第9話 願いと約束
数時間かけて国境を越えました。
「グフウ。代わるか?」
「大剣と斧が邪魔で背負えないでしょう」
回復魔術で傷は癒しはしましたが、決闘の疲れもあってかナギは私の背中で眠ってしまいました。
「それよりこれからどうしますか? 私たち犯罪者ですし」
ナギが希望していたとはいえ、貴族の令嬢を攫った事実に変わりなく、普通に犯罪者です。
「ん? 犯罪者だと?」
「……え?」
セイランが目を丸くするので私も目を丸くしてしまいます。セイランは脳筋ですが馬鹿ではないので、今の状況を理解していると思ったのですが。
そして顔を見合わせて数秒。セイランが首を傾げました。
「あれ、昨日言わなかったか? 既にヴィントシュティレ辺境伯から許可は貰ってると」
「……言われてないです。どうして貴方って人は、そう重要な事を話さないのですかっ」
「そ、そう怒るな! ナギが起きてしまうだろう!」
「ナギをダシにして言い訳するな!」
はぁ。疲れます。
ため息を吐けば、セイランは申し訳なさそうに目を伏せました。
「わ、悪い。ともかく、二週間前くらいに弟子にする旨を書いた文を送ってな。昨日、ナギの望むようにしてやってくれと手紙が返ってきたのだ」
「はぁ。ということは、貴方。最初からナギを弟子にする気でしたんですね……」
「直感でな。どんなに断っても、最後にはアタシはこの子を弟子にするだろうなって思ったのだ。それに、この子の目に見覚えがあったからな」
「貴方みたいな戦闘狂ではなかったと思いますが」
「……違う。そういう意味ではない。強さに憑りつかれた目のことだ」
「分かっています」
復讐と強さに、そして自分への憎しみに囚われたその目を無下にすることはできませんでした。
「アタシとしては、お前の方が意外だ。自分は弟子を取れるような人間じゃないと何度も言っていただろう」
「……今もその気持ちは変わっていませんよ。私はまだまだ未熟ですから」
師匠に多くを教えてもらった私は、けれどまだまだ至らぬことばかり。人としても、魔術師としても。
だから、弟子は取らないと思ったのですが。
「少し、師匠の気持ちが知りたくなったのです」
「……教える気持ちか」
静かに頷きました。
「それに、似ていたのですよ。私も逃亡する師匠のあとをつけて、何度も何度も土下座して弟子にしてくれと頼みましてね」
「結局アタシと同じだな。親近感を覚えてしまったら、もうどうしようもない」
「ですね」
もしかしたらこの選択は間違いだったのかもしれません。
結局、未来は決まっています。また、取り残されてあの気持ちになるのだと思うと、ちょっと泣きたくもなります。
だけど、逃げてばかりではいけないから。
「これから少し賑やかになりそうですね」
「そうだな。旅はゆっくりになるだろうが」
「子どもに長旅は大変ですから。教えることもたくさんありますし。というか、辺境伯領に少しばかり定住すればよかったのでは?」
「はぁ。これだから引きこもりは。いいか。成長物語は旅と相場は決まっているのだ。色々な経験をしてこそ、人は強くなれるのだ。見識を広げろ」
……一理あります。私も同じような気持ちを抱いて、故郷を出ましたし。
「けど、足を確保する必要はありますよ」
「馬は……駄目だな。お前が乗れない」
「乗れますよ」
「足が短くて無理だろう」
「んなっ!」
憤慨です。
「っというか、私が乗る必要はないのでは?」
「確かに。だが、馬は悪路に強くはないだろう。なるべく避けはするが、それでも山や魔境にも足を踏み入れる。寒暖差も激しい」
「山鹿とかはどうですか? よく神話とかで人が乗ってますけど」
「アイツら、体力ないぞ」
「え、そうなのですか?」
「故郷の森によくいたからな。小さい頃、数十分追いかけまわしたらバテて倒れた」
「追いかけたのですか」
「ああ、追いかけた。ともかく、狼よりも遅いし、走り方的に乗り心地もそうよくない。駄目だろう」
結局、いい案は出ませんでした。
「まぁ、おいおい考えよう」
「そうですね」
それから歩き続けました。
夕方になって、ナギが起きました。地面に降ろします。
「……ここは」
「ネーエルン王国、クライナーフィンガー領です」
「じゃあ、わたしは国境を」
「はい、越えました」
ナギは南の方を見やりました。ジッと見つめたあと、目を伏せて軽く頭を下げました。
同時にグゥーーと盛大に音が鳴りました。ナギの腹の音です。
恥ずかしがるナギ。私たちは頬を緩めてました。
「夕飯にしよう。グフウ、準備を頼む。アタシは狩りにってくる」
「行ってらっしゃい」
セイランがサッと消えます。彼女の狩りの腕は一流です。すぐにお肉を手に入れてくるでしょう。
「さて、ナギ。野営と夕飯の準備を手伝ってください」
「は、はい!」
魔術を教え、ナギに土魔術で小屋などを作ってもらいます。
「……うまくできなかったですわ」
「最初はそんなものです」
不格好な小屋や腰かけなどに肩を落とすナギの頭に手をおきました。
「これから修練していけば、できるようになります」
「……はい」
セイランが帰ってきました。
タケノコを背中から生やした豚を脇に抱えていました。まだ生きていますね。失神しています。
「大物ですね」
「ああ。今日はナギの旅立ちの日だ。盛大に祝おうと思ってな。それと珍しい物も見つけたのだぞ」
「珍しいものですの?」
巾着袋に手を突っ込んだセイランがそれを取り出しました。
「えっ」
ナギが困惑の声をあげました。
それは抱きかかえられるくらい大きな木苺でした。『ビエェーーーン』と鳴き、ピチピチと飛び跳ねます。
「そ、それはなんですの?」
「子泣木苺だ。赤ん坊が目一杯泣けるようになる縁起ものだ。栄養価も高い。知らないのか?」
「し、知りません……というか、本当にこれ、食べるんですの? 赤ん坊の泣き声すぎてちょっと罪悪感があるですわ」
「そうか?」
セイランは首を傾げました。
「まぁ、美味しい野草も集めてきた。ナギ、沢山食べろ」
「あ、ありがとうですわ」
ということで、タケノコを生やした豚をしめ、解体します。
「う、うわぁ……あんな風になってるんだ……」
「そうだ。魔物であろうが、猪系の生き物は大抵この部分に心臓があるのだ。それに繋がる大きな血管がここにあって、皮膚からもそう遠くない。出血をさせるならここが狙い目になる」
初めて生き物の解体を見るのか、おっかなびっくりな様子のナギにセイランが優しい口調で教えていきます。
「あと、骨に関しては……」
「セイラン。そういうのはあとにしてもらえませんか。解体の邪魔です。料理の時間が遅くなりますよ」
「わ、悪い。ナギ。食後に絵に描いて教えよう」
「は、はい」
解体を終えたら、セイランやナギにも料理を手伝ってもらいます。
もちろん、セイランに包丁などは握らせません。握らせたら、周囲が大惨事になりますので。味付けなどを頼みます。
すっかり日が落ちた頃に、夕飯が完成しました。
「いただきます」
「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受する」
「神々よ。願わくば我らを祝し、また御恵みによりて食す賜物に慈悲と祝福をお与えください」
夕飯を食べました。
「ん!」
ナギはすり潰した木苺と一緒に焼いた豚の肉を夢中になって口に運びます。気に入ったようです。
セイランが獲ってきた食材を全て使いましたのでかなり量があったはずですが、ものの十数分で食べきってしまいました。
ナギは少し膨らんだお腹をさすります。
「……久しぶりにたくさん食べたですわ」
「それはいいことです」
洗い物を終えたセイランがティーカップを私たちに差し出します。
「消化を助けてくれるお茶だ。飲むといい」
「ありがとうございます」
「ありがとうですわ」
受け取り、唇を濡らしました。ほっと一息つき、そして私はナギに向かい直りました。
「さて、ナギ。お話があります」
「は、はいですわ!」
緊張するナギに微笑み、咳払いします。
「こ、こほん。私は神炉の国のグフウ。賢者であり、大魔術師ヨシノの弟子の魔術師です。亡き師匠の故郷の花を探して、大切な仲間であるセイランと共に旅をしています」
「え」
呆然とするナギをよそに、私はセイランを見やりました。彼女は少し恥ずかしそうにポリポリと耳の後ろをかいて、口を開きました。
「アタシは神樹の国のセイラン。古竜が一翼、廻命竜を討ちし戦士だ。廻命竜の呪いを解除する術を探しながら、アタシの心を救ってくれたグフウと共に旅をしている」
私たちは過去をゆっくりと話しました。
「ナギ。今度は貴方のことを教えてくれませんか?」
「……それは」
ナギは一瞬ためらい、視線を落としながら静かに口を開きました。
「わたしはナギ。フェアファル王国のリヒトヴェーク侯爵が令嬢、コチ・リヒトヴェークの専属メイドですわ」
ナギはゆっくりと過去を話し出しました。最初は感情を整理するように言葉につまりながらゆっくりと静かに、けれど、だんだんとその語気は強くなり、最後には叫びへと変わりました。
「わたしは焔禍竜が憎い! それ以上にコチお姉さまを見殺しにした自分がもっと憎いッ! だけどっ、コチお姉さまが最後に祈ったのです! こんなわたしでも光の道を歩めるようにっ! だから、その願いをかなえるためにっ、わたしは光の道を歩まなきゃいけないんですっ!」
後悔や憎しみ、復讐や悲しみ。
暗く哀しい感情だけに全てを囚われて、生きたくないのだと思います。溺れたくないのです。
まして、自分の人生は愛する人が命を賭して繋いだものだから。
けれど、その感情を否定したくはない。
否定してしまったら、流転の女神さまに導かれた命まで否定してしまうから。彼女たちとの思い出も、彼女たちへの感情もなかったことにしてしまうから。
「だから、強くなりたいのですわ! 臆病なわたしでもアイツに挑む強さが。挑めば、その勇気があれば、わたしはわたしを許せる。お姉さまの望む光の道を歩める……」
希うようにそう言ったナギは私たちに深々と頭を下げました。
「どうかお願いします! わたしを強くしてください!」
私たちはナギの手を握りました。
「お前が求めている『強さ』は、結局己で見つけるしかない。アタシたちが何かできるわけではない」
「けれど、私たちは師匠として、あなたが焔禍竜エルドエルガーを倒せるほどに『強く』します。必ず」
もちろんあなたの努力がなければ不可能ですが、と付け足します。
「だから、約束です」
「約束、ですの?」
「ああ、師匠と弟子の約束だ」
「……約束」
ナギは私たちの小指に小指をからめました。誓いを結びました。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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