。これから間違わなければいいのだ」
「はいですわ」
しっかりと頷いたナギは、それから「はて?」と首を傾げて私を見やりました。
「その、ところで、グフウ様は……男性ですわよね……?」
「ふむ……さて、どうでしょう」
ちょっと面白そうなので、答えを濁します。たっぷりとたくわえたひげを撫で、にこやかに笑います。
「え、ちょっ! グフウ様! どうしてそうイジわるするですのっ?」
慌てるナギに微笑ましく思っていますと。
「キュシュアアアアア!!」
「きゅりきゅぅりぃいいいい!!」
突然、大きな魔力の脈動と共に轟音と怒声が聞こえてきました。
場所は私たちが目指す森の中央。魔力探知で探るに一匹の魔物と誰かが争っているようです。
「縄張り争いか?」
「かもしれません。狙っている魔物かもしれませんし、急いで状況を確認しましょう。ナギ、失礼しますよ」
「うぇっ」
ナギを抱きかかえた私は飛行魔術を行使し、森の上空へ出て争いの場所へと向かいます。セイランは魔法で風の足場を作り、私の隣を走ります。
しばらくして、それが見えました。
木々がなぎ倒されて開けた場所で、その二匹は争っていました。
片方は四メートルほど体長をもち、お腹の部分から百の刃の手を生やした蜘蛛の魔物、百刃蜘蛛でした。
そしてもう一匹は。
「キュウリ?」
樹の足を四本生やした太めのキュウリでした。馬よりも小柄です。ロバくらいでしょうか。
私たちは驚き、興奮します。
「せ、セイラン! あれって幻獣ですよね! 新生幻獣ですよねっ!」
「ああ! しかも、霊樹の足を生やしているとはっ!」
魔物が長い年月をかけて知性と理性を磨くことで、魔石が消えて幻獣に成ることがあります。それを特別に新生幻獣と言います。
とても珍しく、大変畏敬に溢れる存在です。なんせ、悪魔たちの呪いに打ち勝った存在ですから。
「新生幻獣の戦いが見られるとは。幸せだな」
「ですね」
私たちは眼下にいるキュウリの幻獣にはしゃいでいますと、ナギが叫びます。
「いやいや、なんでお二人ともキュウリが魔物と戦っていることに疑問を持たないのですのっ!?」
「え、キュウリだって戦うでしょう?」
「なに、当り前みたいな事を言っているのですの! 人参やキノコはともかく、キュウリは戦わないですわよ!」
もしかして、ヒューマンの生活圏ではキュウリは魔物ではない?
「フルーア王国には生息していないだけだろう」
「なるほど」
初めて見た生物だから驚いていたのですね。
「キュシュアア!!」
「きゅりきゅり!!」
「あっ……」
百刃蜘蛛が背中から生やした刃の手をキュウリの幻獣に向かって放ちました。キュウリの幻獣はかわしきれず、深い傷を負いました。瀕死です。立つことすらできません。
「きゅり……」
そして力なく鳴いたキュウリの幻獣に向かって、百刃蜘蛛がその鋭い前足を振り下ろそうとしたとき。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟ッ!」
「ナギっ」
「キュシュアっ」
突然、ナギが私の腕の中から飛び降りて〝魔弾〟を百刃蜘蛛に放ちました。
慌てて私は急降下してナギをキャッチします。同時に〝魔弾〟を前足で弾いた百刃蜘蛛がこちらに意識を向けました。
「キュシュア」
手負いのキュウリの幻獣を捨ておき、私たちに向かって糸を飛ばしてきます。
「〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
「ハァアッ」
咄嗟に私は〝魔弾〟で糸を消し飛ばし、同時にセイランが百刃蜘蛛の背後に回って大剣と巨斧で叩き潰しました。死にました。
私たちは地面へと降ります。
「グフウ様! セイラン様! どうか、この子をっ」
ナギは瀕死のキュウリの幻獣へと駆け寄ります。
彼女はキュウリの幻獣を自らの境遇と重ねてしまったでしょう。
私たちに頼ることに申し訳なさそうにしながら、けれど自分の事のように苦しそうに顔を歪めているナギを私たちは優しく抱きしめました。
そしてキュウリの幻獣をできる限り治療しました。
流石幻獣と言ったところでしょう。手持ちの魔法薬も少なく、応急手当ほどの治療しか施せなかったにも関わらず、瀕死状態だったキュウリの幻獣は立てるまでに回復し。
「きゅりきゅり!」
「く、くすぐったいですわ」
ナギに顔を擦りよせました。どうやら懐いたようです。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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